猫と放浪のアルフライラ   作:しちご

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或いは毒で一杯の島 ②

 

宵が薄れる頃合いには、雨音が消えていた。

 

南洋の島々は春先までが雨の季節であり、降雨の機会は多い。

アルフライラたちも雨に見舞われ、宿泊先に留められていた。

 

【挿絵表示】

 

やがて陽が昇り、光が草花の水を乾かしていく。

 

「猫それは、猫つまり、猫素晴らしい、猫故に、猫」

「ねこッ、ねこッ、ねこッ、ねッ、ねッ、ねッ」

 

軽く2弦を爪弾きながら謳うアルフライラの横で、

ハイライトの消えた瞳で声を合わせるマルジャーンが居た。

 

雨の間、邪神が暇潰しに人を洗脳して遊んでいたらしい。

 

そんな猫汚染空間からさりげなく安全距離を確保していた男性陣は、

荷物の中から鰐梨(アボカド)を取り出して刃物で割った。

 

軽く檸檬を絞り、器の中で潰す。

 

そのまま器を回し取り分け、軽い朝食へと移行した。

潰した鰐梨、行きの船内で教わった船乗りの軽食である。

 

「うーん、南国の朝」

「まあ砂漠では出て来ぬ品目よの」

 

匙でネットリとした鰐梨を食みながら、開拓者たちは朝を過ごす。

 

滞在している硫黄の村の者たちも動き出していて、視界の中、

籠の付いた天秤棒を担ぎながら、切り出し場へと登って行った。

 

硫黄の村、山頂より切り出した硫黄で生計を立てている村である。

 

旧来は鬱蒼と翠が萌える山道を登り、切り出し場へと向かっていたが、

近年に岩場から直通の登山道が拓かれ、皆はそれを使っていると言う。

 

そして古い登山道と作業小屋は、観光のために残され整備されていた。

 

「雨もあがったし、今日は登れそうかな」

「降雨の備えだけはしておく感じじゃな」

 

「ねッ、ねッ、ねッ、ねッ、げふぉッ」

 

汚染から返ってこない犠牲者に対し、剣士が手刀で初期化を入れる。

 

そのまま何だかんだと四方山な騒ぎの内、気が付けば陽も高く。

昼頃に硫黄の香る村より出て、観光の路へと歩を進めた。

 

鬱蒼と茂る翠の中に通る、長く踏み固められた土の路。

雑草すら生えない岩場を貫く新登山道とは、随分と趣が違う。

 

「水場がこっち側とは言え、随分と風景が違うなあ」

「切り出し場の方は、山の毒が零れておるからのう」

 

山頂の火口湖は強い酸性の毒泉であり、そのまま海まで流れる道、

毒の渓谷に沿って新たな登山道は拓かれていた。

 

「おや、開拓者の皆さん」

「商人さんたちも登山かな」

 

そして昇り始めた頃合い、既知の観光仲間に巡り合う。

 

雨が上がったから登る事にしたと、互いに同じ考えだった事を語り、

そのまませっかくだしと、同行する事にして山道を登りはじめた。

 

道を踏みしめる度、商人夫人のたゆんたゆんがたゆんたゆんしている。

 

人類の叡智に目を奪われ、揺れる度に頭が上下する神の姿に、

とは言え相手は少女だしと、護衛の若者が対応に困った顔をする。

 

そして結局何も出来ず、アルフライラの首から破滅の音がした頃、

道中に在ると聞いた、古代の遺跡が残る広場へと辿り着いた。

 

開けた空間に、環状列石を乗せた石造りの台座が存在している。

 

正18角に並ぶ石柱は1本足りず、そこに階段が付けられていて、

登ってみれば祭壇染みたそこに、巨人を模した石像が置かれていた。

 

「ああ、確かに瞳の多い鉄の巨人」

 

地元の伝承に謳われた英雄の像を見て、アルフライラの嘆息。

 

足元には幾何学模様、3つの6方星を等間隔にずらした形に、

18の方角へと線が引かれ台座を彩っていた。

 

「流石に古いだけあって、石柱も結構壊れておるのう」

「て事は、古代文明でも後期の方って事かな」

 

瞳を持つ風車、武骨な鎧武者、様々な化生が彫られた石柱は、

ある物は罅割れ、ある物は折れ朽ち果て、往時の姿を失っている。

 

前期ならば生半可な事では破損しないはずと、そんな理屈である。

 

そして古代の浪漫に絡めとられたハジャルとアルフライラに、

既に絡めとられていた商人が近寄って提案を述べた。

 

「村長が、古代語の文献を幾つか保管しているそうなんですよ」

 

「ほう、ワシかアルなら普通に読めそうじゃな」

「これは後で村長に全力するべきか」

 

