猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ⑪

 

空は青く果ても無く、水平線の彼方までも染めている。

 

「世界が、遠いわー……」

 

青の大神、アズラクが力無く呟いた。

 

青い髪が潮風に靡き、その肉体は磔刑台に縛り付けられていて、

最近に大神から救われた人々が、痛まし気な視線を寄せている。

 

そして台の根元、生やした板の上ではアルフライラが茶を淹れていた。

 

山裾を抜いた横井戸から、国境の城壁に組み込まれた水道の水。

都に幾つか在る水場の内で上水に分類される物。

 

【挿絵表示】

 

城壁沿いに最終的に港湾へと注がれる水路から、上澄みを採り。

 

火に掛けているのは2段茶壷(チャイダンルック)、薬缶を縦に2つ重ねた様な構造で、

下で湯を沸かし、上には茶葉を入れて熱で蒸らしている。

 

頃合いを見て上に少量の湯を入れ、濃く抽出して硝子切子に注ぐ。

その後に湯で薄めるのがムダラアミーナでの流儀で在った。

 

透き通る器の中で、紅茶が赤褐色に光を通す。

 

兎の血(タヴシャン・カヌ)と呼ばれるその色が愛されているため、他には何も入れない。

砂糖ぐらいなら入れる事も在るが、乳や果実煮などは論外である。

 

ムダラアミーナの六角大港湾。

 

幾つもの大型船が停泊する埠頭には倉庫が立ち並び、

忙しなく積み降ろしを続ける人足の合間に、関わらぬ人も幾らか。

 

磔刑台の下で茶を嗜む開拓者組もそうであるし、

停泊している小神御座船、青の乗員、あるいは物見の野次馬たち。

 

そんなどこか雑然とした空気の中で、神と人が気楽に会話を続けていた。

 

「紅茶は青と黒から入ってきてるんだっけ」

「そうじゃな、そして珈琲は銅と赤からじゃ」

 

現在の帝国では紅茶と珈琲が権益の取り合いを続けており、

三国の通商とは別の組み合わせ、南北での通商対立も顕著であった。

 

様々な勢力が、幾つもの腕で複雑に手を握り合う商業圏。

隠している刃物も含めれば、一体何本手が在れば足りるのだろうか。

 

「敵対しつつ味方に引き込む、スクルとエミーラどっちの手管かな」

「エミーラ神の為人を全力で活用しとる感じではないかの」

 

帝国も大変だと、他人面でけらけら哂う創世神と魔王の上で、

紅茶の香りに蒸されながら、静かに青の大神が干乾びていった。

 

そして大神の干物が完成する頃合い、港湾に船が入って来る。

 

前後二対の外輪を持つ、新造されたであろう真新しく巨大な船体。

マストに高く一つ星の青き旗を掲げる、青の大神御座船であった。

 

「ぎにゃああああぁぁッ」

 

磔刑台の上から悲鳴が響く。

 

入港して来る神御座船の帆先、そこには鬼瓦顔の船団料理長が居て、

いや、もはや顔では無くただの鬼である、見るだけで理解る。

 

「後はアズラクを引き渡して、とりあえず陽除けかな」

「いや姉さん、何ていうかもう少しお慈悲とか無いんですかッ」

 

頭の上から響く妹の叫びに応え、軽く姉が視線をやれば、

船の上では初老の船団事務長も全身から瘴気を漂わせており。

 

その後ろで、他の船員が頭上に色々な品々を持ち上げていた。

酒、乾物、砂糖壺などを含む各種香辛料、様々な貴重食材。

 

「身代金を支払う用意は万全の様だね」

「畜生、姉さんの性格を熟知していやがるあいつらあッ」

 

かくしてアズラクが青の勢力へと引き渡された頃には、

人々の痛まし気な視線が、生暖かい物に変わっていた。

 

そして食材を仕舞い、身軽になった板は安酒場へと向かう。

 

「新造船、思ったより大きかったねえ」

 

左右一対であった外輪が、前後二対に変更されるほどの大船。

 

「小さい方の時点で、外洋船としては充分じゃったからのう」

 

竜骨を持つ箱の様なひとつ帆の外洋船。

 

小神御座船の母体となったであろう規格で、交易に使われる事が多い。

20から60程度の乗員で海を征く、小回りの効く船である。

 

