猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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汝は人狼なりや ④

―― 夕刻に牧草地帯を車で走行していると、石垣に蹲る人影が見えた

 それは人と言うには形が歪で、特に右肩が大きい宇宙人であった

 

 驚いて車を止めて窓を開けたら、臭かった

 

「それは浮浪者か何かなのではないかね」

「ああ、宇宙規模で考えないとそう感じてしまうのかもしれないね」

 

「正気に戻れホームズ」

 

―― 昼過ぎに突然、不思議なほどに酷い疲労を感じ横になった

 転寝で過ごしている内、ふと気が付くと宇宙人に囲まれていた

 何故か身体を動かす事が出来ず、恐怖に私は気を失ってしまった

 

 そして目が醒めると、宇宙人たちは居なくなっていた

 

「どう考えても夢を見ただけだろう」

 

「ああ、宇宙規模で考えな――」

「やかましい」

 

探偵と助手が道すがら、受け取った資料に関し意見を交わしていた。

 

依頼人の妹の葬儀に参列した折、軍より約束されていた資料を受け取り、

その日の内に、そのまま過去の事件現場を幾つか回る予定である。

 

「まあ何だ、最近の証言はそんな宇宙人遭遇の話ばかりだね」

「いや一体何の証言を集めているんだ、軍は」

 

パイラから改めて渡された資料の束を振りながらシャーロットが纏め、

その内容の無関係ぶりに頭痛を堪えながら、ジェーンが嘆く。

 

「ふむふむ、町外れの鳥小屋の側にUFOが着陸したと」

 

渡された資料に目を通した探偵の言に、懐疑に満ちた助手の視線。

 

「水を要求され、渡してやったらお礼にパンケーキを貰ったらしい」

「近所のおばさんか」

 

この世の物とも思えぬほどに不味かったと、報告書に記載が在った。

 

「つまり、王国で生まれ育った宇宙人だったのかもしれない」

「泣けてくる様な内容の馬鹿話を真面目な顔で言うな」

 

こんなのろくでもない無い様しか推理できないよと、探偵が天に嘆き、

雑に返された資料束を海星が揃え、触腕持ちのバスケットに仕舞った。

 

そして牧草地帯の外れ、羊飼いの住居で立ち止まる。

 

市街地と同じく、蜂蜜色と謳われる色付き石灰岩を建材に建てられた、

家族5人で住んでいた家屋、惨殺事件の現場である。

 

「流石に遺体は片付けられているが、実に生々しいね」

 

内部は乱雑に散らばっており、様々な家具も破損している。

そして何より壁に、床に、そこかしこに夥しく残る血痕。

 

周囲を注意深く観察しながら、2人1柱は屋内の部屋を巡った。

 

「血痕が幾つか、壁に横に走っていたね」

 

血染めの人形が置かれた、子供部屋でシャーロットが呟いた。

 

「それが何か、ああ、高さか」

 

ぐねぐねと踊るパイラ神よりも高い位置で、壁に横に走る鮮血。

犬や狼ではもっと低い位置に集中するだろうと、ジェーンは気付く。

 

「先に仕留められた狼人間もどきが、まだ残っているのか」

「いや実は、やっぱり宇宙人の仕業なのかもしれないよ」

 

ぴぽぽぽぽと鳴きながら空中に浮遊する海星を眺めた探偵が、

この高さならイケるなどと力説し、助手に軽くシバかれた。

 

「まあ何だ、もう軍と警察が調べきってはいるのだがね」

 

壁時計を外し、次々と引き出しを開け、底を軽く叩いて元に戻す。

家探しを続け乍らシャーロットが語れば、ジェーンが問い掛けた。

 

「それで、何を探しているんだ」

「いやね、日記の類でも残っていたら良いのになと思ってさ」

 

言われて、押収品に娘の日記は在っただろうと助手が訝しめば、

日々の献立表みたいな内容だったねえと、探偵は気楽に笑う。

 

