精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第9話

「……意外だな。警備はそこまででもないようだ」

 

 訪れたクレール伯爵領・領都『クレイア』の警備状況は物々しいものではなかった。警邏の兵がいないわけではないが、領民が気にした様子を見せないことからして、警備状況としては極めて一般的と判断していいだろう。

 洒落たカフェ。案内された二階のテラス席から通りを見下ろしたイオリは、注文した飲み物で喉を潤すや、そう零した。なお、品物が届いた時点で、周りに会話内容がバレないようにドグマを行使してある。

 

「まあ、この街はベルトラム王国でも東寄りにあるしね。ガルアーク王国に通じる主要な街道が通っているからベルトラム国内においては重要な重要な交易拠点ではあるのだけれど、それでも『地方都市』の範疇を出るものではないし、ハッキリ言えば『田舎』なのよ」

 

 自らの故郷にも拘らず、或いはだからこそか、セリアの評価は辛かった。

 

「その前提で、大々的に開催した結婚式に乱入者が現われ、来賓なんかも招かれている中で白昼堂々と花嫁を攫われた。言い訳のしようもない不祥事ね。現在のベルトラム王国において権勢著しいアルボー公爵家嫡男――シャルル・アルボーの結婚式なれば尚のこと。いずれ国内外に広まるのは避けられないにしても、権勢の低下を防ぐためには相応の工作が必要となるわ。ただし、焦っているように見られるのも不味い。ユグノー公爵家という対抗馬がいるのも事実だしね。大差をつけて優位に立っていたのは事実だけど、今回の一件が影響を及ぼすのも間違いはない。何せ、式場警備の指揮は他ならぬシャルル自身が取っていたようだしね。ただでさえシャルルは過去に近衛騎士団団長の座を失ったりと失点が目立っているのに、加えて今回のこれでしょう? 当代であるヘルムート・アルボー公爵が当主にいる間は良いとしても、当主が交代した暁にはどうなるか……。それを考えると、アルボー公爵家としてはこれ以上弱みと見られかねない行動は取れないのよ」

「その状況に勇者召喚が重なりましたからね。たぶんベルトラムにも勇者が召喚されているでしょう。それは失点を起こしたばかりのアルボー公爵家にとっては逆にチャンスにもなります。勇者への対応次第で失点は取り戻せますからね。ただ、その分だけそちらに人手が取られるのは確かでしょう。花嫁が故郷に姿を現すかもしれないと想像できても、そんなにすぐには派遣できませんよ」

 

 そこまで言われればイオリにも分かった。

 

「そのアルボー公爵家とやらの派閥には風見鶏が多いわけだ。現在の当主が力を持っているのは確かだが、力で周りを黙らせているにすぎす、信望は低いのが実情ってことか」

 

 力で黙らせているから信望なんかは弱く、それだけに人が離れていきやすい。そういう土台を抱えているのが、アルボー公爵家ということらしい。

 だからこそ、勇者への対応も人任せにはできない。どうせ隠し切れないのだからと、セリアの一件に関しては見切りを付けた可能性もある。やり手の貴族なればこそ、損得勘定は得意だろう。

 

「ま、アルボー公爵家に限らず、貴族ってのは多くがそんなものだけどね。位が高くなれば高くなるほど、信からは遠ざかっているのが実情よ」

「先生は例外ですけどね。そんな貴族の中にあって、信を重視していますから」

 

 肩をすくめて言うセリアに、リオが笑顔で告げた。途端、セリアの頬が赤くなる。

 

「確かにな。俺も先生の人間性は嫌いじゃない」

 

 イオリもリオを援護した。

 別にイオリはセリアの生徒というわけではないが、セリアの名前を呼ぶのも不味い。ここはセリアの故郷なのだから、セシリアという如何にも取って付けたような偽名も不味い。リオ同様、現在は魔道具で髪色を変えているセリアだが、その顔だちまでは変わっていないのだ。故郷ということもあり、バレる可能性が一際高いのは否定できない。今現在は話の内容が分からないようにドグマで誤魔化しているが、ずっとというわけにはいかない。そのため、リオに倣って先生呼びで通しているのだ。

 

 セリアの顔はますます赤くなった。

 

「ところで、アルボー公爵が迂闊に動けないってのは分かったが、じゃあクレール伯爵はどうなんだ? 実の娘が攫われたんだから、人を出して然るべきだろう」

 

