―― 誰も泣かない世界が欲しい
はじまりの言葉は、ただそれだけだった。
俄かに雑然とし出したムダラアミーナの空気の中で、
時折に銃声が響き、それより多くの悲鳴が木霊している。
何事かと、安酒場から顔を出したアルフライラに銃口が向けられた。
破裂音が響き、火薬弓を握った手首が飛ぶ。
とりたてて特徴の無い街の若者は、片腕を失い大地に叫び転がり、
その横でサフラが大剣を軽く回して、刃の血糊を振り落とす。
「取り急ぎ軽く聞いて来たわ」
物陰から小刀の血を拭いながら、マルジャーンが板に寄った。
「今日、決起する事が決まっていたそうよ」
前々から決まっていた通りに、決められた人員が決められた行動を。
「あれだけ捕まえて拠点も潰したのに、足りなかったのかな」
「いや、むしろやり過ぎたのかもしれん」
神が抱いた疑問に、人が軽く応える。
「命令を撤回する者が、居らんなったとかの」
騒動は加速する。
そこかしこから響く音の中で、アルフライラたちは移動していた。
武装したアリの自警団たちと共に、神殿を目指して。
「家に籠もれ、寄る辺の無い者は付いてこいッ」
幾度か中空に射撃して注目を集め、アリが言葉を出した。
荒々しい自警団員たちに、おっかなびっくりと寄り添う街の人間。
その内の一人がアリに何かを言えば、足元を弾丸が抉る。
「指示に従えないならば余所に行け、次は当てる」
誰が火薬弓を持っているのか。
不明なままに人を囲う以上、優しく対応する余地は無かった。
そして集団が神殿に向かう。
通りのそこかしこで騒ぎが拡散し、喧噪が暴動を生む。
自警団員たちが通行人を殴り倒しながら、何でこんなに多いと、
誰も泣かない世界とやらはこんなに居なかっただろうと。
そんな叫ばれた疑問に、神が淡々と応えを告げた。
「100人の1人が騒いでも、誰も聞きはしないけど」
板の上から、とりたてて興味の無い風情で。
「万人の100人が騒げば、それは普通に騒動になる」
そして100人が火種となり、日和見の者たちに燃え広がると。
「救いようが無えなド畜生がッ」
自称自警団を率いる小神が世の不条理を嘆きつつ、
破裂音を響かせ、暴徒を蹴散らしながら集団が神殿に到達した。
青に染まる習合の神殿もまた騒がしく。
銅、黒、青からの避難民や神官たちがそれぞれに、
様々な指示を出しては神殿の行動と食い違う。
混乱。
「ふんぬらばッ」
その中で、見知った仮面の神官を見つけたアルフライラは、
投擲用猫ぐるみを投げつけながら周囲の世界を強奪した。
「千夜神アルフライラと獣神キッタ・アビヤドの名に於いて」
俄かに静寂が訪れ、視線が集まる。
仮面の神官にもぬぅとめり込んでいるのは、獣神お手製の縫いである。
「汝をこの場で代行と認む、思うが儘に動くが良い」
そのままに、全ての注目を纏めて押し付ける発言が響いた。
意を受けた神官は逡巡、しかしすぐさまに神殿長へと寄って指示を請う。
神威と実務の両輪へ命令が一本化を果たし、やがて混乱は収められる。
そして自警団員たちが見回る中、集団が各所の絨毯に落ち着いた頃。
青の船団の集まりから、責任者が神の御許へと状況を伝えに訪れた。
「アルの頭、アズラク様が今港湾にっ」
街中の騒動とは別、海側から攻めて来た集団に対応していると。
「とりあえず、様子見だけしてくるかな」
銅と黒の集団からも請われ、開拓者組が神殿を後にして港湾に向かう。
練り歩く中、寄る辺無き者に神殿へ向かえと告げながら。
やがて通りの先に船が見えてきた頃合い。
―― 駄目っす隊長、矢が届きませんッ
警備隊の嘆きの向こうにアルコーン、水神機ガリラが在り、
踊り狂う水面の遥か上、空に幾つもの大壺が浮かんでいた。
壺からは次々と矢が射掛けられており、対する手は無い。
―― 神術ミーゾ・ローチ起動ッ
いや、唯一には存在している。
港湾を埋める海水が大蛇と化して、海原にその身を持ち上げる。
開いた咢が中空の壺を捉えんとする、その時。
赤光が、疾った。
奥まった位置にある壺からの閃光は、ガリラの神鉄を容易く撃ち抜き、
港湾に大波を立てながら青の大神機が倒れ伏す。
「さては、まともに攻撃が通らないからと油断していたな」
呆れたように零した少女の言葉は、静寂が訪れた港湾に良く響いた。
アズラク様は大丈夫なのと問う声に、神は水辺をただ指差す。
埠頭を襲うはずの大波が、今なお不自然に巻かれて海に戻っている。
「青と緑は殺しても死にそうにないと、神代から定評が」
「死にそうにない筆頭の千の夜が言うならば、よほどじゃな」
そして意気を得たのか、盛んに撃ち込まれ出す矢の嵐。
開拓3人はすかさず板の1柱を盾にして、矢避けの加護と言い張り、
うーん不敬と、細めた糸目で呆れた声を出す創世神。
―― 畜生、こうなりゃ大砲を上に向けろッ
―― やってみますけど、何かぐらぐらしてますぜ
矢玉の中で警備兵たちは逃げる事無く抵抗を続け。
―― お前、ちょっと上に乗って抑えとけ
そして、大砲の音と共に1名が吹き飛んでいった。
「今のは高得点」
諦めない人間の意思がアルちゃん様ポイントを獲得したので、
後日警備隊に差し入れが贈られる予定が組まれたらしい。
ともあれ、瓦礫に埋まってのたうっている貴重な犠牲の上に、
放たれた砲弾は奇麗に壺のひとつを撃ち抜き、爆散させる。
「はてさて、どうした物かね」
途端、壺の進撃が止まった。
少女が対応に悩み首を捻る横、不自然な停止で守備側に困惑が湧く。
青の大神が戦線から墜ち、苦し紛れの反抗しか行えない現状。
前に進むだけで、どうとでも成るはずだろう。
「何じゃ、何か狙っておるのか」
「いや待て、まさかあいつら」
ハジャルの疑問に、サフラが引き攣った顔で反応を添えた。
「反撃されたから足が止まってんのか」
糞みたいな戦場で、時折に見た覚えが在ると。
ただ一方的に嬲る事だけを思い、反撃など想像もしていない。
高位の貴族や高官、小神にたまに存在する甘ったれた了見。
「安全な場所で戦いたいと、そう仰せでしたから」
そして、物陰から女性の声が応えた。
視線を回せば、そこに居たのは見目の良い給仕服の女性。
長い金の髪を纏め、裾からは球体の関節が覗く。
「はじめまして最後の方、私は最後に成れなった者たちの従者」
機械の給仕は、裾を持ち穏やかに礼を設えてから名を名乗る。
「ラダマンテュスと呼称されておりました」
膠着した戦場で、旧神は遺産をただ見つめていた。