猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

34 / 35
Ex-17 千夜神の居ない場所で

 

お姉さまズルイと言い出す欲しがり妹系神族のジャマール・シャムスが、

 

猫と妹の間に越えられない壁を置く系姉のアルフライラに対して、

どれだけ強請ろうと、当然の如く抜け毛1本すら分けて貰えるはずも無く。

 

猫不足が極まった詩神は祟り神に堕ちて、障りを撒き散らしていた。

 

そんな荒ぶる神を鎮めるために猫柱が建てられ、適度に吸わせつつ、

その代償にと聖域周辺の植林を進めさせていたペル・アビヤド。

 

なので今日も瞳からハイライトの消えた雉虎柄の猫柱を引き連れて、

タサウブ、ハディヤと共に岩山の中でせっせと緑化を進めていた。

 

陽も高く、灰斑柄が軽食の入った籠を持って現場に訪れる。

 

タサウブが受け取れば、礼を告げる間も無く脱兎の如き逃走。

物陰から迫っていた祟り神が、獲物を逃がした嘆きを零していた。

 

「いやジャマールさん、動きが完全に怪物なんだけど」

「猫に兎の真似をさせるとは、流石の悪神と言うべきかしら」

 

物陰でふしゅるるるとか鳴いていた祟り神に対して、

機械少女が猫柱を押し付け鎮めつつ、陽除けの支度を始める。

 

岩山に、雉虎柄の悲鳴が弱々しく響いた。

 

「そ言えばジャマールさん、何か今日は樹を生やしてなくない」

 

練り豆(フムス)を掬った田舎のパン(アエーシ・バラディ)を齧りながら、タサウブが問い掛ける。

 

聖域より先、岩砂漠へと向かう岩山の中程に入ったあたりから、

生えて来る緑は草花や低木ばかりであり、パンを流し込んだ神は応えた。

 

「認識不足、緑化とは単純に樹木を植える事では無いのですよ」

 

樹木とは、その根で深く大地を掴み大気を潤す存在である。

別の言い方をすれば、地中の水分を吸い上げ空気中に発散する管。

 

「単純明快、岩砂漠の近くに植えたら植えるだけ土地を殺します」

 

故に無思慮な植林は、そのまま地下水の枯渇を招く物である。

 

「適材適所、つまり岩砂漠側に必要なのは低木と草なのです」

 

何だかんだ、かつて緑の大神であった経歴が漏れている詩神に対して、

適材適所とはこういう事なのかと、しみじみと頷く人々であった。

 

 

聖域千夜神殿の前で、様々な土地から集まった千夜信者たちが、

参拝の順を騒々しく肉体言語で決めている最中な午後の聖域。

 

【挿絵表示】

 

隣接する奇獣神殿で、奇獣神と小神が茶を嗜んでいた。

 

単眼の赤い海星の前で、柔らかな金の髪を長く伸ばす慈愛の女神。

薄荷茶の杯を片手に、柔布揚げ(カターイフ)が狭間の皿に積まれて輝いている。

 

柔布揚げは丸く伸ばした生地に生乾酪や砕いた木の実などを乗せ、

二つ折りにして揚げた後に、舎利別(シロップ)の類を贅沢に掛けた菓子である。

 

皿の上の柔布揚げは花弁を漬け込んだ舎利別に浸した物と、

蜂蜜で溶いた酪を掛けた物の2種類が積まれていた。

 

貴重かつ贅沢なお八つを頬張る女神は幸せそうな気配を醸し続けており、

邪神として連行された時に比べ、随分と気配が柔らかくなっている。

 

この女神が奇獣神の身体手裏剣で吹き飛ばされた後、聖域へ輸送され、

千夜神殿で何か凄く怖い神々に囲まれ詰められたのは先日の話。

 

あからさまにヤバイ気配の大神が板の上から見下ろして来て、

後ろを狐狸の、冥府送り、人喰いの異名を持つ神々が抑えている。

 

一介の小神に抗う術など在るはずも無かった。

 

「そ言えばパイラ様、ウチの隣の神の領地の話なんですけどね」

 

なので従属神として、仕える奇獣神お手製な菓子を頬張る日々である。

 

「何か嫡男が聖女とやらに惑わされて、婚約関係が危機だとか」

「前から思っていたけど、小神が随分と豊富な国だよね」

 

帝国旗下の諸国では基本的に神の支配を認めず、神族の肩身は狭い。

それだけに緩い国には、神族が流れ込んで来がちだと女神は応えた。

 

「道理で、国でなく領地ごとに別の神殿が在ったわけだ」

「まあ公共施設の長ぐらいの扱いなんですけどねー」

 