対し大神御座船は、ひたすらに巨大だ。

 

古代より時折に造られた、神殿を乗せた大神船の類であろうか。

甲板上部にも様々な建物の姿が在り、その構造の複雑さを示している。

 

巷を行く人々も、青の船団の寄港について語り合っており。

 

「このままぬけぬけと、三国の正式調印の背景に居座る気かな」

「青も、自らの商人の権益を守らねばならんからのう」

 

皆さん大変だねえと、他人面を続行して哂う邪神と悪魔。

 

なお、アズラクを引き渡す前、外洋の神御座船を捕捉した時点で、

黒の商人へと情報が流され、各施設も俄かに騒然と化していた。

 

そんな喧騒とは無縁だろうと思われた、安酒場。

 

しかしそこには様々な資材を積み、げははと哂うアリの自警団が在り、

ここもここで相応に騒がしいのだなと、開拓者組はしみじみ頷く。

 

「アリさんや、何かなその資材、ん?」

 

ふゆふゆと寄ったアルフライラが問い掛けの言葉を紡ぐ中で、

資材を入れている箱や袋に、何となくの見覚えを覚え首を捻る。

 

「……あ、地下墓地迷宮の奥の資材」

「ゴチになりました」

 

大捕り物のどさくさに、幻惑の権能で隠形した自警団員たちが、

豪快に様々な資材をかっぱらっていたと言う話であった。

 

「なら私もゴチになろうか」

 

そのまま店主に、酒と肴をアリの払いでと注文を投げる。

 

「この邪神、盗賊の上前をはねてきやがるんだがッ」

「いやねえアリったら、盗賊じゃ無くて自警団、でしょお」

 

嘆きの声を上げる頭目に、マルジャーンが白々しく言葉を掛ける。

そのまま蒸留酒の水割りと、小皿料理を幾つかアリの払いで。

 

そして騒々しいやりとりの後で、一息を入れての言葉。

 

「いやもう何だ真面目な話、むしろそれだけで良いのかよ」

 

改めての疑問には、白濁した水割り片手にハジャルが応えた。

 

「とは言えわしらも、各国の通商とは別の集団じゃからのう」

 

立ち位置としては帝国側ではあるが、様々な商業のやり取りや、

ムダラアミーナでの治安維持などには無関係な存在である。

 

「酒場の払いを持ってくれるなら、余分な手出しはせんよ」

「つくづく開拓者だな、てめえら」

 

どちらかと言えば、宿場酒場での流儀であろう。

 

「それで、そろそろ船の調達を考える段かな」

 

小皿に切られた瓜を冷やしつつ、齧りながらアルフライラが問う。

問い掛けに自警団員たちも耳を傾け、団長の回答を待った。

 

「そうだな、そして帝国の仕入れを青と黒で売り捌き、西を目指す」

 

終の言葉が出される。

 

そして俄かに騒ぎ出す団員たちと、続々と運ばれる安酒の杯。

酒場の陽除けは前祝の宴と化し、喧噪が騒がしく奏でられていた。

 

 

若干の後。

 

特に何事と記す事も無く幾らかの日々が過ぎ。

三国通商正式調印のために帝国から新太守が派遣されてきた。

 

アル・デバラン領主が暫定的に統治していたムダラアミーナが、

正式に帝国に組み込まれ、通商の玄関口に成る。

 

その様な事が、期待されていた。

 

関より入って来た太守は、まだ何処か若々しさを残し。

若年なれど才在る者として、幾つかの勢力から推薦された人物である。

 

花束を抱えた少女が、笑顔で来賓を迎える。

 

物見の野次馬が集まる中、彼は身を屈め花束を受け取った。

 

その新太守に関する記録はあまり残されていない。

その才でも功績でも、何物でも無く。

 

花束を渡した少女の、腕は伸ばされたまま。

 

「誰も泣かない世界のために」

 

そして両手に構えた火薬弓から、破裂音が響いた。

 

幼子でも容易く人を殺すことが出来る。

そんな火薬弓の有用性を世界に示した事件で在り。

 

後に様々な場所で頻発する恐怖主義の最初の犠牲者として、

ただその名だけが、歴史に記される事に成る。

 

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