猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ⑬

 

傾いた陽が、自動人形の陰を伸ばす。

 

「まずは、登録をお願いできますか」

 

金の髪を持つ給仕が、板の上の少女に声を掛けた。

 

「『再生機構研究員アルフライラ』」

「『確認、最上位権限を登録致します』」

 

神代の言葉が交わされた後、機械の女性は静かに望みを告げた。

 

「誰も泣かない世界に関する全ての契約の破棄をお命じください」

 

アルフライラが請われるままに指示を出し、そのまま問いを紡ぐ。

 

「件の集団の、胡乱な思想はキミが原因なのかな」

「私は、人に逆らえるようには造られておりませんから」

 

肯定の言葉。

 

かつて機械人類を製造した個体は新人類を人と認めなかった。

そう聞いているのだがと問えば、問われた個体は少し困った声で返す。

 

「グリュプスでしょうか、彼女には仕えるべき相手が居ましたから」

 

ラダマンテュスを名乗る彼女は、そんな言葉で問いを濁した。

 

「キミは、違うとでも」

「最後の方が辿り着いた物が、人間で無いはずがありません」

 

そこで言葉が切れた。

 

空に浮かぶ壺は未だ動きを見せず、埠頭に並ぶ警備兵たちは忙しない。

次々に大砲を空に向けては手頃な建材で固定して並べていく。

 

騒がしい静寂を、嫌うかの様にラダマンテュスが問いを投げた。

 

「この宇宙に、私たち以外の知性体は存在すると思いますか」

「それは居るだろうさ、当然」

 

宇宙は広いからと、少女は応える。

 

「ならその知性体が、この星に辿り着く事は」

「それは無理だろうね、当然」

 

宇宙は広いからと、少女は応えた。

 

「1万年前に旅立った探査船も、未だ太陽系の殻の外に出ていない」

 

肩を竦めた言葉に、自動人形は意を得たと言う様に頷いて、

速度が足りないから、とは言え加速するのも難しいと。

 

かつての探査船ほどの低速であれば問題は無くとも、

恒星の重力圏を抜ける事を考えるほどの速度を目指せばどうなるか。

 

放射が、粒子が、重力に捕らえられた様々が無視できなくなる。

 

「加速するほどに、突き抜ける空間が牙を剝きます」

「何より光の速さを目指せば、出力は無限を要求される」

 

単純な事実として、宇宙は全ての希望が潰えるほどに広すぎた。

世界は、何らかの知性体が他の恒星系に辿り着ける様に出来ていない。

 

3次元上で物理法則に縛られる限りは。

 

「故に選ばれたのは、高次元遷移」

 

丸めた地図に挿した針の様に、穴と穴を繋ぐ様に。

上位次元からの移動で3次元での距離を無効化する。

 

「他星系移民計画、至福者の島(エリュシオン)だったか」

 

アルフライラが記憶に残る名を出せば、ラダマンテュスは頷いた。

 

「私たちだけならば、越えて行けました」

 

恒星の重力場で歪んだ3次元の波を辿る様に、

月に行く程度の気安い移動距離で、別の恒星系へと移動する。

 

「しかし、仮想の存在が現実に存在しえない様に」

 

造られた世界の魔王たちが外で存在できなかった様に

 

「描かれた絵に質量が無い様に、模った人形が絵の中に戻せない様に」

 

淡々と、機械の給仕は過去の結論を口に出した。

 

「人間と言う存在自体が、この次元に縛られていた」

 

惑星上の極めて短距離の、ただの空間転移ですら、

移動したと言う事実を世界に書き込み紐付ける必要が在るほどに。

 

「だから人類最後の希望には成れなかったと」

「それでも検証実験は、可能な限り続けていましたけどね」

 

地熱を利用して活動していたら、何故か6千年前に突然海の底にされ、

などと懐かしそうに語る自動人形から、そっと目を逸らす創世神。

 

「それで、何で胡乱な思想をばら撒く様な真似を」

「いえ、ただの偶然だったのですよ」

 

帝国の成立を以て期限を切り、人類種の高次元遷移を諦めた。

最終行程へ向けて霊素の確保に移行した時に、人に出会ったと。

 

「問われ、応える、ただそれだけの関りだったのです」

「嫌な予感しかしない」

 

淡々と語る無表情の人形の前で、少女の眉が寄った。

 

「問われ続け、応え続けました」

 

「ああ、何となくわかった」

「固有名詞は知らんが、件はそういう事じゃったのじゃな」

 

首を傾げる人形の前で、神と人が揃って顔を覆って天を仰いだ。

 

「問いに段々と、甘えと欲望が混ざっていったんだね」

「甘えを奇麗に飾るための思想に偏っていったと」

 

歪んだ問いには、同じだけ歪んだ応えが返る。

言葉を重ねる度に歪みは累積し、やがて取り返しがつかないほどに。

 

「広く啓蒙するためには学の無い者にこそ教えを授けるべきとか」

「苦労せずチヤホヤされたいなら自分より馬鹿を誘え、かの」

 

騙し易いしねと返し、からからと哂う神と人。

 

そんな有様を理解できない様に首を傾げ眺めていた人形に、

つまりはこういう事じゃなと、疲れた様な声でハジャルが吐き出す。

 

