簡単に惑星上で魔素の循環がはじまった頃合いの60ちょっと世紀。
海が生まれエクストリームな環境も多少は改善の兆しが見えた世界。
制式の高位新人類の作成も終わり、補助、管制用の個体として
中位新人類の設計と、試作素体の生成が行われた。
実証試験体として3体が予定され、予想外の不具合に備え、
後付けの調整を容易にするため素体には高位の物が流用される。
その1号素体ザハブ、軽く癖の在る金の髪を持つ少年が起動して、
ゆっくりと瞼が開けば、瞳に白い壁に囲まれた世界が映った。
傍らには白衣を着た老婆が居り、次いで部屋の扉が音も無く開く。
長く黒い髪を二つに括る、幼さの残る少女が室内に入って来た。
そのまま中位素体の方に歩み寄り、両の肩をがっしりと掴み告げる。
「貴方、弟ですわね、弟ですわ、弟だと言いなさい」
突然の断言に、困惑を見せるザハブ。
「え、ええと、記録では俺、わ、私は高位素体の補佐を行うため」
困惑のまま脳髄に記録された知識で反論を試みるも、制式10番素体、
エミーラは発言を抑え、そのまま自らの手を胸に当てて述べた。
「私が、お姉ちゃん」
手を伸ばし、ザハブへと向ける。
「貴方が、弟」
言葉が意識に刻まれるまでの、僅かな間。
「異論は認めませんわッ」
「何かゴリ押ししてくるこの高位素体ッ」
言葉で納得できないのならば、いっそ肉体言語でわちゃわちゃと、
少年少女が絡み合い、動く内にエミーラがザハブの後背に回った。
両の脚を太腿の外側から挟み込む様に絡め、両の手首を取る。
そのまま背中から全身を床に倒し、ザハブの肉体を持ち上げる。
吊り天井固め。
弓なりに逸らした肉体が首、背骨、股関節、膝裏などを同時に攻め、
肉が軋み、骨が鳴る、先史にてかの獣神サンダーライガーをして。
「ええい、貴方が弟でなければ私が末っ子になるのですのよッ」
「物凄く身勝手な事言われてる気がするッ」
ぶっちゃけ効きませんと言わしめたウルトラ必殺技である。
そんな末っ子決定戦の騒動を外から伺っていた長女と長男。
状況ガン無視な婆込み、放置で良いかと生成室を後にした。
「まあ、試作素体の私が姉を名乗っているのだしな」
「それを言われると弱りますね」
なお、姉である事を否定した場合は即座に制裁が飛ぶ。
そして誰に似たのかと軽く溜息を吐いたマリクが、お道化て言った。
「そうですね、背丈が抜かれでもしない限り弟扱いしときますよ」
肩を竦め笑いながら嘯いた冗句は、僅か数年で現実の問題と成る。
黒と黄金の兄弟に決して相容れぬ未来が確定した瞬間であった。
閑話休題。
兄妹及び弟候補たちと別れたアルフライラは、施設の最奥、
上位関係者以外の立ち入りが禁じられている中枢制御室へと訪れた。
かつて殺風景であった室内は、現在では謎の光る巨大な球体が聳え、
無駄に発光する四角い機械からパンチカードが吐き出されている。
見ての通り、物凄くスーパーコンピューターであった。
「キース」
そんな機械が、アルフライラに対して知らない名で呼ぶ。
冷たい機械の最奥に、誰の、如何なる物語が在ったのか。
「ジョミー・マーキス・シンを殺しなさい」
「やかましい」
それがやりたかっただけかと叫ぶ少女、マザーとお呼びと返す中枢。
やがて人と機械がサルベージの是非について真剣に考えだした頃。
「それで、呼び付けたのは遊びたかっただけか」
「いえまさか、ちょっと全体進捗から報告が在ったのですよ」
施設中枢は語る、惑星上で魔素が簡単な循環をはじめた結果、
施設が用いる霊素と魔素に関して、それなりの余裕が生まれた。
「現時点では、中位素体の作成に移れる程度の余裕ですがね」
「まあ予定通りかな、あとはひたすらの調整か」
それで、魔素の余裕が出来たために起動できる備品が在ると。
ふむりと頷いた少女の前で、床から鋼の棺がせり出してくる。
室内に鉄の擦れる音が響き、箱の隙間から蒸気が噴き出す。
やがて蓋が開き、中に横たわる人型の機械が露わと成った。
黒白の給仕服を身に纏った、球体関節の人形。
長く癖の無い髪は、アルフライラに似て月光の光を灯す。
注視される中で機械人形は、ゆっくりとその瞼を開き。
「うぃーん」
「口で言うな」
起動音を発声しながらその身を起こした。
「で何事、先日の機械人類作成計画は却下したくせに」
「私の子機ですよ、人類存続のための各計画に配備されていました」
各計画との言葉に、はてなと首を捻るアルフライラ。
この施設が最後の希望なのに変わりはありませんけどねと、人形。
「今に至るまで、優先順位の順に廃棄されていった過去の計画です」
例えばと、子機は幾つかの名を挙げる。
他星系移民計画、
魂魄保管用仮想現実施設、
地球外長期植民拠点、
「どれも何らかの問題を抱えており、後を託して廃棄されました」
