通り雨が砂を打つ。
音は砂と礫に吸われるも、砂丘の無い礫の砂漠は遮る物も無く、
遠くより囁く様な細々とした音が重なり、薄明の砂を彩った。
やがて雨があがれば、陽が砂を乾かす。
炎天の砂が、乾いた風を呼び水の気配を吹き飛ばした。
帝国成立前、諸王国時代にどの勢力にも寄る事無く、
ただ追いやられる様に辺境へと居を移した者たちである。
その経緯を踏まえて数えれば、様々な民族が存在するが、
総じて辺境人と呼ばれ、中央皇都からは区別がされていない。
イルドラード近辺にも居を構えている集団が在り、
自らを指して、
そんな礫砂漠の村に、アルフライラたちは訪れている。
雨あがりを見て、漆喰に塗られた倉庫から外に出る。
今回は、村を渡る販路を持つ隊商の護衛依頼であった。
穴居人集落に似て、小さな洞穴の様な住居が連なっている。
外敵から隠れる様に、目立たない様にとの工夫である。
それこそ岩砂漠の方に住む民族などは、住居を建てず岸壁を掘り、
或いは足元を掘りぬいて地下に共同体を造るなどとしていたが、
礫砂漠の村は、一応は普通に家を建てて暮らしていた。
とは言え、どことなく洞穴めいた造りが見て取れる。
先史極東の長屋の様に、個人用の穴倉住居の連なりであった。
突然の雨に、空いた家を幾つか借りたのが先程の話。
倉庫兼、受け入れる予定の退役兵士などのための空き家である。
雨足が収まらなければそのまま宿所になる所であったが、
幸いと言うべきか、通り雨程度で収まり陽光が天に戻っていた。
改めて天幕が張られ、商人が荷物の紐を解く。
晩秋も近く、陽光も若干に収まりを見せている季節、
陽除けの時間にも人が見える程度には熱が薄れていた。
とは言え陽射しが無遠慮に肌を刺す土地である事に変わりは無く。
商人の品揃えを覗く村人は、総じて頭に何かを乗せている。
壺であったり、裁縫箱であったり、木の板や箱、
笊や皿などを帽子の様に雑に被っている者も居た。
陽光を避けるための物である。
陽射しを避けるために荷物は頭に乗せる、そんな土地であった。
荷物がずれないための、台座などが付いた帽子まで被る者も居る。
そんな首回りが鍛えられていそうな村人たちが品物を検めるのを、
少し離れた場所の日陰から、開拓者たちが眺めていた。
出立は夕刻に成ると聞かされ、それまでの自由時間である。
とりあえずアルフライラは、水を汲みに移動した。
権能で出す事も出来るが、人目を気にし空気を読んで。
かなり前に地下水路を整備した
「かこめー」
「いのってやるー」
「おそなえものをくらえー」
邪神が無垢な子供らに散々に信仰され打ち倒されれば、
飽きたのか打ち捨てられ、そのまま板が倒れ伏す少女を運ぶ。
とりあえず、捧げられた蜥蜴の皮と砂猫毛玉は板に仕舞われた。
からからと横井戸の上に設置された汲み上げ機構を回す。
棒で雑に組まれた糸巻きの様な構造で、吊るされた紐を上下させる。
山中から造られた地下水路が水を運び、竪穴から汲み上げる。
地中を通り、陽光を避けた地下水は冷たさを保ってはいるが、
掘り抜いた地下水である以上は元々の地熱が高く、微妙に温い。
詩人の類などは炎天に冷たさを、氷夜には沸き立つ湯などと謳うが、
日中通して温度変化が少ないだけの話で、流石にそこまででは無い。
具体的には、極東の湧き水に比べれば総じて5度から10度高く、
灼熱の昼には冷たく極寒の夜には温かい、そんな塩梅であった。
そして水を汲み日陰に戻る千夜神。
熾火に置かれた湯沸かしに水を注ぎ、余りを砂箱に入れる。
