郊外の墓所、納骨堂は地下深くに存在している。
元々は古代文明時代の施設であった物を、後代に拡張を続け、
現在ではどこまで深いのかも知れない広大な地下迷宮と化していた。
そんな場所の不穏の調査。
アルフライラたち以外にも何組かの開拓者などが雇われ、
人海戦術で誰も泣かなくて良い世界の足取りを追う次第である。
発見次第、待機している帝国辺境軍が突入を掛ける予定で在り、
周囲を見渡せば、薄暗がりの中に無数の人の気配が満ちていた。
「結構な人数が隠形してるね」
「小班に分かれ順次突入の予定じゃったか」
隠れる意味は在るのかなと首を捻るアルフライラに対して、
逃げ出す輩を捕縛する必要も在るからのと、ハジャルが応える。
そして先行組が潜ってから暫く、面々も墓所に侵入した。
壁面、古代文明遺産の光石や備え付けの油燈が暗闇を照らす中、
開拓者たち3人1柱は、地図を片手に石造りの階段を降りていく。
「涼しくて乾いている」
「まさに墓所にうってつけよの」
闇の中、何処からかまだ生きている空調の音が響いている。
「とりあえず、渡された地図の範囲を回れば良いのかな」
「版が古いらしいし、まずは一周して休憩所に集まる感じね」
最前でふゆふゆ浮遊する板からアルフライラが問えば、
周囲に視線を回しながら、後ろで腰掛けていたマルジャーンが応えた。
少しの間。
「休憩所って何」
「訪れた遺族が休むための場所よ」
持ち込みの軽食などを摂る事を目的とした休憩施設。
地下墓所が広大な事も在り、その様な設備も当然に整備されていた。
「墓所の中だと食欲が湧かないなあ」
「まあ普通そうよねー」
でも何か食べないと持たないしと、肩を竦めた人の言葉。
板上には軽食を詰めた弁当箱と、人数分の革水筒が置かれている。
中に在るのは
萵苣菜などと共に薄く焼いた生地で丸く巻いた代物が幾つか。
城壁破りとも謳われる肉柱、羊肉が主流の料理であるが、
アル・デバランが近いせいか使われている肉は牛肉であった。
それと水で割った安い赤葡萄酒。
安酒場に常駐していたからか、
ムダラアミーナ周辺は葡萄の産地としても有名である。
それに限らず青から銅までの海岸線、海上の島なども含め、
海が近い土地で造られている葡萄酒は基本的に評価が高い。
単純に、季候が冷涼な北方などに比べると温暖な土地は、
葡萄がしっかりと熟すためにコクの深い出来栄えに成るからだ。
北の麦酒と南の葡萄酒、帝国で謳われる飲酒の贅沢である。
そして有名な産地であると言う事は、流通が盛んと言う事でもあり、
価格も相応に抑えられ、お買い得な商品が並ぶ事に成る。
絞った後の葡萄滓に加水して、再度に絞って造られた様な、
下等品の安価な葡萄酒ならば水の代わりに使えるほどには。
「む、あれはもしや第四の結印
そして歩く内に、暗がりの壁面にアルフライラが発見した。
脅威と敵意を祓う、燃える炎の瞳を持つ歪んだ五芒星の呪い紋様。
旧き支配者への祈祷であるヴーア、異界の門を開くためのキシュ、
門を閉じるためのコスに続く、旧き神を表す第四の結印。
「えるだーさいんが何かは知らんが、たぶん違うのでは無いかの」
「周囲の意匠が爆発しているし、単に奇獣族の墓よね」
では無かった様だ。
などと時折遊びつつ、やがて何事も無く受け持ち箇所を一周する。
そのまま休憩所で巻物を齧りながら他の班を待っていると。
「怪我人だ、悪いが水を分けて貰えねえかッ」
二の腕から血を滴らせた若者と、それに肩を貸す壮年の開拓者。
咄嗟にアルフライラが怪我人を引き取り、傷口を生成水で洗う。
悲鳴。
「当たり所が良かったね、弾は抜けているし骨も折れてない」
叫びを無視し、わかり易い銃創に薬草の軟膏を塗って布で括った。
「それで、事故で起こる傷では無さそうじゃが」
「ああ、薄暗くて詳細は見えなかったが、例の集団の奴らだ」
怪しげな隠し扉を見つけたら、暗がりから射撃されたと壮年が語る。
「そこが目当ての場所かしらね」
「まあ今の所、他に何も見つかってないからのう」
マルジャーンが見当を付ければ、ハジャルがやや消極的に受ける。
とりあえず外に知らせるため人が走り、残りが纏めて現場に向かった。
果たして奥には、石造りの扉。
複数の光源が周囲を照らすも、他に何も見つかる物は無く。
「何か、どこからか腐敗臭」
軽く口元を覆いながら、アルフライラが零した。
「人の手で動かせる様な大きさには見えんのじゃが」
辺境軍の突入班が到着するまで、待機しつつ周囲を検める。
重厚な石扉を叩きながらハジャルが言えば、マルジャーンが応える。
