猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

25 / 35
汝は人狼なりや ⑥

 

「霧が出て来たね」

 

パイラの後部に寄生しているシャーロットが呟いた。

 

【挿絵表示】

 

宵闇に染まり行く森林の手前、牧草地に霧が流れ出している。

森に沿う路には魔導甲冑が在り、森の奥からは、銃声。

 

「補助輪接続完了、宜しッ」

「主導輪接続完了、宜しッ」

 

路傍では老兵たちが甲冑に集まり、後部に補助輪を接続し、

腕部マニュピレーターを側面に装着した主導輪に繋ぐ。

 

後背の蒸気機関が喧ましく震え、頭部の煙突より排煙が吹き上がる。

装甲内部に少尉の嘆きを響かせながら、鉄の塊が疾走を始めた。

 

蒸気式魔導甲冑、戦闘機関車形態。

 

大戦に華々しく謳われた戦闘車両に対し、魔導甲冑に類する戦闘車両。

魔導戦車などと呼称される事も在る、吶喊の先導役である。

 

それが煙を後に残し、森林に沿う舗装路を驀進する。

 

骨董品の類に分類される甲冑だけあって、その性能は大戦初期の物。

走破性は極めて低く、舗装路以外の走行は絶望的であった。

 

そのため森林の中の喧噪を、外から追う様に走る。

後に追随するのは老兵たちと探偵を背負う海星、そして助手である。

 

大きくなる音はやがて叫び声と化し、散発的に銃声が混ざる。

 

最寄りと思われる場所まで走行し、魔導甲冑が車輪を投棄した。

以降は二足歩行で鈍重に、藪を突き抜けながら現場へと歩行する。

 

自然破壊を敢行しながら進んだ先は、少し開けた場所に成っていた。

 

猟銃の他、山刀や斧で武装した村人たちが集まっている。

獣毛が全身を覆い、人とも犬狼ともつかぬ異形を囲み争う姿。

 

「何だ、この臭い」

 

風向きを受け、鼻を抑えたジェーンが眉を顰めて呟いた。

 

腐卵臭に似た、甘い香り。

 

「浮浪者を煮詰めた様な臭いだねえ」

「甲冑の排煙の方がまだ幾らかマシか」

 

海星ライダーな探偵セットが発言を受け、軽く風下から移動する。

 

「詰まる所、刃物も獣もあいつら全部かな」

 

距離を開け、討伐隊の動きを見ながらシャーロットが呟いた。

 

獣を囲む人々は殺意を漲らせ、手持ち武装で袋叩きにしていて、

狂騒から少し引いた位置に居る人々は、軽く引いた顔で固まっている。

 

よく見れば騒いでいる討伐隊に、何故か幾人かの獣人が混ざっており、

神殿の経費で観光美味しいDEATHなどと叫んでいて。

 

【挿絵表示】

 

「パイラ、心当たりは在るかね」

「暇な人が居たら手伝って欲しい、と連絡した覚えは在る」

 

ジト目のジェーンから、目を逸らしたパイラの返答。

森林の捜索だから人手があった方が良いかと思ったと、海星だけに。

 

「そう言えばこの海星、神殿持ちの神族だったな」

「普段の言動のせいで結構忘れがちだよねえ」

 

探偵主従が、うっかり事実を思い出して軽く遠い目をした。

 

奇獣神パイラ、獣の大神キットゥ・アスワドの流れを組むと謳われた、

神都テルバードの聖地に神殿を持つ、由緒正しき獣神の1柱である。

 

歴史に時折、パイラこそ獣の大神の化身などと語られる事が在ったが、

奇獣神殿自体が千夜神殿の旗下に在る事からも、俗説の域を出ない。

 

語っても基本、誰も信じなかったとも言う。

 

そしてまず、血の宴から正気を取り戻した人々が魔導甲冑に気付き、

そそくさと避難して、軍の後ろで武器を構え事態の変化に備え出した。

 

次に罵倒と絶叫の響く円陣の中から、依頼人が姿を見せる。

 

「マシューさん、動いて大丈夫なのですか」

「正直辛いですけどね、獣を逃がさないためには無理をしないと」

 

ジェーンの問いに、服の裾から包帯が覗く青年が応える。

 

軽く力瘤を造ってお道化た手には、鞘に仕舞われた曲刀が一振り。

先祖から伝わっている極東の武器、カタナと呼ばれる物だと語った。

 

