「ぐっ……うぅ……」
何となしに俺が発言した一言が海未の逆鱗に触れてしまい、彼女に首を締め上げられ今にも殺されそうになる。彼女の目は、未だかつて見たこともないような怒りに満ち溢れていた。人間の目とはここまで感情を表せるのかと、こんな状況でなければ関心してしまうところだ。
「さあ答えなさい!!なぜ穂乃果とことりの名前を出したのです!!私という彼女がいるのにも関わらず!!」
首を絞める力は留まるコトを知らない。それに呼吸が困難になっている今、答えるどころか声を出すコトすら出来ない。しかもさらっと"彼女"とか、ありもしない事実まで付け加えられている。絵里の時もそうだったが、この状態の彼女たちを全力で否定する。もちろん身を捧げて楽になるという選択肢もあるが、俺がその選択するコトは絶対にない。
「がぁっ……あぁ!!」
俺は力を振り絞って海未の両手首を掴み、渾身の力で引き剥がそうとする。もはや海未とは思えないほどのパワーであったが、俺もヤワではない。そこは男と女の体力の差が露骨に現れた。俺は徐々に海未の手を自分の首から引き離す。彼女の両手が俺の首から完全に離れた後、俺はサッと後ろに下がった。これ以上の追撃をもらわないようにするためだ。
「はぁはぁはぁ……」
海未からの拘束が解かれた瞬間、周りの空気が一気に俺の身体に流れ込む。当然身体は大量に流入した酸素を捌ききれず、過呼吸状態となってしまう。頭の血の巡りも良くなってきたので、ようやく冷静に状況判断が出来るようになった。
「答えられないと言うのですね……」
「はぁはぁ……そもそも答えさせるつもりなんてなかっただろ……」
「そんなコトはありません。私への愛があれば造作もないハズですから……」
「……狂ってんなお前」
今までに監禁や拘束されたコトは数あれど、殺されかけたのはこれが初めてだ。今の海未に何を言っても聞き入れようとはしないだろう。むしろまた不用意に発言すれば再び暴走しかねない。ここはとりあえず立ち去った方がいいな。
「俺帰るわ。今日はもう疲れた」
「そうですか……あなたの幸せは私の幸せ、あなたの苦しみは私の苦しみです。あなたが帰りたいというのなら止めはしません。ですが……」
「ん?」
「料理を残すのは許されません。私の愛が詰まったオムライス、完食してもらいます」
これを?海未の歪んだ愛と血液が詰まった、想像するだけでも恐ろしいオムライスを完食しろと?冗談じゃねぇ……だけど海未はジッと俺を見つめ、部屋の扉の前に立ち塞がる。これは……抵抗したらまた死の寸前まで追い込まれそうだ。
「どうしました?もしかして食べさせて欲しいのですか?それならそうと言ってくだされば、こっちの準備は出来ていますよ」
「何が出来てるんだよ……自分で食べるからいい」
「そこまで照れなくても……」
「うっさい……」
このままだと永久にここから出られないので、仕方なく禍々しいオムライスを頂くコトにする。味だけはしっかりとしているので食べられなくはない。人の血が混じっているというのは、今だけ記憶の彼方に飛ばしておこう。そうしないと食えたもんじゃないからな。
「どうです?美味しいですか?」
「さっきも言っただろ」
「何度でも聞きたいんです!!」
「……美味しいよ」
「ありがとうございます!!嬉しいですっ!!」
さっきまで狂気に満ちた顔をしていたのに、今は普通の笑顔に戻ってやがる。でも俺が見たいのは、海未のこんな顔じゃないんだ。もっと、もっと心の奥底からの笑顔。まぁ、今も別の意味で心の奥底からの笑顔なのかもしれないが。
「食ったぞ、これで文句無いだろ」
「えぇ、お粗末さまでした」
「あぁ、それじゃあな」
「お気を付けて」
「分かってる」
俺と海未の会話は非常に淡々としていた。全然楽しくもなんともない、本当にこれが親友同士の会話なのかと思うぐらいに。だけど絶対にあの時の日常を取り戻す。それでもう一度、海未にオムライスを作ってもらいたい。そのためには海未のコトも大事だけど、先に穂乃果とことりの行方を掴むところから始めないと。
「零!!」
「なんだ?」
「帰り道、変な女に遭ったらすぐに電話してください。私が始末しに行きますから……」
