猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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Ex-23 何処かで誰かが笑った

 

斜面に積み重なる様に家が連なっている。

 

家屋は岸壁を掘り抜いて建物で蓋をした造りになっており、

その下に畑が段々に連なり、果樹には胡桃と柑橘が実を付けていた。

 

自由な者(アマジーク)、その中でも高地に住む者たちの村である。

 

そんな斜面を登っていく、1柱1名1機。

 

「あんれま、ジャマール様じゃありませんかッ」

 

オイルが凍る、息が切れると泣き言を言う少女たちを置いて、

先頭に居た吟遊詩神の姿を認めた村人が、そんな風に声を掛けた。

 

「ジャマールさん、顔が広すぎないかな」

「百代過客、各地の放浪も長いですから」

 

ジャマール・シャムスがタサウブの疑問を軽く流す横で、

機械少女ことハディヤが村人から歓迎にと、薄荷茶を受け取っている。

 

「うあああ、だだ甘なお茶がオイルに染みるぅ」

 

高い位置から湯呑みに注ぎ泡を造る自由な者の薄荷茶であり、

空気の凍て付いた山肌で、立ち昇る湯気が旅の疲れを僅かに癒やした。

 

「どこでも自由な者のお茶は、何て言うか凄く甘いよね」

「気候冷涼、まあこの甘さに疑問を覚えなくなったら危険ですかね」

 

のんびりと茶を傾け、薦められるままに柘榴を受け取る。

岩肌で笊に入れられて、瓶や壺と一緒に置かれていた果実である。

 

固めて置かれている場所には一筋の水が流れて落ちており、

そのまま川へと注がれていくのは、霊峰の雪解け水。

 

元が溶けた氷から滴る水である以上、当然にその温度は低く、

辺りの空気を冷やしながら、注がれた川の水温も下げている。

 

0度に近い水が滴る岸壁。

 

辺境(ベラベル)冷蔵庫などとも呼ばれる、村の冷蔵施設である。

 

そんな場所で良く冷やされた柘榴を齧り、そのままに呑む。

霊峰とは言え砂漠の周辺、柘榴は種ごと食べるのが主流の土地であった。

 

「へー、そこの詩神ってそんな事やってたんだ」

「私が幼い頃なんですがね、そこの果樹たちもジャマール様が」

 

冷えた果実と温かい茶で詩神と開拓少女が身を休めて間に、

湯呑み片手に機械少女が村人から昔話を聞き出していた。

 

かつて、飢饉に襲われた辺境の貧しい村に訪れた吟遊詩神。

食べられる物を生やし、ついでに果樹を幾つか植えていったと語る。

 

「その時から甘橙と胡桃が、この村の売りになりまして」

 

見ればそこらに生えている木には、未熟な果実が幾つも成っている。

収穫はまだ先なので、残念ながら捧げる事は出来ないがと。

 

「ジャマールさん、何か凄く神様っぽい」

「隔靴掻痒、持ち上げられてはいますが、要は宿代程度の話です」

 

そもそもが行きがけの駄賃程度の労力だったと語りつつ、

そんな恩に着せない言動に、村人の尊敬の視線は強まっていく。

 

「つくづくアルちゃん様の妹よね」

「周章狼狽、何故そんな結論にッ」

 

白い目をしたハディヤの発言を受けて、詩神が途端に狼狽した。

 

 

 

ガイムとシャファクは、天の竜の一族の子である。

 

俗世を離れ、天に住む竜の民。

 

【挿絵表示】

 

切り立った断崖、雲海に浮かぶ天竜の村に住む竜族の若者であり、

近々に成人を迎え、外の世界へと飛び立つ予定であった。

 

魔素が形作る竜体を抑え、人の身へと転身する。

 

麻で造られた質素な衣服を身に纏い、灼けた色の髪を持つ少年と、

同じ造りの衣服で、輝度の低い金の髪を持つ痩せた少女。

 

