猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ③

 

開拓者たちに守られた隊商が交易路を征く。

 

アルフライラたちはムダラアミーナへと向かった。

イルカサルアルクを過ぎれば砂漠も終わり、草叢が萌える。

 

岩山と森林を避け、荒野と草原を踏破して海を目指す。

 

ふゆふゆと漂う板は適宜水筒の中の水の補充で喜ばれ、

時折に道中で買った菓子を摘まみながら長閑に進んだ。

 

手元の布袋に入っているのは色の濃い丸い団子の様な菓子。

干した棗椰子の果肉を潰して練った物である。

 

道行きは、かつて帝国と姫の大神が辿った道筋とは違い、

もっと小規模な、露骨に言えば軍が通れぬ程度に小さな路。

 

遠く安全な大路よりも、護衛を雇って小路をとの選択。

 

道中は相応に危険であったが特に問題も無く、

小高い丘を越えれば、開けた視界に海岸が見えた。

 

【挿絵表示】

 

港湾都市を切り取ったが故に価値の薄れた元国境砦が在り、

海岸の遠く、地平線と水平線が結ぶ遥かに幽かと湾が映る。

 

「旧国境の村で最後の休息じゃな」

 

旅路も終わりが見え、ハジャルの言葉に隊列の気が僅かに緩んだ。

穏やかな風の中、旅人たちの空気が弛緩した物に変わる。

 

そしてふと、影が差した。

 

雲が陽を隠したにしては若干濃い、黒。

 

頭上に何がとアルフライラは、そして他の皆も顔を上げる。

はたしてそこには、陽を遮る何物かが浮遊していた。

 

【挿絵表示】

 

巨大な、顔。

 

「……はい?」

 

少女の疑問は何とも言えない言葉として音に変わり、

遥か上空に巨大な生首が浮かび、隊商を陰に入れていた。

 

「アルよ、正直に言うのじゃ」

「何故か世の中の理不尽が全ての私のせいだと思われてる」

 

前科が在り過ぎるせいである。

 

ともあれ視線を投げた開拓者たちの猜疑に応え、神は無実を主張した。

本当にぃと言いたそうな顔に対し、本当だからぁと胡散臭く。

 

何にせよあの顔をどうするべきなのかと会話を交わし始めた頃合い、

ぺいっと、音を立てて巨大な口から細々としたものが吐き出された。

 

「をををををうッ」

 

咄嗟に障壁を張ったアルフライラと、板を頭上に持ち上げたサフラ。

すかさずハジャルとマルジャーンが板の下に滑り込み。

 

黒く硬い物がそこかしこに着弾し土煙を上げた。

 

「何か今、非人道的な何かが在った様な」

「神だから人道は対象外だな」

 

肉傘にされた創世神が嘆くも、人の面の皮の厚さはそれを上回る。

そして気が付けば生首は空の彼方へと飛び去って行き。

 

軽く掠めて怪我をした不幸者を治療し、興奮した駱駝たちを宥め、

騒がしく後始末をしている最中、落とされた物体に視線が集まった。

 

【挿絵表示】

 

黒い鉄で造られた、筒を組み合わせた構造物。

 

落下の衝撃で砕けた物、曲がった物。

そして幾つか、少数の無疵な物。

 

軽い観察を終えて、ハジャルが見解を口にした。

 

「もしや火薬弓か、タサウブ嬢が持つ連発式に似ておるのう」

 

輪転式弾倉を保有する小型拳銃、そして弾薬。

しかしそれは開拓少女が使う穴居人の業物とは違い。

 

「こう、人を害する事に対し洗練されておる様な」

 

幾つかを何人かが観察する横で、アルフライラは一丁を手に取った。

 

輪転する弾倉を回し、各所を触るも横には外れない。

ロックを外し銃身を折る、戻してからまたからからと回す。

 

弾薬を手に取り側面から1発ずつ、弾倉を回しながら装填していった。

 

「『スイングオープン』が無い時代の物か」

 

そして現代に理解できる者が居ない単語を呟きながら、単発の射撃。

 

小さな音に合わせ、離れた場所の土塊が軽く弾かれる。

同時、神の手首から破滅の音が響き、芸術的な角度に曲がった。

 