 怒られる前にイオリは話題を変えた。

 

「そりゃあ人は出すでしょうけど、前述の通り、勇者召喚とタイミングが重なっちゃったからね。個人的な感情はどうあれ、王国貴族としては勇者の方を重視して動かざるを得ないでしょう。それに、お父様の本拠地はこちらだからね。ただでさえ王都にいる状況じゃあ動かせる人員にも限りがあるのに、勇者の方にも人手が割かれるんだから、そう簡単には……。状況的にお父様は王都を離れられそうにないから、飛行船も動かせない。お母様を一足早くこちらに返す手もなくはないのだけど、お母様は病弱だからね。私の結婚式ということで王都に顔を出したけど、本来ならここと王都間の移動すら辛い身なのよ。お母様が実行しようとしても、まずお父様が許さないでしょう。そうなると、使いは時間は掛かるけど陸を走るしかないのだけど、いつ魔物と遭遇するかも分からないから、人数なり装備なりも整える必要があるし……」

「また、あの場面を目撃した者にとって、花嫁が攫われたのは彼女自身が目的とされたわけではなくシャルル・アルボーへの恨みから、という認識でしょうからね。実行犯はシャルルに対し、『あんたに恨みがある』、『あんたには恥をかいてもらおう』と言い残してますし」

 

 つまり、リオはセリアを攫う際にそう言ったわけだ。

 

「……なるほど。そういうことなら、花嫁や領都については取り敢えず安心できるか。厳重警戒が敷かれる中、白昼堂々と花嫁を攫って見せた以上、襲撃者の実力は並大抵ではない。だからこそ、逆に花嫁の安全性は高まったと見ることもできる。言ってしまえば『道中の護衛』だと思えばいい。また、あくまでもシャルルへの恨みからの行動であるのなら、黙っていてもそのうちに花嫁は解放される可能性がある。むしろ、ヘタに追いかけると逆に花嫁の身を危険に晒しかねない。そう判断しても不思議はないだろう」

「そういうことね。両親なら思い至るでしょう。ただ、確証はないからね。娘としては、少しでも早く安心させたいのよ」

 

 複雑な表情を浮かべながら、セリアは言うのだった。

   

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 夜半、一行はクレール邸を窺っていた。

 

「流石に屋敷の警備兵が皆無というわけにはいきませんか……」

「まあ、それはね。曲がりなりにも貴族の家だから」

 

 実際はどうあれ、セリアは結婚式の最中に攫われたという体裁を崩すわけにはいかない。そのため、如何に自宅であろうと堂々と訊ねるわけにもいかない。そうなると、忍び込むしか選択肢はなかった。幸いにして、セリアの家には一般には知られていない隠し部屋と、そこに繋がる隠し通路がある。

 

「まあ、見たところ穴はある。仕方のないことだろうが、警戒はドアや窓に向いているしな」

 

 普通に考えて、侵入者がいるなら目的は邸内ということになる。である以上、出入り口として機能するドアや窓に警戒が向くのは仕方のないことだ。そりゃあ放火の可能性などもないわけではないが、いちいちそこまでは考えていられないだろう。放火目的であれば、敷地外から火炎瓶を投げ入れるだけでも事足りるのだから。

 

「言われてみれば……。そこまで気にしたことはなかったわ」

 

 イオリの言にセリアは頷いた。侵入する側になって、初めて警戒網の実態に気付いたのだろう。

 

「ま、何にせよ助かるわ。ついてきて」

 

 セリアは背を低く屈めて先導する。どんどんと屋敷から離れていき、庭園の外れへと到達した。視線の先には噴水がある。

 

「あの噴水に?」

「うん、そう。屋敷から見て裏側の地面に、隠し通路の出入り口があるわ」

「二人とも、手を。巡回の兵士も近くにはいないようだが、念のために安全策を取る」

「安全策?」

「ああ、跳躍のドグマで跳ぶ。分かりやすく言えば、あの噴水まで転移する」

「て……ッ」

 

 転移と聞いて思わず叫びかけたセリアの口を、瞬時にリオが塞いだ。

 

「可能なんですか?」

「この程度の距離ならな」

 

 事も無げなイオリの言葉に、二人は自信の程を認識する。素直にイオリの手を握った。

 

