※まだ第三章の途中ですが、後書きに第四章のあらすじを公開しています。
走る。ただひたすら走る。凛の手をしっかりと握りしめて。
今の俺たちは、穂乃果から少しでも離れるコトで精一杯だった。リビングで見たあの光景は今でも脳裏に焼きついている。
いつかはあのような事態になることは分かっていた。だが、実際に目の前でその現実を突きつけられると少したじろいでしまう。
「はぁ……はぁ……」
「はぁはぁ」
周りに人の気配がないコトを確認し、俺たちはようやく立ち止まった。体力には自信がある凛がもの凄く息を切らしている。その様子を見ると、彼女が置かれていた立場が如何に一触即発な状況だったのかが伺える。
「凛、大丈夫か?」
「はぁ……はぁ……」
「凛?」
「……」
「おい、聞いてるのか?」
凛は俯いたまま何も話そうとしない。身体は震えている。俺は少し屈んで凛の顔を見た。
「凛!お前……」
凛は……泣いていた。
「どうした……お前?」
「……かった」
「え?」
もはや声なのか息なのか分からないほど小さな声だった。しかもその声すらも震えている。
「怖かった……怖かったよぉぉぉぉぉぉ!!」
「凛……」
凛は俺の胸に顔を埋め大声で泣き出した。夜道で俺と向かい合っていた時の凛とはまるで別人だ。
「零君……うっ……うぅ」
「俺はここにいる。もう大丈夫だ」
俺は凛を抱きしめた。凛の涙に俺もつられそうになる。みんなのこんな顔をさせないがために頑張ってきたのに……何が決意を固めただ……情けなねぇ……
もう2度と凛にこんな顔はさせない。俺は固めていた決意がさらに強固なモノになった。
~※~
穂乃果は零の家を出て夜道を歩いていた。誰がどう見ても異彩を放っているそのオーラは、夜の闇をさらに黒く染めている。穂乃果の手には、凛が投げつけたナイフが握られていた。
夜も完全に更けてきたので周りに人は一切いない。不気味な静寂が辺りを包んでいる。
そんな中、静寂を貫くのは穂乃果の足音。その足音は迷いなく、ある地点へと一直線に向かっている。そう、愛しのあの人の元へと……
「どこへ逃げてもムダだよ、零君」
足音は一定のリズムを崩さない。目的地は既に決まっているからだ。
「いい匂いがするよぉ~零君。でもダメだなぁ~汚い豚と一緒にいちゃあ、零君まで臭くなっちゃうよ」
なぜ零の居場所が分かるのか。それは穂乃果の嗅覚であった。
常日頃から零の私物を盗みまくっていた穂乃果は、彼の匂いを嗅ぎ尽くしている。そのためか、零の匂いがどこから来ているのかで彼の居場所が判断できるようになったのである。
その匂いの中で少しでも変な匂いが混じっていた場合、特に女の匂いが混じっているのなら、手加減する気は一切ない。
「さぁもう少し、もう少しだよ。零君に豚肉を使った最高のディナーをご馳走してあげるからね」
その姿、まさしく”狂気”が歩いていた。
「まぁまぁ、その辺にしておこうよ。穂乃果ちゃん♪」
どこからか声が聞こえた。その声はμ's屈指のチャームボイスであり、何より穂乃果はこの声の主を知りすぎているほど知っている。
「またことりちゃん?いい加減邪魔しないでよ」
穂乃果の声と同時に、裏路地から南ことりが姿を現した。
「ことりからしたら、穂乃果ちゃんのしているコトが凄く邪魔なんだけどなぁ~」
「穂乃果がしているコト?」
「そうそう。今凛ちゃんを殺っちゃったら、穂乃果ちゃん、零君に嫌われちゃうと思うよ」
「うるさいなぁ。ずっと見てるだけの人に言われたくないよ」
「ふ~ん、じゃあことりは何もしないよ」
「はぁ?」
「だって、このまま穂乃果ちゃんを行かせてあげれば、凛ちゃんもいなくなるし穂乃果ちゃんも勝手に自滅するからね。一石二鳥だよ」
「……」
