猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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汝は人狼なりや ⑧

 

しんと、風が鳴った。

 

猛禽を模した鎧を身に纏った獣は、犬狼の脚で駆ける。

宵闇の森を真っ直ぐと、探偵たちに向かって。

 

事ここに至れば、結末の選択肢は極まっている。

獣が討伐されて終わるか、或いは全てを闇に葬るか。

 

探偵と王国軍さえ始末出来れば、隠蔽も可能であろう。

 

その判断の元、森を駆け抜けた獣に立ち塞がる者が居た。

単眼の海星が身を挺し、刃の先の助手と探偵を庇う。

 

ざんと、刀閃が過ぎた。

 

夜の中を斬り捨てられたパイラの触腕が飛び、閃きは再度。

致命の斬撃を受けた奇獣神は、多々良を踏んで後退った。

 

「パ、パイラ……ッ」

 

息を呑み、絞り出す様に名を呼んだジェーンの目の前で、

僅かに微笑んだパイラが、無慈悲な斬撃に斬り伏せられる。

 

どさりと、質量が地面に落ち思い音を立て。

 

硬直した探偵と助手の横で、パイラ神が叫んだ。

 

「ああッ、パイラが死んだッ」

 

「この海星殺しッ」

「ってちょっと待てええええぇッ」

 

すかさず調子を合わせたシャーロットと、ジェーンの叫び。

 

「いや何で当然の様に分裂しているんだねッ」

「ワトソン君、知らないのかね」

 

実は海星の本体は触腕の方なのだよと、シャーロットは語る。

なので千切れた触腕などが在れば、断面から身体が生えて来ると。

 

そんな海星博士な探偵の横で、パイラたちは囁き合った。

 

「パイラが殺られた様だな」

「ふふふ、だが奴は四天王の中でも最弱」

 

「爆発を識らぬ者に負けるとは、奇獣神の面汚しよ」

「だが宇宙道徳の恐ろしさは、こんな物では無いと知れい」

 

「増えすぎてか5匹で四天王言うなああぁッ」

 

叫ぶ探偵助手の肩を叩き、探偵が静かに述べる。

 

「いやこの手の数え方は、数が合わない方が普通な物なんだよ」

 

五剣だの八本槍だのと誰某の名を挙げて列挙する様な場合、

大抵は後半で数が曖昧に成っていく物だとシャーロットは言う。

 

役職などで厳密に人数を規定しているとかの話ならばともかく、

自然発生的な物だと、呼称と実数が合う事などまずは在り得ない。

 

そんなきっちりした整合性は、物語の中の創作ぐらいだと。

 

「グアアアアァァッ」

「ぐええええぇぇッ」

「まそっぷッ」

 

などと語っている内に、パイラが3匹ほど田楽刺しにされており、

ラストパイラが身体手裏剣で仕掛けるも、獣は飛び退り回避する。

 

たんと、軽い音が響き。

 

深夜の森の中で幾つもの樹木が揺れた。

 

その幹に焦げ跡を残しながら、獣は雷光を纏い空を舞う。

森林の樹木を足場に移動していた鎧が、夜天より降り注いだ。

 

―― 稲妻落とし

 

機械音声と同時に全身の落下から放たれた斬撃がパイラを襲い、

左右の触腕で刃を挟み込み防ごうと試みるも、叶わず唐竹に割られ。

 

「まったく、旧神遺物は手が付けられないな」

 

右パイラが吐き捨てる様に感嘆すれば、左パイラが器用に頷いた。

 

「いやパイラよ、君ってどうやったら死ぬんだね」

 

呆れた様なジェーンの声に、パイラは左右合体しながら静かに応える。

 

【挿絵表示】

 

「人の心から ―― 情熱が消え去ったら」

「人類種の根源から発生していたのか、この怪異」

 

そして奇獣神の残機が消費されていた間に、老軍人の指示の元、

残った村人たちが周囲警戒の姿勢で円陣を組み終わった。

 

魔導甲冑を盾に銃器での攻撃が行われ、剣閃に切り払われる。

 

「さて正直絶望的な状況だが、解決策に心当たりなどは無いかね」

 

弾幕の後ろでシャーロットが問うも、返答は無い。

少しの間、銃声が響き続ける中でパイラが応えた。

 

