事後の処理は俄かに騒がしい物と成った。
先の大戦時よりその名を聞く機会も減った、魔族と言う名称。
獣の討伐の果てに導かれた答えは、連合王国全土を震撼させる。
魔族の内、幾らかの生存者は即座に拘束され治療を受け、
快復次第に順次事情を聴取されその対応が諮られる事となった。
人の味を覚えた同胞を、始末するまでの顛末。
ジュードの家族に制裁を加えたマシューも、その時に人の味を覚え、
復讐の連鎖から外れ、無関係な犠牲者を生み出す獣へと堕ちた。
結局一線を越えれば、戻ってはこれないと。
人としての生活を失わないために、同胞を手に掛けた魔族たちも、
血に酔いしれた獣の性に、どれほど抗える物なのか。
何にせよ獣が何処に居たのか、首都で受けた依頼は達成されて、
もはや事件は冒険探偵の手から離れ、軍へと引き渡された。
各機関の報道では、かの冒険探偵と若き軍人の功績が強く称えられ、
初期対応から連なる様々な不都合への注目を下げようと試み続ける。
何にせよ諸々は軍にまかせて、探偵たち一行は土地を離れた。
宿からの送迎で羊の丘を抜け、最寄りの鉄道駅にまで辿り着けば、
件の討伐関連の村人や、獣人たちの見送りが駅に詰め掛けている。
握手を求められる探偵、新作への期待を伝えられる助手、
そして、様々な獣人たちにぺしぺしと叩かれている単眼海星。
猫手や人鳥手が親愛を込めて打撃と化す中で、
その背にはいつのまにか、薄い金髪の美少女を乗せていた。
海星ライドしている少女の打撃も加わる中、眺めていた探偵は言う。
「乗せてしまったのか、私以外の女を……ッ」
「ちょっと待とうかホームズ、正気に戻れ」
常識人が所有権を主張し出した海星ライダーを正気に戻している内に、
海星と遊んでいた少女は猫手を揉みながら去っていき、残るのは残骸。
弄ばれた奇獣神が無敵の自己再生を試みていれば、軌道が鳴った。
改札をテカリ在る浮遊風船人形モードでスルーしたパイラと共に、
ジェーンとシャーロットは、人との別れを惜しみながら車両に入る。
扉が閉まり、車輪が回る。
やがて景色は流れ、広大な牧草地帯が車窓を埋めた。
折からの霧も草原を渡る風に払われ、流れる雲が大きく影を作っている。
「長閑な景色だね」
荷物を置き、席で息を吐いたジェーンが窓を見てしみじみと述べた。
魔族が潜伏し、犠牲者が積み重なった土地とは思えないと言えば、
むしろ逆で、そういう土地だからこそ潜伏出来ていたのだろうと。
常日頃から、人の陰に触れ続けている探偵が嘯く。
「そんな事より、硫酸の霧との再会に備えようか」
「いや思い出させないでくれ給え、せっかく忘れていたのに」
探偵が、人体に有害な段階まで大気が汚染されている首都を語り、
ぎりぎりまで奇麗な空気の思い出に浸っていたかったと助手が嘆く。
「ところで出掛けに、姉上様から仕送りを受け取りまして」
嘆きの気配を受け、パイラがバスケットを掲げながら話題を変えた。
「ほう、
「紙容器だがどうやって、いやこれは、極東の耐熱紙皿かッ」
料理を見てジェーンの頬が緩み、シャーロットが容器に驚愕する。
紙製の耐熱グラタン皿に乗せられた料理は、炙られた潰し芋。
その下には香味野菜と煮込まれた羊の挽肉が仕込まれている。
パイ皮の代わりに芋を使ったミートパイ。
元々は余り食材を使った物で、
その中で羊肉を使ったものは
芋しか見えないのに即座に羊肉の物だとわかったのは、
表面にフォークでシンプルな羊の絵が描かれていたからだ。
「お、さてはこの芋、
「いや普段のも凄かったが、何事かなぁ今回のこの完成度は」
舌鼓を打つ中で、芋を造る好みの味付けに喜ぶジェーンの横で、
尋常ならざる煮込みのバランスに舌を巻いたシャーロットが感嘆する。
そこで探偵は今更ながらにはたと気付き、小さく零した。
「獣の大神キットゥ・アスワドの ―― 姉」
普段から事務所の生活環境を向上させていた、奇獣神の姉からの仕送り。
その送り主とはいったい誰であったのかと、怖い現実が押し寄せて来る。
いやそもそも、何で旅先なのに仕送りを受け取る事が出来るのか。
段々と怖い想像を強めている探偵を、助手が窘める。
「止めてくれホームズ、人が必死に現実から目を背けていたのに」