「っ……じゃあな!!」
海未から暴走していた時とはまた別の黒さが垣間見れた。これこそ今まで真姫たちが放出していたオーラと全く同じモノだ。仲間を殺すコトに全く躊躇がない……最悪の狂気。俺は逃げるように帰宅した。
~※~
自宅に着いた時には日が完全に落ちていた。一応絵里たちに自分の安否を伝え、余計な心配をさせないようしておく。特に真姫と凛、花陽はにこの件もあるから、心配し過ぎて心臓が潰れれしまわないかこっちが心配になる。真姫たち1年生組からの連絡では、穂乃果とことりについて色々と探ってみたが、有力な手掛かりは見つからなかったという。ちなみに理事長室へは朝俺が行ったので、彼女たちは行っていない。これ以上理事長の不安を募らせる必要もないだろう。
「あれ、鍵が開いてる?もしかして閉め忘れたのか?それとも……」
ここで俺は戦慄した。もちろん自分の不注意という可能性もあるだろうが、それ以上に可能性が高い選択肢が1つだけある。μ'sの誰かが侵入しているという可能性だ。流石に海未が俺より先にここへ来られる訳がないので、考えられるとしたらあと2人。穂乃果とことりのどちらかだ。しかもその2人なら、ほぼ確実にことりだろう。穂乃果はことりに連れ去れられているし。穂乃果が自分で逃げ出したのなら話は別だが……
「誰だろうと俺の家で好き勝手やらせるかよ……行くっきゃねぇ」
覚悟を決め、ドアノブを捻り玄関へ突入する。すると、予想通り誰かの背中が見えた。だがその後ろ姿はことりでも穂乃果でも、まして海未でもない。しかし俺はその姿をよく知っている。付き合いだけなら穂乃果たちより数十倍長い。スラッとした長身に、海外モデルかと思わせるような抜群のスタイル。そのせいか歩くだけで男が言い寄ってくるらしい。容姿だけなら完璧、でも今の穂乃果たちとは別の意味で俺の天敵であるその姿は……
「秋葉……帰ってきてたのか」
「おっ!零君おっかえりーーー!!」
俺の実の姉……神崎秋葉だった。
~※~
「お前いつ帰ってきたんだよ、電話したら明日って言ってただろ」
「たまたまこっちに来る用事があってね。時間が掛かるから明日になるかなぁ~って思ってたんだけど、意外と早く片付いたからもう来ちゃった♪」
「大学に行って仕事もしてご苦労なコトで」
「もっと労ってくれてもいいんだよ~~。そうだ!久しぶりに晩御飯作ってよ!!零君の男飯食べたいなぁ~♪」
「残念、男飯は男の食べ物だし。それに俺はもう晩御飯を食べてきたんだ」
「えぇ~~」
コイツのテンションを見ていると、さっきまで海未と闇の中にいたのが嘘のようだ。一気に現実に引き戻されたような感じがする。いつもは煩わしいが、今だけは安心出来るというか気持ちが落ち着く。
俺も秋葉が何の仕事に携わっているのかはよく知らない。分かっているのは意味不明な発明品ばかりを開発して、しかもその実験台として俺やμ'sのみんなを巻き込みやがる。そして本人は影でほくそ笑んでいるという、ある種マッドサイエンティストと言ってもいい。さらにその発明品が裏でかなり売れているらしく、それが本人のやる気に火を点けているらしい。迷惑な話だ。普段のおちゃらけたテンションもすべて、そのブッ飛んだ性格のせいである。
「それより、ほらコレ!真姫たちが解体したやつだ」
俺は秋葉に解体された爆発物が入った紙袋を手渡す。秋葉の来てもらったのはこれを回収してもらうためだ。たぶん安全だと思うが、俺たちは専門家じゃないし分からないからな。
「ほほ~う……こうして見るとオーソドックスな作りだねぇ。見ていてつまんない」
「お前学院が吹っ飛びそうになったんだぞ……ちゃんと処理しておいてくれよ」
「オーケーオーケー!大いに役立てるよ」
「どんな意味でかってのは聞かないでおこう……」
コイツなら学院を爆破するコトなんて平気でしてしまいそうで、ある意味にこよりも怖い。自分の姉ながらそこまでの良識があるコトを祈るばかりだ。そもそもコイツなら、解体不可能なモノを作ると思うが。
「初めはホントビックリしたよ。いきなり零君が電話で『真姫たちに解体方法を教えてやってくれ』って、映画の撮影かと思っちゃった!!」
「お前にも感謝してるよ。電話に出なかったら、俺1人で解体してただろうから」
