猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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Ex-02 後にパスタと呼ばれる

 

宵闇の荒野を葬送の列は行く。

 

大柄な剣士が牽いている荒縄の先には、空中に浮遊する板が在り、

そこには見目の整い過ぎた少女が安らかに横たわっていた。

 

死んでいる。

 

いつもの事である。

 

世界の全てが殺しに来ているほどに虚弱な創世神の在り様故に、

今更何故に死んだかなど問い掛けるのも時間の無駄な気もするが。

 

一応に理由を提示すれば、今回は水であった。

 

いつもの面々は隊商護衛を乗り継ぎながら、帝国中央を通過する形で

とりあえずの目的地として副王都を目指していたが。

 

中央に近付くにつれ、飲料水の質が下がっていった。

 

結果、終には飲食の度にアルフライラが涅槃へと旅立つ事態となり、

それだけならばまだしも、ハジャルまでも水に当たり衰弱するに至り。

 

中央皇都に寄らず辺境、副王都への道行きを急ぐ事になった。

 

星月に照らされる街道を隊商は行き、浮いた板を牽くサフラが居て、

萎びた胡瓜の様な顔で歩くハジャルと、普段通りのマルジャーン。

 

黙々と歩き、たまに野犬を追い散らし、擦れ違う旅人たちが掛けた声。

 

―― 姉さん発見、殺れい怪神海星男ッ

―― パイラ神法身体手裏剣ーッ

 

蘇生したアルフライラが見た物は、夜空に浮かぶ単眼海星であった。

障壁に阻まれ、空中でぐねぐねと蠢いてしがみ付いている。

 

「体調が悪い時に見る夢かな」

「アルちゃん現実から逃げないで、それ貴女の弟」

 

ずり落ちずしがみ付いているあたり、妹とは格の違いを見せる元獣神。

そんな奇獣神を創世神は作業用ハンドで捕獲して逆さ吊りにしつつ。

 

「ジャマールの声も聞こえたけど」

「海星を放った途端に全力で逃走したわね」

 

―― 押し付けていきやがった

 

面々の心に揃って浮かぶ、声に成らない思い。

 

とりあえず副王都の後はペル・アビヤドに向かう予定なのでと、

まあ良いかと思い直したアルフライラは弟を磔刑台に張り付けた。

 

「ではまた安らかに」

 

そして磔刑台を生やした板の上で、パタQと倒れる衰弱少女。

 

「アルちゃんがまた死んでる」

「何事も無かった様に自然に流しおったな」

 

かくて、こいつら何事と疑問を込めた商人たちの視線を黙殺しながら、

サフラは黙々と板を牽き、萎びた胡瓜と酒飲み女怪も歩を進める。

 

やがて東の空に薄明かりが灯る頃、副王都の城壁が見えはじめた。

 

朝焼けに染まる街の中、人々は既に幾らかが動き出していて、

伝手で専用門から入った隊は、商会の倉庫で荷下ろしをはじめる。

 

【挿絵表示】

 

そして護衛も完遂し報酬を受け取り、散っていく開拓者たち。

 

開拓者の詰所に行く者も在り、知己を頼り宿を求める者も在り、

しかしアルフライラたちはどちらにも属さず、無遠慮に街を歩いた。

 

陽光の茜は漆喰の壁を土の色に変え、人影疎らな街道を彩っている。

 

枯れぬと噂の湧き水より造られた幅広の河川が街の中央を貫き、

他に様々な水路が集積した沈殿槽から、街中に水道が引かれている。

 

「水槽内で水が三段に、身分で分けられておるらしいの」

 

ハジャルが簡単に水道の説明を入れた。

 

沈殿槽の下段からは河川や一般の水道に引かれ、中段は各種施設、

上段は貴族階級など身分の在る者の屋敷に繋がっているらしい。

 

「とりあえず水は大丈夫そうな街だね」

 

