猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ⑥

 

古来、魚醤は様々な土地で造られて来た。

 

魚を塩漬けにする事に因り自己消化、好気性細菌の働きで醗酵させ、

蛋白質が分解されて出来たアミノ酸と成分由来な核酸を豊富に含む。

 

そんな理屈に至るよりも前に、単純な動機が存在している。

 

雑魚、余りの魚、利用価値も無く足の早いそれらの使い道として、

漁に携わる土地、即ち多くの海岸沿いの集落で魚醤は造られ続けた。

 

転じて魚醤村と呼ばれる事の多い海岸沿いの漁師村たちであったが、

港湾都市の近くとも成れば流通に乗り、市場の競争に洗練される。

 

ムダラアミーナ近隣の魚醤村も例に漏れず、名産と知られていた。

 

3国の航路が繋がった事も在り、商人の行き交う機会も多く、

買い付けの小商いから土産として求める旅行者など、客層も豊か。

 

そのためか、辺境の小集落に在りがちな排他的な面も少なく。

 

アズラクを伴い魚醤を仕入れに向かったアルフライラたちは、

首尾良く購入し、その帰りに遠浅の浜辺へと立ち寄った。

 

輝く砂浜からは、鮮やかな色合いの海面が遠くまで続いている。

海を渡る風は涼し気で、軽く潮の香りを陸へと運んで来た。

 

あまり濃くは無い。

 

アルフライラの記憶に残る極東の海は海流の影響も在り、

世界的に見ても極端なまでに生命の溢れた海洋であった。

 

微生物から連なる食物連鎖の生老病死が盛んと言う事であり。

 

要するに、臭いがキツイのだ。

 

その様な海とは違い、生命の乏しいムダアミーナの潮風は薄い。

遠浅の海岸が光を受け、透き通った世界を造り出していた。

 

潮風を受けながら神が問えば、人が応える。

 

「あのあたりは水遊びかな」

「年かさの子が小さい子たちの面倒を見てる感じね」

 

アルフライラたちが海岸に臨むも、既に其処には結構な先客が在り。

 

【挿絵表示】

 

近場の村の子供たちだろうか、幾人かが動物と共に海岸に遊び、

幼年を率いる年長が声を掛け集団を纏めていた。

 

或いは旅装の商人が木陰に荷物を降ろし、開拓者たちが波に遊ぶ。

水場の近くには屋台が立ち、軽く酒肴などを商っていた。

 

ともあれ海だ、海よと大神姉妹が裸足で駆け出して、

遠浅の波を蹴立てて進んでいたら、深みに嵌って見事に沈む。

 

ぷかりと浮かんだ頭頂から広がる長い髪の有様は波間に揺れて、

さながら金と青の海月の様な風情のままで、波に攫われて行く。

 

疲れた顔をしたサフラが姉妹を回収して板と玉座に乗せた頃、

屋台から戻った呑酒妖怪たちが、木陰で軽く杯を傾けていた。

 

「何か、苦労が奇麗に2倍に成っている気がする」

「姉妹じゃのう」

 

乾燥の煙を上げている姉妹を置いて、木陰に移動した剣士がぼやけば、

水割りの入った樽杯を渡しながら、軽く感想を述べる物見の酔漢。

 

「む、めっさ塩辛い」

鰹の塩漬け(ラケルダ)ね、火が通って無い食材も一応は流通しているんだ」

 

その横でマルジャーンから薦められ、魚肉の塊を口にした姉妹。

屋台より、塩漬けにして熟成させた鰹を果実油で和えた物である。

 

付け合わせの玉葱と共に、サクサクと白濁水割りで流し込んでいく。

 

「帝国も西部は神国に近いし、海が多いからね」

「そう言えばアリ団長も、海の上では食っているとか言ってたっけ」

 

開拓者組が生食に所見を交えれば、青の大神は興味深そうに頷いた。

 

やがて姉妹が乾燥仕切ってから暫く、気が付けば陽も傾き空は茜。

屋台も仕舞われ人影もまばらに成る頃合い、一行も場を後にする。

 

海岸沿いにムダラアミーナに向かえば、意外に高低差が激しく。

 

霊峰の端から海に向かう土地に造られた関だけあり、

海辺の路は、登り降りの坂が繰り返される難所であった。

 

「交易路が山側から入って来る理由がよくわかるー」

「海沿いは荷車泣かせの路じゃからのう」

 

なお、どこかの邪神が神代に大陸を引き千切ったせいでもある。

などと言いながら道を踏みしめて居れば、拓けた浜が見えた。

 

【挿絵表示】

 

沖へと連なる奇岩の岬が、夕の茜に染まっている。

海に雪崩れ込む様な岸壁には、大小様々な洞窟が穿たれており。

 

隣接する浜には幾人かの人影が見えた。

 

「これが言っていた難民の洞窟かな」

「絡まれぬ内に通り過ぎるべきじゃな」

 

