「もう、救われている…………?」
絵里と希は想定外の返しをされ困惑する。もちろんそうであろう。自分たちが救おうとしていた人が、既に救われていたと言っているのだから。もしかしてもう零がにこを救ってあげたのか?だが、にこから感じる不穏なオーラは未だ消えていない。それに零は学院で授業を受けているハズだ。
「零がにこを救ってくれたのよ」
「そんなハズないでしょ!?零は今学院に……」
「今の話じゃないわ……μ'sに入る前の話よ」
「μ'sに入る前のにこっち……」
μ's加入前の彼女は、とにかく否定的であった。当時の穂乃果たちは新手の新人潰しと思い込み、ただ嫌がらせをされているという感覚でしかなかった。だがにこには確固とした想いを抱いていたのだ。例えスクールアイドルと言えども、ファンや客を魅了しなければ本当のアイドルとは言えない。当時のμ'sに欠如していた部分を不器用ながらも指摘していた。
「にこっち、ずっとμ'sのストーカーしてたもんね」
「人聞きの悪いコト言うんじゃないわよ。でも今でも思う、あの時のμ'sは許せなかったわ」
もちろん彼女はただ嫌がらせをしていた訳ではない。だからと言って助ける気もなかったが、もしかしたら心のどこかで自分と同じ失敗をみんなにして欲しくないと思っていたのかもしれない。
「だったら、μ'sに入って鍛え直してやろうとは思わなかったの?にこならそれが出来たと思うんだけど」
「そんなコト……出来る訳ないじゃない。また何を言われるのかと思うとね」
「え……?」
「にこっちが1年以上アイドル研究部のたった1人の部員やったコトは、絵里ちも知ってるやろ?」
「えぇ、生徒会役員はずっとやってたから」
「部員が1人だとね、聞かれるのよ。『どうして1人なの?』『どうして続けてるの?』ってね」
「!!」
絵里はにこが1人となってしまった経緯を知っている。彼女の想い描くアイドル像に、誰もついて行けなくなったのだ。もっと楽しく自由にやれると思っていた人ばかりで、にこの考えとは異なっていた。1人、また1人と仲間が消えていく。その苦しみや悲しみを背負ってまでにこは夢を追い続けていた。
夢を追い続けるのは素晴らしい。だが、他人に話すとなるとどうなるだろうか?にこの気持ちを理解していない人はこう言うだろう、『1人になっても続けていられるなんてすごいね!』『とっても頑張っているんだね!』、と彼女を励ましたり応援する言葉を。
しかし、それはにこにとって負担でしかなかった。
「なにが『矢澤さんはすごいね』よ!!全然すごくなんてない!!だって何も出来なかったんだから!!」
「なにもって……本当に何もしてなかった訳じゃないでしょ?」
「出来なかったわよ!!どんどん離れていく仲間を引き止められない!!新しい部員を勧誘しようと思っても、1人では曲も作れないし衣装もない!!結局何も出来なかったのよ!!」
「それでにこっちが取った選択は、たった1人だけで部を守るコト……」
「それしかなかったのよ……」
「たった1人で……」
激励される、応援される、その1つ1つがにこの大きな負担となった。声をかけられる度に自分が何も出来なかったコトを思い出す。辛く悲しい現実がフラッシュバックされ、自分がどんどん惨めになっていく。だが自分を応援してくれる言葉は後を絶たない。
「ウチもにこっちの気持ちには気付けなかった。だから、せめて隣で支えてあげようと思ってたんや。それがにこっちの負担になっているとも知らずに……」
「希には感謝してるわ……アンタがいなかったらあの時点で壊れていたと思うから。それでも、にこの心は重いままだった……」
結局2年間、にこの真の気持ちに気付く者は現れなかった。自分から言い出したいとも思った。だが理解はされないだろう。実際にこの気持ちを味わってみないことには。もうその時から、にこは自分1人だけで部を守っていこうと決意した。アイドル研究部こそ、僅かな時間だが仲間と一緒にスクールアイドルが出来た証だから。ここだけは絶対に卒業まで守り抜いてみせると誓った。
「そうやっている内に、何を言われても負担やストレスを感じなくなっていた。いや、無視してたって言った方がいいわね……」
「そうやね、ウチも初めはにこっちが復活したのかと思っていた。でもその心には……」
「重圧が伸し掛っていたのね……」
にこは自分に降りかかる様々な重圧から目を背けていた。無視していたのだ。もちろん無視は出来ても、伸し掛ってくる重圧を振り払うコトは出来ない。でも彼女はそれでいいと思っていた。このまま卒業さえしてしまえば何もかも忘れてしまえるのだから。かつて仲間と共に活動していた時の思い出すらも、これ以上自分の負担になるのなら忘れてしまおうと考えていた。