「零君が?出来るの?」
「さぁね。でもやらないとどの道学院が吹き飛ぶだろ」
「自分だけ逃げれば助かるのに?」
「あそこには真姫たちの他にもたくさんの人がいたんだ。俺1人だけで逃げられるかよ」
「ふ~ん……」
秋葉は俺の言葉を否定はしないものの、馬鹿にしたような目と口調で俺を責める。これが俺と秋葉の考えの違いだろう。第三者視点に立つと、秋葉の考えは人を見捨てた人道なき考えに見える。だが自分の立場を当事者に置き換えてみると、彼女の考えは不自然でも不条理でも何でもない。自分の命を守りたいと思うのは普通の考えだ。複数の赤の他人の命より、たった1つの自分の命。むしろ奇抜な考え方をしているのは俺の方だろう。
「相変わらずお人好しというか、偏屈というか……それで損しなきゃいいけどね。私は損なんてしたくないから、他人のコトなんて二の次だわ」
「それが普通だよ。俺が普通じゃないだけさ」
秋葉は嫌味ったらしく俺に言葉をかけるが、間違ったコトは言っていない。それで彼女は成功してきているのだから言い返すコトも出来ないし、言い返すつもりもない。
「本当にその信念を最後まで貫ける?零君が今、何を抱え込んでいるのかは知らない。たぶん私が想像しているより遥かに大きいコトなんでしょうね。それでもなお、最後までやり通せる?」
「当たり前だ。そうでなきゃここまで来られていない。俺1人だったら途中で諦めていただろうな。でもみんながいてくれたから諦めずに駆け抜けて来られたんだ、最後まで絶対にやり遂げてみせる」
最後……穂乃果とことり、そして海未。アイツらを取り戻し、もう一度μ'sを再結成するまで俺は決して諦めない。みんなで一緒に帰って、また同じ夢を目指す。それにさっきも言ったけど、俺1人でやる訳じゃないしな。もし俺が転んでも、支えてくれる仲間がいるから大丈夫だ。
「ふっ、自信満々なのは相変わらずか。全く誰に似たんだか」
「母さんとお前かな?」
「言うねぇ~~!!私にとって零君やμ'sがどうなろうと知ったこっちゃないけど、これだけは言っておきたいの」
「何だよ改まって……」
「途中で消えたら許さないから」
「…………んなコトになるかよ。安心しろ」
珍しく真面目な顔をしている。秋葉のこんな顔を見たのは生まれて初めてかもしれない。口では嫌味を言っているけど、本当は心配してくているのか……それとも脅しに近い警告なのかはハッキリしない。でも、この俺がその言葉通りになる訳がないだろう。
「じゃあもう帰るわね」
「えっ!?もう!?」
「ここへは少し時間が出来たから立ち寄っただけ、明日の用意もあるからね」
「そうか……ありがとな」
「零君が私にお礼を言うなんて……明日は槍、いやミサイルが降ってくるかも!?」
「どんな天気だよ!?!?日本中焼け野原になるわ!!とっとと帰れ!!」
「はいはい♪」
「ったく……」
秋葉相手だと、突然の一言ですぐに調子を崩される。まだまだ俺はアイツに勝てそうにねぇな。初めから戦いたいとも思わないけど。
~※~
深夜、もう街灯の真下以外は夜の闇に染まり、出歩く者は誰もいない。強いて挙げれば、こんな時間に出歩くのは夜行性の野良猫ぐらいだ。音という音もあまり聞こえず、唯一街の方で車の走る音だけが微かに聞こえてくる。
もちろん日本の大半の人が寝静まっている時間。零もここ連日の疲れから、ベッドに入って十数秒で眠ってしまった。また明日には一波乱あるだろうし、消耗しきった体力のまま挑む訳にはいかない。それは零だけでなく、学校や部活、仕事など人それぞれ休息を取る理由がある。
そう、それは人ならば誰にでも……
カラカラカラカラ
「零く~ん♪お楽しみの時間ですよ~♪」
窓を開けて零の寝室に侵入してきたのは、南ことり。彼女の時間は、今から始まろうとしていた……
零の姉である秋葉さんの初登場でした。
とは言っても、今後登場するかは未定です。
第一章の第三話でタイトルに『最初の試練』と名付けた時点で、いつか今回のタイトルにしようと決めていたのですが、遂に『最後の試練』と名付けるコトが出来て1人で感動しています。ここまで長かったな……ここからが本番ですけどね(笑)