その日、いつもと変わらない何でもない昼下がりであった。

 

洗濯物を纏めた籠を持ち、岩の大地より噴出する泉に向かう。

未だ竜の身から変われぬ幼子たちの間を抜け、水場に辿り着いた。

 

岩を抜き噴出した水が造る泉は、やがて溢れ河と成り村を抜け、

その果てに断崖より滝と化し、眼下の雲へと注がれている。

 

そして少年少女が水の流れに洗濯物を晒しながら、ふと空を見上げた。

 

鋼の竜が、空を舞っている。

 

次に音、そして豪風が竜の土地を吹き抜けて。

たまらずと目を瞑ったせいか、そのままに姿を見失う。

 

何だろねと話していたら、離れた場所から轟音が響いた。

 

村の長老たちが住む一角から、激しい音と叫びが木霊する。

突然の騒動に近くの幼竜たちも騒ぎ出し、慌てて宥めに走る2人。

 

―― 出会い頭に上から目線とは良い度胸ですわねッ

 

何か村では聞き覚えが無い女性の声が響いた。

 

そして集落の側から騒音が響き続け、絹を裂く様な悲鳴が上がる。

やがて何か肉を叩く様な重い音が延々と響き続け。

 

―― つまり古今東西、竜の王はアルムピアエールただ1柱ですわッ

 

子供たちを宥め、収まった後にガイムとシャファクが集落に走れば、

そこに居た長たちは、何故か首から上が3倍程度に腫れ上がっていた。

 

「え、ええと、何があったんですか」

 

瞼が腫れ、普段の端正な顔立ちとの定評が形無しの長が口を開く。

 

「天の竜の一族は、今日から雲の竜の一族と名を改める事と成った」

 

突然の宣言に驚いた若者へ、深く頷く顔が肥大した老人たち。

 

そして竜王アルムピアエール様が仕える、大神エミーラ様に降ると続く。

雲の竜の村は黒の神国に組み込まれ、何人か人を送ると。

 

「まあ良い機会だしお前たち、黒の神国のお世話に成りなさい」

 

声色だけは優し気な長の薦めを受け、成人を控えた少年は問う。

 

「それって、丁稚奉公とか言いませんか」

 

疑問に応えは無く、長たちは一様に腫れ上がった顔で目を逸らした。

 

 

 

ペル・アビヤドの象徴たる白き獣神の神殿。

 

それだけに神殿の規模も聖域で最も大きく、建設期間も長かった。

具体的には、後発の奇獣神殿の方が先に完成してしまう程に。

 

ともあれその年、とりあえず外装の造りが一通り終わる頃、

仮設の内装、本殿の中央に茶色い箱が置かれていた。

 

千夜式神威魔導甲冑、段々海鼠紙(ダンボール)の箱、その原型機(オリジン)。

 

白猫獣神、及びペル・アビヤドの猫人種族のために千夜神が、

心血込めて設計し、流れで豚人たちが量産している素敵箱であった。

 

中に獣の大神キッタ・アビヤドが自らの意思で梱包されている。

 

取り出そうとすると猫神パンチで撃退される。

 

「いやアビヤド様、そろそろ出て来てくれませんかな」

 

そして終には、長毛犬狼のサヤラーンが呆れた声色で促した。

 

「姉さまか兄さまが帰って来るまで籠もります」

「ああ、こんな時に紅玉の剣士様が居てくださったら」

 

主の連れ無い言葉に、刹那で実力行使に意識を切り替えた従者。

それを察知した白猫大神が、箱の中で威嚇の鳴き声を上げる。

 

「はてさて困った物だ」

 

サヤラーンが、顎の毛を撫でながら少し考えこんだ。

 

取り急ぎ、獣神の手を煩わせる様な事態が起こっているわけでも無いが、

その身の有無は、そのまま獣人たちの士気の上下に関わる。

 

