祀神が不在の千夜神殿本殿に、忘却の大神たちが憩っていた。
黒曜石で飾られた夜の祭壇には数多の家猫族が集い、試作48号素体、
黒髪を長く伸ばす女神カイカブが微妙な距離で様子を伺っている。
ちちちと音を鳴らしながら手を差し伸べるも、家猫たちの警戒は強く、
神殿床で伸びたりしつつも、一定の距離を保ったまま近寄ってこない。
「けど以前より距離が短くなっています、あと少しですね」
「いや会話しろよ、猫獣人なんだから」
何故に野良猫相手の様なコミュニケーションに成るのかと、
蓬髪の野性味在る57号素体、ダウイ神が呆れた声を出した。
「アルの字や赤海星は会話せずに普通に懐かせていますが」
「アレらはもうそういう生き物だ、諦めろ、真似すんな」
どこかの祟り神が聞けば嫉妬の血涙を流しそうな評価である。
「しかし私は気付きました、我らが妹と獣神との関係に」
「いやまずは聞いて、俺の話」
男神の訴えを華麗にスルーしつつ、女神は深く頷いて滔々と述べた。
「妹の妹と言う事は、私にとっても妹的な物であると言う事」
「まあ製造元は一緒だし、何だかんだ大神たちは同型だからなあ」
内蔵権能が試作品、劣化権能などと呼称されている代物ではあるが、
基本的に大神と同型、高位新人類素体で造られた姉兄である。
そんな事をダウイがしみじみと再認識していれば、カイカブは物陰から、
何かやたらと巨大な円筒形の布で造られた物体を取り出した。
白い円筒の中央は、まるで炙ったかのように茶色に染まっている。
「そんなわけで強請って造ってもらいました、巨大竹輪クッション」
「やべえコイツ、獣の神域のど真ん中で獣神に集りやがった」
白き獣神お手製、超巨大竹輪の縫いであった。
「ふ、この家猫ツカマエールが在れば尻を触り放題って寸法ですよ」
「家猫族は獣人だからな、尻を撫でるのは普通に問題だからな」
揉んで叩いて洗って乾かしたりしている普段の千夜神を想えば、
この神殿が淫祠邪教の場である事は疑い様の無い事実かもしれない。
「さあ頭を突っ込むのです、そして尻を差し出しなさいッ」
「いや獣人だからな、普通に言葉理解されてるはずだからな」
騒々しい偽りの大神たちの前で、そっと神殿の床に置かれる竹輪。
神々の会話を聞いていたのかいなかったのか、虎柄の家猫族が近付き、
ペシペシと猫手で感触を確かめた後、顔を寄せて口先で振れた。
押す。
ふにょんと押し返された感触に一旦動きが止まり。
そして、口元でまた押し込んだ。
延々と押しては返し、もふもふと床上で竹輪が揺れて、尻尾も揺れる。
何か感触が気に入ったらしく、押し込む動作がいつまでも止まらない。
「あ、穴はスルーですか、しかしこれはこれで目論見通りッ」
竹輪穴に頭を突っ込ませ捕獲から、無防備な下半身を狙っていた物の、
横の感触を優先されるのは予想外ではあったが、尻は無防備であった。
そして伸ばした手が、後ろ足で払われる。
「ああん」
「何でちょっと嬉しそうなんだよ」
カイカブが猫飼い神の位に達するには、まだ暫くかかりそうである。
そんな伸ばした手が払われ続ける永久機関と化した在り様の向こうから、
白兎族の若者がカートを押しながら昼食を運んで来た。
とりあえず猫尻にかまけて忙しそうな相方を放置して、
ダウイが遠慮無く、働かずに食う豪勢な昼飯の大皿を受け取る。
阿呆では無いかと言いたくなるほどに大量の
その上に幾つか、細長く成形され焼かれた
白兎の挽肉団子は細長く、或いは棒に巻き付ける様に成形し、
香草香菜の類を混ぜ込みつつ、香辛料は外に振って焼く形式である。
