「霧が出て来たね」
パイラの後部に寄生しているシャーロットが呟いた。
宵闇に染まり行く森林の手前、牧草地に霧が流れ出している。
森に沿う路には魔導甲冑が在り、森の奥からは、銃声。
「補助輪接続完了、宜しッ」
「主導輪接続完了、宜しッ」
路傍では老兵たちが甲冑に集まり、後部に補助輪を接続し、
腕部マニュピレーターを側面に装着した主導輪に繋ぐ。
後背の蒸気機関が喧ましく震え、頭部の煙突より排煙が吹き上がる。
装甲内部に少尉の嘆きを響かせながら、鉄の塊が疾走を始めた。
蒸気式魔導甲冑、戦闘機関車形態。
大戦に華々しく謳われた戦闘車両に対し、魔導甲冑に類する戦闘車両。
魔導戦車などと呼称される事も在る、吶喊の先導役である。
それが煙を後に残し、森林に沿う舗装路を驀進する。
骨董品の類に分類される甲冑だけあって、その性能は大戦初期の物。
走破性は極めて低く、舗装路以外の走行は絶望的であった。
そのため森林の中の喧噪を、外から追う様に走る。
後に追随するのは老兵たちと探偵を背負う海星、そして助手である。
大きくなる音はやがて叫び声と化し、散発的に銃声が混ざる。
最寄りと思われる場所まで走行し、魔導甲冑が車輪を投棄した。
以降は二足歩行で鈍重に、藪を突き抜けながら現場へと歩行する。
自然破壊を敢行しながら進んだ先は、少し開けた場所に成っていた。
猟銃の他、山刀や斧で武装した村人たちが集まっている。
獣毛が全身を覆い、人とも犬狼ともつかぬ異形を囲み争う姿。
「何だ、この臭い」
風向きを受け、鼻を抑えたジェーンが眉を顰めて呟いた。
腐卵臭に似た、甘い香り。
「浮浪者を煮詰めた様な臭いだねえ」
「甲冑の排煙の方がまだ幾らかマシか」
海星ライダーな探偵セットが発言を受け、軽く風下から移動する。
「詰まる所、刃物も獣もあいつら全部かな」
距離を開け、討伐隊の動きを見ながらシャーロットが呟いた。
獣を囲む人々は殺意を漲らせ、手持ち武装で袋叩きにしていて、
狂騒から少し引いた位置に居る人々は、軽く引いた顔で固まっている。
よく見れば騒いでいる討伐隊に、何故か幾人かの獣人が混ざっており、
神殿の経費で観光美味しいDEATHなどと叫んでいて。
「パイラ、心当たりは在るかね」
「暇な人が居たら手伝って欲しい、と連絡した覚えは在る」
ジト目のジェーンから、目を逸らしたパイラの返答。
森林の捜索だから人手があった方が良いかと思ったと、海星だけに。
「そう言えばこの海星、神殿持ちの神族だったな」
「普段の言動のせいで結構忘れがちだよねえ」
探偵主従が、うっかり事実を思い出して軽く遠い目をした。
奇獣神パイラ、獣の大神キットゥ・アスワドの流れを組むと謳われた、
神都テルバードの聖地に神殿を持つ、由緒正しき獣神の1柱である。
歴史に時折、パイラこそ獣の大神の化身などと語られる事が在ったが、
奇獣神殿自体が千夜神殿の旗下に在る事からも、俗説の域を出ない。
語っても基本、誰も信じなかったとも言う。
そしてまず、血の宴から正気を取り戻した人々が魔導甲冑に気付き、
そそくさと避難して、軍の後ろで武器を構え事態の変化に備え出した。
次に罵倒と絶叫の響く円陣の中から、依頼人が姿を見せる。
「マシューさん、動いて大丈夫なのですか」
「正直辛いですけどね、獣を逃がさないためには無理をしないと」
ジェーンの問いに、服の裾から包帯が覗く青年が応える。
軽く力瘤を造ってお道化た手には、鞘に仕舞われた曲刀が一振り。
先祖から伝わっている極東の武器、カタナと呼ばれる物だと語った。
「それはまた、露骨に斬れ味が良さそうな」