「でも、そのあたりの石は随分と新しいみたいよ」
壁を叩きながら、扉周りの石との違いを語った。
「出来立ての隠し扉か」
誰にも知られずにこっそり造れる規模では無さそうだけどと、
そんな事を言いながら扉を撫でていた少女が、ふと首を捻った。
「―――― んん?」
キュピンと瞳を光らせる後ろで、軍の先触れが到着する。
先程の壮年が状況を軍人に語り、どうにか扉を開く工作をと、
そんな形に話が纏まろうとしている中で、マルジャーンが問うた。
「アルちゃん、何か気に成る事でも在ったの」
アルフライラは無言で、髪を板生成の洗濯挟的器具に挟み、
そのまま板から配線を引き出して、そっと石の扉に接続した。
「『接続、再生機構研究員アルフライラ』」
言葉に応える様に、がこんと何処かで重い音がした。
「
そしてゆっくりと、石造りの扉が開いていく。
周囲の人々の視線を集める中、神が困惑の色を見せながら呟いた。
「出来立ての、旧神遺跡」
内部より漂う空気は、強く腐臭を纏っている。
以降は早く、誰もが無言のまま手の動きで意思を疎通し、
静かに、しかし続々と扉の向こうへと足を踏み入れていく。
幾つもの集団が散り散りに奥へと足を踏み入れていき、
アルフライラたちもまた無言のまま光を避け、物陰を移動した。
―― 貴様、それが統括する態度かッ
奥から聞こえて来た声に誘われ、そっと様子を伺う。
幾つもの腐乱死体が転がる部屋の中で、縛られた青年が殴られている。
周囲を囲む何人もの人間は休む事無く殴打を加え続け。
―― あれはもう、助からんの
物陰から見て取ったハジャルが、小声で感想を述べた。
殴打を加えられている若者は、既に首があらぬ方向に曲がっており。
暴行者たちが倒れ伏し、動かなくなった肉体に気が付けば、
統括に敗北した負け犬がと罵りながら、遺体に唾を吐いた。
―― 埋める?
―― 処す?
―― 斬るか?
アルだけは却下とハジャルが小声で応え、残りは有言を実行する。
静かに、淡々と。
「腐臭はここから、いやここだけじゃないかも」
血臭が漂う空間の中で、転がる腐乱死体を眺めながら神が言った。
気が付けば遠く、洞窟のそこかしこから喧噪の音が響いている。
「とりあえず手持ちは小銭入れと、あとは書き付けが幾つか在るの」
分裂した元人間を漁って得た幾つかを共有し、光源の中で検める。
「誰も泣かなくて良い世界が欲しいと言った、彼女は応えた」
アルフライラが、記されている歪んだ文字を口に出して読む。
「何故人はわたしたちの言葉を聞かないのか、彼女は応えた」
「何故私たちにはお金が無いのか、彼女は応えた」
彼女は応えた、彼女は応えた、彼女は応えた。
「誰も泣かなくて良い世界をつくるためには、彼女は応えた」
幾つもの書き付けの中で、大事そうに折られた紙に記された文字。
「私たちの未来は誰も泣かなくて良い世界に繋がっている、だから」
そうでない者を排除し続ければ、やがて世界の未来が確定される。
言葉にした内容が、腐臭漂う空間を少し重くした。
静寂の空気を、呆れ果てた声色でマルジャーンが破る。
「頭おかしいのかしら」
おかしいのだろうと同意が続く中で、書き付けを板に確保しながら、
アルフライラはしみじみと頷いて感想を述べた。
「正しい答えを知るためには、正しく問わなければならない」
呟いた言葉を受け、肩を竦めながらハジャルが返した。
「正しく問える知識が在るならば、そもそも問い掛ける必要も無いのう」
そして石造りの天を仰ぎながら、神が零す。
「何と意味の無い賢者の石」
でもまあただの受け売りで、資本論とか出て来なくて良かったと、
そんな意味不明な古代語交じりの溜息をアルフライラが呟いている最中。
幾つもの銃声と、荒々しい足音が響いて来た。
「おっと、移動するかの」
ハジャルに促され、改めてそそくさと闇に紛れる開拓者たち。
功績もそうだが、実働は辺境軍が行う以上は無理に動く必要も無い。
そして様々な喧噪を避ける様に、物陰を乗り継いで移動する先。
「出入りは、こっちからだったか」
遺跡の奥で、水場に遭遇した。
潮騒の音が遠く、軽く揺れる水面は青く輝いている。
割れた岸壁の向こう、水路の果てには月の輝き。
そして3人は無言で、神の板の上に腰掛けた。
行けと、そう問い掛ける少女の視線に、
行けと、ただそう短く意思を込めた視線を返す。
「いやまあ良いけどねー」
そのままふゆふゆを水面を漂い、やがて海上に流れ出る。
後は岸壁に沿って陸に戻り、集合場所に辿り着いた頃には、
関わった者たちの勝ち鬨を上げる声があたりに響いていた。