そんな先史における切りたんぽ的な造りの肉と、大量の野菜の食事。
「肉が食えるのは在り難えわ、連日搾り取られてるからなぁ」
言いながら
齧りながら咀嚼していれば白兎族から相槌の言葉が返って来た。
「神話で謳われた、最後の戦場のアイオーンの再現でしたか」
「どうなんだろな、霊素とやらが在れば出来るって話らしいが」
忘却のアイオーン真化形態、コフィンを使用して変形したそれに関し、
解除キーは使用された状態だから霊素さえ在れば再度の真化が可能と。
そんな事を少し前、修理を担当したロボブーたる妹が保証した件が在り、
そのために蓄霊素機構、ハイパー電童電池に生命を貯めている最近である。
「まあ、備えておくに越した事は無えよな」
ようやくに猫尻にかまけていた女神が食事に気付き、叫び声を上げた。
そんな日常とは関係無く、6千年前。
分厚い雲に覆われた灰色の世界を、紅玉のアイオーンが飛行する。
そしてその空中等速直線運動に追随する様に、飛行する紅の翼。
―― スペースウィングス、接続ッ
宇宙航行を可能とする設定の飛行用ブースター、スペースウィングス。
それが空中で高貴なる赤の後背に接続され、真なる紅玉が成立する。
同時に両肩にドリルアローがマウントされ、合体工程が完了した。
―― コフィン全接続正常終了、誤差範囲内、これで制式で良いね
「造りの方ではそうだな、まあ紅玉には強化の余地が無いが」
アルフライラが機体から通信を飛ばせば、施設の兵器廠爺が応える。
―― 後は使用機体に合わせた外装デザインを造りたいとこだけど
「数がちょっと多すぎか、まあ幾つか予定には入れてはおくか」
アイオーンシリーズの調整ユニットとして造られたユニットコフィン、
無調整だと光り輝く繭の様な外観であり、それが名称の由来である。
先日にアイオーン制式ナンバーの用途として、惑星上の初期霊素循環、
その正常化のための汎用移動式霊素輸送端末としての運用が決定した。
在る物はとりあえず使っておこうの精神だが。
しかし、元々お遊びで造っていた機体たちである。
紅玉を基準として見れば、各機体との性能差は如何ともしがたく、
運用のための調整用ユニット、強化パーツを作成する事に成った。
真化形態、コフィンから送信された解除キーの入力を経て、
同梱された霊素を元に設定された外観への変更を果たす機能。
ただの霊素量底上げに、容赦無く浪漫を差し込んでいく2匹である。
そしてレッドバロン用に調整されたコフィンとの接続試験も終わり、
紅玉は性能的には基準の機体なので底上げする余地こそ無かったが。
「外観変更も試しておこうぜ、正常起動を確認しておきたい」
―― スペースウィングスじゃ背負っただけだもんねえ
そしてそのまま、覚醒変身シークエンスの確認作業に移った。
言うまでも無いが、外観を変更する理由など浪漫以外に存在しない。
「何かそれっぽい事言えー」
―― 何か無いかにゃー
紫電を纏い、レッドバロンが光輝に包まれる中での気の抜けた会話。
やがて景気の良い声色が通信に響き。
―― 極神通、剛力変化ッ
空間に線が引かれ、輝きの中で神鉄が生成されて神成る姿が在り。
―― 装甲武神レッドバロンッ
全身に武装を装着した、赤き不死鳥が空に吠えた。
今この時、全てが終わった暗雲の空に無敵のメタルファイター、
アニメ版強化パーツ装着型レッドバロンが光臨する。
「ッて、いつのまに変身シークエンス外観設定していやがったッ」
―― こんな事もあろうかと、作業の合間に中枢に計算させておいた
「ほほう」