出来る限りその姿を民の前に見せて欲しい所ではあるが、

そこにかの千夜神より、敢えて譲り渡された箱型の甲冑が在る。

 

妹が働き過ぎない様、落ち着いて休める場所をとの情であろうか。

 

決して猫可愛いだけで設計し、獣神が千夜神殿の方に来ない様に

専用箱を用意して隔離したなどの意図では無いはずである、きっと。

 

「もう箱ごと神輿にでも乗せますかね」

「ふぎにゃあああぁーッ」

 

とりあえず居れば良いかと身も蓋も無い結論に達した従者に、

主たる大神は全力で不満の叫びをあげた。

 

そんな鉄火場に、籠を抱えた老人を乗せた家猫族が歩み寄って来た。

 

てふてふと歩む鉢割れ柄の背に、先日千夜神殿に属した老いた宦官。

ヤークートと名乗った彼の膝の上には、パンの籠があった。

 

「あああだから先輩、ヤークートさんを連れて行かないでッ」

 

そして二足歩行で追い掛けて来る、雉虎柄の雌猫。

奇獣神が拾ってきた、どこぞの男爵家の庶子。

 

只人の血が混ざっているが家猫族の特徴が強いせいもあり、

旧知の小神の薦めに従って、千夜神殿へと出家した令嬢である。

 

突然の闖入者に驚きつつ、その香りに目を見張る犬狼従者。

パンで埋まる籠からは、芳ばしい小麦の薫りが立ち昇っていた。

 

「アルフライラ様から預かったレシピでしてね」

「ほほう、これは白パンですかな」

 

視線を受けて分けられた紡錘型のパンが、軽く割られる。

褐色の外側の中から、白く柔らかい生地が見えて香りが強まった。

 

「大きさも手頃で、何と言うか便利そうな贅沢ですな」

「名はコッペパン(アエーシ・コッペ)と呼んでおりましたの」

 

千夜神殿で生まれ、長く聖域でのみ流通した白パンである。

 

その特徴から信仰の名の下、安易に同じ物を造る事が憚られ、

神殿に関わらない者が手に入れる事は困難を極めた逸品であり、

 

この先にわかり易い贅沢かつ、憧れとしての地位を確立していく。

 

後の世界大戦時にテルバードにて志願兵が殺到した要因として、

糧食にアエーシ・コッペが採用された件が挙げられるほどである。

 

そんな会話を重ねる老人を、箱から顔を半分出して伺う白き獣神。

 

「アビヤド様も、どうですかな」

 

するすると猫神手が伸びて、手に余る程度の大きさのパンを受け、

食べようとした時に、切れ込みを入れて具を挟むなどと聞かされる。

 

青菜や乾酪、酪に炙った塩漬け豚や漬物、或いは甘味など、

滔々とアルフライラが語っていた内容を聞かせる老いた元丞相。

 

「むー」

 

乗せられてますかね私と言いながら、箱を被った白猫が

久々にてふてふと本殿から外へと足を向けた。

 

そのまま食事を機に、家猫族勇士の雌猫班数匹に捕獲される。

 

諸共に洗い場へ連行されて全身水洗いされる事と成り、

身も世も無い悲鳴が響く事に成るのだが、それは後の話であった。

 

 

 

密林を歩む影が在る。

 

緑神の加護篤き精霊の密林。

粗雑な外衣で身を隠し、道無き道を歩んでいく。

 

―― 此は精霊の森、引き返せ

 

どこからか響く声も聞き流し。

 

ならば是非も無しと、樹木の陰から飛び掛かる者たちが居た。

手に持つ法術の札を握り込み、疾(ジャイ)と、起動の文言を響かせる。

 

「呪術剣(ジュンゾレン)ッ」「呪術剣(ジュンゾレン)ッ」「呪術剣(ジュンゾレン)ッ」「呪術剣(ジュンゾレン)ッ」「呪術剣(ジュンゾレン)ッ」

 

