猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ④

 

旧ムダラアミーナ総督府は現在迎賓館として活用されている。

 

【挿絵表示】

 

石造りの土台の上に、土地柄貴重な部類に入る木材で造られた建物。

広間には飾り屋根を支える柱が幾本も通り、果実油が角灯に光を灯す。

 

中央の円卓、黒、銅、帝国と3国の交渉役が席に座っていた。

 

3か所、等間隔に。

 

黒の商人スクル、銅の聖女ルゥルゥ、帝国からはアル・デバラン領主。

 

今回の3ヶ国会談、いまだ本契約に至る段では無い。

前もっての擦り合わせを目的とした、懇親の席である。

 

どこか重苦しい気配の在る円卓に、料理が運ばれて来た。

 

不燃布で包まれた、素焼きの壺。

しかしその壺には隙間が無く、全面が閉じている。

 

運んできた料理人は俯いたまま、手元の包丁の背で壺を叩いた。

 

高く音を立て、ぐるりと回す様に何度も壺を叩いていく。

やがて壺に罅が入り、恐らくは薄くしていた箇所がパキリと割れる。

 

割れた壺の上部を取り、湯気の立つ中身が皿に注がれた。

 

「おお、これは」

「何と言うか、楽し気な趣向ですね」

 

皿の上に揺蕩う、見るからに柔らかく煮込まれた大きい肉。

来訪した側である商人と聖女の反応は良く、領主は頬を緩める。

 

アル・デバランの牛肉を香菜、馬芹、大蒜、胡椒などと共に壺に入れ、

そのまま密封し、地下窯に掛けゆるりと長時間煮込んだ代物。

 

壺焼き煮込み(テスティケバブ)でございます、ってね」

 

褒める言葉でもと顔を向けた領主が、そのまま固まった。

スクルの顔が引きつり、ルゥルゥが口を開け動きを止める。

 

同時、世界が接続され会談の場が青の大神の所有と化した。

調理帽を取り、腕を流し豊かな青い髪を靡かせたその料理神こそ。

 

青の大神、アズラク。

 

広間は聖域と化し、先程までとはまるで違う種類の重さが空気に乗る。

神の気配が満ちた静寂の中、ただ青の大神だけが微笑んでいた。

 

そして、そんな会談の場に降臨した大神の肩を誰かが叩く。

 

何よと振り向いた大神の瞳を、至近から覗き込む姉の瞳。

 

「ぴょえ」

 

同時、世界が強奪されアルフライラの所有と成った。

 

「露骨に邪魔そうな大神は仕舞っちゃおうねー」

「いやあぁああああぁぁぁ……ッ」

 

素早く作業用ハンドがアズラクを荒縄で縛り上げ確保し、

板の上に乗せてふゆふゆと広間から離脱する方向に漂う。

 

「ああ、わしらの事は深く考えんで良いからの」

 

同行してたハジャルが軽く述べ、会談の場を辞する意思を見せた。

 

「おおそうじゃ、スクル」

 

たまたま思い出した様に。

 

手紙を預かっているので、会談の後に時間が欲しいと。

去り際に商人へそんな言葉を残し、手紙を手元で振った。

 

前副王サバルジャドより黒の商人スクルへ。

黒の飛び地(穴居人自治区)からペル・アビヤドへの交易路についての件。

 

「1通、預かっておる」

 

手元の手紙は、2通在った。

 

同じ形式で、同じ印章が押された見分けの付かない代物。

 

それだけを告げ、ではなと立ち去る闖入者たちの背に向けて、

商人は固まっていた頬を揉みながら、深く頷いて席を立った。

 

会談の内容次第で、どちらの手紙を渡すのかが変わるのだろう。

ハジャルの言外の意思を、正確に読み取ったスクルは行動に移す。

 

「すまないな」

 

椅子を持って移動して、帝国側の隣で席に着いた。

 

「どうやら、座る場所を間違えていたようだ」

 

突然に孤立した銅の聖女の顔が盛大に引きつった。

震える唇から、やがて絶叫が迸る。

 

「ハジャル・アル・カマルウウウウゥゥッ」

 

本日も、聖女のハジャルに対する殺意はストップ高であった。

 

そして懇親の席より視点を移し、アルフライラたち。

依頼時に受け取った紹介状を遣い、迎賓館の宿舎に荷物を置く。

 

ハジャルは宿に待機し、懇親会が終わるのを待つ。

残りは大神練り歩き依頼を果たすため、揃って街へと繰り出した。

 

黒より訪れた商人の妻、赤毛の踊り子マルフも同行している。

薄手の舞踏衣装は袖が無く、決まった相手を持つ事を示している。

 

「ジャマール神みたいに、何か邪魔が入るかもとは思ってたけど」

 

大神2柱は流石に想定してなかったわと、軽く笑った。

そして青の大神を転がす板に、上から十字に重なる千夜の大神。

 