「SALIRA……!」

 

 そしてイオリがそう口にした次の瞬間、三人とイオリの肩に止まるホープスの姿は噴水の傍にあった。

 

「驚いた……。本当に転移してる……」

 

 言葉弱げにセリアが呟いた。

 転移と言っても結局は目に見える程度の距離だ。歩いたところで然程時間は掛からないだろう。それは間違いない。しかし、その程度の距離だとて、魔術で同じ真似をしようとするとどれだけ苦労することか。自身が魔術の研究者であるからこそ、セリアはその難度の高さに想像がつく一方で想像がつかなかった。

 

「確かに……。まさか魔道具に頼らずして転移を行うとは……」

 

 驚いているのはリオも同じだった。時空間魔法は難易度が高い。便利使い著しい岩の家も時空間魔法を使われているが、リオはあくまでも精霊の民より与えられた物を使っているに過ぎず、純粋な術としては自分でも未だに使えない。

 

「驚くのは分かりますが、今は手早く入り口の開放を」

「ッ……! それもそうね。確かこの辺りに……」

 

 イオリに促され、セリアは地面を探る。

 

「あった! あとはこれをずらせば……」

 

 程なくして隠し通路の出入り口を発見したセリアだが、そこから先が進まなかった。出入り口を出すためには石のタイルを動かさなければならないのだが、セリアでは非力過ぎたのだ。

 

「手伝います。こっちに動かせばいいんですね?」

「うん、そう。ありがとう」

 

 入り口の開放は二人に任せ、イオリは周囲の警戒に当たっていた。今いる場所は警戒が弱いが、それでもいつ巡回兵が来るか分からないのも事実だ。

 

「開いた……!」

 

 流石と言うべきか。セリアが苦戦したタイルをリオは軽々と動かした。姿を見せた隠し階段をそそくさと下り、忘れずにふたを閉める。開けっ放しにしておいた方が出やすいが、それで侵入に気付かれては元も子もない。

 備え付けのランタン型魔道具に明かりを灯したセリアに先導され、一行は地下通路を進む。

 やがて広々とした空間に躍り出た。おそらくは屋敷の真下か斜め下といった辺りか。

 イオリとリオが視線を巡らせている間に、セリアが室内の明かりを灯した。

 正面奥には上層へと通じる階段があり、左右にはいくつもの扉がある。

 

「正面の階段は屋敷に繋がっていて、左右の扉はキッチンとか寝室とかね。この地下室自体が、緊急時の居住空間になっているのよ」

「踏み込まれない限りは籠城も可能ということか……。ところで先生、地下室の中でも特に使わなそうな部屋とかはありますか?」

「え、どうかしら……? 基本的には使われることのない場所だし……。それとて絶対じゃないから、お母様が定期的にここの掃除をしている筈だけど……。私が思い浮かぶとすれば精々が物置だけど、それがどうかした?」

「一応というか念のためというか、敷くだけ陣を敷いておこうかと思いまして……」

「陣っていうと、ドグマのよね? 何に使うの?」

「長距離転移用のですね。と言っても、ここに陣を敷いただけではまだ使えませんけど……」

「長距離転移ですって!? 詳しく!」

 

 イオリの言葉を受け、セリアは瞬く間に血相を変えた。興奮を露わにイオリへと詰め寄る。

 

「それではマスターが話せませんよ、セリア様。ここは代わりに私が説明しましょう」

 

 呆れた眼差しで二人を見ながら口を開いたのは、いつの間にか避難していたホープスだ。

 

「この世界の生まれであるご両者には申し訳ありませんが、前提として、この世界は特に移動と連絡が不便なのです。短縮できるものなら短縮したいと考えるのは、当然のことでありましょう」

「まあ、そう言われれば否定はできないわね。私たちは精霊術やらドグマやらで空を飛んでここまで来たけど、そうじゃなかったらこんなに早くは着いてないでしょうし……」

「ええ。しかし、広く普及している魔術では転移など夢のまた夢。そうなると大々的に使うわけにはいきません。かと言って使わなければ、各地の移動だけでどれだけ時間が掛かるか分かったものではありません」