兵器廠爺の背後から新たなる爺の感嘆の声が響き、世界が凍り付く。
通信施設に訪れたのは、施設統括の任に就いている開発局の爺である。
「まあ作業に趣味を混ぜ込んで来るのは予想はしていたが」
中枢の任務割り当て分まで私物化するのはどうだろうなと呟きながら、
その片手を顎にあてて、空いた手で兵器廠爺の後頭部を握り。
「研究員統括権限で命ず、対象の施設からの霊素バックアップ切断」
―― もげっろぱあああぁぁッ
「ごぎゃああああぁぁぁッ……」
霊素消費の断末魔が通信で伝えられ、部屋にごきりと音が響いた。
そして6千年後、雪原に在る氷の魔女の宮殿に絶叫が響く。
「好機到来、『化身応身刀風早丸』確保おおおぉッ」
白銀の髪に金の瞳、透き通るような白い肌の魔女の背後から、
気配を消していた吟遊詩神が旧神遺物の強奪に成功した。
氷造の神殿の中、全裸で獣の如き姿勢の金眼少女たちの狭間を、
一振りの忍者刀が空を飛び、開拓少女組の方へと飛んでいく。
「てやッ」
「えーいッ」
弾き、受け取り、間髪入れず催眠術師の方へと投げつける。
「3つ数える、我らの全ての催眠は解けるッ」
受け取り鍔を鳴らした若者が、音を起点として催眠解除を宣言した。
「ひとつッ」
絶叫が響く。
白銀の髪を持つ少女たちが嘆きの声を上げ、倒れ伏す。
「ふたつッ」
魔女の肌が罅割れ、催眠で保っていた永遠の若さが失われていく。
「おのれ、おのれおのれ裏切者めええッ」
崩れ、崩壊を続ける指先を魔女が怨嗟を込め催眠術師へと伸ばし、
若者は受け取った忍者刀を掲げながら、静かに最後の言葉を紡いだ。
「みっつ、さらばだ母よ」
全ての催眠、化身の源、化生応身刀風早丸を失った魔女の軍勢は、
無防備に零下の極限世界に晒され、その生命を急激に失っていき。
崩れ始めた宮殿の中で、催眠術師もまた倒れ伏した。
母殺し、姉妹殺しと罵りの断末魔が響く中、ゆるりと目を閉じる。
「これで、良…… この国の悪夢は、もう―― 」
そして崩壊の中で力尽きた催眠術師を、通りすがりの詩神が拾った。
「置いて、いけ」
「いやかましい、問答無用ですッ」
ファイヤーマンズキャリーで神が催眠術師を担いで疾走し、
開拓少女たちと並走しながら、崩れ行く神殿から高速で離脱した。
「順序整然、崩壊の余波が来ない距離まで逃げますよッ」
「とりあえず術師さんに毛布掛けとくねッ」
「タサウブ運ぶからッ、荷物、渡しなさいッ」
やがて距離が離れ、雪煙を上げながら崩れ果てた氷の宮殿も遠く、
風除けの雪洞の中で毛布にくるまれた催眠術師が問うた。
何故、と。
「解甲帰田、だと言うのに細かい事を気にしますね」
力尽き果て、雪洞の中で倒れ伏す少女たちの横で、
疑問に対し吟遊詩神が気楽な声色で返答を紡ぐ。
こぽこぽと火に掛けられた鍋から湯を沸かす音が響き。
「単純明快、姉さんが氷の宮殿を観光したいと言っていましてね」
言葉の続きが紡がれれば、それにはどこか切実な響きが在り。
楽しみにしていたそうなんですよと、そこには感情が籠もっていない。
そして洞の口から、奇麗に崩れ去って跡形も無い宮殿跡地を眺め。
「絶対必要、生贄が」
真顔の一言が、零下の環境をさらに冷え込ませた。
倒れ伏す開拓少女たちも、言葉を聞きびくりと身を竦ませる。
「いや待て、どういう事だ」
「人身御供、盾が、盾が要るんですよ切実にッ」
「すわ倒れてる場合じゃねえ、荷物引っ繰り返すよッ」
「ええ、絶対に皆で生きて帰るわよッ」
そして氷点下の極限世界は俄かに騒がしく。
雪風が踊る雪原の中、旅人たちの受難はまだ暫く続いていくらしい。