交易路には
それぞれの土地の支配、有力者などの庇護を受けて、
交易路の維持のために多数設置されている施設である。
先史の単位で言えば30kmほどの間隔で設置されており、
旅人たちは宿場から宿場を乗り継ぐ様に旅を続けていた。
尤もその質に関しては千差万別で在り、水と食事を提供する宿、
さらには酒場や詰所などを併設する宿、定期的に市が開かれる宿。
そんな当たりの宿場とは逆に、当然ながら質素な物も存在する。
屋根は在る、壁も在る、かろうじて水も在る、他には何も無い。
身体を休める事こそ出来るが、相対的にはかなり外れの部類。
アルフライラたちが訪れたのは、そんな砂中の隊商宿場であった。
魔物の間引き、近隣の村の依頼、そんな細々とした物の他に、
時折に受ける隊商の護衛で交易路を移動している最中。
護衛対象や共連れと連なり、屋内に布を敷き寝床を造る。
水吞み場の駱駝が厩舎に送られる横で、石竈に火が入れられた。
調理用の鉄板が置かれ、熱の伝わった表面が脂を弾く。
陽が沈む前に夕餉を造り、深夜を宿で越えて夜明け前に発つ。
集団がそんな予定で動く中、アルフライラは鉄板前に居た。
複数の商人や開拓者から食材を受け取り、纏めての作業。
竈や燃料の数の問題で、個別に造るよりはとの判断である。
とりあえず朝方の宿場で買い込み冷やしていた肉塊が出る。
それだけだと人数分に足りないので、挽いて香菜も刻む。
大蒜を効かせ、
後は良く冷えた作業用ハンドでねちねちと捏ね。
出来上がった餃子の種的な代物を、
二つに割って、ポケット状の空間を埋める様に。
出来上がればまずは断面、そして全面に果実油を塗りたくり、
そのまま断面から押し付ける様にと、鉄板で焼き上げた。
元は婚礼に振る舞われる宴席料理であったが、その手軽さや贅沢さ、
様々が平時の料理としての普及を呼び、定着したレシピである。
次々と鉄板の上に置き、やがて外側がカリカリに焼きあがる頃には、
肉汁の全てが包んでいるパンに吸われた悪魔的なブツが出来上がる。
少女が焼き上がりを配って行けば、次々と歓声が上がった。
「窯が欲しい」
「ごく自然に贅沢を口にするわね」
配り終わった後の感想を述べたアルフライラに対して指を伸ばし、
頬を引っ張りながら
今回は竈と鉄板しか無いため、調理神が全面を鉄板で焼いたが、
断面を焼いた後に外側を窯で炙るのがイルドラード式であった。
「やっぱ窯って贅沢なのかな」
「大抵の土地では設置に許可が要るし、燃料費も在るからのう」
ハジャルが言葉を継ぐ。
神殿厨房やイルドラードで普通に使っているので目立たないが、
窯は権利であり資産であり、その使用にはそれなりの価値が在った。
そんな事を話しながら、蒸留酒の水割りを片手に夕餉を食む。
「
3人1柱、黙々と飲食を続ける中でマルジャーンが述べた。
蒸留酒は北方で造られた物であり、商人から分けて貰った物である。
蒸留の技術が北方に伝わった後、元々は麦酒を蒸留して造っていた酒で、
商人が運んでいた物は大麦麦芽から造られた逸品であった。
「アル・デバランの方から、空飛ぶ顔の話が聞こえて来たね」
「聞くからには、海岸沿いに出没しておるらしいのう」
道中に聞いた話を少女が振れば、呑酒妖怪の片割れが受ける。
そんな会話に挟まる様に、珍しくサフラが口を挟んだ。
「ああ、後は別件だが子供攫いの笛吹きが出ていると」
何それと疑問顔の少女に、呑酒妖怪の暗殺担当が告げた。
「お伽噺よ、笛の音に誘われた子供が連れ去られていく」
まあ大抵は女衒や移住、開拓団の勧誘とかの隠喩よと続ける。
「次男三男など余計者の勧誘、或いは口減らしなど様々じゃ」
「総じて、笛吹きに連れ去られたと語られるな」
ハジャルが軽く補足を入れ、サフラが締めた。
「顔が空を飛んで、人が居なくなっている」
「そう並べると、何ぞ怪異が発生しておる様じゃな」
無造作に並べられた神の言葉を、人が苦笑で受ける。
「帝国が成立して暫く、安寧の中で人が増えておるからのう」
これまでは様々な戦場で削られていた頭数が、減らない。
様々な土地で、人口が養える限界を越えていこうとしている。
「開拓は進めておるが、良くも悪くも土地によって様々よ」
何にせよ、人的資源の使い道は帝国にとっての急務であった。
などと聞いた内容のすり合わせをしている内に宵は訪れて、
暗闇の中、ごく僅かな光源の中で寝床に動く音が、やがて絶え。
どこからか砂の崩れる音が届く、隊商宿場の夜は更けていった。