猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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汝は人狼なりや ⑤

 

犠牲者は増え続けている。

 

以前に討伐隊が獣を討伐し、事件の解決が宣言されていた事も在り、

被害が続いているにも関わらず、住民たちは日常へと回帰していた。

 

解かれてしまった警戒は、敷き直すまでに若干の時間を要する。

 

その誤差に付け込む様に郊外での犠牲者が続出し、再度に怯え、

気が付けば通りの人影も絶え、深刻な静寂が街を包んでいた。

 

そして今、怪しげな儀式を行う場がここに在る。

 

単純で在りながら熱狂的で、狂信的な高揚にも似た信仰が人の身を染め、

かの星辰が揃うが如き悍ましき有様に形容される生き物がこそ、

 

その狂気じみた紅に染まる粘膜の如きぬめりを持つ触腕が、

鈍色に輝いた鉄柱に絡みつき、冒涜的な蠕動を繰り返している。

 

おお見よ、人々の狂気に染まりきったあの瞳を。

 

いやさ、或いはこれこそが正気なのやも知れぬ、あやふやな世界の中で、

何故に正気を保つと言う狂気に身を晒していた事実を疑わなかったのか。

 

やがて悍ましき儀式に参加した人々は、口々に聖句を唱えだしていた。

 

―― 自分の中に毒を持て マイナスに飛び込め

―― うまくあるな きれいであるな ここちよくあるな

―― 何でも良いから まずやってみる それだけなんだ

 

宿の食堂である。

 

隅っこに立っているダンス用のポールに、パイラ神が絡み付いていた。

 

ぐねぐねんと踊る海星の触腕に正気度を削られた酔客たちは、

ハイライトの消えた瞳で踊り子の周りで譫言を呟いている。

 

この光景を違和感無く受け入れている自分も駄目になっているのではと、

自己分析の果てに遠い目をしたジェーンの視界の先には相方の姿。

 

最前列で、触腕を括る飾り紐に紙幣を捻じ込んでいた。

 

―― ホームズには、実は貢ぎ癖が在るのでは無いか

 

気が付きたく無い事実に想到してしまった探偵助手が、

瞳のハイライトの帰還を諦めた頃、満足気な顔で冒険探偵が戻って来た。

 

「何故なんだい、ホームズ」

「何だ、知らないのかねワトソン君」

 

途中で両手に樽杯を調達していたインパネスコートの爆乳が、

薄く泡の乗った麦酒(エール)を渡しながら、白コートの太腿へと短い応え。

 

「海星には、棒が在ると絡まって踊る習性が在るのだよ」

「そこじゃねえ」

 

益体も無いやり取りを交わしながらも、夕餉の席は改めて整い、

シャーロットが卓上のパイを取って、ジェーンは樽杯に口を付けた。

 

「ふむ、流石豚の産地だけあって豚の包み焼き(ポークパイ)も良いね」

「それに関しては、焼いたのがパイラってのも在るだろうさ」

 

香味野菜と豚挽肉を香辛料で煮込み、パイ生地で包んだ後で、

隙間にゼラチンを多く含んだブイヨンを注ぎこみ固めた物。

 

豚の煮凝り包みとでも言うべきそれは通常、冷えた状態で提供される。

連合王国に於ける豚肉料理としては、ありふれた品目であった。

 

そして脳髄の皺を消し去った顔で夕食を摂る著名な探偵を置き、

元軍医は杯を傾けながらポールで踊る海星ダンサーを眺める。

 

「何だろうね、麦酒の後味に蜂蜜が居るのだが」

「ああ、羊の丘では隠し味で少し入れるそうだよ」

 

ハニーエール、などと呼ばれる飲み方には幾つかレシピが在るが、

羊の丘周辺では量を少なく、後味に香る程度に抑えていた。

 

「さて、犠牲が止まらず対応も後手後手だね」

 

やがて指先を舐め乍ら食後の探偵が述べ、助手が受ける。

 

「近々、有志による獣狩りが行われるそうだよ」

「あの少尉殿も、軍人にしては随分と柔軟な方だね」

 

軍の主導、と言う程でも無いが特に妨害する様な事も無く。

あわよくば尻馬に乗ろうと、そんな思惑が見える経緯であった。

 

