第四章も終わりに近付いて来ました。
神崎零と絢瀬絵里はショッピングモールでデートをしていた。何も知らない者から見れば、その2人には嫉妬すらも浮かばない美男美女のお似合いカップルであり、誰にも付け入る隙はない。そう、何も知らない人から見ればであるが。
「ちょっと零、聞いてるの?」
「ご、ゴメン。なんだっけ?」
「私の服、どっちが似合いそうか聞いているのよ」
「そ、そうか……こっちじゃないか?お前は青ってイメージがあるんだよな」
「青か……じゃあこれからファッションも青っぽく統一してみようかしら」
「いいけど、あまり俺の言うコトを鵜呑みにするなよ。俺ってファッションセンスないから。今の服もそうだし」
「いつもカッコいいけど、今日のあなたはそれ以上にカッコイイわよ。それに、愛するあなたが選んでくれたんですもの。この服にするわ」
事情を知らない者から見れば普通、知っている者から見れば異形。そんな雰囲気を醸し出している。この状況は絵里にとって幸せ以外の何モノでもなかった。ついにあの零を手に入れて恋人関係になるコトが出来たからだ。
その代償としてμ's全員との関係は崩壊してしまったが、もうそんな関係は絵里にとってどうでもよかった。自分の隣に零さえ居てくれればそれでいい。周りの世界なんて霞んで見える。
「悪い、トイレに行ってくる。その間に試着しておいてくれ」
「待って!トイレはそっちじゃないわよ!」
「ん?こっちからでも行けるじゃん」
「そっちは遠回りなのよ!」
「ちょっとこっちの方に気になる店を見つけてな。チラッとでいいから、その店を見たいんだ」
「だ、ダメよ!!」
言い切る前に零は行ってしまった。絵里が彼を静止しようとしたのは、単に少しでも一緒にいたいからという純粋な気持ちではない。零の行こうとしている店に問題があるのだ。
絵里は持っていた服を元の場所でないところに戻し、走って零を追う。
「アイドルショップ……ココなら」
「零!!」
絵里は零の腕を乱暴に掴み、そのまま彼の身体ごと自分に引き寄せる。
「うわっ!どうした絵里!」
「ゴメンなさい。でも、あなたが急に行っちゃうから、私……」
「絵里…………こっちこそ悪かったよ、変なコトしちまって。まぁ、一目見れたからいいや」
零はそう言って引き返し、トイレへと向かった。その場に残ったのは絵里1人だけ。
「危ない……今の零をあまりココへ近づけるのは危険だわ……」
絵里が危惧しているのは、零がμ'sを思い出すコトだ。まだ少しばかりだが、スクールアイドルとして名が通ってきたμ'sならばアイドルショップにグッズが売られている可能性がある。それを零に目撃されたくないのだ。なるべくアイドルショップがあるところは避けようと思っていたのだが、スクールアイドルが流行している現在、どのショッピングモールにもアイドルショップが存在している。
「まさか自分からココへ行こうと思うなんて……」
零の記憶からμ'sに関する情報は消えたと思ったのに、零が自らココへ足を運ぶという、その思考に至ったが意外だった。つまり、零の記憶にはまだ何かしらμ'sについての情報が残っているのだろう。絵里の行動はそれを懸念しての行動だったのだが、今の零の状態を見る限り、完全にμ'sの記憶を消し去るまでアイドルショップやそれに準ずるところに近づけさせない方がいい。
「いっそのコト、どこかに監禁しておこうかしら……フフフ……そっちの方が安全だし、ずっと一緒にいられるものね」
~♪
「また携帯が鳴ってる……」
絵里は呆れながら、一応携帯を取り出して相手を確認する。この着信音はμ'sメンバーなのだが、最近は希からしか連絡が来ていない。今回もまた同じだろう。
「やっぱりね……ん?」
やはりと言うべきか、着信はやっぱり希であった。だが、今の着信の他に彼女から別の通知が届いているコトに気付く。その通知は勝手に画面に表示されるので、絵里の目にその内容が飛び込んで来た。
『零君の記憶喪失について、聞きたいコトがあるんや』
まだ文章の一行目だが、その内容だけを見て絵里は顔をしかめる。大方、真姫たちから聞いたのだろう。本来なら無視するところなのだが、絵里には先程の零についての懸念がある。もし何かの不都合で零と希たちが接触してしまった場合、零の記憶が元に戻る危険性がある。
だとしたら今の内に叩く。今の絵里にとって、希たちは必要のない存在である。必要ないならば排除する。例え命を奪ってでも。
~♪
