猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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誰が為に鐘は鳴る ⑭

 

神殿に、甘い香りが漂っている。

 

騒動の後、今話題の英雄神に居られるのは迷惑だからと、

安酒場から出入禁止を申し付けられたアルフライラである。

 

仕方が無いので賠償名目で拾った機械人形と共に、

神殿の隅でぐつぐつと煮える鍋を囲む午前の景色。

 

なお、他3名は酒場で杯を重ねていた。

 

板上焜炉の上の鍋を、浮遊する作業用ハンドが掻き混ぜる。

 

中で煮詰められているのは、朝市で売れ残っていた果物の類。

無花果、杏、桜桃を刻み砂糖で、それに早採り檸檬を一切れ。

 

ほど好く煮詰まった所で、布で濾せば舎利別(シェルベット)が出来上がる。

 

交易路の舎利別(シャルバート)の様に氷で絡める氷菓として使われる事も在るが、

港湾付近では主に水で割るなど、舎利別(シロップ)として使われる事が多い。

 

アルフライラの様に砂糖と果実を使った代物を上物とし、

安価な代物は甘草(リコリス)を使い、癖の在る甘露として流通していた。

 

そして濾して残った甘い果肉。

 

捨てるのも勿体無い話なので、器に盛った攪拌発酵乳(ヨーウルトゥ)を用意する。

 

【挿絵表示】

 

固く酸味が強く、近隣では調味料として使われがちな食材ではあるが、

果肉の甘煮が在るのならば、軽食として盛るのも在りだろうと。

 

「ああ、乳酸菌に癒される」

 

余った果肉を神官に横流した後、木匙を咥えて女神が述べた。

 

そんな空間で、匙を片手に無言を貫いていた機械人形が口を開く。

忙し無く動く神官たちの音の中、金の髪の給仕の言葉は静かに響いた。

 

「私たちは、何を間違っていたのでしょう」

 

アルフライラは無言、外の壁の上を歩く地域猫を注視している。

 

「彼らは理想に向かって歩み続けていたはずなのに」

「それは、自分を騙していただけだね」

 

猫が視界から外れたせいか、女神が続けられた言葉に応えた。

 

「理想とは積み重ねて近付く物、目指し邁進するなど愚の骨頂」

 

動きを止めていた木匙がまた動き出し、器の中身が消えていく。

 

「理性無き感情が獣なら、知恵無き理性もまた獣の所業に過ぎない」

 

そして空いた器を片付けながら、簡単に言葉で締めた。

 

「『金髪の』ラダマンテュス、で良いのかな」

「いえ、それは私の本体に贈られた名ですので」

 

次いで問い掛けるべき名を問えば、無名の子機だと回答が在る。

名前を付けて欲しいと請われ、神は無言で首を捻り少し考えた。

 

「理想を、真実を前にした者はその内に解釈を得る」

 

やがて淡々と、感情の籠もらない声が神殿に響いた。

 

「その解釈は物事を知る力と成り、行動を判断する基準と成る」

 

神官たちも動きを止め、千夜神の発言に耳を傾ける。

忙し無く響いていた作業の音が止み、神殿に静寂が訪れる。

 

「まずは人と触れ合いなさい」

 

機械人形に、女神が告げた。

 

「そして自分の中の解釈を鍛えれば、やがて真実を選び取る力と成る」

 

淡々と、決まり切った事を告げる様に遥かな高みから。

 

「それはまず最初に在り、終わるべき時にも共に在るべき物」

 

理想と現実を近付けるためのはじまり、大衆化教義の入り口。

青く光が返る神殿の中、神官たちに前で神授が行われた。

 

智波羅蜜(ジャニャーナ・パーラミタ)

 

智の名を受け、後に波羅蜜菩薩と呼ばれた神官たちに数えられる1柱、

千夜教伝道を旨とする機械神官は、この様に生まれたと言う。

 

そんな未来を知らず、澄ました顔で機械給仕を周囲の神官に預け、

管理責任からの解放などと少女が浮かれていた所に、いつもの面々。

 

ほろ酔い程度に抑えて戻って来た所に、同行者たちが幾らか。

 

「あああああぁぁー……」

 

3人が水でも浴び身嗜みを整えようと話している向こうで、

アルフライラが商人や針子たちに拉致られていった。

 

