猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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汝は人狼なりや ②

羊の丘は、連合王国首都より北西に向かった先に在る丘陵地帯の名だ。

 

石灰岩の露出する丘は農耕に向かず、第一帝国時代の昔より牧畜、

羊の放牧が盛んであり、羊毛の交易で栄えていた土地であったが、

 

王国初期の鉄道網に組み込まれなかったが故に、時代から取り残され、

国土の発展からの恩恵が薄く、同時に様々な汚染からも逃れた地域である。

 

「現代でも集落を外れると牧草地が続き、羊が放牧されています」

 

がたごとと軌道を走る鉄道の中で、マシューと名乗った羊飼いが語った。

探偵と助手には既知の内容であったが、他国産の赤海星は興味深げに聞く。

 

車窓を流れる景色は移り変わり、向かい合う座席で持ち込みの紅茶。

パイラの水筒から紙コップに注げば、軽く足される大麦麦芽の蒸留酒(シングルモルトウイスキー)

 

「近年に合衆国人が蒸留所を開きましてね」

 

売れ行きが良く評価も高く、羊の丘の新名物だとマシューが薦めれば。

 

「ふむわからないな、もう少し足して貰えるかな」

 

そして容赦無く酒精の増量を要求するジェーン嬢に、探偵は白い目を向け、

単眼の海星は何故か懐かしい物を見る様な色合いの瞳を向けていた。

 

やがて車両を改札が回り、同時に縫いぐるみのふりをするパイラ神。

 

回って来た車掌の表情が、やべえコイツら芸術家だと雄弁に語っていたが、

特に何も言う事も無く3人分の切符を確認して去って行った。

 

なお、乗降時にはジェーンに背負ってもらおうと企んだパイラであったが、

観察力の冴える爆乳が無言で締め上げる様に運び、企みは阻止されている。

 

やがて景色が広大な牧草地に変わり、家屋が密集する集落に列車は停止した。

 

初期鉄道網から除外された地域だけあり、現代では一応に幾つか駅が在るが、

点在する集落全てを繋いでいると言うには聊か以上に寂しい有様である。

 

なので最寄りの集落に宿を取り、現地までは車道で向かう。

 

借り受けた車両で緑の小道を行けば、石積みの壁が遠くまで連なっている。

 

【挿絵表示】

 

やがてマシュー氏の住居である年代物の羊飼いの家屋に着けば、

何故か制服姿の軍人が周囲に屯しており、何名かの村人の姿も見えた。

 

「何が在ったんですか、おばさん」

「マシューちゃん、大変だよあんたの家でッ」

 

やがて丘陵に、身も世も無い絶叫が響き。

 

身分を検められた探偵とその助手、ついでの海星は軽く現場を検分した後、

依頼人を軍人たちに預け、そのままとりあえずと集落の宿へ向かった。

 

軽く陽が傾く中、川沿いを歩みながらぽつりと探偵助手が呟く。

 

「食い千切られた様な遺体だった」

 

氏の妹であると語られたその肉片は、家屋の中に無秩序に散乱しており、

破片の各所には獣の噛み跡の様な痕跡が残されていた。

 

「はてさて犬か狼か、それにしては食べ残しが多すぎる気もするがね」

 

飄々ととりとめも無い思索を口にした爆乳探偵の横で、

今まさに川辺の巨大海星を襲わんとする大量の飢えた生き物の姿が在る。

 

「ね、狙われているッ」

 

「いや待て、何だその怪奇現象」

「ワトソン君、彼はやはり水辺の生き物なのだよ」

 

大量の鱒が水面に固まり、パイラを引きずり込まんとしていた。

そしてそのまま奇獣神を川に還そうと試みる探偵と、止める助手。

 

【挿絵表示】

 

そんなじゃれ合いを続け乍ら宿に着き、荷物を置き付属の酒場に集まる。

その頃には陽も暮れて、一行は何はともあれと夕食を頼んだ。

 

「流石に今は、肉は勘弁してほしいかな」

 

などと云うシャーロットの注文に合わせ、宿の主が皿を持ってきた。

 

揚げ魚と添え芋(フィッシュアンドチップス)、乱雑に切って揚げた芋の上に衣を付けた白身魚が在る。

付け合わせの檸檬と緑豆が目に楽しく、塩と麦芽酢を掛けて齧る2人1柱。

 

「ふむ、これは鱒かね」

 

ジェーンの言葉に、上流に養殖場が在ると店主の応えが在った。

おかげでそこの川にも、良く肥えた鱒が大量に泳いでいると。

 

「せ、生態系の崩壊ッ」

「養殖場のあるあるだねえ」

 

元獣神の驚愕を流しながら、現代人たちは食事に注力する。

首都の方では鱈が主流だが、土地柄で鱒を揚げていると横から語る店主。

 

そして店主が厨房に戻れば、客は地元の麦酒(エール)で魚を流し込む。

 

「さて、軍が既に居るのは予想していたが」

 

獣退治、潰された面目を取り戻すために改めて送られた討伐隊。

首都警察からの紹介も在り、資料の提供、捜査協力の約束が成された。

 

「警察なんかの手は借りない、とか言い出すかと思ったよ」

「あちらさんも、ケツに火がついてんだろさ」

 

元軍人が知見を述べれば、探偵は肩を竦める。

 

「まあ明日に残りの記録を受け取ったら、素直に現場を回るとして」

 

そして手持ちの幾つかの写しを捲り、シャーロットは1枚を抜き出した。

 

「ワトソン君、この遺体に思う所は在るかね」

 

机に置かれた物は、先に討伐された獣の検死記録。

全身を毛に覆われた、巨大な狼の様な生き物。

 

「人以外は専門外なのだがね、ふむ」

 

言いながら机の上の記録を眺めたジェーンは、特異な点に気が付いた。

 

「脳が大きすぎる、もしやこれは獣人、なのか」

「いや、これは獣人では無い」

 

思い付きを口にした元軍医の言を、元獣神が否定した。

 

「幾つか、人としての特徴が欠落している」

「ああ、言われてみれば確かに」

 

触腕で指し示した幾つかの箇所を受け、頷く探偵助手。

 

「具体的には、どこらへんが人では無いのかね」

「幾つか在るが、例えば手だな」

 

付け合わせの天かす(ビッツ)を齧りながら探偵が専門家たちに問えば、

海星が麦酒を追加しながら、珍しく真面目な風情で解説した。

 

「どう見ても犬狼の足だ、獣人だとこうは成らない」

 

人と獣を分ける手の特徴と言えば、親指の可動域である。

 

他4本に相対する様に動く指、掴むのに適したそれを手に入れた猿は、

自らの立体的な指の動きに対応するため、その脳容積を増やしていった。

 

その特徴は獣人たちにも例外では無く、有名な家猫族などの前足も、

外観は完全に猫のそれではあるが、その骨格は完全に人に準拠している。

 

きっとたぶんおそらく。

 

「するとこれは異形とは言え、狼の類だと」

「いや、それもそれでおかしい、人の特徴が在り過ぎる」

 

そしてシャーロットの結論を、改めてジェーンが否定した。

頭蓋、臼歯、幾つかの特徴は狼では無く人であると示していると。

 

「これではまるで、人と獣を継ぎはぎにした様な」

 

集落の酒場の夜に、どこか冷たい空気が忍び込んでいた。

 

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