再び着信音が響く。やるべきコトが決まった絵里は、遂に通話ボタンをタッチする。
『…………まさか出てくれるなんて』
「久しぶりね希。と言っても、2、3日声を聞いてないだけだけど」
『ウチにとっては長かったよ、その2、3日は』
「世間話をするために掛けてきたんじゃないんでしょ?」
『そうやね。この電話に出たってコトは、ウチが送った内容は読んだってコトでええんやな』
「ええ」
『それなら待ってるね』
「分かったわ」
会話はそれだけだった。だが親友であった2人だからこそ、それだけの会話で内容をほとんど把握するコトが出来る。絵里は再び希からの通知を見る。さっきの文章の続きには、待ち合わせの場所が記されていた。
「わざわざそっちからノコノコやってくるなんてね。面白いじゃない……一番見たかったのよね、希が恐怖するところ……」
目の前のアイドルショップの雰囲気とは真逆の雰囲気が絵里から醸し出されている。もうあの時輝いていたスクールアイドル、『μ's』の絢瀬絵里はもういない。たった1人、愛する人のためにすべてを捧げた。
「お~い!待ったか?」
「零……」
「あれ?服は選ばないのか?」
「ええ。もう帰りたくなってきたし」
「まぁ、もうすぐ日は暮れそうだけど。どうした急に?もしかして俺といてつまらなかったか?」
「それだけは絶対にないわ!!私は零といる時が人生で一番楽しいの!!」
「そ、そうか……ありがとな」
「ねぇ、零は私と一緒にいて楽しい?」
「え?もちろん楽しいに決まってる。恋人と一緒にいられる時間が楽しくない訳ないだろ」
「零……フフッ、ありがと♪」
(この時間を壊した希には相応の罰を与えなくちゃね。希だけじゃない、私と零の邪魔をする人は誰であっても許さないわ……2人きりの至福の時間を、誰にも……)
~※~
「すみません。待たせました」
「いいわよ別に。用事があったんでしょ」
園田海未と矢澤にこ、2人は再び同じ場所で待ち合わせをしていた。海未の表情は固く、それを見たにこは大体の察しがついた。
「その様子だと、上手くいかなかったみたいね」
「はい……」
(使えないわね……何のためにアンタを休日に呼び出したと思ってんのよ)
わざわざ海未を呼び出してまで、彼女に穂乃果たちを襲うように仕向けたのだが、結果は失敗だったようだ。
「今回はほんの挨拶です。次は必ず仕留めます」
「そう……にこも自分の出来るコトに全力を尽くすわ」
もちろん嘘である。にこは自分の手を汚すような真似はしないと決めている。彼女が動くのは、先程の通り精々誰かを誰かに"仕向ける"ぐらいである。もはや神出鬼没の殺人鬼のようになっている穂乃果やことりを相手に、自分から動くのはリスクが高すぎる。ならばその相手は、2人に因縁がある海未に任せた方が効率がいい。
「報告はそれだけ?」
「ええ……残念ですが……」
「まあいいわ。じゃあにこはもう帰るわね」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ~」
にこは手を適当にフリフリ振ってその場を去る。もう海未を穂乃果たちに仕向けるコトが出来たし、後は勝手に潰しあってくれるのを待つだけだ。にこの計画は一時終わりを迎える。
(今日は許してあげるわ。でも次はキチンとお願いね……海未)
海未はにこと反対方向へ歩き出す。今回の失敗は、逆に海未の心を激しく燃え上がらせた。しかしそれは赤い炎ではなく黒い炎。ことりに煽られたコトでその勢いは大いに増している。表情は固いまま変わらないが、その目は異彩を放っている。
(あれで助かったと思ったら大間違いですよ、ことり……そして穂乃果……)
零を巡る画策は、さらに深みを増していく……
~※~
西木野真姫、星空凛、小泉花陽の3人は街を駆け回っていた。その理由はもちろん絵里を探すため。それに自分1人で行くといった希も放ってはおけない。3人は絵里や希に何度も連絡を取っているのだが、2人から一切返事はない。ちなみに零に至ってはこちらから一切の連絡が届いていない。恐らく絵里が零の携帯に着信拒否設定を追加されて、零がそれに気付いていないパターンだろう。
「希ったら!一体どういうつもりよ!」
「どうして凛たちは行っちゃダメなの!?」
真姫と凛は愚痴を言いながらも周りを綿密に確認する。花陽も愚痴は漏らしていないが2人と全く同じ気持ちであった。
「もしかして希ちゃん、何か考えがあるのかな?だとしたら、私たちを絵里ちゃんに遭わせたくない理由があるのかも」