そして陽も暮れて、篝火が焚かれる頃。

 

ムダラアミーナの大通りに繋がる広場で、祭宴の気風が在った。

乱立する屋台が煙を立てる中、芸人たちがこぞって芸を売る。

 

酒と肴が賑やかに消費され続け、人の音は騒がしく奏でられる。

何処か昨日の惨事を忘れようと試みる様な、哀し気な音色。

 

そして本日に三国の通商が結ばれたと、振舞いの酒が配られた。

 

今の今まで屋台を組む青の料理人たちに持て成されていた人々が、

途端に身を翻し、今度はアル・デバラン領主を称えて杯に酒を酌む。

 

恐怖主義に屈せず。

 

帝国がそう主張するため、面子を賭けての宴であった。

 

しかし、忘れてはいないだろうか。

 

帝国が、黒と銅の神国が相手をしているのは不埒者だけでは無い。

事この段に於いて、何もせず傍観するなどと言うはずも無く。

 

人のさざめきが、突然に途絶えた。

 

誰が、何がと言う者も無く、ただ自然に人の群れが二つに割れる。

 

そして中央を、青の女神が歩んでいく。

 

肩を出し、身の片側に布を寄せ独特の皺を造り留める青の古装。

篝火を受け光を返す輝石に飾られた、青き髪は美しく靡き。

 

青の大神。

 

ただその美が、神威が人々の口を噤ませ静寂を齎した。

 

領主の頬が引きつり、黒の商人が胃の辺りを抑え呻く。

今この場、契約が成された場に於いて、誰が主であるのか。

 

何ら関りが無いにも関わらず、全ての風評を奪いに神が降臨した。

 

青が名を馳せる、限界の果てにこぎ着けたこの場でそれを許せば、

以降の通商にどれほどの影響が齎される事に成るのか。

 

美食船団の料理人たちも、ここぞとばかり振舞いを撒いている。

 

引き攣った頬のまま、黒の商人が銅の聖女に視線を流せば、

歯を噛み締めつつも笑顔を保っていた聖女が浮かべた、獰猛な笑み。

 

騒めきが、静寂を割った。

 

人の割れた隙間を、静かに歩む少女が居る。

 

夜を纏う月の様に、薄い金の髪を流し黒染めの絹で身を包む。

裾には夜空の星の如く、金糸で細かな刺繍が施されている。

 

布を断つ事無く、それでいて身体に沿わせた立体的な造り。

傷の無い肩口を露出し清楚を主張する、帝国の意匠。

 

飾り布を乗せた額の下には、穏やかな微笑みが在り、

それを向けられた妹神の頬が、僅かに引き攣った。

 

千夜神、帝国に在る大神。

 

それが今宵、黒を纏い金に飾られている。

 

領主の喉が鳴り、商人と聖女が拳を握り無言の喝采を示した。

 

「寿ぎに来たかアズラク、大儀である」

 

神威が言葉に乗り、場の空気を染め変える。

 

青に相対する三国通商、この上無くわかり易い構図であった。

姉妹神が微笑みのままに相対し、姉の差し出す手を妹が取る。

 

「いや姉さん、物凄く邪魔なんですけどおおぉぉ」

 

小声。

 

「でも絹と刺繍貰っちゃったし、練り歩くのも依頼の内だから」

 

小声で在る。

 

無駄に整った顔面に微笑みを乗せたまま、口を動かさずの会話。

そのまま場から去っていく姉妹に、人々は視線を送り続けた。

 

此度、青の思惑を悉く正面から粉砕し続けた千夜神の威光。

 

とは言え本神的には、依頼を受けて練り歩いているだけではあった。

飾り立て、意味を持たせ、風評を流したのは当事者たちである。

 

「ド畜生おおおぉぉ……」

「まあまあ、串焼き奢ったげるから……」

 

宵闇の中に夢を見た人々は、当神たちのそんな会話を知る事も無く。

 

こざっぱりとした開拓者組と合流した頃には、青の船員たちも混ざり、

蒸留酒(ラキ)の水割り片手に屋台の串焼きを幾つも確保する塩梅で。

 

「ムダラアミーナの串焼き肉(シシケバブ)は塩胡椒だけなんだね」

「このあたりは意外と味付けが単純なのよね」

 

料理談議に花咲かせている大神姉妹と共に、宴の夜は更けていった。

 

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