秋のイルドラードに、創世神を待ち構えている物が在った。
そう、羊肉である。
タサウブが戻り、付属していた詩神が猫人を追い回し、
同行していた獣人たちが宿場の片隅に千夜小神殿を建て、
春から秋にかけてのイルドラードに様々な物事の変化が在り、
その清算が少女の頭部に握力で叩き込まれたりもしたが、
まあいつもの事と流し、アルフライラは厨房に籠もっていた。
「野菜鍋と見せかけて牛を入れる、これこそが秋の黄金律」
「いや水屋よ、現実から目を逸らすな」
火に掛けた鍋の前で楽しそうに夢の世界へ逃避する創世神に、
羊肉の塊を抱えた店主が後ろから、容赦無く現実を突きつける。
板の右から肉を近付ければ、少女の身体は左に傾き、
反対側に肉を回せば、少女の身体も逆に傾く。
「戦え、現実と」
「ぐぎゃあああぁぁ……ッ」
かくして、大量の羊肉の処分を考える事に成った。
とりあえず竈の鍋が煮込まれている間に、
店主と一緒に、切り分けた羊肉を漬け込んで行く。
発酵乳、尾の脂身、胡椒、香菜など幾らか。
ひとしきり終わった頃合いには鍋の中身も煮込み終わり、
宿場酒場で開拓者麦酒片手に待っている面々へと持って行った。
南瓜には鶏肉か牛肉が合い、木瓜には羊肉か牛肉が合う。
道中で使い掛けの塩漬け樽に牛が余っており、消費の鍋であった。
「秋って感じの野菜鍋ねー」
傾ける酒杯の合間に、鍋を突いたマルジャーンが述べる。
蕩ける様な木瓜の、果肉から醸される酸味が南瓜の甘みに溶け絡み、
塩抜きした牛に残った塩気が、野菜から出た水分に好く馴染んでいた。
「アル・デバランの領主の心尽くしもこれで使い切りかの」
牛肉の塩漬け樽の事である。
神国の手前、牛の良い所だけを選び漬け込んだ領主の面目であり、
蓋を開けない限りは1年ほど保つであろう、高品質な品であった。
なお、ムダラアミーナからの道中で容赦無く消費された。
そして3人1柱が麦酒の傍ら、秋野菜の鍋を堪能している内にも、
肉の漬け込みは進み、やがて夜も更け酔っ払いが片付けられる。
宿場前の土地には様々、秋の市とでも言うべき天幕が軒を連ね、
篝火が夜通し焚かれては夜市や宿無しを引き寄せる。
そして夜も明ける前、早出の旅人たちを見送る頃合いの中庭。
脂を塗った鉄槍に、漬け込み肉を突き刺す少女と店主の姿が在った。
厚めに切った肉の板を突き刺しては重ね、潰しては固め、また重ねる。
その横でサフラたちが薪を積み重ね、固定の支柱を2本立てた。
篝火から火を貰い、良く回ったあたりで肉の柱も完成する。
そんな明け方の動きに、敷地外の旅人たちも注目を寄せていた。
だんと、重い物が乗せられた音を響かせて支柱に肉柱が乗る。
途端に火で炙られた羊肉から、芳ばしい香りが漂い出した。
取っ手を付けて、横に成った肉柱をぐるぐると回す。
帝国東部の料理で在り、串をシシでなくジャーと呼ぶのは東部方言となる。
「は、破滅の音ぐわああぁ」
そしてハジャルが力尽きた。
肉を乗せた焚き火の横、まずは回し係が店主からマルジャーンに移り、
そこそこ回してからハジャルに移り、そのまま瞬殺されて倒れ伏した。
転がる遺体の横で、無言でサフラが肉を回し始める。
横からアルフライラが肉の焼けた所を気持ち大き目に切り落とし、
数が溜まったあたりで鉄串に刺し、ムダラアミーナ風に塩胡椒炙り。
柱の外側が無くなり形が整い、良く熱が回った所で客を取り始めた。
その頃には蘇生したハジャル込み3人は火の傍ら、麦酒を片手、
串に刺した塩胡椒の羊肉を肴に良い感じの空気を醸していて。
肉柱の横では、幼女ハーレムの頭首が息も絶え絶えに回し続けていた。
少しばかり腹回りがふくよかな彼の横で、相方の平坦娘が励まして、
遅れて起きて来た調理解体担当幼女も必死に声援を送っている。
回した成果で、割引の額が決まるからだ。
そして身代の確かな商人たちが幾人か買い求めた後に、
終に力尽きた党首が倒れ伏し、両腕を痙攣させながら震えていた。
咄嗟に平坦が後を繋ぎ、悲鳴をあげた所で店主が代わる。
そして朝日が薄く中庭を照らす中で、肉が皿に乗せられた。
割引価格で3人が確保した皿は、商人に提供されたのと同じ物。
切り落とした肉の上に、店主が造っていた
酪と共に煮詰めた中には、刻んだ香菜と軽い蕃椒で味が整えられ。
その横に、ムダラアミーナで仕入れた固い
イスケンデル
帝国ではイスカンダル、銅の聖女はエスケンデルと呼んでいる。
組み合わせの考案者、美食船団に属していた料理人の名である。
「うあああ、脂の回った肉に酸味が嬉しいぃぃ」
痙攣していた汗まみれの男性が、久々の贅沢に涙目に成っている横で、
在り難やと拝んでいた少女たちも、料理に舌鼓を打つ。
「
「肉柱を横にしているからね、脂が落ちずに良く回るんだ」
夢中に食べ進む幼女の横で、感想を零した平坦仲間に対し、
平坦な女神が冠水瓶を渡しながら調理手順の妙を説明した。
せっかくだからと安目の赤葡萄酒も渡し、氷水割りを進める。
普段の面々が手にした麦酒に合う塩胡椒串焼き形式と違い、
赤茄子や発酵乳で飾った皿には、赤葡萄酒の方が好く合っていた。
「俺は串焼きの方が好きだな、真珠よ」
後から訪れた、外に住む者の頭首はそんな事を言って麦酒を頼む。
まあ我らが真珠の手作りなら何でもと続け、ぬかしよると返された。
そうこうしている内に肉が尽き、柱が取り替えられ。
昼の陽除けの頃には余りまくった羊肉は消費されていた。
炎天の下で音は消え、ただ排水路の水の流れだけが響いている。
「お大尽な商人には、イスケンデルさんの方が好評だったね」
「料理と言うより、麦酒か葡萄酒かで選ばれた感じだな」
宿場酒場の陰の中、焼き残りの中央部分を肴に麦酒を傾けながら、
売上を数えていた女神と店主が、そんな結論を出した南中であった。