鮮血が散り、断末魔が響く。
電気式の角灯が造る薄闇の中、返り血を受けた人々は哂い合った。
どこか安心した様な気配が在る、弛緩した笑み。
離れた場所で、それらを目の当たりにした村人たちには困惑が在る。
魔導甲冑の後ろで、手持ちの武器を降ろす事も出来ず固まっていた。
探偵が軽く首を捻り悩みながら、助手を誘って甲冑より後方に移動する。
朗らかに笑いながら合流しようとする血染めの集団と、
甲冑に庇われ引き攣った表情の集団の間に、獣人が並んだ。
奇獣神の指示の元、壁と成って合流を阻む。
「接近を試みるにしても、爽やかに笑いながらはかなり怖いな」
パイラのぼやきに、何だ君も気付いていたのかと返すシャーロット。
「あれ、どうしたのですか皆さん」
依頼人であるマシュー氏が問えば、受けた探偵が応えた。
「そうだね、或いはここで事件が終わる可能性も在ったのだけど」
軽く頭を振り、言葉を紡ぐ。
「でも残念ながら、私が受けた依頼は獣の討伐では無いからね」
そっと、静かに空気が凍り付いた。
夜の森の中、薄明かりに張り付いた様な笑みが並ぶ。
「そこに伏したのは人を食い散らかしていた獣、その瞳の色は」
赤くは無い、と。
「まさか、宇宙人絡みの証言を真に受けるのですか」
「結論がトンチキでも、過程の事象自体には信憑性が在るだろう」
異臭、赤い瞳、牧草地帯に出没する怪異。
「森に棲む燃える瞳の怪異、なのに黒妖犬を連想する者は居なかった」
まるで、それでは無いとはじめから知っていた様に不自然に。
「そして口裏を合わせた様に、郊外の住人は宇宙人を語り続けた」
まともに取り沙汰されるのを忌避する様に。
探偵が指折り数えながら言葉を紡ぐ度、空気に重さが増していく。
夜の風が血臭を運び、張り付いた笑みの集団は動かない。
「キャトルミューテーションと言うのを知っているかね」
「合衆国の、宇宙人による被害の事ですよね」
牧場に居る牛の内臓、頬、耳、鼻などが鋭い刃物で切り取られ、
その屍には血液がほとんど残されていなかったと。
その様な不可解な事件の名を出したシャーロットは、言葉を続けた。
「一部の犬狼の牙は鋭く、刃物と区別がつかないそうだ」
その傷跡は専門家でも断言が難しいほどに刃物と酷似しており、
ましてや警察、獣医、公の検死程度では判断できる物では無い。
「近年の追跡調査で、捜査対象は全て野犬の仕業だと判明した」
公式に再調査を行ったその数、80件。
野犬は皮膚の柔らかい箇所、腹、耳、鼻などを捕食していて、
身体に大穴を開けられた遺体の血液は、大地に染みこんで消えた。
調査の過程で、現在進行形の犯行現場まで確認されている。
「つまり刃物を使う殺人鬼なんて、居なかったんだ」
居るのはもう一匹、赤い瞳を持つ獣。
「では獣はどこに居るのか」
薄く煙る霧の中に、異臭が混ざった。
獣人たちは姿勢を正し、魔導甲冑の陰で人々が武器を構え直す。
異臭の中に在る張り付いた笑みたちは、霧に隠れて朧と見えた。
「黒妖犬の伝承、燃える炎の瞳を持つ人や家畜を襲う怪異」
語る言葉の対象が切り替わる。
「古くから、鋭い牙で、何かが家畜の腹を食い破り続けていた」
森の中に漂う異臭が強くなる。
「人を、同胞と扱っていた物を殺す事実とは意外に重い物でね」
自覚の在る無しに関わらず、例え表面上は影響が無い様に見えても、
その内面、強いストレスに晒されていた事実に変わりは無い。
「連続殺人なども、ひとり殺すごとに犯人の挙動が歪む物なのだよ」
注意が疎かに成る、感情を、欲望を抑え難く成る。
箍が外れる、あるいはそれを自覚して極端に自罰的に成る。
「私の相方も、異性の好意を素直に受け取れない哀しきモンスターだ」
「けどそこも可愛いですよハニー」
「何か変な角度から飛び火と言うか、そういう問題かねッ」
探偵と海星のお道化た発言に助手が叫び、僅かに空気が弛緩した。
「だから、家畜だけを襲っている間はまだ人であったのだろう」
そして発言が、改めて空気を固体化する。
「緑色のダスティン、この地の羊飼いたちの祖」
言葉を受けて。
ざわりと、空気が揺れる。
「北方古語の名で意味は石、南方で使われる神代語ならば」