海星の正体に関してジェーンが宣えば、パイラが目を見張って告げた。
「直視しないと、現実を」
現実は、巨大な赤い単眼の海星の姿をしていた。
「あああぁぁ、シェヘラザード神の弟神が海星ええぇッ」
「そこかあ」
とりあえず、千夜物語フリークとしては許せない展開であったらしい。
「棘皮動物門遊在類星形亜門の何がいけないのだねッ」
「畜生、相方が海星フリーク過ぎて相互理解が絶望過ぎるッ」
騒々しく席で騒いでいる内、検札に回る車掌が席の近くに訪れ、
すかさず人形に擬態したパイラから目を逸らしながら券を検める。
芸術家には関わりたく無いとばかり、足早に車掌は移動して、
残った席には突然に話題を切られて訪れた、不思議な静寂。
その中で、深く溜息をついてジェーンが口を開いた。
「いやパイラよ、大神ならば神殿を長く空ける物ではあるまい」
済し崩しに同居していたが、現実を見る時が来たのだと。
しかし、奇獣神殿は普段から放浪している千夜神の神殿の隣である。
祀神の不在が常態化しているエリア故、さほどの問題では無いと。
「あと、神殿に引き籠っていると、妹が、詰めてくるから」
そして、涙目の単眼で何か言いだす獣の大神。
妹、奇獣神の妹。
獣の聖域に存在する黒虎の大神の妹と言えば、1柱である。
かの武名尊き白き獣神に想到し、探偵主従が何とも言えない顔に成った。
「なお、ジェーンと駄肉を土産にすれば眼球を張って帰れます」
ばちこーんと巨大な目を瞬く海星に、駄肉とは何だと触腕を捩じる駄肉。
「諦め給えよ、そもそも寿命が違い過ぎるだろう」
そしてジェーンは、捻じれる海星に断り気味の口調で言葉を連ねた。
今この時こそ見目も相応に良いが、それも時と共に衰えていく。
故に伴侶を求めるならば、神族から探すべきだろうと詩論を述べる。
そして神は、人の言葉を軽く笑い飛ばした。
「君は美しく老いるよ、きっと」
だから共に歩む事に何の不安も無いと。
「そしてきっと駄肉は垂れる」
「何で君は乳に厳しいのかなあッ」
付け足された言葉に駄肉が反応し、海星がさらに捩じられて。
より一層に前衛的な芸術と化した奇獣神を眺め、探偵助手は肩を竦めた。
「馬鹿な事を」
声には少しだけ、楽し気な響きが在った。
先行きの不明は疑心に暗鬼を呼び、人はどこまでも迷い続ける。
自らの生活を守るため、同胞を手に掛けて獣に堕ちた魔族の様に。
人の味を覚えて、人に戻る事が出来なくなった獣の様に。
神は、迷わないのだろうか。
車内に捩じれた海星の悲鳴が切なく響き、羊の丘は過ぎ去っていった。
―― あれ、ここ何処かな
そして探偵事務所で液晶から、道に迷った旅ちゅーばーの声が響く。
―― まあいいや、歩いていれば何処かに着くでしょ
「ひゅう流石アルちゃん様、迷子の自覚がまったく無いねえ」
馬鹿も風邪は引くが、馬鹿は風邪を知らず自覚が出来ない様に、
神も案外、迷っている事を自覚出来ていないだけなのかも知れない。
「さてと、新聞は名探偵の帰還とか謳っているが」
液晶に嚙り付いている事務所の主を置き、助手が新聞を広げる。
報道欄では、探偵が居ないせいで怪盗たちも続々と休暇に入り、
やたら平和な日々が続いていた件を皮肉たっぷりに語っている。
勝手な事をと零れた苦笑に、甘い香りが掠めていく。
「軽食の時間なんですよー」
それぞれ時間を潰している所に、単眼海星が茶器を運んできた。
瓶から
「今日は羊の丘で買った接骨木のコーディアルと、キッシュで」
接骨木、エルダーフラワーとも呼ばれる香草の類で、
それを糖蜜に漬け込んだ物は羊の丘の名物であった。
「香りが鼻に抜けるね」
早速に酒精を呑み干したジェーンが簡単な感想を述べ、
何故か慣れた雰囲気で酒を注ぎ直すパイラ。
そしてキッシュを齧っていたシャーロットは、もう一切れと手を伸ばす。
汚れた霧が窓を染め、怪奇妖物の跋扈する王国の魔都。
大々的に報じられた名探偵の帰還と、休暇終了を宣言する同業者。
次いで続々と様々な場所に届けられた、怪盗たちの犯行予告。
その内に何某かの依頼人が、事務所の扉を叩くだろう。
しかし今しばらくは何の変化も無く、穏やかな時間が続く。
冒険探偵は騒がしい日常に戻り、獣はもう居ない。