猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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Ex-13 結局は塩と脂と糖が最強

―― 千夜神の帰還は、第一帝国時代以降ではありふれた題材であった。

絵画に、彫刻に、様々な媒体で造り続けられている。

 

基本のモチーフとしては、猫人から歓待の口付けを受ける女神になる。

 

伸ばした手の先に、或いは煽情的に伸ばされた足の爪先に。

様々な芸術家たちが自らの情念の赴くままに表現の幅を広げてきた。

 

 

ペル・アビヤドに着いたアルフライラたちは護衛対象と別れ、

城壁が造られ、暫く見ない内に様変わりした聖域に感嘆を漏らした。

 

【挿絵表示】

 

「これはまた、随分と立派な」

 

用水の大河に架かる橋を越え、飾り壁の参道を歩む。

 

石畳が敷き詰められてはいるが、流石にまだ全体では無い。

神殿前の広場には屋台の狭間、石畳を敷く工人が行き交っていた。

 

喧噪の中を開拓者たちは歩む。

 

さてここで、家猫族たちの事を少し考えてみよう。

 

猫の特性を加味された人種、その聴覚や嗅覚は只人よりも鋭敏で、

扉の向こうの足音、誰某を聞き分ける事すらも容易とする。

 

そんな生き物が、アルフライラの帰還に気付かないであろうか。

 

答えは否、である。

 

誰かが察知し、鳴き声で周知し、結果として神殿より湧いてくる。

続々と姿を見せる毛玉こと家猫族たちが、跳んだ。

 

それはまさに弾頭、さながら家猫空中魚雷。

 

いやさ魚形水雷ではなく、猫形空雷とでも言うべきか。

そんな幾つもの猫雷が、空を引き裂き続々と飛来した。

 

そして中に混ざる白き獣神を認識したマルジャーンが、気配を見せた。

 

板上でそっと飛来する獣神に手を添えて、弾道を逸らす。

 

従来ならば、獣の大神に相対するなどただの自殺行為であろう。

動き出した破城槌の様な物で、その力の量の次元が違う。

 

力を逸らそうと手を添えた所で、巻き込まれ捩じられるだけである。

 

であるが今回は、状況が違った。

 

空中に在り踏み締める大地が無い以上、いかな獣神権能と言えど、

その性能を発揮する土台が無く、飛来する質量の威力が上限と成る。

 

結果、キッタ・アビヤドはマルジャーンに受け流された。

 

しかしそこは獣神、大人の身長程度の僅かな高さであろうと、

高速のなかで即座に身を捻り、奇麗に足から着地する。

 

大地に罅が走り、その身に魔素の輝きが纏われた。

 

そして溜めを以て、即座に板上の姉へと飛び掛かるも、

その僅かな間で既に障壁は張られ、侵入は阻止される。

 

びたんと大きい音を立てた妹神が、ずるずると滑り落ちていく。

 

なお、言うまでも無い事だかその障壁の内部、マルジャーンの背後、

アルフライラは親愛の顔面特攻、数多の猫雷を受けて轟沈していた。

 

 

―― 北の氷原の氷の城、その顛末を詩神ジャマールより伝えられた。

千夜神アルフライラは、まずは一同を確認し、そして無事を喜んだ。

 

その後の記述は存在しない。

 

 

祀神は煙を吹きながら自らの神殿へと連行されて、

そのまま毛玉に挟まれながら夜を明かし、明け方に厨房に向かった。

 

そのまま本殿に戻り、前日に受けた雑事を片付ける段に成る。

 

毛皮饅頭に凭れ掛かりながら、板上から見下ろす先には人々と神々。

詩神と催眠術師、奇獣神と初対面の小神、とりあえずの正座である。

 

【挿絵表示】

 

アルフライラが、軽く溜息を吐いた。

 

先史での名称に成る。

 

何某かの折に脳内に発生する、先史にて幸福物質と呼ばれたホルモン、

ドーパミン、セロトニン、オキシトシン、そしてβ-エンドルフィン。

 

それに関し、旧世界でひとつの研究結果が発表された事が在った。

 

「人は、実芭蕉(バナナ)に乳を掛けると脳内に幸福物質を生成する」

 

人と言う種が、猿の系譜に連なる物である証明のひとつである。

そんな事を言いながら、器に入れた実芭蕉に乳を掛けた。

 

乳に揺蕩う実芭蕉の器を片手に、空いた手をジャマールの肩に置く。

そのまま正座の妹の瞳を、上から覗き込みながら告げる。

 

「幸せか、幸せだろう、幸せだと言え」

 

瞳のハイライトは、消えていた。

 

ハイシアワセデスと片言で応えた吟遊詩神に、創世神は満足そうに頷き。

見る者を魅了する可憐な笑顔で、鈴を鳴らす様な声で、気軽に宣告する。

 

「ならばもう、思い残す事は無いよね」

 

本殿に人々と神々の悲鳴が響いた。

 

 

―― 千夜神殿料理長の名が名誉と称えられたのはいつからだろう。

 

歴代の料理人たちが積み上げてきた功績が、気が付けば聖域の外に至り、

やがて世界に発見され東西に広く伝えられたのは後の時代に成る。

 