砂を入れた箱の中には壺や箱が埋められており、陰に置かれていた。
気化熱を利用した冷却冷蔵装置である。
壺には湯冷まし、箱には先だって受け取った無花果が入っており、
どちらも村人がアルフライラたちにと用意した品物となる。
実の所、冷却なども少女が権能を使えば容易な話ではあるのだが、
水回りを整備してくれた恩神にと用意されてしまった手前、
善意と心尽くしが、微妙に神の権能を封じていた。
「やー、アルちゃん様に同行すると美味しいわよねー」
女性相互扶助の者がそんな事を言っている横で、
ハジャルが村人から大量の摘み立て薄荷を受け取る。
そして珠茶で淹れられた茶に、大量の薄荷を詰め込み、
丁度良く煮出した所で幾つかの湯呑みを用意した。
腕を持ち上げ、高い位置から薄荷茶を注ぐ。
自由な者が薄荷茶を淹れる時に行われる注ぎ方である。
礼儀であり歓待であり、空気を含ませ香りを閉じ込めている。
「相も変わらず、このあたりの薄荷茶は香りが強いのう」
冷たい無花果を齧り、温かい薄荷茶で喉を灼く。
様々な涼しさが生まれた日陰に、乾いた風が吹き抜けた。
「そろそろ秋も過ぎる気配が見えて来たわねー」
緩い陽除けに、マルジャーンが無花果を咥えながら軽く嘯いて、
そのまま年の瀬はどうするのと、相互扶助の者に問いを投げる。
「タサがお土産で神殿石鹸わけてくれたからね」
吟遊詩神と機械少女を伴い隊商宿場に戻って来たタサウブが、
聖域神殿で造られたと言う石鹸を土産と配っていたと言う。
だから今年の冬の祭りこそはと、男狩りの意思を燃やす。
そんな飢えた肉食獣の有様に、アルフライラとマルジャーンは、
何か可哀そうな物を見る視線であるが、特に何も口にしない。
「いや目が口ほどに物言ってるわよッ」
うがーと叫ぶ女性開拓者の様相に、俄かに物陰は騒がしく、
男性陣が気配を消して心と一緒にそっと距離を取った。
「と言うか、いつの間に神殿で石鹸を造る事に」
「何でも、白兎の石鹸を元に豚人が工夫したそうよ」
そして会話の中で、自分の神殿の知らない話を聞かされ驚く祀神に、
石鹸を受け取った女性開拓者が聞いた話を語って聞かせた。
砂漠のそこらに生えている、シナーンと呼ばれる藜の低木を砕き、
灰にして石灰と混ぜ湯を通せば水酸化ナトリウム水溶液が得られる。
それだけだと濃度が低いので、生成した水溶液を
さらに同じ物に潜らせ、繰り返し、段々と濃度を上げていく。
幾日も繰り返せば終には人体に危険な濃度にまで達し、
それを果実油と共に煮詰め、型に注ぎ冷やし固めていると。
そんな内実だろうかと、開拓者の語る断片的な内容から
アルフライラが製法に関してだいたいの見当をつけた。
「元は洗濯とかに使ってた液体石鹼だったらしいわね」
「ああ、豚さんが固形石鹸の製法を提供してくれたのかー」
そして現在、千夜石鹸、奇獣石鹸、黒姫石鹸の3種が造られ、
売上がそのまま各神殿の収入と成っているらしい。
「獣神神殿からは売らないのかな」
「白兎の石鹸を穴居人の器具で豚人が造っているからねー」
関係者だけで販路を造る内、自然とその形に成ったと言う。
「少し目を離した隙に、ペル・アビヤドも随分変わってそう」
「現状、発展の余地しか無い土地じゃからのう」
そして茶と果実を片手に四方山話が続く内に陽も傾き、
陰が伸びる頃合いに隊商の市もお開きと成った。
とりたてて厄介事などが起きる事も無く。
出立の場、見送りの村人に対し誰ともなく手を振りながら、
砂混じりの風が吹く交易路に向かい、隊商の駱駝が礫を踏む。
宵の色が見える空の下、涼気の訪れが晩秋の色を覗かせていた。