「それも同意ね」

「そして、マスターの主目的は地球への帰還ですが、自分たちだけが帰れればそれで良いとする人物でもありませんのでな。平たく言えば勇者として召喚された者たちを放ってはおけません。ただでさえ難度の高い次元間移動です。同行人数の増加や時間軸の調整など、条件が増えれば増えるほどに難易度は増していきます」

「イオリの人柄を考えればそうでしょうし、ドグマについても、何より重要なのは破壊の意思だって言っても、理屈で考えるならそうなるでしょうね」

「ドグマの場合、次元間移動には主に二つの方法があります。跳躍のドグマと開門のドグマです。平たく言えば、前者が術者本人やその隣接者などの少人数向け、後者が多人数向けとなります」

「ああ、なるほど……」

 

 前世の知識があるからだろう。リオが理解した様子で頷く。

 事実、彼の脳内には往年の名作である青ダヌキの姿が浮かんでいた。あの作品には様々な道具が登場し、その中には時間移動を可能とする道具も長距離転移を可能とする道具も存在する。しかし、転移道具の方はドアを開いて潜るだけだが、時間移動の方は登場可能人数に限りがあった。

 確かにフィクションではあるのだが、それを思えばホープスの言葉にも素直に頷けた。

 

「さっき使ったのは跳躍のドグマだったわよね?」

「ええ。しかし、跳躍のドグマは目に見える範囲への転移こそ比較的容易なものの、そうでなければ難易度は途端に高まります。目印にしていた建物がいつの間にか解体されていた、などと言う出来事は珍しくもありません。『いついつのここへ』とイメージしたところで、その時点で肝心の建物が無くなっていれば、イメージの齟齬により術は容易く失敗に終わります」

 

 リオとセリアは頷く。

 

「開門のドグマの方は、そこら辺の設定がもう少し楽と言うか、融通が利くんだ。ただ、難易度が高いのも、使ったことがないのも確かだ。そんな状態で、ぶっつけ本番での次元間移動は正直に言ってしたくない。多少難易度を下げたうえで、事前にある程度の練習をしておきたいってわけだ」

 

 息を整えたイオリが説明を引き継いだ。

 

「なるほど。この地下室は知る者自体が限られているし、今後の拠点となるだろうガルアーク王国からも離れている。長距離転移の練習には打ってつけってわけね?」

「そういうことですね。ただ、あくまでもこちらに敷くのは出口の一つとして機能させるための陣です。実際、まだ正式な拠点が定まっていないのも事実ですからね。そんな状況で、メインの出入り口となる陣を敷くわけにはいきません」

「メインの入り口となるAと、それと繋がる出口となるB、C、D……を用意する必要があるということですね? まだAすらも用意してませんが、都合が良いので今のうちにBをここに用意すると。そして、あくまでもBから移動できるのはAだけであり、BC間や、BD間、CD間の移動はできない。また、現時点においてAを用意できる保証はない。……間違ってますか?」

「いや、その解釈で合ってる」

 

 前提として、人目に付いてはならないのだ。そして確たる地盤のないイオリとしては、拠点を得るのも容易ではない。現状で一番可能性が高いのはガルアーク王国のフランソワ国王から与えられることだが、その内容次第ではメインとなる陣を用意できるかも分からないのが実情だ。

 とはいえ、人目に付かないからと山の中などに用意するのも問題がある。陣を敷いた場所を魔物やら山賊やらが占拠しない保証はないからだ。陣を敷く以上、最低限の安全が確保されているのは必須である。

 

「未来は未定として、もし使えるようになれば私も使っていいのよね?」

「それはもちろん」

「だったら構わないわ。敷いちゃって。転移なくて不可能で当然。出来るようになるだけで儲けものよ」

「分かりました。感謝します」

「いいわよ、御礼なんて。実際に使えるようになれば、こっちこそ助かるんだから」

 

 セリアの許可を得たイオリは、ホープス監修の下、クレール邸の地下室にせっせと転移用の魔法陣を刻むのであった。




一度使えば、後はオンオフを切り替えるだけで済むドグマもあると思うんですよね。野営時でも戦艦に居を移してからも使える以上、ホープスの研究室とかそんな感じですし。

X本編で世界間移動に使われる開門のドグマですが、本作では独自設定を入れて出口の調整が利くようにしてます。『開門』なので、あくまでも門を開くのが主であり、出口は同一世界内にも異世界にも設定できる解釈です。当然、異世界の方が難易度は高いですが。
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