古来より理不尽の代名詞として謳われ続けた旧神遺物、

それ自体は手に負えない代物だが、大多数には共通の欠点が在ると。

 

「旧神ロボブー関連の遺物は、使用者の事を一切考えていない」

「それが、そうか、つまり継戦能力か」

 

探偵は言葉と意味を受け、声に出しながら答えを導き出す。

 

「なら耐えれば良いのですねッ」

「ははぁ、大戦を思い出すのう」

 

少尉と部下が銃撃を続けながら方針を打ち出し、村人が叫ぶ。

絶叫を伴う攻勢から獣は身を固め、再び森林に飛び跳ねた。

 

「とは言え、実に難度が高い話だねえッ」

 

シャーロットが村人から借りてぶっ放したショットガンの弾道を避け、

再度の接近を果たした獣は、パイラを斬り捨ててまた距離を取る。

 

「パイラよ、君は大丈夫なのかねッ」

 

偏差に弾丸を放ちながらジェーンが問えば、パイラは触腕を振る。

 

「一体消耗する度に、この土地の今年の収穫量が落ちるぐらいだ」

「地味に迷惑だなッ」

 

そこらへんの魔素と霊素を消費して残機が補充されている。

 

明かされた衝撃の事実に村人たちが物凄く嫌そうな顔に成り、

宇宙大好き家族は一家の残留可能性が完全に消え去った事を理解した。

 

そして獣神の名誉に関わると気付いてしまった獣人たちが、

炸薬や銃弾、長物でより一層に獣を責め立てれば、僅かな隙。

 

それを逃さずパイラが超必殺神代文明アタックを放ち、

丸まった海星ボディの弾丸が鎧に直撃するその時、羽根が舞い。

 

―― 羽根隠れ

 

機械音声を残し、獣の肉体が数多の羽根と化して飛び散った。

 

「しまった、加速装置か何かかッ」

 

身を捻り落下するパイラが触腕で大地を捉え。

 

ジェーンの真横に赤い鎧の獣の姿が在る。

 

反射的に拳銃弾を撃ち込んだ元軍医が、連射を試みるも弾薬は尽き。

 

刹那、刀を振り上げた獣。

 

その眼前に拳銃を投げ、同時に膝を狙う踏み砕き。

 

身が羽根と化し、獣は僅かに位置を変える。

 

空振った足裏が大地を踏み、僅かに身が固まり。

 

獣の振り上げた刃が、月光を反射した。

 

―― あ、これ駄目だ

 

過去の経験から軍医が、そして探偵が、奇獣神が、老兵たちが。

不可避の事態を理解して、想像の通りの事象が起こり始める。

 

間に合わない。

 

大地を踏み締める触腕は、その身に移動の力を貯める物の、

それが発揮される僅かな間にジェーンの身は両断されるだろう。

 

土が、爆ぜる。

 

その身を前へと移動させる。

 

獣の、脚。

 

振り抜かれた刃は空を切り。

 

天空、宵闇の空に月を背に跳ねる獣の姿が在った。

 

猫科の瞳が夜を疾る。

 

古代仕立ての簡素な衣服から覗く肉体は、獣神の名に恥じぬ物。

乱雑に伸びた黒い髪を靡かせ、整った目筋には野生を覗かせる。

 

黒虎の大神、キットゥ・アスワド。

 

海星の身と違い、瞬時に最高速まで達した猫科の獣神が、

ジェーンをその腕に抱き寄せ、ついでにシャーロットを拾い。

 

僅かの間も掛けず獣の刃の範囲から離脱した。

 

そのまま魔導甲冑の後方に着地し、雑に探偵を放り捨てる。

空いた手で腕に掻き抱いた女性の顔に指を這わせ。

 

「ふむ、大事無いな」

「え、ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ち給たまッ」

 

状況の変化に困惑していたジェーンは、獣神の顔面を至近に受けた。

 

「か、顔が、顔が良すぎるッ、ちょっと待てえええぇッ」

 

赤面して叫ぶ獲物を、微笑みを魅せながら抱きしめる獣神の、

その狩猟動物の気配に満ちる肩を後ろから叩く者が居て。

 

「戻して」

 

雑に放り投げられていた海星好き探偵が、座った目で要求を述べた。

 

「見目はこちらの方が良いと思うのだがね」

「とは言え見るからに、揉み御心地が悪そうだよ」

 

