ことことと音を立てながら、板上焜炉の鍋が揺れる。
一行が山裾まで降り、硫黄の村まで続く街道に入った頃には
陽もかなりと傾き、遠い空の端が宵色に染まりはじめていた。
肉体資本の開拓者及び護衛、なお板神は除外する事にする、
とは違い体力的に限界の在る商人夫婦には疲労の色が見え、
とりあえず夕食がてら、休息を入れる事と成った。
アルフライラが煮込んでいた鍋から器に分けたのは、
磨り潰した牛肉、黒い汁に使った肉の余りで造った肉団子であり、
沙穀を混ぜて捏ね、大蒜と塩で味を調えた鶏ガラスープで煮込んでいる。
そして唐辛子と大蒜を炒めた
匙で掬った肉団子を噛んだそれぞれが、口中の意外に驚きを見せる。
肉に包まれた肉が肉の中で肉汁を蓄える、言わば肉の小籠包。
齧れば激熱に煮込まれた挽肉と肉汁が口の中に溢れ出す。
単純ながらも贅沢な驚きに満ちた、肉団子の仕掛けであった。
「よくもまあ、保存食と余り食材だけでここまで作れますね」
軽く呆れた声色で、商人が感嘆を述べる。
さりげなく挽肉の他、
ついでに水と氷も生成し、呑酒妖怪が持つ
「蕃椒と大蒜で彩られた肉が酒で洗われるわッ」
「熱と氷が交互に口を蹂躙してくるのう」
「ふわああああ、何ですかこれ何ですかこれッ」
騒々しく騒ぐ妖怪たちと爆乳を脇に、無口な剣士と護衛も匙を動かす。
黙々なれど、優し気な空気が醸されているあたり気に入ったらしい。
「これも含めて、近隣は結構東方由来の料理が多いなあ」
肉酥は元々東方諸国から伝来してきた料理だと、村では言われている。
古代より海路、島伝いに様々な文化が流入してきた土地であった。
やがて食事も終わり、空の端が茜に染まり出した頃合い。
ようやくと村に到着した一行は、漂う不穏な気配に眉を顰めた。
誰そ彼の夕闇に染まる村で、人が集まり誰かを囲んでいる。
幾人かの見覚えのある若者たちの周りに、採骨道具を握る村人たち。
遠くからも察する事の出来る、殺伐とした空気と喧噪の音。
「何事じゃこれは」
近くに居た村人にハジャルが問えば、青褪めた顔で言葉が返って来た。
「あの余所者たち、村の祠を壊しおったのだ」
「何と、あの祠を壊してしまったのかー」
「おお何と罰当たりな、恐ろしい事が起こらねば良いが」
何となく空気を読んで、それっぽい受け答えをする頭脳労働担当組。
それで祠って何と、すんと真顔に戻って村人に問い掛ける。
あの若者たちが山降る時、遊び半分で祭壇を破壊していたと返り。
「ああ、道中に在った18角の祭壇の事ね」
「結構ガタが来ておったが、壊すと不味い物じゃったのじゃな」
まあ観光資源の破壊は普通に迷惑行為であるし、物理的にも心証的にも、
相応の補償が求められてしかるべきだろうとの結論に至った。
なので村の問題だなとスルーして、宿所に移動しようとした時、
囲まれている者たちが一行に気付き、叫ぶ様に言葉を投げた。
「あんたらもこの土人どもに言ってやって ――]
しかし、言葉は最後まで紡がれず。
轟音と振動が、村を走り抜けた。
突然に大地が激しく揺れ、誰しもの足元がふらつき重心を崩す。
へたり込み、表情が驚愕に固まり両腕で自らを抱きしめる。
地震かーと、のほほんな空気を醸し出す地震大国製創世神の板に、
青褪めたマルジャーンが飛び乗り、少女を後ろから抱きしめた。
その横で驚愕に顔を固め、足場を固めたサフラが板に手を突いて、
下半身から力が抜けたハジャルが、上半身だけで板に凭れ掛かった。
「……あ、地震だからか」
何でと驚きを見せたアルフライラが、ようやくに地震耐性に思い至り、
ならこんな物かとしみじみ頷けば、そこかしこから絶叫が上がった。
「ち、知識としては識っておったが、恐ろしい物じゃな」
力の入らない声色で語るハジャルを、とりあえずと神は板に乗せ、
