傾いた陽射しが、岸壁の彩を変える。
風雨に浸食され露出した地層が、様々な色彩で旅人を迎えていた。
とある創世神の肩に同行者たちが手を置いて疑いの目を向ければ、
知らない、この断層は知らないと抗弁するも容疑は晴れず。
そんな東方諸国の西部、交易路沿い辺境の地。
イルハイナンより大陸に渡り、旅路を歩んでいたアルフライラたちは、
初手より道中に渡り、様々な有力者よりの忠言を受け取っていた。
少女の、外見が良過ぎる件について。
中央に向かえば様々な者、その権の強弱に関わらず様々な立場の者が、
少女の身柄を手中に収めようとあらゆる手管を使ってくるだろう。
もはや神国も遠く、大神の威風は帝国よりも届かない。
創世の大神、正当なる支配者にして全ての神の名を従える者。
そこまで謳われた珠玉、手にしたいと思わぬ王など居るだろうかと。
誰だんな事謳ったやつと少女が叫べば、物陰の詩人が隠形した。
そのため流石に洒落に成らない厄介事の可能性を避け、
交易路沿い、帝国への帰還の路へとついた開拓者たちである。
そして西の果て、東西の関を目指す道中に岩石山脈を抜け。
露出した地層を眺めながら、通りすがる隊商の天幕に寄れば、
簡単な消耗品の補充と幾らかの話題、竈を借りる神が居た。
道中に幾つか譲り受けた、熟した甘藷を暫し水に漬け、
満遍無く、分厚く塩で塗り固めた後に竈の炭で蒸し焼きあげる。
塩蒸し焼き芋、先史江戸時代に絶品と謳われた調理法であった。
「簡単な割に贅沢で、何より美味いのう」
塩と甘味が矢継ぎ早に口中を蹂躙すると面々に好評で、
おすそ分けされた商人たちも、興味深い顔で芋を齧っている。
「極東の芋の焼き方だね」
現在の極東に存在しているかどうかも知らないが、
とりあえず生前の手前、由来に適当な言葉を流す神。
そして後に極東芋、千夜芋などと呼ばれ東方諸国に定着したが、
極東人がその起源に関して頭を抱える事になるのは余談である。
やがて昼食がてらの買い物も終わり、開拓者たちは歩を進めた。
商人や旅人たちも幾らか視界の中に在り、荒い人の群れで進む。
各人少数の旅ではあるが、移動の際は纏まり集団に成りがちである。
辺境に旅を続けるに於いて、道中で最も警戒するべきは何であろうか。
荒れ狂う魔物か、金品狙う野盗や村人か、それとも権力者の類か。
歩む集団はそれらの危険よりもまず、野犬を警戒していた。
どこにでも居て、話も通じず、集団で襲いかかり個人での対処が困難。
野では隊商が護衛に期待する仕事も、野犬への対処の比重が大きい。
そのため旅の道に在る者は、誰が言うでも無く集団に成りがちで、
微妙な距離を空けて歩む様々な旅人と共に、岩山の道を進んだ。
「砂漠とは結構道行きが違うんだね」
「それはのう、生きる者も環境もまるで違うからのう」
いつぞやの黒の神国の様な旅路も在るし、平野と纏めて一概に言えず、
その土地のやり方に合わせる物じゃがなと、ハジャルが笑った。
やがて岩山も途切れ、砂の混ざる土塊の大地が広がり、
そこかしこ風雨に削られた奇岩が乱立し、旅人の視界を覆う。
幸いと言うべきか、岩山の物陰に時折犬狼の影が見え隠れはしたが、
襲われる事も無く国境の交易都市へと辿り着いた。
イルドンファン、東方諸国の西の果てにして東の入り口。
時間に浸食された岸壁を削り、木材を足したような建物が多い。
砂混じりの街道には露店の天幕が並び、傾いた陽が影を造っている。
「この地の関城を抜け、連環砂漠を越えたら帝国じゃな」
「南下して、霊峰経由でいつもの南方に向かう感じね」
諸国西の果てと言う意味は、国力の及ぶ領地の果てと言う意味よりも、
ここより西は砂漠だからここまで、と言う意味の方が強い。
死の砂漠を挟み、その東西に諸国の西端と帝国の東端が在った。
そして霊峰北部から砂漠にかけて、外に住む者の如く砂に生きる民、
「なので個人で渡るのは危険じゃ、隊商の護衛にでも混ざるぞい」
簡単に言えば、通行料の相乗り先探しである。
そして隊商宿に向かい、ハジャルと別れた1柱2人が夕食を訪ねた。
宿場近くの露店、屋台を軽く回り、簡素な酒店に席を得た。
酒を頼めば、青の硝子に白い葡萄の酒が注がれる。
「随分と甘口の葡萄酒」
「葡萄の美酒に夜光の杯、と言った所かしら」
イルドンファン周辺は葡萄の名所でもあり、葡萄酒の流通が盛んである。
帝国とは趣が違い主に白、甘味が強く蕩ける様な造りを好んでいる。
行き交う人や駱駝の狭間、どこからか琵琶の音も響き、
夕闇に包まれる都の中、そこかしこで篝火が焚かれはじめた。
そして剣士と歌姫、創世の神は屋台で買った串焼きを齧る。
―― 爺さんの頃は臭み消しが手に入り辛い土地だったんでね
なので紅柳の香りを使う工夫をしたのだと、屋台の店主は言っていた。
「煙の香りの中の馬芹が好く羊を引き立ててる」
「何より、酒に合うわねコレ」
齧り、呑む女神と女怪の横で、静かに太麺を齧る剣士が居た。
いつぞやにイルドラードで造られた醸皮、在る意味本場の味である。
「芥子菜か」
アルフライラが造った物に似て、それでいて舌を刺激する鮮烈な辛さ。
混ぜ込まれた芥子菜だと気付いたサフラが、短く感嘆を漏らした。
一本分けて貰ったアルフライラが、マスタード、その手が在ったかと
頭を抱えて叫ぶも、残念ながら付近に理解できる者は無く。
やがて合流したハジャルと共に、西の果ての酒宴は続けられていった。
そして数日に準備を整え、砂漠へと向かう。
朝焼けの中で関を越え、砂へと歩む隊商の駱駝たち。
同行する板や開拓者たちの他、役人や道の者の姿なども在り。
運命共同体として連環の砂漠を渡り、別れの慰めに詩人が謳う。
―― 送別の地に朝雨が降り 洗い落とすは通りの塵
―― 旅籠に植えられた柳も洗われ 緑は鮮やかに新
―― さあ君よ もう一度杯を傾けよ
―― 西の果ての関を出れば 居もしない誰ぞ知る人
風雨に削られた奇岩が散見する砂の上を、旅人たちは歩んでいった。