猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ①

 

イルドラードは夜明け前に動き始める。

 

まだ涼しい内に旅立つ者、城壁の外で午前の市に備える者。

人の動きと駱駝の流れが朝焼けの中に重なって響いた。

 

そんな中、アルフライラは水溶液で満ちた器を城壁で干す。

 

広く浅い容器の中に、たぷんと揺れている水は硝石を溶かした物で、

その吸熱反応を利用して、酒や食材を冷やすために使われていた。

 

硝石単体の効果では製氷が出来るほどの冷気は得られないが、

氷室から出した氷を併用する事で、その温度は氷点下を軽く下回る。

 

アルフライラに限定すれば、その保有する大神権能が在る以上、

薬品に頼る事無く冷蔵はおろか冷凍すら容易ではあるのだが、

 

宿場に住み着いているとは言え常駐しているわけでも無く、

店主の手持ちの冷却手段として、硝石は時折に使用されていた。

 

そして使用済み溶液を干せば、硝石が残り再利用が可能に成る。

 

天日干しの用意を終えたら、そのまま宿場裏の氷室へと移動して、

夜間の冷気を得た内部から軽く食材などを取り出し、扉を閉める。

 

外壁に沿って宿場酒場に戻り、朝食の支度に入る。

賄いの汁を作り、水に漬けた固パンを割り砕いて果実油で炒める。

 

やがて昼前の時間には手が空いて、少女は朝市を軽く覗いた。

 

近隣から旅をして集まった人々が宿場前に天幕を並べ、

春を通して朝と夕には市が開かれる、そんな時期である。

 

陽除けの時間が近いせいか、どこか店仕舞いの気配が漂っている。

 

馴染みの村人や開拓者の中に混ざり、幾らかの香辛料を買えば、

ふと、礫の砂漠を渡る熱風に気を取られた。

 

【挿絵表示】

 

風上を伺えば、砂に霞む遥かがそっと旅路を誘っている。

 

「春も終わるかー」

 

近い内に宿場前の天幕も引き払われ、熱砂の季節が訪れるだろう。

夏の過ごし方を考える猶予は、さほど残ってはいなかった。

 

軽く物思いに沈んでいる板の横を、開拓者たちが通り過ぎていく。

 

陽除けに酒場に向かう者、たった今に近隣の宿場から辿り着いた者。

軽く挨拶を交わすアルフライラの知己も居れば、初対面の者も居る。

 

その中で猫系獣人たちの動きだけは独特であった。

 

親愛の情から近くに寄るも、あまり寄り過ぎると捕獲され愛でられる。

なのでインベタのさらにインを、高速で駆け抜けていく。

 

気が付いた時には既に居ない、尻尾すら掴ませぬと。

 

【挿絵表示】

 

とは言え中では鈍臭い個体を幾つか捕まえるも、隙を見て逃げられて。

などと神が走り抜ける猫たちに翻弄されている内に、陽は高く昇る。

 

終に捕獲を諦めたアルフライラは、肩を落として酒場へ戻っていった。

 

炎天が砂を渡る風を炙る中、屋内は暗く涼しい。

 

「アルちゃんアルちゃん、佳月の聖餐(カマル・エッディーン)が在るわよ」

 

途端、マルジャーンがアルフライラに声を掛けた。

女性相互扶助の席に混ざり、杯片手に菓子を摘まんでいる。

 

机の上に在る菓子は佳月の聖餐、杏で造られた熨斗果実(ラバシャク)

 

シート状に成るまで果実煮を天日で乾かした熨斗果実の中で、

祭礼時に好まれる杏のそれは、佳月の聖餐と呼ばれ区別されている。

 

少女は薦められるままに短冊のそれを齧り、杯を受け取る。

次いで、割り水の中に大量に製氷すれば歓声が上がった。

 

続々と氷を杯に放り込む女衆の中で、アルフライラもそれに倣う。

 

軽く麦と樽の香りが漂うそれは、先日の蒸留酒(ウィシュケ)の余りであり、

氷水で軽く割ってしまえば呑み易く、甘味にも好く合った。

 

「そ言えば、何かハジャルが店主から依頼振られてたわ」

 

結構な大物依頼らしく、今現在説明が長引いている最中だと。

 

「そろそろ旅立つ頃合いかな」

「何にせよ、夏の過ごし方を決める頃合いよね」

 

だから蒸留酒(ウィシュケ)の余りは独り占めなのよと哂う酒飲み妖怪に、

ゴチに成ってますと杯を上げて笑う相互扶助団員たち。

 

結構な量が在ったはずだが、全て呑み尽くすと言う強い意志が見えた。

 

ならば無くなる前にと少女も杯を傾け、さくさくと酒が目減りしていく。

やがて呑み尽くす前に、机の上の肴が先に尽きた。

 

固パンか干し肉でも齧るか、或いは肴無しの生で呑むか。

 

そんな覚悟を決めようとしている男ッ気の無い集団の横で、

無駄に外見が整った少女は、無言で花椒を砕いた。

 

先程に市で買った品である。

 

そして砕いた花椒を塩に混ぜ、板から取り出した羊肉を一口大に刻み、

そのまま纏めて揉み込んだ後に、板上焜炉で雑に焼きだした。

 

塩花椒の焼き肉(カバブ)、料理と言うほどの物では無いのかもしれない。

 

しかし酒の肴としては充分以上の品であり、歓声と共に杯が重なる。

やがて呑み尽くした後、相互扶助党首が秘蔵の蒸留酒(アラキ)を出し。

 

陽が傾き、旅路の算段を付けにハジャルたちが戻った頃には、

根こそぎ倒れ伏し、少女に水を飲まされ介抱されている惨状であった。

 

なお、呑み尽くされてしまった蒸留酒(ウィシュケ)の空き樽を見て、

出遅れた呑酒妖怪の嘆きが酒場に響いたのは言うまでも無い。

 

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