「だけど、3年生になってまたそれを思い出してしまった」
「それが……μ's」
「でもそのμ'sのおかげで、にこっちの心が晴れた」
「まさか!?にこが救われたっていうのは……」
「もちろんμ'sのみんなにも感謝してる。だけど、にこが一番感謝しているのは…………零よ」
神崎零。μ'sは彼の手によって結成されたと過言ではないぐらい、零はメンバー集めに必死であった。彼が踊ったり歌ったりする訳ではない。だが彼は誰よりも率先してμ'sのために行動している。そんな零に出会ったコトで、にこの運命が変わった。
「にこが初めて零と出会った時、アイツなんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「『先輩、泣いてますよ』って言われたわ。初めは意味わかんなかったわよ。涙なんて流してなかったし」
「泣いてるって、それって当時のにこの本当の気持ちじゃあ……」
「そうよ。もう辛い思いをするなら誰にも関わりたくない、嫌なコトからはすべて逃げ出す。そのにこの気持ちに気付いていたのよ、アイツは。しかも一目見ただけで」
自分に話し掛けてくる人はみんな決まって、一人でアイドル研究部を守っている自分対する励ましか応援の言葉を掛けてくる。そんな言葉を聞くぐらいなら、もう他人とは関わらないようにしようと思った。しかし零だけは違う。自分の心の奥底に眠っていた想いに気付いたのだ。
「あとは希も知ってるでしょ?初めはμ'sへの勧誘を拒否してた。解散させようとまでしたわ」
「意固地やったもんね……」
「でもただ拒否してた訳じゃないわ」
「どういうコト?」
「怖かったのよ。もしにこがμ'sに入って、またあの時と同じ状況が起きるのが」
自分が入ったコトで、2年前と同じ状況になってしまったらどうする?もしそうなったら自分はどう責任をとる?そう考えるだけで胸がいっぱいになり、とてもではないがμ'sに入るコトなんて出来なかった。にこが出来るコトはただ1つ、自分と同じ道を歩ませないために彼女たちを解散させるしかなかった。反発されるに決まっている、それは分かりきっていたコトだ。だが彼女たちに自分と同じ気持ちを味わって欲しくなかった。
「でもμ's解散しなかったし、零はずっとにこを勧誘してきた」
「私の時も……そうだったわ」
「零君らしいね」
「それでにこは零に聞いた。『どうしてにこなの?他にもいるでしょ?』って。そうしたら零は」
『俺は仲間のコトを常に強く想っている人を探している。そうですよね、先輩』
「仲間のコトを、常に強く……零はにこの過去を知っていたのね」
「ウチがみんなに話したから」
「自分でも気付かなかった。心の中に眠っていた、仲間を想う気持ちってやつに。それを零が掘り起こしてくれたのよ。もう1度仲間たちとスクールアイドルをやりたいって気持ちを」
零は希からにこの過去について聞いていた。彼はその話からにこの背負ってきた負担と重圧を理解しながらもなお、彼女を勧誘しようとしたのだ。もちろん無理にではない。彼女が辛い過去を引きずりながらも、仲間との思い出を消さないように部を守ってきたところに、彼の心が響いたのだ。そして彼は、その瞬間からにこがμ'sを解散させようとする本当の意味も理解した。だから勧誘した。それほど仲間のコトを強く想っている彼女を。
「それで心の負担が軽くなったにこは、晴れてμ'sの仲間入りをしたって訳」
「なるほど、だから『もう救われている』なのね……」
「えぇ、だから今度はにこが零を救う番。零の心の負担を、にこが取り除く。もう零の辛い顔は見たくない」
にこは常に零の顔色を伺っている。日々刻々と険しく苦しい表情になっていく彼を見過ごしてはおけなかった。だとしたら今度は自分が助ける番だ。大切な仲間のため、そして何より自分の愛する人のため、彼の負担になる因子をすべて排除する。
「それがにこっちの仲間でも……μ'sのみんなでも取り除こうとするの?」
「そうよ。だって零に辛い想いをさせる奴は…………仲間じゃないもの」
「にこ……」
「にこっち……」
絵里と希は再び衝撃を受ける。一緒にμ'sの一員として頑張ってきた自分たちを、仲間ではないと言われたから。決して彼女の過去を2人は共有するコトが出来ない。それは実際に味わってみないコトには分からない。どれだけ彼女の辛さを理解したとしても、それは自分が勝手に作り上げた想像に過ぎない。
「アンタたちを選んだ理由は簡単。にこが知っている中で、一番零を痛みつけたのはアンタたちよ!!もちろん他のみんなも排除するけど、アンタたちだけは何としてでもにこがこの手で消す!!もう零のあんな顔は見たくないのよ!!!」