柔布揚げウマーとか言っている女神から、完全に威厳は消え去っている。

 

「んで、聖女様とやらが何かやらかしたのかい」

 

触腕で掴んだ杯から茶を怪異飲みする奇獣神が話を戻せば。

 

「嫡男が、左右の大胸筋に名前を付けて会話する様になったとか」

「何て」

 

ジョニーとクラウドをぴくぴくと痙攣させながら語り合う嫡男の姿は、

婚約者からはギリギリ受け入れられるラインを越えてしまっていたと。

 

つまりは相も変わらず、帝国は帝国であった。

 

 

その頃の黒の神国では、神々が集い語り合っていた。

 

千夜神が毒竜の島に居たと連絡が在り、即座に黒の女神は現場に飛んだ。

アルムピアエールが風を斬り、瞬く間に距離を無効化する。

 

しかし残念ながら、既にアルフライラたちは出立しており、

硫黄の村の住人から毒竜の顛末を聞くも、エミーラは納得しない。

 

姉を取り逃し、竜まで居ないのでは何のために飛んで来たのかと。

 

ストレス解消のためでは、などと開拓者組ならば塩対応するだろうが。

平和な性根の村人たちには少しばかり荷が重い相手であった。

 

そして復興の日々を送る新人村長の肩を掴んで、女神が問う。

 

「毒竜でしょ、いっそ貴方たちが毒竜なんでしょうッ」

「ち、違いますうううぅぅッ」

 

そしてアルムピアエールで運ばれた黒子たちがイルイトイで雑事、

様々な処理や報告、契約の更新などで領地の正常化を図る中。

 

エミーラは密林に突入した。

 

翌日、奥地に隠れ住んでいた毒竜の民を発見し確保、

魔神竜に臣従を誓わせ、有志数名を国に持ち帰る事に成る。

 

突然に増えた竜族の処遇を巡り、岩の竜族を交え神々が語り合い、

 

この調子で増えていきそうなどとの悪寒に気付かないふりをしつつ

関係各所が騒々しく動き出す顛末と成ったのだが。

 

「毒竜……居たのか」

 

話を聞いたマリクは困惑し、少しばかり頭痛を堪える顔をしていた。

 

 

そんなエミーラが仕事を放り出して逃げ出していた数日の事。

 

黒の女神が居ない今こそが好機と見て、王神の従属女神シュフラが、

元二十面相こと姫神の従属神アシュラーフへと要求を述べた。

 

「その腰の長剣、使ってないのだから寄越しなさい」

「突然真正面から無茶を言うな」

 

神鉄の長剣である。

 

かつてシュフラが持っていた神剣は、どこぞの自称ただの剣士のせいで、

奇麗にへし折れて使い物にならなくなっている。

 

そのため、虎視眈々とアシュラーフが持つ長剣を狙っていた。

 

エミーラが居る場で行動に移した場合、姫神の所有する神器、

千夜の邪神が全力を出したネタ神器を下賜される可能性が在ったため、

 

不在の今こそが千載一遇の好機である。

 

「いいから寄越しなさい、貴方は主に新しいの貰えば良いでしょう」

「嫌じゃあああぁッ、エミーラ様はあの呪われた装備持ってんだぞッ」

 

かつて黒の王神と黄金の大神を奇跡のふたりに変えたお仕置き装備。

 

宝石のキュア時計、はなまるアンサーソード、小林ールド。

先日にエミーラが陰干ししていた現場をアシュラーフは目撃していた。

 

無理筋の願いではあるが、シュフラが王の大神の剣士として生きた時間を

アシュラーフは識っており、それだけに無下にする気には成れない。

 

しかし、それは自分がプリティでキュアキュアにされる危険性が

無い状態での話であり、丁度一式を陰干ししていた今では絶対に無い。

 

そうこうしている内に実力行使と動き出したシュフラに対し、

全力で抵抗するアシュラーフが、縺れ合う中で騒動は大きくなり。

 

死んだ魚の目をしたマリクが場を納める事に成った。

 

瞳からハイライトが消えているのは、かつてザハブと共に

ヒラヒラ衣装でキュートに決めさせられたトラウマのせいである。

 

「持っているのか…………」

 

娘の手持ちに、戦々恐々とした響きで父の大神が呻く。

 

ともあれ新造するにせよ、もはや件の長剣の所有を改めて

決めねば成らぬ程に話は拗れ、従属神たちの意地の張り合いは続く。

 

「流血2回、以降に遺恨を持つ事を禁ずる」

 

マリクの立ち合いの元、決闘用に用意された数鍛ちの長剣を構え、

シュフラとアシュラーフが広場で相対した。

 