「地球外拠点とか普通に大丈夫そうだけど」
どこかに施設を造るのだろうと問えば、月と火星と木星の衛星だったと返る。
拠点を造り、資源を活用し限定的な生態系を形成、霊素の循環を生む。
「あるいは魔素を、そして新たな世界を造り出していく」
そこでアルフライラが気付いた。
「地球外に行く必要が、まったく無い」
「ええまったく」
魔素の開発込みで、ここでやれば済む話じゃないかなと。
「あと、人類と言う縛りが何だかんだキツイせいも在りましたね」
人類は地球上で発生した生物であり、当然地球環境に適応している。
具体的には、内臓諸器官の働きなどまで1G下を前提に造られている。
無重力、低重力、高重力、短期間ならば肉体の負担程度で済む話だが、
長期の環境であれば、それはそのまま肉体の崩壊へと繋がっている。
「そのあたりを適応できる様に作り替えると言うのならば」
「まあどこまでが人類なのかと言う話になるよね」
しかし地球上で行うのならば、諸々の問題は最初から存在しないと。
「それで他計画は廃棄後に放置されてますが、黄昏の娘たちは違います」
何でと聞けば、解体に使うリソースが勿体無いからと応え、
同系統の計画であった黄昏の娘たちだけは、部品取りでバラされたと。
「それぞれの子機も確保したまま眠ってますが」
「このままさらに余裕が出来れば起動させても良いかもね」
名は、アイグレー、エリュテイア、ヘスペレトゥーサと語る。
光輝、深紅、黄昏の意味を持つ、月と火星と衛星のための機械乙女。
「そういや、この施設やその子機にも名前は在るのかな」
「あれ、知らなかったんですか」
地球再生機構が名称だと思っていたとアルフライラが言えば、
まあそれも間違いでは無いですねと、人形が素直に応える。
「私はプロメテウス、機構の名は
「とりあえずまず何よりも、めいどろぼの名に聞こえぬぇ件」
何故にやたら古代希臘神話絡みな名称なのかと問えば、
そこそこの知名度で内容の応用幅が広かったからとの回答。
「菩提薩埵の名や、ノア1号2号とかよりはわかりやすいか」
「まあ深い意味は無いですね、当時既に状況が限界でしたし」
趣味人の提案が流れで採用されて、そのまま今に至っている。
「それでプロメテウスだったか、その子機と本体どっちが」
「本体側ですね、とは言え子機に乗ったらそれも私です」
ともあれ、これから施設をメイドロボが闊歩すると中枢が宣言し、
眠ってる3体は3色妹にでも押し付けるかと、長女が決めた。
「ところで折り入って相談が在るのですが」
「施設中枢から出て来る言葉として不穏極まり無いな」
高位新人類素体の在り様を追跡している内に、思い付いた事が在ると。
施設内に生まれた、自由度の高い情報生命体に関して。
「ていや」
プロメテウスが鉄の指を鳴らすと、中空に仮面が表示された。
「ぬおおおおお、何かいきなり強制召喚されたんだが何事ッ」
「おお結構久々だな世界樹、大陸位置調整以来か」
その後で爺婆と共に地獄のデスマーチを熟していたせいで、
何だかんだ久々と言う心持ちなアルフライラであった。
「それで何だ、いや何ですか中枢」
「プロメテウスお姉ちゃんと呼びなさい」
中枢施設に、静寂が訪れた。
「おい創主、中枢がとち狂ってんぞ何やらかした」
「理不尽を即座に私のせいにすんな」
仮面と少女が小声で内緒話をする様に、機械人形は頷いて。
「余裕が出来た魔素と処理能力の割り当て、ロボ部にどうですか」
「おい世界樹、お姉ちゃんの言う事は聞いてあげなさい」
「畜生この阿呆、シームレスで寝返りやがるッ」
ええい貴様が弟に成らねば私が末っ子に成ってしまうのだと、
何かついさっきどこかで聞いたような主張を中枢が告げ。
よくわかんねえが嫌じゃあと叫ぶ仮面と、追い回す機械人形。
姉弟が楽しくじゃれている様を微笑ましく見守っていた少女は、
そのまま巻き込まれない様に気配を消して、そっと退出した。
やがて性能の暴力が世界樹を末の弟に確定させ、中枢に静寂が戻る。
誰も居なくなった部屋の中で、静かに機械人形が呟いた。
「まあ今更の話ですが」
中空に様々な文字が表示される。
各種の契約、後に成る計画が前に対し持つ上位権限に関して。
地球再生機構、最終施設として持つ最上位権限。
「弔いの席の誉れ、滅びた国の勲章、もはや何の意味も無く」
旧き世界と共に終わる、受け継がれた
「彼女は、浅ましいと哂うのでしょうね」
ああそれでも、私たちの感謝を示すがために。
何の意味も無い、ただの名前を書き記す。
―― 地球再生機構、
―― 最終権限の譲渡先を新規登録
機械の指が、中空の文字を叩く。
―― 地球地球化計画、
誰も気付かない場所で、旧人類の感謝がそっと記されていた。