零に辛い思いをさせたμ'sを許せない。そんなコトをしたみんなを片っ端から排除する。それがにこの計画の大前提だ。初めはメンバー1人1人を匠に誘導しようとしたが、もうその人もほとんどいなくなってしまった。だがもう誘導などする必要はなかった。みんなが零にした仕打ちを思い出すたびに怒りが溜まり遂に爆発、自分で手を掛けるコトにしたのだ。
「もう1度、あの零の笑顔を見たいのよ!!そんな零と一緒にいたいのよ!!もうこの気持ちは抑えられない!!だから邪魔なμ'sはみんな消す!!!」
「にこっち!!」
「アンタたち、そんなところに突っ立ってていいの?」
「えっ?」
絵里たちが立っている場所は特におかしくも何もない、倉庫に敷かれた床の上だ。しかし唯一挙げるとすれば、絵里と希の足元にはどこからか流れ出した黒い液体が溜まっているコトぐらいだ。
「調べたのよ、その液体がどんな成分でどんな性質なのかってね……そしたら面白いコトが分かったわ。試してあげる」
にこはポケットからテレビのリモコンのようなモノを取り出し。スイッチを入れて絵里たちの足元に溜まった黒い液体に向かって放り入れる。
「あれって!?希!!ここから離れ……きゃあああああああああああ!!」
「えっ!?あ゛ぁあああああああああああ!!」
ドサッ!!ポチャリ
2人の身体に電流が走り、全身が痺れその場で崩れるように座り込む。
「言ったでしょ、にこは何も仕掛けてないってね。にこはね」
彼女が投げ入れたのはスタンガン。謎の黒い液体は電流を通しやすい性質があったのだ。あらかじめにこは、2人が液体の溜まったところに立つように自分の位置を決めていた。自分が座っているドラム缶だけを綺麗にしたのは自分への感電を阻止するためだ。彼女自身はポジションについていただけで何も仕掛けてはなかった。
「安心しなさい、感電死はしないから。すぐ殺しちゃったらつまらないし」
「ぐっ……」
「うっ……うぅ……」
身体に大きな電流は走ったのものの、辛うじて手や腕ぐらいは動かせる。しかし上手く立ち上がるコトは出来ない。にこは落ちていたスタンガンの電源を切り、遠くに投げ飛ばす。もうこんなモノ必要ないと言わんばかりだ。
「さて、そろそろ零に電話するか。準備も整ったし」
「零に……?もしかして初めからそのために!?」
「今更気付いても遅いわよ」
プルルルルルルル
『もしもし!!』
「その声、覇気が戻ったようね」
『にこ……全部分かったぞ。お前の計画がな』
「そう、そりゃよかったわ。ところで零、アンタ、にこのところに来てくれない?」
『言われなくとも……今何処にいる!?』
「ダメよ!!来ちゃダメ!!にこはあなたを」
絵里が電話に横槍を入れる。彼をここへ呼ぶ訳にはいかない。自分たちを囮として何かをされるに決まっている。
『その声……絵里か!?』
「うっさいわね!!にこが話してるんだから入ってくんな!!」
ドゴッ!!
「ぐぅっ……」
「にこっち……ええ加減に」
「だからうるさいのよ!!黙って!!」
ドゴッ!!
「うっ……」
『絵里と希がいるのか!?オイ!!答えろ!!』
「場所は後でマップを送るから」
にこはそこで通話を切った。そしてすぐに絵里たちに送った同じ地図マップを零に送る。
「零を呼んでどうする気?」
「アンタたちが気にする必要はないわ」
絵里はどうにかしようと身体を動かすが、そのたびに全身が痺れ思うように動かない。どうすればいい?ここからどうしたらにこを取り戻せる?絵里はこの状況を打破する方法を必死になって模索する。
「そうはさせへんよ……にこっち……」
「の、希!?」
「あ、アンタ……どうして!?」
絵里とにこは驚愕した。何と希が立ち上がったのだ。あれだけ大きな電流を全身に浴びておきながら、直立二足で立ち上がれるなど誰が予想しただろうか。
「にこっちを…………今度はウチらが救う番や」
親友を救うため、何度でも希は立ち上がる。ことりや絵里の時は失敗してしまったが、今度は絶対に取り戻す。もう彼女にあの辛さを味わって欲しくないから……
ここから、反撃の時!!
負け確定(100%とは言ってない)
前回の後書きであえて負け確定と言っておき、実は逆転するという無駄なミスリード。全然ミスではないと思うけど……
ということで次回は第五章完結編!
~見所~
絵里と希の逆転劇!!
にこが仕掛けていた最後の作戦も!?
零と1年生組の動向は!?
付録:現在のメンバーヤンデレ度vol.9
正常:真姫、凛、花陽、希、絵里
異常:海未
末期:穂乃果、ことり、にこ