そんな伝説の始まり、初代料理長シャバーンは壮年の豚人であった。

 

満腹と言う意味の名が示す通り、その調理は豪快にして自由。

全てに拘りが無く、ただ美味のみを追求した姿勢は神殿の指針と成る。

 

その生涯で世間に豚人の地位を押し上げた、神に尽くした料理人。

彼の残した国籍不問の様々なレシピは、後の聖域でも永く愛されている。

 

引退時は千夜神のみならず、聖域全ての神より惜しまれた存在で在り、

没後、功を称え青の神国より特級調理人の称号が贈られた傑物である。

 

 

巷で囁かれる真実の愛とは何かと問えば、神殿では普通に指し示す。

 

板の上で毛玉の上に全身でしがみ付いている少女の有様を。

 

全力で吸い、吸われている敷物は大変に嫌そうな顔をしている。

愛とは、時として苦しみを伴う物であるのだろう。

 

とは言えやがて限界を迎えたのか、黒猫はごろりと寝返りを打ち、

板と毛玉に挟まれた創世神はぷちりと音を立てて潰れてしまった。

 

てふてふと黒猫が立ち去る後ろで、少女の亡骸は煙を吹く。

 

暫くの後、身体を起こしたアルフライラを白兎の侍女が呼びに来た。

夕餉の支度が出来たので、神殿前広場に訪れて欲しいと。

 

さよけと、素直に板がふゆふゆと移動を始める。

 

朝方に厨房を訪れたアルフライラは、豚人の料理長から望まれていた。

簡単な歓待の宴席を設けるので、今日は大人しくして居て欲しいと。

 

なので素直に猫を吸い、ちらと周囲に挨拶で回る一日であった。

 

とりあえず狐狸神殿で狐神に土産、強き者の王子から預かった玉と、

イルウテン名物である干した肉厚赤棗を詰めた袋を渡し、宴に誘う。

 

そんな道中を終え、後は猫を吸って過ごしていた。

 

なお、太陽の象徴に吊るした妹たちの事は既に記憶から消えている。

 

そして神殿を出れば、炭火で焼かれる様々の景色が在り。

 

塔から干からびた祟り神と催眠術師が降ろされ、水を飲まされている中、

様々な野菜や挽肉団子が、炭火の上で炙られている。

 

まずは酒を回し、祀神が軽い挨拶を述べた。

 

特に席を造らない無礼講の宴、かつての豚人隊商たちの流儀で在り、

開拓者勢や千夜神にも親和性の高い夕餉である。

 

猫や兎が肉と野菜を齧り、開拓者たちなど様々な立場の人が居る。

忘却と獣の大神、奇獣と狐狸を筆頭にした幾柱かの小神たち。

 

混沌とした場の中で、アルフライラが料理長に呼ばれた。

 

「帝国西方、諸王国時代の宮廷料理なんだがね、です」

 

雑なバーベキュー会場では流石に少々不敬かと思い、

それなりの品目も用意していたのだと、そんな説明が在った。

 

言葉の前の炭火には、串に刺さった渦巻き状に巻かれた肉。

 

【挿絵表示】

 

宮廷ロール(サライ・サルマ)、まあ肉に限った物では無いんだが、ですが」

 

赤身の塊肉を、根菜の皮を剝く様に厚く桂剥きにして、

出来上がった一枚肉の上に、薄切りにした羊の脂身を敷き詰める。

 

その上に馬芹(クミン)や大蒜などの香辛料と香菜、刻んだ羊肉と大量の乾酪。

それらを混ぜ込んだペーストを塗り込めてから、肉を元の形に丸める。

 

最後に肉巻物と化したそれに横から串を刺し、串に合わせて切り落とす。

 

そして肉を巻いた串が出来上がれば、あとは焼くだけである。

 

「溶けた羊脂が好く回って、これはもう肉の組み合わせの妙だね」

「ああ、西方の宮廷料理は素材の新鮮さが特徴なのさ、なのですよ」

 

帝国西方宮廷料理、贅の特徴として、使われる食材の新鮮さが在る。

 

新鮮な羊脂は臭み無く、使われる食材を香辛料に漬け込む様な必要も無い。

香辛料は調理時に使い、主に食材の組み合わせで味を造る流儀であった。

 

「粗にして贅、されど卑にあらず、これは好い」

「これは好い、頂きましたーッ」

 

肉巻き片手に氷を入れた開拓者麦酒の樽杯を抱える少女神の評価に、

厨房勢が盛り上がり、そのまま宴席の喧噪に混ざり込んで行く。

 

次々と空けられる酒の壺と樽、そして消費される肉野菜。

やがて氷室より出された氷で造られた舎利別(シャルバート)も配られて。

 

宴の中、宵の空気の冷え込みは程遠い。

 

宮廷ロール自体は様々な食材を巻いた幾つものレシピが存在するが、

ペル・アビヤド、後のテルバードでは羊肉の物が主流となる。

 

そんな契機と成った宴席は、篝火の元で夜遅くまで続けられたと言う。

 

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