「これが噂の、迷惑な賢者の石か」

 

そして、ばしゃりと水音が響いた。

 

埠頭に指が掛かり、海水に濡れた青い髪の大神が姿を見せ、

全身が上がる前にそっと板が寄り、上から少女が手を差し伸べる。

 

「アズラク、無事で良かった」

 

朗らかな笑みから零れる、優し気な姉の言葉に妹の涙腺が咄嗟に緩んだ。

その後ろで青の玉座が、騙されるなと言わんばかりに震えている。

 

アルフライラは作業用ハンドを装着し、アズラクを引き上げ抱きしめた。

 

「ね、姉さん……」

 

しっかりと、逃げられない様に。

 

「其は終焉の空より零れ落ちた無力な祈り ――」

 

そして埠頭に高貴なる赤(レッドバロン)が光臨した。

 

たまさか、アル・デバランの領主が兵を率い埠頭に到着する。

人々は見る、遥か創世の宵闇を灼き晴らした紅の巨神の姿を。

 

紅玉の両腕が持ち上がり、七色の光弾が踊る様に浮遊する壺に向かった。

 

「あれはもしや、トン・ファーの輝き」

 

かつてのムダラアミーナ攻防戦を思い出した領主が呟く。

 

「何か変な玉突き事故を起こしている気がする」

 

そして紅玉の内部では、悪寒を覚え身震いするアルフライラと、

その背後、急激に霊素を抜かれあばばばばと痙攣しているアズラク。

 

「まあいいや、座標掌握、情報構成把握」

 

とりあえずまずは、旧神由来である浮遊機械だけは処分する心算であった。

ラダマンテュスとのやりとりが、少女が手を入れる範囲を確定させた。

 

紅玉のアイオーンに実装された兵装群は、旧世界の終端技術である。

概念の上書き(バロンブレイク)局所的な空間崩壊(プラズマビーム)反物質の生成(エレクトリッガー)次元断層制御(バロンバーリア)

 

そして王の権能と同系統であり、より深刻で、露骨な一撃。

 

存在情報分解(レインボーショット)

 

七色の光が空に浮かぶ全ての壺を消滅させ、中の人が落ちていく。

兵の守る埠頭の向こうで、海面に幾つもの水柱が造られた。

 

そして紅玉の巨神が揺らめいて消え、板がふゆふゆと下降してくる。

 

力尽き倒れ伏す青の大神を膝に乗せ、優しく労わる千夜の女神。

何某かの宗教画の様な絵面であり、埠頭の人々の心を強く打った。

 

「アズラク様から物凄く何か言いたげな気配が滲んでいるわね」

「じゃから指一本動かせない状態にまで疲弊させたのじゃな」

 

少し離れた開拓者組からは呆れた声色の会話が在り、

聞き流しながら大神姉妹を眺めていた剣士が、無言で溜息を吐いた。

 

「さてラダマンテュス、どうしようか」

 

そして戻って来た少女が、妹を青の玉座に転がしながら問い掛けた。

 

「はてさて、そうですね、全てお任せします」

 

金の髪を靡かせる自動人形は、淡々と返答する。

 

「今より旅立とうとする私たちをどうするか、貴女の望むままに」

 

遥か沖合で、海面が大きく盛り上がった。

 

「かつての全てを記録し、何時か何処かへと運ぶ船」

 

陽も傾きが強く、茜に染まり始めた空の下で。

何か、巨大な質量が海底から浮かび上がって来る。

 

「抵抗はしません、許せないと言うのならどうぞ遠慮無く」

 

【挿絵表示】

 

硬質な素材で造られた八角の円盤が空に浮かぶ。

それは遥か、星の海を渡るために造られた旧神の遺跡。

 

「何か賠償は無いのかな」

「では、これを」

 

軽口に、自動人形は自らの胸にを手をあてて応える。

アルフライラは軽く頷いて、紅玉ハンドを装着した腕を持ち上げ。

 

僅かの間。

 

やがて、静かに腕が降ろされた。

無言で見つめる人形に、最後の旧人類は静かに言葉を贈る。

 

「行くが良いさ」

 

茜に染まる空の先、認識する事すら出来ない暗黒の向こう。

 

「深き宇宙の果てに、旧世界の祖先霊として」

 

永劫の旅路へ、祝福の様に。

 

そして、至福者の島(エリュシオン)は旅立って行った。

 

見る間に小さくなり、空の彼方に消えていく構造物の下に、

接続が切れ、力無く横たわる自動人形を残して。

 

横で瀕死のアズラクがひぃひぃ言いながら大波を海に戻し、

次々に起こった謎の現象に騒がしく混乱したままな埠頭の軍人たち。

 

「よくわからん事が多いが、行ってしまったのじゃな」

「うん、戻って来るのは普通に不可能だろうね」

 

重力場に引かれた次元の歪みを飛び越え、遥かな果てに移動する。

星を行く船に、もはや出発した位置を知る術は無く。

 

そしてその未来を、誰も識る事は無い。

 

 

 

 

遥か彼方、何時か何処か

光在れと何かが願っていた

 

光が在った

 

霊素に溢れた、原始の惑星

やがて、それは自らに模って人を創造する

 

祝福を

 

産めよ、栄えよ、地に満ちよと ――

 

【挿絵表示】

 

 

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