磔刑海星の下で、しみじみと水に痛めつけられた1柱1人が頷く横、

少しばかり呆れた表情を作って歩調を合わす都会育ちと戦場育ち。

 

そうこうしている内に水源の近く、富裕層の区画に入った。

 

路傍には早朝から、水瓶を抱え移動する使用人たちが忙しなく動き、

その中に混ざって水瓶を抱えた薄着の踊り子たちが居る。

 

【挿絵表示】

 

豊かな身体を惜しげも無く披露する様は、朝の街道に彩りを齎し。

女性が護衛も無しで歩けるのだと、開拓者たちは都の治安に感心する。

 

「あそこかな」

 

そして彼女たちが出てきた建物、広大な敷地を持つそこを示し、

気楽な調子でアルフライラが問えば、ハジャルは素直に頷いた。

 

前副王サバルジャドのハレム。

 

「たーのもー」

 

まずは板が突撃した。

 

「持て成せー、そして厨房を明け渡すが良いよいよい」

 

セルフエコーを掛けながら問答無用な要求を伝える美貌の少女は、

不可思議な浮いた板にのり、そこから生えた磔刑台には海星が居る。

 

敷地に居た踊り子の視界、単眼の海星が空中でぐねぐねんと蠢いていて。

 

「何かしら」

「せめて誰とか聞いて欲しかった」

 

受けたのは、濃い陽に灼けた肌と短めに揃えた黒髪を持つ小柄な踊り子。

そして騒ぎを聞きつけて、屋内より幾人かの美女が姿を見せた。

 

「あれ」

 

その娘たちは、アルフライラを見つけて早速に手を伸ばし引っ張って行く。

 

「やだ、この娘の肌凄いすべすべーッ」

「髪も凄いわ、指が奇麗に通るほどにサラサラッ」

 

「あれれ」

 

そのまま板と海星ごとハレムの奥へと拉致られていく創世神を放置し、

ハジャルは小柄な踊り子に書簡を示しながら話し掛けた。

 

「黒の神国より商人、スクルの手紙を預かっておってな」

「ああ、あの商人さんのお知り合いの方々でしたか」

 

和気藹々と会話が弾む場より、段々と遠ざかる叫び声。

 

「あああぁぁれえええぇぇぇ……」

 

「まあついで、出来れば宿場など斡旋して欲しい所じゃが」

「それならせっかくですし、業者さん用の区画に泊まりませんか」

 

屋内に呑み込まれた神々を意識の外にやり、人々の言葉は紡がれる。

 

やがて3人が喫茶作法の通りに持て成される頃、散々に温水で洗われ、

全力で様々と飾り立てられた少女が場に戻って来た。

 

板の上で座り込み、股内に手を付き上半身を支える様な疲労困憊。

透過する薄布で胸と手足を包み、硬質の装飾で上から留めている。

 

軽く見える程度に薄い布で顔の下半分を隠す、踊り子の装束。

 

「いやー、何か久々に良い仕事したわーッ」

 

出来上がった美術品を前に、豊満な肉体の踊り子が自画自賛の言葉を述べ、

その後ろでは同じ装束の赤い海星が、ぐねんぐねんとしなを作っていた。

 

「アルちゃん、目が死んでる」

「相変わらず悪意の無い相手には無抵抗じゃのう」

 

うふふふふふと不穏な笑い声を漏らす創世の邪神に、無慈悲な人の言葉。

ともあれと薄荷茶を嗜んでいる内、他の踊り子が鍋を運んで来た。

 

小麦麺(イトリヤ)の甘味よ、青の方ではマッケローニと呼んでいるそうね」

 

少し気の強そうな猫目の踊り子が言うには、最近の青の神国の貿易では、

乾燥させた小麦麺が人気の品目であり、副王都にも多少流れて来ていると。

 

「ほう、帝国西部の紐状の小麦じゃったか」

「お高いのに、さらっと出て来るわねえ」

 

