天は高く、秋の雲が混ざりはじめた晩夏の空。
一連の事件は収束し、複数の葬送の列がムダラアミーナを歩む。
当初は加害側に関して幾つかの同情的な意見も散見されたが、
海岸の拠点内部に大量の遺体が発見されてからは、それも消えた。
生き残った者たちは被害に応じた対応、補償、簡単な刑罰から罰金、
或いは手足の切断や街道に吊るす鳥籠送りと、相応の報いを受けた。
いまだ残る憎悪と哀しみの上に、鐘が鳴る。
灯火の尖塔から響く葬送の音が、港湾都市の街路を渡っている。
そして依頼を果たした開拓者たちは、旅立ち前に港湾へ立ち寄っていた。
青の神殿を乗せ、複数の外輪を持つ大神御座船が聳え揺蕩っている。
そして青の玉座の上に寝そべって不貞腐れている女神の横に、
姉の座る浮遊板が静かに寄り添って、止まる。
そっと、アルフライラが硝子切子を取り出して青の玉座に置いた。
良く冷やされたそれの中は、白く柔らかい物体で満たされている。
大陸の南西、帝国での西部は稲作が盛んな地域であり、
米粉が使われる料理、菓子の類は相応に存在していた。
乳に砂糖と米粉を混ぜて煮詰め、器に注ぎ冷やし固めた菓子である。
米粉に纏められた穏やかな甘さの中に、米菓子独特の歯応えを持つ。
土地柄、果実や肉桂などの香辛料、砂糖などを掛ける事が多いが、
女神が用意した涼菓子には、先日の
無言のまま手が伸びて、アズラクが菓子を食む。
糖と蜜の甘露の奥に、どこか極東を連想させる柔らかな米の甘み。
煮詰められた果実の香りも甘く、神のささくれた心を癒やしていく。
とは言え小さな硝子切子、ほんの数口で食べ終わり軽く溜息。
気を取り直した青の女神が、既に起こしていた身体を翻し姉に向けば、
千夜神は持ち上げた地域猫の両前足で顔面を押し込まれていた。
「せめて反応を伺う時間程度は待っていて欲しかったなあーッ」
声に驚いた猫が逃げ出し、残された少女が手を伸ばし弱々しく嘆き。
倒れ伏した猫弾き神、やがて起こしたその身の瞳に光は無く。
「アズラク、言い残す事は在るか」
「畜生、近寄って来た時点で逃げとくべきだったのねッ」
かくして六角の大港湾に大神の断末魔は響き。
「そういやアルの頭、ちょいと見て欲しい物が在るんですが」
倒れ伏し煙を吹いている青の女神の横で、古代の将軍を配る女神に、
受け取りながら筋肉達磨な神御座船の船長が声を掛けて来た。
良く鍛えられた肉体は陽に灼けて、幾つもの生傷が走っている。
料理船団の長と言うよりは、海賊の類の外観である。
「何じゃらほい」
「いや、ウチで面倒見てる穴居人の作品なんすがね」
言葉に応える様に、大神御座船上部に在る神殿の屋根が開いていった。
途端、港湾に響き渡る蒸気機関の大音量。
音に何事かと開拓者組、3人1柱が匙を咥えながら眺めていると、
遮光の護眼鏡を顔に装着した穴居人の少女が、笑いながら姿を見せる。
「ふぅーはははぁッ、これこそが青の誇り、青の意地ッ」
少女は叫ぶ、各国、各神国に在る機械天使、魔導甲冑に、
全てに於いて後塵を拝し続けている青の現状を嘆き。
後背、噴き出す蒸気の煙の中に朧な質量が見て取れる。
「まるで性能も足りない、問題も山積み、それでも、それでもだッ」
僅かな隙間から覗く物は、陽光を受け青く輝く鋼。
駆動音の中で握られた拳が天を衝き、白煙を払い全貌が露と成る。
「今こそ敢えて名乗ろう、蒼玉のアイオーンとッ」
蒼鉄の質量が、そこに在った。
青に染まる装甲、装飾の少ない丸みを帯びた胴体に、短い手足。
どこか紅玉のアイオーンに通じる所が在る、簡素な外観。
「『おナイスデザイン』」
思わず古代語で呪いの頭蓋骨を眺める進駐軍兵士の様な感想を零し、
両手でぱちぱちと拍手をしながら観察を続ける千夜の旧神ロボブー。
「蒸気機関での魔素透析、構造としては巨大な魔導甲冑か」
「件の大戦での鹵獲品から、何とか形になった感じですや」
冶金の旧神の淡々とした評価を受け、簡単に応える海賊船長。
そのまま神が先日の戦闘時はどうしていたのかと問えば、即答。
「機関を暖めている間に全部終わっちまいました」
「うん、何かごめん」
警備隊が意外に優秀だった件に合わせ、紅玉の光臨。
そつなく終わった港湾での戦闘に於いて、出撃する機会は無かったと。
だから見なかったのかと、しみじみ頷くアルフライラの横で、
硝子切子を返しながらマルジャーンが問い掛けた。
青い巨神の後背、太い管で繋がれた巨大な機械。
激しく蒸気を吹く電算機には、今も何名かの技師が張り付いており。
「あの後ろに繋がってるでかい箱はどうやって移動するの」
「馬車で運びます」
浮かんだ疑問に、身も蓋も無い回答。
ぎりぎりと音を立て鈍重に動く青い巨神と、巨大な蒸気電算機。
ハジャルがサフラと並んで遠い目をして、静かに結論を述べた。