流血の回数、上限を決める方式の決闘。

掠り傷でも何でも、2回の出血に見舞われた方の敗北である。

 

黒の喪服の女神は重心を高く、身体の横に伸ばした手で剣を持つ。

剣先を相手に向けたまま、前後に歩き距離を測っている。

 

対しナマズ髭を剃った美形の神は、腰を落とす。

 

身体の横に剣と踏み込みの脚を出し、軸足を曲げる。

空いた手は肩の上から頭上を越え、剣に添える様に中空に垂れる。

 

軸足の爪先は、身体の前に向いていた。

 

同じ様に身体の前後、軸足をずらす様に動けはするが重心は低く、

つまりは左右への移動はシュフラよりも制限されている。

 

僅か、波打つように刃が疾った。

 

踏み込み脚から前、弧を描き接近していたシュフラへと迫る刃。

対し女神は軽く足を下げ、迎え撃つように自らの刃を振る。

 

軽く振り下ろした刃は空を斬り、その上を刃が舞った。

手首の回転で斬撃を躱したアシュラーフが、シュフラの手首を狙う。

 

同様、シュフラもまた手首を回していた。

 

くるりと回った互いの刃が、中空で噛み合う。

 

そして、ギリと音を立てて止まった。

 

刃物、刃同士が接触すれば、時として噛み合う事が在る。

互いの刃が互いの刃に食い込み、強く制動が掛けられる。

 

噛み合った刃は、押しても引いても動かない。

 

なので互いに踏み込み、捩じる様に刃を外す。

 

同時、空いた手が拳を握っていた。

互いの顔面を打ち据えながら、間合いが開く。

 

「随分とはしたない手癖だな」

 

鼻血を吹き飛ばしながらアシュラーフが問えば。

 

「お互い様でしょう」

 

鼻血を袖で拭いながら、シュフラが応える。

 

互い、出血1回。

 

間を置かず、再びシュフラが弧を描きながら歩き始めた。

対し腰を落とし、アシュラーフは黙考する。

 

間合いを測り、高い重心のシュフラが持つ手数は多く、速い。

出血で勝敗を決める以上、腰を落とし待ち構える自分には不利が在る。

 

―― お前は結構不器用だから

 

ふと、神代で邪神に言われた言葉が聞こえた気がした。

 

ああそうだ、考えるまでも無い。

 

軸足に体重を乗せ、深く力を込める。

 

身体の前に爪先を向ける形の脚は、前後に動く物であると同時、

大地を踏みしめ肉体を横に飛ばすための射出台でもある。

 

紫電。

 

そうとしか思えないほど、残像すら残さぬほどの刺突であった。

 

遥か神代で、千夜神が妹の従属神へと伝えた長剣の業。

動きも、手数も、何もかもがシュフラの物よりも不利に在る。

 

しかしその確固とした軸足から、全身を射出する様な刺突。

 

その間合いと速度は、全ての長剣流派の中でも最大最速を誇る。

 

一閃が、シュフラの脇腹を穿った。

 

しかしシュフラもまた黒の剣士として称される者である。

 

距離を取る、避ける様な動きの中で、腕だけが残されていた。

空中に固定された様に止まった刃に、アシュラーフは突っ込んでいる。

 

置きの刺突。

 

肩口にしたたかに突き刺さった剣先が、鮮血を飛ばした。

 

「それまで」

 

相打ち、延長は無し。

 

先代黒の大神が裁定し、長剣を賭けた決闘は幕を閉じた。

所有権は動かず、シュフラの手持ちは穴居人の業物のままである。

 

アルフライラかエミーラに頼んでみるかとマリクが気を回すも、

プリティでキュアキュアにされる悪寒でシュフラは断る。

 

されてしまえと治療を受けながら呪うアシュラーフに、

何をてめえと脇腹を消毒されながらシュフラが騒ぐ。

 

「何だかんだ、仲が良いですね」

 

騒動を聞き、訪れたハラムが主に感想を述べた。

 

「何だかんだ、付き合いが長いからな」

 

マリクが応え、軽く溜息を吐く。

 

罵り合う従属神たちの姿は、普段の気を張った物とは随分と違い、

騒々しく騒ぐ姿は、確かにどこか気易い物が存在していた。

 

余談に成る。

 

シュフラが望んだ神鉄の長剣は後日マリクが手配して、

新しく穴居人の業物、神妃剣アビレッシアが届けられる。

 

その出来栄え自体には何も文句が出なかった物の。

 

自称普通の剣士が振るう神竜剣アルムピアエールの

妹剣であると言う事実が、女神の瞳からハイライトを消した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。