数少ない無疵の柱、首無しの怪物が彫られたそれを撫でながら、

人と神が傍迷惑な下山後の計画を立て始めた。

 

くふふさんとほくそ笑む邪神と魔王と商人の有様に人々は引き、

少しばかり心と共に距離を離しつつ、登山の路へと舞い戻る。

 

後は山頂付近の作業小屋へと向かうだけと言う所に、

道の先、騒々しく騒ぎながら下山してくる集団とすれ違った。

 

商人の護衛とサフラが、静かに前に立つ。

 

雇われの現地人を荷物持ちとした、身形の良い幾人かの若者。

彼らは爆乳夫人と俎板の美少女を目にし、軽く口笛を吹き。

 

伸ばした手は幾度か掃われ、板の障壁にぶつかり突き指をし、

堪らずの下卑た物言いには、そっとマルジャーンが神の耳を塞ぎ。

 

そのまま舌打ちをしながら去って行った。

 

「うーん、何と言うかお盛んな人々」

「こんな見るからの厄ネタにまで、手を伸ばすかのお」

 

呆れた声色のアルフライラに、呆れた声色でハジャルが応える。

 

「サフラと護衛の人が居なかったら、絡まれてたかもね」

 

肩を竦めたマルジャーンの言に、怯えた夫人がたゆんと揺れた。

 

「そこで粘らないから駄目なのだー」

「いやアルよ、お主どっちの味方じゃ」

 

普段から男日照りの互助会たちや、砂漠の酔っ払いなどに

散々と関わっていた分、助平には意外と寛容な女神であった。

 

しかし舌打ちで去っていく様なヘタレには厳しい。

 

そんな少女の有様に毒気を抜かれた空気で、登山は再開される。

やがて陽も傾いた頃、山頂近くの作業小屋にまで辿り着いた。

 

「あるぇ」

 

そして、中を覗いた女神の困惑。

 

倒れたままに放置された椅子や壊れた机、割れて水が尽きた水瓶、

置いてあるはずの食糧は消え、何故か壁には穴が開いている。

 

あいつらかと激昂するマルジャーンたちを背に、板娘は無言。

黙々と作業用ハンドで各所を片付け、水瓶を生成し水を湛えた。

 

他の者も作業に入り、片付いた頃合いには陽も暮れて。

残っていた薪で湯を沸かし、僅かな野菜屑を煮込む夕餉。

 

【挿絵表示】

 

「これは、寂しいわね」

 

マルジャーンの引き攣った声色に、仕方ないにゃあと神が応えた。

 

そっと板から生えた鍋を取り出して、蓋を開ける。

パンの実と香辛料の香ばしい香りが漂う、肉を煮込んだ黒い汁。

 

「こんな事もあろうかと、空いた時間に延々と牛肉を煮込んでみた」

 

黒い汁(ラウォン)、レシピは村で聞いたとアルフライラが語った。

 

「うっわ、牛なのに匙で崩れるほどホロホロ」

 

呆れた声色の感嘆をマルジャーンが述べ、男性陣は頬を緩める。

そして匙を咥えた商人夫婦と護衛は、見事なまでに固まっていた。

 

「港湾の方でも同じ料理を頂きましたが」

 

山小屋で出てくる物では無いと、かろうじてそれだけを零す。

 

その時、アルフライラの右腕を縛っていた布がずり落ちた。

下に在る例の紋章を目にした商人が、あれは特級調理神の以下は略。

 

定番の展開にご満悦な少女が食器を片付けた頃合い、

屋根より吊るされた角灯を外し、夜の中を全員が移動した。

 

目的の地、山頂を臨む見晴らしの良い岸壁。

 

暗闇の中、火口湖より零れた青白い炎が渓谷に注がれ、

そのまま揺らめきながら河と化して、遥か海原へと注がれている。

 

【挿絵表示】

 

交易路にて南方に謳われた、蒼き炎の流れる河。

 

「おおお、めっさ燃えてるッ」

「何ともまあ、不思議な光景よのお」

 

不思議に耐性が在るせいか、アルフライラとハジャルだけが騒ぎ、

他の面々は目を丸くして眼前の光景に見入っていた。

 

「してあれは、火山の毒かの」

「だね、高温高圧のそれが外に噴出したから燃えている」

 

地中より噴出した硫黄ガスが外気に触れ燃焼している。

比重が重いそれは零れ落ち渓谷に注ぎ、山肌を降っていた。

 

しみじみと納得に頷く感動が薄い互いの後ろで、呆けたままの面々。

 

しまったもう少し空気を読んで感動しておくべきだったかと、

人の心が薄い1柱1人が後悔した頃、ようやくに歓声が上がった。

 

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