頭脳労働担当の1柱1人が方針を定め、言葉の通り、

足早に路を急ぐ動きを見せた時に、響く。

 

ぱんと、何かの破裂音。

 

音に引かれ視線を向ければ、火薬弓を構え震える子供と、

何か前方に向かって尖った鉄仮面を被った怪しい男性。

 

すわ暴漢の類かと注視すれば、会話の音も響いて来た。

 

―― 我が千夜神への信仰、火薬弓如きで覆せる物かッ

 

鉄仮面の怪人の発言である。

 

すんと、何も見なかった事にして立ち去ろうとする千夜神の両肩に、

友と妹がそれぞれ手を置いて引き留め言葉を駆ける。

 

「アルちゃん、現実を直視しなきゃ」

「姉さん、余裕が在るのに信者を放置してはいけませんようぷぷ」

 

振り向いた少女の瞳からはハイライトが行方を晦ませており、

そのまま嫌そうな雰囲気を醸し出しながら、改めて騒動を伺った。

 

同時、笑いを堪えていたアズラクは紅玉ハンドに締められている。

 

「ええと、何かな、誰も泣かなくて良い世界のために、何それ」

 

火薬弓を構える子供が叫ぶ言葉には、胡乱な思想が見えた。

対し仮面の怪人は、滔々と言葉で相対しているらしい。

 

自分がどうであろうと、誰も泣かなくて良い世界が欲しいと。

 

その言葉の正しさには間違いが無いだろうと語る子供に、

言葉の内容だけが正しくても何の意味も無いと返す怪人。

 

離れた場所で、千夜神もしみじみと頷いた。

 

例えば、幼児の死体を股間に装着した全裸が結婚式場に乱入して、

児童保護を訴えた時、言葉の正しさに感じ入る者は居るのだろうか。

 

「誰が、何処で、発言と言う責任のためにもそれが大事よね」

「逆説的に、そこな子供に言葉以外の正しさは無いのじゃな」

 

まあ何を言った所で、火薬弓を構えてぶっ放している時点で、

口から出て来る音はただの鳴き声でしか無いだろうがと。

 

そんな事を神と人が語り合っていれば、怪人が迷っていた。

 

音を鳴らし拳を固め、しかしそのまま動かない。

 

―― 我が拳は、教義に対し沿わぬのでは無いだろうか

 

怪人の零した呟きが届き、アルフライラが珍しく舌打ちをした。

続けて原理主義、戒律に因る思考停止の気配かと小さく呟く。

 

「これは下手に放置すれば『焚書坑儒』ルートかな、厄介」

 

もはや荒ぶる難民を放置して、悩みに惑う信者を凝視しながら、

自らへの信仰が持つ未来の可能性を察した千夜神が吐き捨てた。

 

「大衆化、方便、後四波羅蜜でイケるか」

「何やら危惧しておるが、深みに嵌っていこうとしておらぬか」

 

眉間を揉みながら怪人に近付いていく少女の板に歩を合わせ、

問い掛けたハジャルに振り向いた顔に、表情は無く。

 

「泣けるぜー」

「放置した方が厄介に成ると確信しておる顔じゃな」

 

ほろりと零れた神の本音に、人が疲れた風情で溜息を吐いた。

 

そうこうしている内に難民は叫び火薬弓を両手に構え直す。

 

こんな事をしてどうして人が泣かなくなるのだとの問いに、

同意しない者を全て排除すれば、正しい世界に辿り着くのだと。

 

「おおっと」

 

そのまま少年が言葉の勢いで引き金を引くのに合わせ、

出しっぱなしだった紅玉ハンドが円盤を投擲していた。

 

空を舞う円盤が腕に当たり、弾丸は在らぬ方に逸れる。

 

「とりあえず、あの信者さんを回収したいかな」

「よし行けいマルジャーン」

 

言葉に合わせ、影が走る。

 

便利使いされてるとぼやいた女怪が少年の意識を落とせば、

怪人は、飛来した円盤を握りしめ呆然と言葉を紡いでいた。

 

「これはもしや、我が師が賜られた、月の顔、いや違う」

 

似ている様でまるで違う、直線で顔の描かれた黒い旧神遺物。

 

「太陽、しかも黒い、そうか、そういう事であったのですね」

 

怪人が何か理解していた。

 

その様に深く頷いたアルフライラは、そのままくるりと板を翻し、

全力で逃走しようとした両肩を友と妹に全力で引き留められる。

 

「嫌じゃあぁッ、しかも男爵領の神官関係者だこの怪人んッ」

 

かつて聖域千夜神殿で神を正座で詰めてきた狂信者の事である。

 

「戦わなきゃ、現実とッ」

「流石にもう手遅れですよ姉さんッ」

 

旧神遺物太陽の顔を掲げ、仮面の奥で感涙する怪人の横で、

信仰対象が全力で嫌がっている、そんな混沌の浜であった。

 




後に西部の大衆化教義が伝わり、東部と密林の和解が成されたとか

【挿絵表示】
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