泥の仮面を被った5人の森人たちが、法術の刃を生みながら迫る。

対し侵入者は、両の手に剣指を造り左右に振った。

 

伸ばされた人差し指と中指、しかしその指は、鋼の色。

 

「疾(ジャイ)」

 

5本の魔素の光刃を、2本の霊素の光刃が受けた。

 

「双・精霊刀(ヅァンジングリンダオ)」

 

弾かれた森人たちが樹木を足場とし、即座に密林を跳び撥ねる。

 

「おお、よもや精霊刀と刃を交わす誉れを頂けるとはッ」

「よくもまあ、こんな古い法術を伝えているッ」

 

光刃が幾度も交差する。

 

樹木を足場に縦横に飛び回る森人たちに対し、

外衣の不審者は、両の腕を振り回し迎撃を続ける。

 

「その腕、もしや精霊様所縁のッ」

「或いは機械人かッ」

 

衣から外れ見える両の腕は、鋼で造られた機械の腕であり。

 

「疾(ジャイ)、戦輪刃(チャクラム)」

 

言葉に生まれた僅かな隙に、新たな法術が差し込まれた。

 

剣指より生じていた2本の刃が消え、左右に光刃が円を描く。

そのまま空中を飛び、飛び回る森人たちに襲い掛かった。

 

剣が刃を、刃が剣を、空中で幾度も魔素が削れ光が舞い。

 

「下がれッ」

「遅いッ」

 

突然響いた誰かの叫びに、応える様に不審者も叫ぶ。

外衣から突き出した両腕を身体の前に突き出し、捩じる。

 

「疾(ジャイ)ッ」

 

光輪が打ち飛ばしていた森人たちが、全て空中に在った。

密林の樹木の狭間、不審者から見て一直線に固まる様に。

 

「精霊砲(ジングリンリー)ッ」

 

左右に勢い良く開かれた両腕に弾かれる様に、暴力的なまでの

魔素と霊素の奔流が絡み合い森人たちへと迫る。

 

「エミュレート・アルフライラァッ」

 

その後ろから、誰かが飛び出し腕を突き出しながら叫んだ。

 

「次元断層(バロンバーリア)ッ」

 

爆音が密林に木霊した。

 

振動が樹々を揺らし、そこかしこから鳥が飛び立って行く。

やがて静寂が戻り、密林の中で5人と2柱が相対した。

 

霊素を使い切り地に膝をつく機械の乙女に対し、

不審者は衣を脱ぎ捨てながら、淡々と言葉を掛ける。

 

「やはり生きていましたか、ヘスペレトゥーサ」

「お互い様でしょう、プロメテウス」

 

森人たちの前で相対した互いは、精霊の持つ機械の身体の女性体。

 

真っ直ぐに伸びる月光の髪の乙女と、灼けた黄金の髪の乙女。

神話に残る、大神に仕える者たる給仕の聖衣を身に纏っていた。

 

「中枢の貴女は、施設と運命を共にしたと思っていたのですが」

「聞いていませんでしたか、偽典大図書館(タルタロス)の方で裏に居たんですよ」

 

彼らの最初で最後の我が儘でしたからねと、かつての中枢は告げた。

 

「まあそれもあの娘が廃棄しましたし、奇麗に死に損ないです」

 

残念無念と肩を竦め、頭を軽く振るプロメテウス。

そんな有様を見て、緑の大神に仕えた機械の給仕は頭痛を堪える。

 

「それで、何か用ですか」

 

すげえ迷惑なんです、でしたがと雰囲気で語るヘスペレトゥーサに、

わかっているでしょうと告げる顔は、どこかの邪神めいた惑乱の笑み。

 

「仕事も無くなった事ですし、弟の世話に成ろうかと」

「失せろこの住所不定無職」

 

旧神の遺産たちの言い争いは暫く続き、密林に響き続けたと言う。

 

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