そんな中、巨大な単眼をきゅぴんと光らせたパイラ神が、

ここ、ここと寝台に付属している装飾前で触腕を振った。

 

「何か本当に便利だねこの海星」

「いやパイラよ、普段もそうだが流石に働きすぎじゃないか」

 

つかホームズの面倒を見るのはもう少し適当でも良いんだぞと、

パイラの過労を心配したジェーンが労われば。

 

「姉上様や姉どもに比べればどうと言う事は無い」

「怪産物の家庭は厳しいのだな」

 

単眼を張って言い切った海星の触腕に手を置き、何も言えない人。

 

その後ろでああでも無いこうで無いと動いていた探索人が、

ああこうかと呟き、同時にがこんと装飾が外れる音がする。

 

「それでホームズ何を探して、いや待て日記だと、何でだ」

「日記と言う物は、2つ使う人も結構居る物なのだよワトソン君」

 

在れば幸運程度の目論見だったがねと、シャーロットは苦笑を零した。

 

そのままパラパラと捲り、内容の斜め読みをする。

少女らしい甘酸っぱい内容が続いているねえと、ぼやき声が漏れて。

 

「ああ、ここからか」

 

途中のページで止まる。

内容は短く一言、毛が生えたと。

 

「とりあえず、お祝いでも述べておくべきかねえ」

「いや本当に何を探していたんだよツ」

 

下世話な話題に頬を染めた元軍人女性の叫びを揶揄いながら、

いやこの先だよこの先と、日記のページを捲りながら読み上げる。

 

「手足が毛深くなった、胸と背中に毛が生えた」

 

親に相談すると、私たちの一族はそう言う物だと告げられた。

遥か昔にこの地に漂着した、ダスティンを祖とする羊飼いの血筋。

 

「突然に名前が出て来たな」

 

簡単に思い出せる歴史には覚えが無いと言うジェーンに、

シャーロットは日記を読み進めながら、短い言葉で応える。

 

「緑色のダスティン」

 

羊の丘にも伝わる民間伝承だと。

 

「古く、王国各地には緑色の肌の迷い人の伝承が残っている」

 

肌が緑色の異邦人の伝承、王国各地に残るそれは古く、

千夜神の大戦よりもなお古い時代に、幾つもの記録で残されていた。

 

「ああ、緑色の子供のお伽噺か」

「そうだね、この土地ではダスティンと名乗ったそうだ」

 

言葉使いも妖しく、辛うじて疎通した意思も要領を得ず、

大方、大陸よりの移民の類であったのだろうと推測されている。

 

その幾人もの異邦人は、基本それぞれの土地の領主に保護されたが。

 

「土地の食べ物を摂らず、やがて衰弱して死亡とも」

 

古の出来事だけ在り、その記録も曖昧で数が多いわけでも無いが。

 

「土地に根差し同じ物を食べて暮らしたとも」

 

類型を取れるほどに、その顛末は少ない。

 

ただ、何の関わりも無い複数勢力が同時期に記録を残している以上、

その時期、誰かしらが漂着したと言う事実だけは間違いが無いと。

 

「土着した者は、その内に肌が王国人と同じ色に変わったと言うね」

 

簡単に各地の伝承を語る探偵に、元軍医が私見を述べる。

 

「ふむ、食物絡みで真面目に考えれば栄養、萎黄病か何かか」

「鮮やかな緑色の肌か、まあ古すぎて確かめ様も無い話さ」

 

あり得る可能性を辿るにしても、その結論が出る保証は無く。

 

「まずは見つかっていないこの家の主人が、獣なのだろう」

 

そう締めたシャーロットは肩を竦め、退出を促した。

見るべき物は見て、もう血臭に付き合う事も無いだろうと。

 

出れば陽も中天を過ぎた頃合い、草原を渡る風が身の臭いを飛ばす。

 

牧草地に在る、外使いの腰掛けと机の横でパイラがバスケットを開き、

取り出した紙コップに対し、保温水筒からまだ温かい紅茶を注いだ。

 