「いや普通に軍に調べられましたからね、凶器じゃないですよッ」
探偵の簡単な感想に、少し焦った様相で依頼人が弁解を述べた。
「そう言えば、まだ使われた刃物は見つかってないんだったか」
獣の犠牲に混ざり、鋭く切り取られた遺体を作り出したはずの刃物。
現時点での状況を語る探偵助手の言に、怪我人は軽く頷きで返した。
「とりあえず、今囲まれているアイツが妹の仇です」
自分を襲ったのも同じくと語り、逃げた先で討伐隊に合流出来たと。
「何故そうだとわかったのだね」
「……知った顔なんですよ」
ジュード、惨殺された一家の中で唯一の行方不明者。
「森で見つけて、話している内に肌が段々と毛深くなっていって」
「ああうん、もういいよ」
言い募ろうとした若者の言を、醒めた瞳で探偵が遮る。
「ともあれ、まずは獣を狩らねばだね」
そしてシャーロットは海星から降りて、改めて場を仕切り直した。
あまり前に出てはいけないと止める助手と、心配無用と告げる探偵。
「実は私は大神を源流とする極東古武術、バリツの心得が在るのだよ」
軽口を叩いたと同時、囲みの方から悲鳴が上がった。
あまたの銃創、剣創を受けた毛むくじゃらの獣が、
血肉を撒き散らしながら飛び上がり、囲みを突破する。
だがしかし、それは既にシャーロットのバリツの射程範囲であった。
拳を固めた右腕は肘を折り曲げた形のまま、肩口まで引かれている。
固めた関節が、人体魔素の流れを堰き止め、圧縮していく。
撃鉄の如き腕は銃鋼の如く蒼い気配を纏い。
放たれた。
それはまるで、銃器を模したが如き鉄拳。
「奥義、パイラ神マグナムッ」
パイラ神の背中に叩きつけられた拳に押され、巨大な眼球が飛び出した。
眼球が獣に直撃し、ぽよんと跳ね返った物をジェーンが受け止める。
「うあああああ、これどうすれば良いんだねッ」
「前が見えぬぇ」
大丈夫なのかねと焦る元軍医から眼球を受け取り、穴にはめ込む海星。
そのままぐにぐにと眼球位置を調整した後、くるりと身体を翻して、
探偵と並び触腕と右腕が高い位置で打ち鳴らされた。
「見たかッ」
「これがバリツだッ」
「極東人に謝り給えッ」
宵闇にジェーンの叫びが響く。
眼球直撃に一瞬固まった獣であったが、背後より迫る殺意に押され、
改めて遁走を開始しようと前方へと飛び出した。
だがパイラは元とは言え獣の大神、その僅かな隙を見逃すはずも無い。
「パイラの頭突きッ」
地面に接地していた触腕が持ち上がり、獣の側頭に振り抜かれた。
「足だよねッ、いや待て足か、あれ足なのかッ」
「落ち着きたまえワトソン君」
奇麗なハイキックに混乱を深めた助手に、探偵は静かに語った。
「海星の脳にあたる部分は触腕の先に在るからね、頭突きなのだよ」
「パイラ爆弾パンチッ」
だから間違いでは無いと言うシャーロットの向こうで、
パイラが奇麗な順蹴りで獣の側頭を再度に蹴り飛ばしていた。
「やっぱり蹴ってるしッ」
助手の発言に、探偵は肩を竦める。
「いや触腕だからな、パンチと言うならばパンチなのさ」
「前から思っていたが妙に海星に詳し過ぎないかねホームズッ」
言っている隙に再度、パイラの触腕が振り抜かれ。
「パイラのぐふぉうッ」
同時、通りすがりの芸術の巨人がパイラの顔面を蹴り飛ばしていた。
そして唐突に陰より現れた奇獣人は、そのまま影に消えていく。
―― 同じネタを繰り返すぐらいならば死んでしまえ
奇獣の掟は、例え奇獣神と言えど逃れる事が叶わない物である。
「今の誰だよおおおッ」
ようやく追い付いた討伐隊が獣を袋叩きにしていく横で、
ジェーン・H・ワトソンのやるせない叫びが森の奥へと消えていった。