「それはまた、露骨に斬れ味が良さそうな」

「いや普通に軍に調べられましたからね、凶器じゃないですよッ」

 

探偵の簡単な感想に、少し焦った様相で依頼人が弁解を述べた。

 

「そう言えば、まだ使われた刃物は見つかってないんだったか」

 

獣の犠牲に混ざり、鋭く切り取られた遺体を作り出したはずの刃物。

現時点での状況を語る探偵助手の言に、怪我人は軽く頷きで返した。

 

「とりあえず、今囲まれているアイツが妹の仇です」

 

自分を襲ったのも同じくと語り、逃げた先で討伐隊に合流出来たと。

 

「何故そうだとわかったのだね」

「……知った顔なんですよ」

 

ジュード、惨殺された一家の中で唯一の行方不明者。

 

「森で見つけて、話している内に肌が段々と毛深くなっていって」

「ああうん、もういいよ」

 

言い募ろうとした若者の言を、醒めた瞳で探偵が遮る。

 

「ともあれ、まずは獣を狩らねばだね」

 

そしてシャーロットは海星から降りて、改めて場を仕切り直した。

あまり前に出てはいけないと止める助手と、心配無用と告げる探偵。

 

「実は私は大神を源流とする極東古武術、バリツの心得が在るのだよ」

 

軽口を叩いたと同時、囲みの方から悲鳴が上がった。

 

あまたの銃創、剣創を受けた毛むくじゃらの獣が、

血肉を撒き散らしながら飛び上がり、囲みを突破する。

 

だがしかし、それは既にシャーロットのバリツの射程範囲であった。

 

拳を固めた右腕は肘を折り曲げた形のまま、肩口まで引かれている。

固めた関節が、人体魔素の流れを堰き止め、圧縮していく。

 

撃鉄の如き腕は銃鋼の如く蒼い気配を纏い。

 

放たれた。

 

それはまるで、銃器を模したが如き鉄拳。

 

「奥義、パイラ神マグナムッ」

 

パイラ神の背中に叩きつけられた拳に押され、巨大な眼球が飛び出した。

眼球が獣に直撃し、ぽよんと跳ね返った物をジェーンが受け止める。

 

「うあああああ、これどうすれば良いんだねッ」

「前が見えぬぇ」

 

大丈夫なのかねと焦る元軍医から眼球を受け取り、穴にはめ込む海星。

 

そのままぐにぐにと眼球位置を調整した後、くるりと身体を翻して、

探偵と並び触腕と右腕が高い位置で打ち鳴らされた。

 

「見たかッ」

「これがバリツだッ」

 

「極東人に謝り給えッ」

 

宵闇にジェーンの叫びが響く。

 

眼球直撃に一瞬固まった獣であったが、背後より迫る殺意に押され、

改めて遁走を開始しようと前方へと飛び出した。

 

だがパイラは元とは言え獣の大神、その僅かな隙を見逃すはずも無い。

 

「パイラの頭突きッ」

 

地面に接地していた触腕が持ち上がり、獣の側頭に振り抜かれた。

 

「足だよねッ、いや待て足か、あれ足なのかッ」

「落ち着きたまえワトソン君」

 

奇麗なハイキックに混乱を深めた助手に、探偵は静かに語った。

 

「海星の脳にあたる部分は触腕の先に在るからね、頭突きなのだよ」

「パイラ爆弾パンチッ」

 

だから間違いでは無いと言うシャーロットの向こうで、

パイラが奇麗な順蹴りで獣の側頭を再度に蹴り飛ばしていた。

 

「やっぱり蹴ってるしッ」

 

助手の発言に、探偵は肩を竦める。

 

「いや触腕だからな、パンチと言うならばパンチなのさ」

「前から思っていたが妙に海星に詳し過ぎないかねホームズッ」

 

言っている隙に再度、パイラの触腕が振り抜かれ。

 

「パイラのぐふぉうッ」

 

同時、通りすがりの芸術の巨人がパイラの顔面を蹴り飛ばしていた。

そして唐突に陰より現れた奇獣人は、そのまま影に消えていく。

 

―― 同じネタを繰り返すぐらいならば死んでしまえ

 

奇獣の掟は、例え奇獣神と言えど逃れる事が叶わない物である。

 

「今の誰だよおおおッ」

 

ようやく追い付いた討伐隊が獣を袋叩きにしていく横で、

ジェーン・H・ワトソンのやるせない叫びが森の奥へと消えていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。