「使い物にならんのう」
「将来性、将来性を買ってくださいッ」
無慈悲な感想を受け、いつの間にか近場に居た穴居人少女が叫ぶ。
涙目で板上の冶金少女を拝む様に、受けた神は軽く笑い。
「偉大なる路傍の遺志を継いで、進み続けると言うのなら是非も無い」
膝上に寄って来た三毛の地域猫を乗せながら、宣言を述べた。
「かまわんよ、名乗るが良い蒼玉と」
歓声が木霊する。
浮かれた穴居人と技師たちが港湾に叫び声を上げ続け、
横たわる青の女神がこっそりとほくそ笑む。
その様を見て呆れた顔を見せたハジャルが、ふと思い板の側を伺えば、
素知らぬ顔で猫を撫でる少女が居て、軽く察する物が在る。
一連の騒動でアルフライラには内心、何か思う事が在ったのかと。
良い様に自分を使ってきた黒と銅への、意趣返しだったのかもしれない。
ともあれこの日この時、以降の歴史で青は謳う。
黒と銅を差し置いて、高らかに巨神の名を。
人の、人による、人の為のアイオーン。
後に青の神国が系譜に連なる国々で、特別な意味を持ち続けた青の神機。
蒼玉のアイオーンの物語は、この様にしてはじまったと言う。
やがて少女が撫でていた猫が、飽きたのかてふてふと立ち去っていき、
玉座の上で頬が緩んでいる青の女神を白い目で眺める姉が居て。
「まあ何だろね、やっぱり禍福は糾える縄の如しだね」
千夜の女神がいつぞや東方で口した言葉を再度に口にした。
どういう意味かと、言葉に困惑を見せるアズラクと、
言葉を受け、咄嗟に周囲の状況を探る開拓者組3名。
異変は、すぐに判明した。
大神御座船の向こう、アズラクが乗って来た小神御座船。
海水を称える港湾の中で、ゆっくりと小神御座船の外輪が回っている。
静かに離岸し、その帆先を外洋へ繋がる出口へと向けていく。
「あれ、誰が乗ってるの」
「え、いやいやいや、何で動いてんですかアレ」
アズラクの言葉を受け、船長が少し慌てた声を返した。
同時に港湾の向こうから、幾人かの船団料理人が走って来る。
身体を締め付ける荒縄と、猿轡を外しながら。
「船長、アズラク様、船が奪われましたあッ」
突然の凶事に、ほわあと間抜けな声を返す事しか出来ない青の女神。
何で、どうしてと説明を求めている向こう、笑い声が海原から響く。
甲板の上に走る、荒事に慣れた様相の男たち。
そしてその中央、アリの親父と呼ばれていた小神が強く宣言した。
「青の最新鋭外洋交易船、在り難く頂いていくぜッ」
甲板を走る自警団員たちも次々と手を振り、別れを告げていく。
幾人かの団員たちが、アルの頭ぁ御達者で、などと叫ぶ物だから
言葉を聞いたアズラクが凄い顔で姉に振り向くも、華麗にスルー。
「じゃあな野郎2名と麗しき
小神御座船の船足は早い。
ただでさえ最新鋭の蒸気外輪帆船でありながら、大神御座船の様に、
神殿と工房を乗せるなどの重しが存在しない快速の船である。
つまりは奪われてしまえば、もはや取り返す術は無く。
「は、はっはぁ」
終にはアルフライラが、顔を抑え破顔する。
どういう事よと叫ぶ青の女神の横で、千夜神はひたすらに笑い続けていた。
この時代、西の最果てを越えて草原の地を目指した者は多い。
神国、帝国で生きられぬ者、或いは新天地を求めた小神勢力など、
様々な存在が西の海を越えて、新たな大陸へとその未来を賭けていた。
小神アリと自警団、そして外洋外輪船モルジアナ号。
方々で騒ぎを起こし、最果てを越え、草原の地での群雄が一角と成り、
その冒険に満ち溢れた生涯は数多の歌に謳われ、広く愛された。
やがて千夜物語にて、
合衆国アリ州の州立博物館に、多くの観光客を呼ぶ原動力と成っている。
とは言えそんな未来は、いまだ訪れていない晩夏の港湾都市。
騒がしく奏でられる人の音もやがて、人が地を離れる度に収まっていく。
そして遠く、葬送の鐘が響く交易路を仮面の神官と機械人形が歩んでいた。
空は高く、青く晴れ渡り音を遠くにまで届かせる。
起伏に富んだ道行きを、共連れの旅人が踏み締める。
ふと、音に釣られる様に仮面の神官が足を止めた。
かの地には、まだ神が在る。
少しだけ振り向き、何某かの思いを馳せる。
やがて連れ添いの機械人形に促され、街に背を向けた。
それきりに旅人は足を止める事は無く。
吹き抜ける風には、僅かと秋の薫りが乗っていた。
かくして、誰しもがいずれ最果てを越えていく。
浅い縁に短き日々に、何某かの折々に鐘が鳴らされる時、
絶えず去り行く者へと贈られる音色は、久遠へと響いている。
しかし失われた者を想う時、その軽重に関わらず何もかも、
残された者の世界からは失われたと言う事実に変わりは無く。
故に君よ問うなかれ、誰がために鐘は鳴るやと。
其は汝がためにも響く音なればこそ。