礼を述べ受け取るジェーンと、当然の様に受け取るシャーロット。

そして互いが腰掛けると、パイラが無言で液晶版を取り出した。

 

「さあ、アルちゃん様の生放送の時間だッ」

「おい待て」

 

容赦無く視聴モードに入った邪教の信者の有様に呆れた声、

アーカイブで良いだろと言うも、せっかくの生だよと返る。

 

―― そんなわけで今日は、連合王国の羊の丘に来ています

 

【挿絵表示】

 

「おおおおおお、近い、近く無いかねッ」

「ここまでテンション高いホームズは久々に見るなあ」

 

液晶版から流れて来る放送を食い入る様に見つめる冒険探偵に、

瞳のハイライトを消して棒読みで合いの手を入れる探偵助手。

 

「海外の見える丘陵、植生と狼煙台、ちぃ、北部かッ」

「この推理力の無駄遣い」

 

僅かに見える背景から即座に位置を特定した視聴者の鑑が、

改めて真面目な顔を造り、淡々とした口調で意見を述べた。

 

「ワトソン君、実は捜査のために一度北部まで足を延ばさねば」

「正気に戻れ馬鹿女郎」

 

―― この狼煙台は200年ほど前の物ですが、懐かしいですね

 

騒がしい視聴者を放置して、番組の内容は進んでいく。

 

当時の領主の奥方が建てさせた、三本の塔で囲む形の狼煙台。

アルちゃん様が、実は縁在って落成式に参加していたなどと語り。

 

―― 屋上で高笑いしつつ、アレ実家ですわーとか叫んでいましたよ

 

「ふむ、件の塔の奥方の逸話か、相変わらず設定が緻密だ」

「何かもう時折、本当に千夜神なのではと勘違いしそうになるよ」

 

緩く見えて、成り切りのクオリティの高さが恐ろしい。

 

無駄に緻密なキャラ設定が、過去に様々な千夜教信者を黙らせていて、

終には信者に転ばせ賽銭までさせた、侮れない旅ちゅーばーである。

 

そんな女性たちの会話を聞いた奇獣神は、そっと遠い目をして。

 

―― 今の塔は入場料を取られますが、1階は無料でお土産売り場です

 

そこで中に入ると、権利者からの連絡が在ったなどと店員が語り、

土産売り場の奥の席に案内され、持て成される旅ちゃーばー。

 

―― え、お茶とお菓子ですか、時間だからと、有難うございますッ

 

机の上には、しっとりと脂が回った焼き菓子と紅茶。

 

―― 豚脂の焼き菓子(ラーディケーキ)ですか、羊の丘の名物ですね

 

豚脂(ラード)を練り込んだ生地で作る焼き菓子であり、油脂の気が強く、

菓子としての甘さに脂の甘さが混ざる、地方独特の焼き菓子である。

 

菓子に使う豚の脂が文化人には嫌われ、都会ではまずお目に掛かれない。

 

―― 普通にバターたっぷりケーキみたいな物なんですけどねえ

 

もそもそと画面の中ではヴァーチャルな千夜神が食事の動作を繰り返し、

音からは飲み、食べ、ついでに時折語りが入る形で進行していく。

 

そんな普通に褒め称える感じの番組に、飯テロを喰らった視聴者陣。

ごくりと喉を鳴らした横から、そっと海星が菓子を乗せた紙皿を寄せた。

 

豚脂の焼き菓子。

 

パイラが宿の厨房を借りて作ったおいた、茶時用の菓子であった。

 

「いやこの海星、有能過ぎないかね」

「流石にここで出て来るとは思わなかったよ」

 

称賛の嵐を受けて眼球を張り、姉上様には鍛えられましたからと、

ハイライトの消えた瞳で何か哀しい謎発言を述べた赤い単眼海星。

 

海星業界の家庭環境の厳しさを思い、戦慄しきりな人々であった。

 




森亜るるかがバニラを入れていない……妙だな

【挿絵表示】
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