「いや姉さん、人の行いには極力関わらないのでは」

「猫と依頼は全てに優先するのだよ、アズラク」

 

苦情を述べる妹を、開拓者だしいと適当に流す勤勉な姉。

 

流したままに道行けば、そこかしこで露店や芸人が人を呼び、

通りすがる多くの人が懐を緩め騒いでいる。

 

「盛況だなあ」

「3ヶ国の通商の要ですからね」

 

ムダラアミーナを帝国に割譲した当代黒の大神エミーラの神算。

誰の手管か現状はその様に囁かれ、定着しようとしていた。

 

路傍の劇団もそう言っている。

 

同時、覆面のアシュラーフとの恋物語は既に20節を越え、

天を越え地を駆け美姫と美形が乱舞する一大叙事詩と化していた。

 

やらかした事を理解した元凶は、そっと全てを見なかった事にする。

 

【挿絵表示】

 

逸らした視線の先に、単眼の海星の着ぐるみを着た劇団が在った。

気が付けば、アルフライラは過去のやらかしに完全に包囲されている。

 

「見えない聞こえない知らない済んだ事」

「いや姉さん、エミーラ泣きますよ」

 

感涙だねと容赦無く流した長女と、妹の不憫に涙する3女。

 

「まあ後は、適当に練り歩いていれば依頼達成かな」

 

浮いて漂ってはいるが。

 

そんな事を言いながら移動する板に、マルジャーンが肩を竦めた。

 

自分も含めるが、赤毛の踊り子まで加わって実に集団の見目が良い。

今も座った目の剣士が四方に視線を飛ばし、番犬の役に疲弊していた。

 

「それでアルちゃん、何か予定とか在るの」

「ほれアズにゃん、ネタを出せネタを」

 

人から聞かれ、ノープランだった神は妹の尻をバシバシと叩く。

咄嗟、そこに猫がと返したアズラクと即座に突撃のアルフライラ。

 

人に慣れた野良な寅柄は、容赦無く神から干し魚を強奪していき、

ぺしぺしと肉球スタンプで代金を払い、一番上で丸くなった。

 

神国に尊き大神2柱の上に、猫が君臨した瞬間である。

 

そして疲れた表情のサフラが猫を摘まみ、元の場所に戻す。

地域猫は、ああんと嘆く少女を放置して住処へと戻っていった。

 

「それでアズラク、何でここに居るの」

「猫が切れて機嫌が急降下した時に問われたくないのですがッ」

 

絶対零度の姉の視線を受け、イノチキケンを感じる哀れな妹。

 

神御座(かぐら)船が代替わりする時期だから、軽いお披露目よ」

 

そして素直に応えた内容は、意外に普通の物。

3ヶ国の通商が結ばれる今この時を狙ってなど、様々な含みは在るが。

 

「すると、アルフライラ海賊団の皆も居るのかな」

「いや私の船員勝手に私物化すんな、小型船で先行したから後からね」

 

大型の旗艦とは別に造られた、小型の神御座船で訪れたと語る。

外輪の他に帆が一つ、必要な人数も少ない移動用の物でと。

 

そんな内容を受け、頷いたアルフライラは改めてアズラクを縛り上げた。

 

「つまり小回りの効く船で逃げて来たと」

「ド畜生おおおおぉぉッ」

 

殺意の波動に目覚めているであろう美食船団料理長や事務長へと、

引き渡される事が確定し、命運の尽きた青の大神である。

 

そんな姉妹のじゃれ合いを微笑ましく見守っていたマルジャーンが、

ふと、道端で頬を引き攣らせている青年を発見した。

 

「あら道中で見たアリじゃない」

 

身を翻し距離を取ろうとした小神に、すいと近付き横並ぶ人。

 

「怖ッ、今お前どうやって移動したッ」

「大袈裟ね、ただ歩いて近寄っただけよ」

 

神が、一手一殺の間合いへ無遠慮に踏み込んだ歌姫へと叫ぶ。

 

「それで何、さては良い感じの酒場とか知ってるわよね、よね」

 

―― 知らぬと言えばどうなるかわかろうな

 

開拓者の背後にそんな事を言っている武神の姿を幻視して、

自称自警団を率いる若々しい小神は、思わずと天を仰いだ。

 

「何でこんな露骨にヤバそうな奴らに絡まれてんだ俺ぇ」

「まあ運命は人を導き、かつ翻弄する物だからねえ」

 

そんな運命嫌ああぁと叫んだ青年の言葉を受け、

何事ですかと出て来た自警団員もこぞって絶望の叫びをあげる。

 

そのまま自称自警団長アリの払いで馴染みの酒場に繰り出して、

一連の騒ぎでムダラアミーナに大神が降臨した事実が周知される。

 

商人と共に合流したハジャルが酒を頼む頃合いには、

早々に達成された依頼に肩の荷を下ろすアルフライラの姿が在った。

 

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