「いや何か、何でそこまでいつも通りなんだよ君たちッ」

 

塩対応に芸術的な意味では喜ぶべきかと悩み出した黒の獣神と、

怪産物好きの冒険探偵のやりとりを受けて助手が叫ぶ。

 

多分に照れ隠しも混ざったそれの後、そっと腕を外し拘束から逃れ。

 

対し、ああんと嘆く様にはパイラ時ならば冒涜的な何かであったが、

それを野生の魅力を纏う、無駄に整った美貌の青年が行ったのならば。

 

それはもう、一種の暴力であり。

 

「奇獣神の大神化身説は真実か、事実は時として奇妙な物だねえ」

 

シャーロットが淡々と述べ、ジェーンは距離を開け深呼吸を繰り返した。

そうこうしている間も獣は動かず、刃を振り下ろした姿勢のままで。

 

突然、発条仕掛けの様に身体を起こす。

 

「流石にそろそろ限界かな」

 

射撃、投石、防衛の陣からの追撃を避ける素振りも見せない。

時折に姿を隠す様に回避し、立ち止まり、また静止する。

 

―― 旋風斬り

 

予備動作も無く、機械音声を響かせながら獣の手の刃が回転し、

旋風が大地を削りながら円陣へと放たれて魔導甲冑が受けた。

 

数多の斬撃痕が装甲に走り、マニュピレーターがへし折れる。

 

そして、魔素の輝きを纏った神の拳が凶風を撃ち砕いた。

 

「とは言え、まだ油断は出来ないか」

 

キットゥ・アスワドが溜息交じりの言葉を吐き、

シャーロットとジェーンが甲冑の陰で、改めて武装を整え出す。

 

気が付けば、獣人たちが円陣の前で壁の様に並んでいた。

 

ひとり、犬狼の支族の青年が歩み出て膝をつき、

アスワドに対して一振りの刀剣を捧げ持つ。

 

「アルフライラ様より、獣の大神にと」

 

黒き獣神は無言で受け取り、腰に佩いた。

 

「パイラ、大丈夫かね」

 

甲冑の陰から、ジェーンが前に進むアスワドに問いを掛ける。

獣神は言葉を受け、口元に嬉しそうな微笑みを浮かべ。

 

「介錯をしよう」

 

静かに、夜の中で宣言した。

 

「かつて人を捨て、人で無くなった者が自らを魔族と呼んだ」

 

腰に佩いた刀の柄を、逆手に軽く握り。

 

「獣よ、もはや取り返しのつかない人で無しよ」

 

柄頭に、澄んだ音が鳴った。

 

「『吹けよ ―― 風』」

 

神代の言葉で、起動の文言が奏でられる。

 

「『照らせ―― 雷』」

 

逆手に軽く引き抜かれた刃が、勢いを付けて鞘へと還り。

 

鳴った。

 

夜の中、大地の上を雷光が疾り、空に昇って空気が帯電する。

赤い鎧を纏う獣の前で、神鉄で織り込まれた白が舞う。

 

かつて、陰陽に分けられた対なる刃。

 

生命の黒を帯びる太陽の鎧に対する、死滅の白を纏う太陰の鎧。

黒虎の頭髪を夜に靡かせ、白装束の旧神遺物が生成された。

 

白を主に置く意匠、白銀の兜、紅玉の飾り布。

 

それは化生応身刀、風早丸に装填された鎧。

 

【挿絵表示】

 

「太陰覚醒式強化外骨格、嵐 ―― 見参」

 

刹那、間を置かぬ疾駆。

 

2匹の獣が互いに向かい正面から走り寄る。

 

僅かの間に、互いの狭間の距離は消え。

 

先に赤と黒の獣が、刃を振るった。

 

―― 秘剣影写し

 

機械音声を背後に残し、前方へと振り抜かれる刃。

月光を弾く白刃が黒く染まり、影と化して獣神の身を襲う。

 

白き鎧は僅かも避ける素振りを見せず、無防備に斬撃を受け。

 

途端に貫かれた肉体が影と化して散り、獣の前で爆ぜた。

 

夜の中に闇が生まれ、一閃が月の光を通す。

 

「秘剣、影写し」

 

振り抜かれた刃は、鎧纏う獣を斬り裂いていた。

 

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