穂乃果はここで冷静になった。さっきまでは凛を取り逃した影響で少し頭に血が上っていたが、よく考えてみれば今自分が行おうとしている行為はことりの言う通り不利益にしかならなかった。
前提として、穂乃果たちは零に嫌われるように動いてはならない。そのために零の知らないところで如何に敵を潰すか。そして零をどのようにして堕とすかが重要になってくる。ただ闇雲に、目に付いた人を始末するだけでは勝者にはなれない。
こうして真面目に考察しているが、そもそも人を始末する作戦を考えている時点でアウトであることに、彼女たちは疑問すら感じない。
「はぁ~ことりちゃんのせいで白けちゃった!もう帰る」
「そうそう、それがいいよ。それに腑抜けになったみんなはいつでも仕留められるし」
腑抜けになった。ことりの中では真姫などの戦線から離脱した人を指している。彼女も虎視眈々と獲物を狙っているのだ。
「でも次邪魔したら、文字通り"鳥肉"になってもらうから。ことりちゃんだけに」
「アハハハハおもしろ~い!楽しみにしておくよ!じゃあまたね!」
2人の闘争に、まだ終わりはない……
~※~
「もう落ち着いたか?」
「う、うん……」
まだ元気はないが、怯えや震えはだいぶ収まっているようだ。いつも元気いっぱいな凛だからこそ、今の凛を見ると余計に心配してしまう。
「怖かったん……だな」
「うん……ナイフを持って暗闇の中、近付いてくる穂乃果ちゃんを見ていたら……うぅ……」
「わるい!思い出させちまって!」
再びあの穂乃果を思い出したのか、凛はまた震えだしてしまった。俺は凛の手を強く握り締める。
俺は穂乃果の顔を一瞬だけしか確認してないが、あれは正気の沙汰ではなかった。悪魔、恐怖、怪奇、絶望……負のイメージの単語ならどのような言葉でも当てはまる。あの時、それを目の前で味わった凛の心は崩壊してしまった。
「凛、どんどん頭の中が真っ白になって……どうしたらいいのか分からなくて……零君の声が聞こえるまで動けなくなって……それで……」
俺は凛の手を更に強く握りしめて震えを抑えようとする。だが声は完全に怯えきっていた。目がバッチリと開かれ、瞳孔も安定していない。あの光景がフラッシュバックされ、恐怖が凛を襲っているようだ。
「殺されると思った……殺されたらどうしようって思った……それで……それで……あ、あぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「凛!!!!!」
恐怖に飲み込まれた凛を自分の胸に抱きしめて、絶望の淵から引きずり上げる。
「ごめんな、お前をこんな目に遭わせてしまって。もう少し早く駆けつけていれば……」
「ち、違うよ……それは凛たちのせいで……どうして零君が謝るの!?」
「俺は初めから決めてたんだ。お前らを、μ'sを守るってな。そのために誰も傷つけない。それが変わってしまったお前たちであったとしても……」
「そんな……零君が責任を感じるコトなんてないよ!!」
「いや、この決意は誰にも譲れない。だから凛、もう大丈夫だ」
「え?」
目に涙を溜めながら、凛は俺の目を見る。俺も凛の目をまっすぐに見つめ返す。
「もう誰にもお前を傷つけさせたりしない。だからもう怯える必要なんてないんだ」
「本当?」
「ああ」
「本当に本当?」
「しつこいな!本当に本当だ!」
何度も聞いてくる凛に呆れながらも、俺は笑顔で答えた。
「うっ……」
「どうした?」
「うぁあああああああああああん!!」
「お、おい!」
俺の胸を借りながら、凛は大声で泣いた。しかしそれは、恐怖に駆られていた時の涙ではない。凛が戻って来た、そう感じさせる涙だった。
~※~
「泣き止んだ?」
「もう身体の水分が全部なくなったにゃ」
「死ぬだろソレ……」