「何にせよ、頭数が無いと見付けるのも難しいのは確かか」

 

おそらく羊の森の獣は、森林のどこかに潜んでいる。

 

単純に路傍に居ないのが明らかなだけで、消去法的な判断だが、

事件現場が郊外である以上は最も疑わしい地域には違いが無い。

 

「しかし森から現れ街道の人を襲う、完全に黒妖犬だねこれは」

 

過去の事件資料を机に並べながら、シャーロットが嘯いた。

 

鋭い刃物で内臓を切り取られた家畜の事件

獣に食い散らかされた少女から連なる、郊外の被害。

深夜の郊外で、人知れず惨殺された家族

 

「そう言えば、家屋にまで入って来たのはこれと依頼人宅だけか」

「敷地内に怪しい影がなんて証言は結構在ったけど、まあ少ないね」

 

とは言え事件後は戸締りをしっかりする物かとジェーンが頷き、

だから判断理由には弱いんだよねと、シャーロットが肩を竦める。

 

そして一旦の討伐後、再発した被害。

 

路傍で獣に食い散らかされた被害者

食い散らかされた依頼人の妹

 

「そして近日に被害が幾つか、牙と刃物が混在していたそうだ」

「件の殺人鬼まで活動を再開していたのか」

 

刃物を持った狼人間の仕業かもしれないよと、探偵がお道化、

そのまま懐の缶から薄荷飴を取り出して口に放りこんだ。

 

静かに、物を考える。

 

指先が時折に書類を叩き、机の上で不規則に固い音を鳴らす。

 

「何故、黒妖犬の仕業と言われなかったのか」

 

羊の丘の獣、そう呼ばれる事自体に不自然が在る。

 

机が指先で鳴らされる中、樽杯を抱えた海星が席に戻って来た。

新しい麦酒をジェーンが受け取り、礼を言って口を付ける。

 

「そもそも何故、この地に黒妖犬の伝承が残っているのか」

 

海星と太腿が杯を傾けた時、宿の扉が乱暴に開け放たれた。

 

「探偵の嬢ちゃんたち、大変だッ」

 

軍服を纏う白髪の老人、先日に知己を得た老兵のひとりであり、

隊長の命で至急に伝達を行うために訪れたと語る。

 

依頼人、マシュー氏が獣に襲撃された。

 

軍が獣狩りの勇士と打ち合わせをしていたタイミングであり、

連絡を受け騒然、突発的に獣狩りが開始されてしまったと。

 

「心理的な負担が限界に達したのかねえ」

 

ハンチング帽を片手に頭を掻きながらシャーロットが呻き、

その横でジェーンが口元の樽杯に角度を付ける。

 

周囲の視線を無言で集める中、嚥下されていく麦酒。

 

やがてジェーンの杯は空き、次いで問い掛けが口から零れ出た。

 

「それで、マシューさんは大丈夫なのですかッ」

「………ワトソン君」

 

探偵が相方に白い目を向ける中、少し引いた老軍人が応える。

 

「ああ、まあ掠り傷と言え獣の牙だから少々厄介だがな」

 

雑菌の塊で付けられた傷は相応に深刻ではあるが、

ただちにどうと言う程の重症では無かったとの返答。

 

「それより今だ、もう森の中に討伐隊が入っちまった」

 

軍としては放置も出来ず、済し崩しに獣狩りは開始された。

魔導甲冑の起動を急ぎ、僅かな間に連絡に走って来たと。

 

聞いて探偵主従は即座に宿の主人に支払いを入れ、コートを羽織る。

 

慌ただしく夜の街道に出て、郊外に在る軍の天幕に走る。

老軍人と、探偵助手と、探偵にライドされた単眼海星。

 

「いやホームズ、ビジュアルが不真面目過ぎないかねッ」

「仕方無いだろう、この方が早いのだからッ」

 

そもそも夜を走っているのは、現役軍人と元軍人と元獣神である。

 

普段から、多少は自衛術の心得が在るなどと嘯く冒険探偵とは言え、

安楽椅子上の社会不適合者が追走出来る様な面子では無い。

 

君に言える筋合いかと叫ぶ探偵、麦酒が勿体無いだろうと叫ぶ助手。

 

月が照らす牧草地帯に、遠く蒸気機関の音が響いていた。

 




オサレぽえむ

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