猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ⑩

 

灯火の尖塔(ミナレット)から鐘が鳴る。

 

神殿より響く鐘の音がムダラアミーナに朝の訪れを告げ、

音響に鳥たちが騒めく中、様々な場所で人々が動き始めた。

 

そして習合大神殿では、中庭の竈で大鍋が掻き回されている。

 

ムダラアミーナの神殿は、その港湾都市と言う都合上、

特定の大神を祀らずに創世、黎明の13神が習合されている。

 

最近では招き猫が寄進され、千夜神も祀りはじめたがともかく。

 

様々な神国から訪れた商人、旅人たちの寄る辺、口利きや宿舎、

そんな施設として都市の中で権勢を誇っていた。

 

そして当然ながら、青の神国より訪れた大神と神御座船乗員、

20を越える程度の集団が逗留している場所でもある。

 

【挿絵表示】

 

光石や灯火で、煌びやかに輝く硝子細工の本殿は基本青く飾られ、

神殿に最も金を入れている勢力が何処かを如実に表しているが、

 

それはそれとして、中庭で鍋を掻き回しているのが大神であった。

 

アズラクとアルフライラ、それと老齢の女神官たちが木べらを抱え、

とろ火に掛けられた大鍋の中身を掻き混ぜ続けている。

 

尤も、虚弱な創世神が動かしているのは作業用ハンドだけだが。

 

大鍋では挽き割り小麦、それを水で緩めた発酵乳で煮込んでいる。

火が通る内に水気が飛び、回す木べらが段々と重くなっていく。

 

最終的に肩で息をするアズラクと、慣れた様相で腰を伸ばす老神官、

心不全で体温調節が破綻して汗溜りに沈んでいるアルフライラ。

 

そんな人神三様の有様の中で、木べらが鍋からそそり立っていた。

 

軽く木べらが放置されているのは、鍋底の熱を逃がすためである。

串にしろへらにしろ、意外に熱の伝達と言う物は馬鹿に出来ない。

 

そして火が通った挽き割り小麦を天日に晒して乾かせば、

携帯、保存食として神殿が扱っている、乾燥発酵麦(タルハナ)が出来上がる。

 

麦と醗酵乳で造る糒とでも言うべきか、旅人の友であり住人の口休め、

水で緩めるなり汁の具にするなりと使われている代物だ。

 

そして乾かす前のそれを軽く器に取り、酪を乗せる。

 

「はー、タルハナ造りはこれが楽しみなのよねー」

 

一皿受け取ったアズラクが頬を緩めれば、老神官も破顔した。

乾かす前の乾燥発酵麦は、造り手の役得と食べられる物である。

 

「熱が通ったせいか、発酵乳と言うより乾酪粥っぽい」

 

匙を咥えながらアルフライラが述べ、午前の時間は過ぎていった。

 

陽除けの鐘が鳴り、潮風が採風塔(バードギール)から室内の空気を引き出していく。

採り込まれた上空の風は水路を通り、涼し気な風と化して室内を巡る。

 

そんな時間帯、黒の商人スクルが貢物を携え神殿を訪れた。

 

【挿絵表示】

 

寄進先は神殿では無くアルフライラである。

先だっての一連に関する報告、相談、それと謝礼の品目との事だ。

 

「放置していたら危ない所でしたよ」

 

誰も泣かない世界が、ムダラアミーナでの武装蜂起を計画していたと語る。

 

三国通商の本契約が結ばれようとする今、各国の要人が都に集っている。

どの様に扱うつもりだったのかはともかく、狙い目なのに変わりは無いと。

 

「計画は潰れたのかな」

「まあ人も予算も拠点も消えましたし」

 

貢がれた猫を吸いながら少女が問えば、商人は軽く言う。

 

「嫉妬と憎悪で生きている人は、縋らないと生きていけなくない」

 

そして、続けて紡がれた言葉に真顔に成った。

 

「まだ暫く、警備を増やす様に進言しておきます」

「さよけー」

 

真面目な声色と、猫を構いながらなやる気の無い声。

依頼で訪れ知己も多いとはいえ、基本部外者な神である。

 

「そう言えば、拠点にこんな物が転がっていたのですが」

 

つるつるとした、手で持てる程度の大きさの素材が良くわからない板。

 

「あー、これはガチの旧神遺物かな」

 

アルフライラが板を受け取り、撫でながら呆れた声を出した。

浮遊板から配線を繋ぎ、軽く起動させ内容を検める。

 

「仮想現実媒体、ジャマールの言っていた物とは違うな」

 

零れる言葉の意味は正確に理解出来る物では無かったが、

その内容の断片から察せられる雰囲気が、商人の顔を引き攣らせる。

 

「この中に世界が造られ、様々な魔王が覇を唱えていた」

 

そして板を片手に、創世神が淡々と告げた。

 

やがてこの板の中では、捕食の権能を設定された個体が世界を統べ、

滅びに向かう世界から人々を救うために世界の外側を目指したと。

 

「そこで、止められているね」

「何か、恐ろしい物が封印されている様に聞こえるのですが」

 

蒼白な顔で問い掛ける商人の言葉を、神は軽く笑いながら受け、

ていやと言いながら即座に封を解き中身を解き放った。

 

「うああああぁぁぁッ」

「うん、まあやはりそういう事だよね」

 

何も起こっていない。

 

板が向けられた先、憎悪と決死に満ちた誰かが見えた気がしたが、

刹那にも満たない僅か、認識する間も無く消えていた。

 

「結局はこれが、最後に成れなかった理由、か」

 

身を固め緊張が解けない商人の前で、神が淡々と呟く。

そして中身が消えて、残ったのは空っぽの旧神遺物。

 

「すると一連の出来事は霊素の蒐集、起動しているのか、今更」

 

組み立てられた推論が言葉と化して神から零れ落ちるも、

情報量の足りない人間にはその内容を把握する事は出来ない。

 

「よくわかりませんが、まだ何か起こるんでしょうか」

「害があるかどうかは不明だけど、騒ぎは在りそうだね」

 

そのまま実務的な結論。

 

スクルが顔を抑え天を仰ぎ、神様助けてーなどと棒読むも、

目の前の神は猫にばかり構っていて祈りを受けつけない。

 

「この後で契約のため、新しい太守も赴任して来るんですよ」

「ああ、契約相手はアル・デバラン領主じゃないのね」

 

神の後ろ盾を持つ銅と黒に対し、帝国の後ろ盾で太守が約を結ぶ。

そんな式次第と成っていると語り、狙い目過ぎると頭を抱えた。

 

「せめて、そこらの青いの連中だけは抑えておいてください」

「いやまあ美食船団も来るみたいだし、そこは大丈夫」

 

力無く頼み込んだ商人の言葉を、少女は気楽に受け流す。

やがて陽は傾き、貢物を置いてスクルは宿舎へと戻っていった。

 

風の向きは変わり、塔から響く採風の音もその色を変えている。

 

そろそろ面々に合流するために安酒場に向かうかと、

強奪する予定の食材を数えながら神殿厨房に向かい。

 

そこではたと、アルフライラは何かに気付いた風情で動きを止めた。

 

ああそうか、と呟いて結論に至る。

 

巨神の黄昏(わたしたち)が、終わったからか」

 

青く沈む神殿の中に、誰にも聞かれなかった言葉が消えていった。

 

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