サフラの方に振り向けば、俺は大丈夫と仕草だけで応えて来る。
―― あああ、まぐま様、まぐま様がお怒りじゃッ
村の古老の言葉が黄昏に響く。
そして少女に何かを忘れている、そんな不安が軽く表情を過ぎた。
「………………あッ」
気付き、作業用ハンドで商人夫婦を掴み板に引き寄せる。
マルジャーンとハジャルを板に乗せたまま、サフラに視線を投げ、
引き寄せた商人夫婦を捕まえたまま、駆け付ける護衛に追わせるまま。
「毒竜の息吹が来る、死にたくなくば私に続けッ」
拡声した神の言葉が村を貫き、その効果を確かめる事も無く、
ただ一心不乱と先日に登った登山口に駈け、急ぎ登り始めた。
「いや、何事じゃアルよッ」
「やべえ、今からあの村は毒に沈む」
ハジャルの問いに応え登りながら、チラリと後ろを振り向く1柱1人。
囲まれていた若者たちは鼻で哂い、周囲の村人たちも嘲る顔を隠さない。
ついて来たのは幾人か数えるほどと、わらわら生えた奇獣人たち。
「いや何処に居たの奇獣人」
「そう言えば、物陰とかに潜んでおったのう」
様々な支族の奇獣たちは、その腕らしき部位に人を掴んでいる。
とりあえず近くに居た人間を捕獲しながら憑いて来たらしい。
そして個性豊かな行列の後方、村の中で人々がパタパタと倒れ出した。
思わずと駆け寄ろうとした護衛の若者を、作業用ハンドが止める。
何故と表情だけで問い掛けた人に対し、神は静かに首を振った。
「もう既に、私たちの足首の高さまで毒に埋まっている」
駆け寄っても死ぬだけだと。
言葉を理解し、やるせない顔のまま登り直す護衛の若者。
そして一行は黙々と山を登り、村を眼下に見渡す高さにまで至った。
流石にこの高さなら大丈夫かなと神が告げ、人が改めて問い掛けた。
「いきなり何事が起こったのじゃ」
「振動が火口湖を揺らし、湖に飽和していた毒が溢れたんだ」
二酸化炭素、毒竜の息吹と伝えられた伝承の真実である。
「本来なら、大部分が炎の渓谷に呑まれたのだろうけど」
そこまでの言葉で、思い至ったハジャルが言葉を継いだ。
「新しい登山道か」
硫黄採掘の為、山頂へと新しく拓かれた登山の道。
それは即ち、湖より溢れた毒を村へと誘導する道でもあった。
「やがて青い炎の毒が注ぎ、遺体を焼き始めるだろう」
硫黄性のガスが表皮や粘膜に存在する水分と結合し、硫酸と化す。
後に残るのは竜の息吹に灼かれた様な、そんな遺体だけと。
しかし何故突然とアルフライラが口にした時、再びに大地が揺れた。
「お、おおおおおアルよ、大丈夫なのかのここでッ」
「ぷるぷるぷるぷるぷるぷる」
「あ、何か振動が丁度良く凝りを解してくる」
板を揺らしまくるマルジャーンと、たゆんたゆんと揺れる夫人を横目、
山頂方向をアルフアイ望遠で確認したアルフライラは、目を逸らした。
この高さからは、よく見えていた。
そっと背けた顔を、上からサフラが掴んで元に戻す。
「吐け」
「造ったのは私ではない」
だから無罪と主張する邪神ロボブーを、ぎりぎりと締める紅玉の剣士。
やがて弱々しい悲鳴が登山口に響き。
崩れ、割れた岸壁の向こうからそれは姿を現した。
噴煙の中、大地に立っている巨神、首の無い巨大な人型の機械。
その両腕は正面に伸び、胴と同じ太さの筒へと接続されており、
筒の中を通る鉄柱、今まさに大地へと叩き付けられようとするそれ。
その鉄柱には、何故か顔が彫られていた。
そっと、アルフライラは神代を思い出す。
スカルマンを起点とした、僕の考えた最好の石ノ森クロスオーバー世界。
兵器廠爺と語り合い盛り上がった、各種創作設定の記録。
もしそれが残っていたとしたら。
「村長の持つ古文書に、いったい何が記されていたのやら」
不穏と不安が交差する宵の口に、新造ブレインロボの3号機、
地震ロボことマグマが大地を揺らす響きが天地を貫いていた。