シャーロット・ホームズは意に介さず、その単語を言葉に乗せた。
「ハジャル」
宵闇と霧はもはや羊飼いたちを覆い尽くしている。
「古の大神ナハースが従えた、天羽楼の民を示す名」
破裂音が響く。
「お前が獣だ、マシュー」
腐った様な濃密な獣の異臭が満ちた霧を、何かが突き抜けた。
獣人が防いだその肉体は、全身を覆う獣毛と破れた衣服。
爪と牙を防ぎながら、獣の人が叫ぶ。
「ま、魔族確認ーッ」
人の群れに生まれた喧噪に、蒸気機関と発砲の音が混ざる。
「何故なら不在時は被害がとか、まだ全部語って無いぞ君ィッ」
「いいから下がり給えホームズッ」
首都の怪盗たちなら最後まで聞いてくれるのにと、嘆く冒険探偵を抱え、
その助手は魔導甲冑の後ろ、軍人たちの陣地に逃げ込んだ。
「しかしあの変身、オークに伝わる人間化身か何かなのかねえ」
「昔少し試した事が在るが、生き物としてならかなり無理が在る機能だ」
「何かもう本当にいつも通りだな君らッ」
銃弾と獣叫の交差する空間で、探偵と神に向かって元軍医が叫ぶ。
「生命を削って肉体を造り変えている、この臭いは老廃物だな」
かつて獣人を創造した大神としての見地を奇獣神が語り、
そう言う事かと、元軍医が獣たちに関して気付く物が在る。
「飢えているのか、正気を失う程に」
人の骨格を基準としつつも、身体各所を別物に作り替える代償。
急激に失われた肉体の熱量は、飢餓と化してその理性を塗り潰していた。
「もう少し平和的な展開でいきたかったのだがねえッ」
そんな甘い了見を叫びながら、シャーロットが甲冑を抜いて来た爪を避け、
反射的に護身の拳銃を撃ち込んだジェーンの先、獣に棒が突き込まれた。
背後より長物を持った家族が前に進み、襲ってきた獣を押し返す。
たたらを踏んだ獣が魔導甲冑のマニュピレーターに捕まり、へし折れた。
「ふ、すぺえすぴいぽおの浪漫がわからぬ俗物どもめ」
前に出たのは、何か見覚えの在る仲良し家族であった。
「ええと、君たち、ぶっちゃけアチラ側では無いのかね」
シャーロットが困惑顔で、羊飼いの系譜の宇宙人大好き家族に問えば、
親子5人は胸元に大事そうに千夜経典を抱えながら断言する。
「いえいえ私たち一家、誓って魔族の獣人ですし」
秒で同胞を切り捨てる千夜教徒がそこに居た。
「うわあ、姉様が好みそうな生き汚なさ」
「全力で協力しますので、移住に便宜をお願いします」
「と言うかここに残っても、村八分の未来しか見えないー」
海星の呆れた声色にも負けず、全力で縋り付いて行く人の業。
「ガチの離反と証言は推理探偵泣かせの展開では無いかねッ」
「落ち着けホームズ、楽が出来て良いやと思うんだ」
「て、テルバードで良いのなら」
テルバード移住への保証神なら神殿経由で可能との言を受け、
すぺえすぴいぽおを賛美しながら長物を構え直す5人家族。
「さて、大多数はおそらく変身には慣れていなかったのだろうが」
初めの勢いこそ在った物の、結局は飢えて正気を失った獣の類、
気が付けば趨勢は軍と人の方に傾き、探偵が改めて言葉を紡いだ。
1匹、また1匹と飢えと負傷に力尽き倒れ伏していく。
古き伝説に在る、相食みの邪神に飢え殺された餓鬼の如く。
だがその奥に、理性を称えた瞳で佇む獣が存在していた。
「パイラ、そう言えば何が君に確信をさせたのかな」
マシュー含む、前衛に居た羊飼いの血族全てを警戒していた海星。
彼らが笑顔で近寄る姿に、パイラが殺意を確信していた理由。
それに関しパイラは、言葉を選ぶ様に音を返した。
「長く見つからなかった、失われたのだと思っていたのだが」
風が、巻く。
奇獣の言葉の前で、一振りの刀を捧げる様に持つ獣が居る。
「ああ、対になるそれを良く識っている、間違い無い、アレは」
きんと、鞘が鳴った。
「『化生応身刀、迅雷丸』」
神鉄が獣を覆い、遥か神代に造られた鬼の鎧が顕現する。
長き刻の果てに目覚めた旧神遺物を祝う様に、暴風が吹き荒れた。
生きる者は身を竦め耐え、吹き抜ける終わりを待つ。
そして風が森の霧を払い、月の光に照らされた物。
燃える炎の瞳を持つ、赤き神鉄を纏う怪異。
太極太陽覚醒式強化外骨格 ―― 嵐、見参