「凛たちを危険に遭わせたくないって言うけど、1人だと余計に危険な気がするよ」
「そうね。でも希は絵里の一番の親友だろうし、何か思うところがあるのかもしれないわ」
希が絵里に何かしらの対抗策があるのか。それとも単純に自分の親友だから自分が絵里を元に戻してやりたいという、ただの我が儘なのか。どちらにせよ、真姫たちは絵里の元へ向かうと決めている。
「でも手がかりがないんじゃあ、街全体を探すなんて骨が折れるにゃ~」
「希ちゃんは知ってるんだよね?絵里ちゃんの居場所……」
「電話で『ウチが行く』って言ってたし、知っている可能性が高いわね」
「「「う~ん……」」」
3人は絵里と希が会いそうな場所を考えてみるがそもそも2人との接点がμ'sだけで、学外でもあまり会ったコトはないため中々そのような場所は思い浮かばない。絵里との会話や希との通話から推測しようにも、場所に関する手がかりはありそうもない。
ダメか。3人は同時にそう思った。手がかりなしで探し回るのはあまりにも無謀な行為だと分かっているが、立ち止まりたくはない。まだ自分たちが見落としているコトはないかと、自分たちの記憶を必死に絞り出す。
~♪
真姫が鳴る。この着信音はμ'sのメンバーの誰かではなく、一般の着信音だ。そうなると今は申し訳ないが、構っている暇はない。
「うにゃーーー!!分からないにゃ!!2人がドコに行くのかが!」
「やっぱり闇雲に探すしかないのかなぁ?でも結構時間が経ってるし、今から適当に探しても間に合わないかもしれないけど」
「時間か……もう希は絵里と会っているのかしら」
ここで真姫は何となしに携帯の時計を見る。
「え!?」
「わっ!どうしたの真姫ちゃん!?」
「これ見て……」
「「ん?」」
真姫の携帯には先程の着信音の時に送られてきたであろう、ある場所を示した地図が表示されていた。恐らくアプリを使用してマッピングされた地図だ。
「ど、どうしてこんなメールが?」
「さあ、それは分からないけど。このタイミングで私たちにマッピングを送りつけるなんてね……」
「どうする?そこに行ってみる?」
相手のメールアドレスは見たところ、捨てアドのような適当な文字列だ。イタズラかもしれないが、それにしてはやけにタイミングが良すぎる。さらに真姫のメールアドレスを知っているときた。そうなればイタズラの線は薄そうだ。
「もしかしてこのメールの送り主って……」
真姫にある思考がよぎる。確信はないが、送り主が誰だか分かったような気がした。
「ココに行くわよ!凛!花陽!」
「えぇ!?真姫ちゃん急にどうしたの!?」
「本当にそこに行っていいのかにゃ!?」
「えぇ。私の考えが正しければ恐らくね……走りながら話すわ!」
真実は、もう目の前にある。そして、あの人も今頃きっと……
~※~
「……待ってたよ、絵里ち」
「ええ、私も久しぶりに会いたいと思っていたの。でも、こんな辺鄙なところに呼び出すなんてね」
希と絵里がいる場所は公園のような広場。もう日が暮れかけ、明日が月曜日なコトも相まってか、その広場には人はいない。それを読んで希はココを待ち合わせの場所として指定した。絵里は辺鄙と言ったがそこまで街から離れている訳ではなく、高校生の足ならばむしろ誰にでも来られる。
「零君は?」
「しっかり家まで送り届けたわ。それに、2人きりで話がしたいと言ったのはあなたでしょう……希」
「家って……それは絵里ちの家?それとも零君の家?」
「私の家に帰す訳ないじゃない。親も亜里沙もいるし」
「恋人やのに?」
「そうよ。この後私が零の家に帰れば、2人きりでイチャイチャできるしね」
絵里は余裕そうな表情を一切崩さない。希も真剣な表情で絵里を見つめる。周りには誰もいない。どんなに大きな声を出そうとも、どんなに激しく音を立てようとも誰にも聞こえないぐらい、2人の周りには閉鎖空間のような雰囲気が漂っている。
「さて……とぼけるのもええ加減にしてもらおか。零君に何をしたのか、詳しく話してもらうよ。絵里ち……」
親友同士の対決が、今始まる……
~※~
戦況報告
内容についての感想もとても嬉しいのですが、『上手く表現出来ている』などの文章自体についての感想もすごく嬉しいです。逆に改善点や気になる点がありましたら、そちらの方もドンドン言っちゃって下さい。
第四章もそろそろクライマックス。ここから第四章以前に起こったことを含め謎解き(?)と、絵里との対決になります。
次回もなるべく近いうちに投稿したいなぁ。