青の古都イルカディーム・アズラク。
建物が天然に青みがかった漆喰で塗り固められている街であり、
帝国東南に位置する、過去に青の女神が拓いた港湾都市である。
その街に再度と訪れたアルフライラたちは馴染みの宿を訪ねた後、
ハジャルが船の類を探す間に、港湾の麦酒通りに腰を降ろした。
船乗りたちと街住まいの境目に位置する麦酒通り。
大き目の街路には屋台が立ち並び、そこかしこに椅子が置かれている。
人の群れは酒や料理を片手、好きな場所に座り飲食に耽っていた。
当然にアルフライラたち、お目付けのマルジャーンと番犬のサフラ、
そんな組み合わせの1柱2人も麦酒片手に料理を頼んでいる。
なお、人通りの中では板が普段通りだと場所を取って邪魔なので、
折り畳み変形の末、不格好な椅子の様な形で宙に浮いていた。
ぷらぷらと少女が素足を晒す先の屋台には、炭に置かれた鉄網。
中略千夜茶屋の伝手で紹介された、森人料理の屋台である。
長耳の店主が網の上に米粉を練った生地を乗せ、鶉卵を塗る。
その上に火を通した刻み肉と干し海老を乗せ、葱を振る。
密林蕃椒の油を上から軽く回し掛け、二つ折りにした。
宿場通りから広まった千夜団子と人気を2分しているらしい。
半円の焼き上がりを扇に切り分け、三角生地を麦酒で流し込んだ。
パリパリに焼けた米粉の中、食べ応えの在る肉と海老が蕃椒を纏い、
少女たちの熱と喜びに緩んだ頬が、冷たい麦酒で癒やされる。
麦酒の杯には大量の氷が詰め込まれていた。
古都の麦酒は酒精が弱く、好く冷やし水の様に呑むのが流儀である。
見ればそこかしこに製氷の法術屋台が在り、杯片手の客が並んでいる。
「海と密林が幸せな出会いをしてるー」
麦酒と料理を両手に抱え、まったりと人の営みを寿いだ女神の言葉に、
屋台に視線を投げていた周囲の人々もほっこりとした表情を見せた。
しかし近寄っては来ない、主にサフラが怖いせいで。
「新手の営業妨害の様な気がしてきたわ」
マルジャーンの感想を受け、大柄な剣士は明後日に視線を飛ばした。
やがて食べ終わる頃には陽も陰り、通りには篝火が置かれる。
屋台も軒先に角灯をぶら下げて、夜間の営業に備える姿勢を見せた。
その頃には港より戻ってきたハジャルも合流し、駆け付け3杯、
そのまま森人店主に勧められた屋台へと居を移していく。
紹介された貝物屋台でアルフライラが頼んだ品である。
泥抜きした蛤に、
古都とその周辺、海沿いの土地で貝の類は好く食べられるが、
大抵は食後、食間に摘まむ軽食、宵呑みの肴として好まれていた。
「単純な蒸し貝の旨味に、蕃椒のピリリとした辛みが嬉しい」
さくさくと殻が詰まれ、麦酒に好く合うとご満悦な少女の横で、
新たな杯を用意した呑酒妖怪たちは違う物を頼んでいた。
指で摘まむ程度の巻貝の、空いた穴からつるりと中身を吸えば、
貝の旨味に絡んだ古々椰子の乳が諸共に口中を蹂躙する。
そして口の中を洗い流す様に蒸留酒。
癖が無く、仄かな甘みを持つシンプルな蒸留酒である。
それでも酒精は強く、一息に呑み干した妖怪たちは自らの顔を握り、
空いた杯を椅子の隙間に叩き付けながら震えて唇を歪める。
「カーッ、相変わらず古都の蒸留酒は別物よのおッ」
「意地でも生のまま呑ませてやるって意気を感じるわねッ」
新米酒の仄かな甘みも、新餅米酒の癖の在る様々な味わいも、
何かで割って呑むのが惜しくなる様な魅力を醸し出していた。
「しかし私は割る、と確かに何か物足りない」
「生姜でも入れておけ」
分けて貰った新米酒を軽く割って口にしたアルフライラの、
端的な感想を受け、サフラが傭兵式の新兵相手な対処法を勧める。
言われて素直に生成ジンジャエール割りにした女神と、
氷と炭酸を貰った剣士の目の前で、さくさくと杯を重ねる妖怪たち。
「それで、船の方はどうなったんだ」
酔い潰れる前に聞いておかねばと思い至った剣士からの質問に、
巻貝を吸っていた交渉担当が気楽な声色で返答する。
「おお、大麦島から供物島の植民先に物資を運ぶ船が在っての」
青の商船だが、乗客も幾らか募っていたと補足が入る。
「長期航海は避けたい所よね」
「まったくじゃな」
長期航海の飲食地獄を忌避するマルジャーンからの要望に、
来たるべき船酔い地獄に怯えるハジャルが別角度から同意する。
なので近隣の島の中で最も大きい大麦島に造られた各国の拠点を、
海岸沿いに幾つか回って行く航路の船を選んだのだと語った。
「船は供物島まで向かうそうでな、帰りに拾ってくれるそうじゃ」
沈まなんだらと、笑うに笑えない条件も付け足して。
帝国と黒の神国から植民されている大麦島、そしてその向こう、
大麦島よりも小さな供物島には青の神国が入植している。
遠く極東まで繋がる、各国東西海上交易の中継拠点であった。
「普段は捕鯨船じゃったそうじゃが、件の大戦でな」
大神の大戦に国力を注いだせいで、参加各国は定期航路に負担が増し、
つまりは一時的に商船の数が足りず掻き集めている状態だと言う。
そして大型の甲板に複数の捕鯨ボートを積みこんでいる捕鯨船など、
割りの良い儲け話と、臨時に商船の真似事を行っている現状だと。
「船長は隻眼隻脚の、そうじゃな、夕凪の様な男じゃった」
「何か無駄に濃い悪寒」
事あるごとに輝いた世界で止め絵に成る様な。
酒精が回って来たのか若干要領を得ないハジャルの言葉に、
特に根拠も無いが、思い付いた事を口に乗せたアルフライラ。
そんな益体も無く、そのままに貝の殻と杯は積み重なっていき。
サフラが酔い潰れた死体どもを板に捻じ込む頃には、
すっかりと宵も更けた青の古都であった。