茹でた小麦麺に蜜を掛けた物を、3人2柱が匙で掬って消費する。

 

「高いの」

「パンの3倍程度の値で流通しておるの」

 

アルフライラの感情が籠もらない平坦な声の疑問に、ハジャルが応える。

延々と、旧世界基準で2時間ほど茹でられ膨らみきった乾麺の蜜掛け。

 

ぷちりとアルフライラの方向から、何かがキレる音が聞こえた気がした。

 

「厨房を借りる」

 

途端、世界を強奪し神威を周囲に示しながら身を翻した神が在り、

踊り子たちの驚愕の視線の中、ついでに赤い海星が引きずられて行く。

 

「ああ、最近の食事のせいでついに限界に至ったのね」

「思ったより長く持ったのう」

 

「何だかんだ、時折何か作ってたからな」

 

その様な凍り付いた場で、平素と変わらぬ開拓者たちが感想を零す。

 

そしてハレムの厨房に、特級調理神と三級調理神が降臨した。

 

まずは鍋、細かく刻んだ豚バラの塩漬けをカリカリに成るまで油を出す。

その油に微塵に刻んだ塘蒿(セロリ)、玉葱、人参を放り込み、軽く炒めた。

 

先史に様々な料理に変化していく始点と謳われた、基本3種の刻み野菜。

 

これに今回は細かく挽いた牛肉を追加し、ゆるりと火を通して行く。

 

「そして赤葡萄酒を注ぎ、煮詰めていくのだ」

 

姉が横で大鍋を火に掛ける弟に、細かく手旬を説明すれば。

 

姉弟揃って水気が飛ぶまで延々と煮込み、そして潰した赤茄子(トマト)を注いだ。

そのまま赤茄子の水気が飛ぶまで、軽く粘度が出るまで再度と煮込む。

 

「小麦麺は茹でないのですか」

「長時間は茹でない、後で軽く茹でるよ」

 

気が付けば昼も過ぎ、やがて陽の傾く頃合いに成る。

 

「最後に牛の乳を注ぎ、さらに煮詰めれば」

 

それはアルフライラの生前から数えても、古い時代のレシピである。

乳で全体の臭みを消し野菜の角を取る、料理を纏める仕上げの工程。

 

流通の発達で意味が薄くなり、終には消えた手順であったが、

現時点では必要であろうと判断し敢えての再現であった。

 

「完成、『ボローニャ風煮込みッ(ラグー・アッラ・ボロネーゼ)』」

「いや古代語で言われても困ります姉さん」

 

アルフライラの発言内容を、横から冷静に指摘するパイラ。

 

「ボイ族の土地風煮込み」

「そんな先史時代の名称を出されても」

 

鍋から鉄皿へ軽く掬って火に掛け、茹でた麺を入れて絡めながらの会話。

 

「マッケローニ・ボロネーゼとでも呼ぶが良いさ」

 

そして最後に、出来上がった料理に上から乾酪を削り振った。

 

次々と鉄皿に料理が出来上がっていく。

 

呑酒妖怪たちは既に副王都の冷やした開拓者麦酒片手に待ち受けており、

そのまませっかくだしと、ハレムの踊り子たちも食卓に座った。

 

先分かれした串と匙で、マッケローニが口に運ばれていく。

 

「え、茹で時間全然足りないと思ったけど食感が何か凄い」

 

昼に厨房で昼食を作っていた踊り子が口元を隠しながら驚愕し、

他はもう、口元が赤茄子に汚れるのも気にせず無心に食べ続けている。

 

久々な少女の手加減抜きの調理に、いつもの面々も麦酒が進み、

ハレムの夕餉は和やかに消費されていった。

 

後に副王都よりマッケローニ・ボロネーゼのレシピが青の神国に渡り、

かの国で衝撃を以て受け止められる事に成るのは余談である。

 

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