少し頬を引き攣らせながら手首を戻し、煙を吹かせる少女の横で、

剣士が静かに大剣を引き抜き、歌姫が弓を取り寄せる。

 

「見付けられたのは初めてだぜ」

 

弾着の後ろの空気が歪み、旅装束の青年が姿を現した。

そして次々と、隊商を囲む様に人影が現れていく。

 

「この人数に、今まで気付かなんだじゃと」

 

アルフライラはわかっていたのかとハジャルが視線を投げるも、

明後日の方向に視線を逸らせて口笛を吹き損ねている少女の有様。

 

―― あ、ただの偶然じゃコレ

 

「ふぅーははは私の前では何ピトたりとも隠れる頃は出来ないのだあ」

 

とりあえずと棒読みでそんな事を言っているが、とても嘘臭い。

 

「尋常では無い幻惑、これは、神族が居るわね」

 

小刀を握り込みながら狩猟弓を構えるマルジャーンの見識を得て、

隊商を守る様に囲む開拓者たちの背筋が伸びる。

 

僅かな膠着を見せた互いの狭間に、歩を進める者が在った。

 

「まあ落ち着けよ、別にいきなり襲ったりなんかはしない」

 

張り詰めた空気の中に進み、口を開いたのは巻布で頭を包む若者。

若く見えるが、その割に堂に入った風情に軽く違和感を醸し出す。

 

「こやつが神か」

 

ハジャルの呟きを聞いたか、青年は軽く頬を歪めた。

 

「俺たちはアリの自警団、とりあえずはその鉄屑を引き取りたい」

 

自警団を名乗った集団は要望を口にする。

そしてまた、隊商に向かって追加の要求。

 

世の為、人の為に動いているアリの自警団の為、

活動資金の寄付をいつでも受け付けていると。

 

「盗賊とどう違うのかな」

「まあ私腹を肥やしていないとは言わんがね」

 

軽く首を捻る少女の疑問に、肩を竦めて若者が応えた。

 

昨今、誰も泣かない世界と呼ばれる気狂い集団が増えていて、

空を飛ぶ顔がばら撒く銃器を拾い、参加者の武装を進めていると。

 

「だから俺たちが先に拾ってやっているのさ」

「なるほど、自警団」

 

青年は足を止め、僅かな距離を保ったままで少女と言葉を重ねる。

 

「察するに、君がアリさんなのかな」

「ああ、そして麗しき真珠は何処かの神かな」

 

幻惑を遣う小神アリ、その注意は完全にアルフライラに向いていた。

自らの権能を破り、謎に浮いた板に座り込む絶世の美少女。

 

明確に神族だと察せられ、僅かの油断も許されない。

 

「アルちゃん、そろそろやらかして良いわよ」

 

だからこそ、刃が首元に添えられるまで気付けなかった。

隠形していたマルジャーンがアリの背後に在り、小刀を握っている。

 

「お、親父さんッ」

「沈まれ野郎どもッ」

 

周囲の自称自警団員たちが騒ぐ中、引き攣った表情の団長が叫ぶ。

生殺与奪の権が場を凍らせる中、少女は静かに口を開いた。

 

「そこに岩山が在るよね」

 

敵味方共に動けない中で、人ならざる美貌の女神が指し示す。

交易路の先に在る、小高い程度の大きさの岩山を。

 

「貴様らの末路だ」

 

次いで、紅玉の巨大な拳がそれを微塵に粉砕した。

 

同時に世界が接続され、創世の大神が集団の中に降臨する。

凶悪なまでの圧が場に掛かり、備えていない何名かは堪らず膝をつく。

 

「私は千夜神、名はアルフライラ」

 

静かな名乗りが、土煙を乗せた風の中に響く。

 

「で、何だって」

 

そして、板から引き出した巨大猫ぐるみに肘を乗せながら問えば、

地に屈した膝から先、即座に五体投地へと移行するアリの自警団たち。

 

「挽肉は勘弁してくださいいいぃッ」

「判断が早い」

 

その反応で意外に少女の好感を稼いだ通りすがりの小神徒党は、

結局、財布の中身を献上するだけで解放されて逃げていったと言う。

 

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