大声で泣いてすべてが吹っ切れたのか、冗談が言えるぐらいには回復していた。時折笑顔も見せるようになり、とりあえず一段落だ。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!恥ずかしいにゃ~!!今すぐ零君と凛の頭からこの記憶消し去りたいにゃ~!!」
「消すなんてもったいない。可愛かったぞ、泣いているお前」
「ほら!そんなコト言うから嫌なんだにゃ~!!」
「あ~あ、携帯で動画撮っておけばよかった……よ」
「あ……」
ノリでポケットから取り出した携帯を2人で見つめる。その携帯を見て、俺たちは今日お互いが出会ってからの出来事を思い出す。
「零君、今日はゴメン!いや、今日だけじゃないね。今までゴメンなさい!!」
凛は突然立ち上がって、俺に頭を下げた。
「もういいよ、お前がこうして戻って来てくれただけで嬉しいから」
「凛、今日分かったよ。凛たちがやろうとしていたコトはとても恐ろしいコトなんだって。よく考えてみたら、みんなを襲うなんて今では考えられないにゃ」
ごもっともだ。この異常事態の発生原因が俺だとするならば、俺はその事態を終息させる義務がある。
「凛がこうしていられるのも、μ'sのみんなのおかげだにゃ」
「お前が一時的にμ'sのリーダーに抜擢された時は大変だったな」
「でも、そのおかげで成長できたにゃ。今までセンターとかリーダーとか、みんなの前に出るコト自体が似合わないって思ってた」
確かにそうだった。μ'sの中では穂乃果と並んで元気ハツラツな彼女だが、肝心な時に前に出ようとはしない。みんなという盾がいてくれるから輝けていたところがあった。そのため、リーダーとして選抜された際、首を素直に縦には振らなかった。
それが彼女の弱点。1人だけでは怖い。周りに誰かいないとダメ。しかもただ周りにいるだけではなく、自分より上の存在でなければならない。先導してくれる人がいるからこそ、凛は輝けていた。
「それを取り払ってくれたのがμ'sのみんなだろ?」
「うん。みんながいなかったら、過去のコトをずっと引きずって生きていたと思う」
過去のコト……スカートを馬鹿にされたってやつか……
「よし決めた!!」
「どうしたいきなり!?」
「凛もみんなを守るにゃ!!」
「お前も?」
「そうにゃ!みんなが凛を支えてきたみたいに、今度は凛がみんなを守ってみせるにゃ!」
さっきとは目が全然違う。俺と同じ、決意を固めた目。
「だけど、穂乃果たちはそう簡単にいかないぞ」
「その時は零君が凛を守ってくれるんでしょ?」
凛はニッとした笑顔で俺を見つめた。
「!!……そうだな!」
俺も負けじとその笑顔で返した。こうやって共に立ち向かってくれる仲間ができるのは心強い。
「それじゃあ、次に向かいますか」
「次?」
「花陽のトコだよ」
戻って来た仲間と共に、もう1人の恐怖に挑む。
いつもの流れで行けば、零がヤンデレ化した彼女たちに『μ'sにいて楽しかったこと、嬉しかったこと』などを思い出させ、自分の過ちに気付かせて解決するのが本筋でしたが、今回は少し変えてみました。どうだったでしょうか?
今回の凛に至っては、その流れを彼女の決意を固める方向に転換しています。
以下は次の第四章のあらすじです。まだ第三章は完結していませんが、次回予告的な感じで。若干ネタバレが入ってますのでご注意ください。(※変更の可能性アリ)
零は花陽と凛を取り戻し、日常にまた一歩近づいた。今日こそはゆっくりと休もうとしていた矢先、携帯に連絡が入る。連絡の主は高坂雪穂と絢瀬亜里沙。再び不穏な空気を感じ取った零は、彼女たちとコンタクトを取る。
同日、買い物に出かけていた花陽、凛、真姫は最も出会ってはいけない人物に遭遇していた。絢瀬絵里。そしてそこには、変わり果てた零の姿があった。