精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第10話

「家族に書き置きは残したから私の用件は済んだし、この後はガルアーク王国の王都に向かうのよね?」

 

 クレール邸の地下、出発前にセリアは改めてこれからの予定を問いかけた。

 

「そうなります。本音を言えば面倒極まりないですし遠慮したいんですけど、国王陛下直々に召喚状を用意されてはそういうわけにもいきませんからね。それにまあ、イオリたちや美春さんたちとも知り合ってしまった以上、その友人であり、ガルアーク王国に勇者として召喚されたという皇沙月さんを放っておくのも気が引けます。どうせ関わらざるを得ないなら、俺の目的を果たすために精々利用させてもらいますよ」

 

 最初は億劫そうに口を開いたリオだが、やはり根本的な部分で人が好いのだろう。その一因となったイオリが目の前にいることもあってか、納得済みだと笑ってみせた。

 

「そういえば、ハルトの目的って何なんだ?」

「あまり前向きな目的じゃあないんですが、端的に言えば復讐です。俺は俺の母親を、もしかしたら父親をも殺した相手に復讐することを、目下の目的にしているんです」

「復讐……か。確かに前向きな目的とは言えないな。だがまあ、止めろとは言わないさ。出会って短いながらもお前のことはそこそこ知ったつもりだしな。そんなお前が復讐を決意する以上、その相手は余程の悪党なんだろうさ」

 

 リオの目的を聞いたイオリは、肩をすくめながらも理解を示した。日本人的な感性で言えば窘めるべきなのかもしれないが、イオリはそんな真似ができるほど純粋ではない。世の中、どうしようもない悪党や、それこそ悪の化身とでも言うべき存在は実在する。今のイオリは、それを実体験で知っているのだ。

 それに言葉通り、ある程度はリオの人柄を知っているのも大きい。イオリの感性で評すなら、ややドライな部分がありはするものの、リオは間違いなく善人である。そんな彼が復讐すると定めたのなら、余程のことだと思わざるを得ないのだ。

 例えば、双方が取り交わしたルールの下で決闘が行われ、その結果として亡くなった、とかであれば、怒りはすれども理解は示しそうなのが、イオリの知るリオである。

 

「……意外ですね。日本人のイオリには忌避されるかと思ってました」

「アル・ワースに召喚されてなければそうだったかもしれないがな。あの世界での経験がある以上、復讐を目的にしているからといってリオを避ける理由がないよ」

「そうですか……」

 

 イオリの言葉を受けたリオは微笑を浮かべる。リオもまた日本人的な感性を持っているからこそ、受け入れられるか不安があったのだろう。

 

「良かったわね、リオ」

「そうですね」

 

 セリアがリオに笑いかけ、リオもまた笑みを返す。

 

「それで話を戻すんだけど、もし余裕があるならガルアーク王国の王都に向かう前にロダニアに行ってみない? その後はまたアマンドに」

「ロダニア?」

 

 イオリは首を傾げる。短いながらにこの世界のことを勉強中ではあるが、追いついていないのが実情だった。

 

「ベルトラム王国にある、ロダン侯爵領の領都です。……なぜロダニアに?」

「ロダニアにも勇者様が召喚された筈だからよ。……六賢神と聖石云々の逸話は、学校の授業で教えるくらいにはメジャーだわ。それを心底から信じている者がどれだけいるかはともかくね」

「それは……そうだろうな。そこら辺は信仰心とはまた別の問題だろう。いくら何でもスパンが長すぎる。普通に考えて人間が生きてはいられない」

 

 千年の後に勇者が再び現れると言われても、多くの者は信じないだろう。対象が対象だから言い残しはするものの、結局はその程度だ。伝えられた側も、自分が生きている間には起こらないとなれば、大半が無関心を決め込むだろう。ただ、やはり対象が対象だけに惰性で言い残しはするだろうが。

 そうして惰性が続けられ、いざその時を迎えたのが現在だ。

 

「アルボー公爵との政権争いに負けて王都にいられなくなったユグノー公爵だけど、その権力が無くなったわけではないし、支持者がいなくなったわけでもない。その筆頭がロダン侯爵ね。ユグノー公爵は流石の強かさを見せて、王都を去る前に第二王女であるフローラ様を担ぎ上げ、聖石の一つも持っていったのよ。……王族が聖石を持っていったところで、咎め立てられるのはより上位の王族くらいなものだものね。そして今の王家にとってアルボー公爵家は望ましい存在ではないから、わざわざ咎める理由もない」

「強権を振るう配下なんぞ、トップにとっては望ましい存在ではないか。双方に確固たる信頼関係があればまた別だろうが、話を聞く限りじゃあとてもそうは思えないしな……」

 

 ベルトラム王国の伯爵令嬢である手前口には出さなかったが、イオリはベルトラム王国の存続に懐疑的だった。どうにも『高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)』がきちんと機能していないように思えたからだ。リオへの冤罪といい、庶民を見下しているように思えてならない。

 そもそも、リオに対する扱いからしておかしいのだ。詳しく話を聞くと、リオは前世の記憶に目覚めた直後、誘拐されたフローラ王女を助けたらしい。その恩賞として学校へ通うことが許されたらしいのだが、周りは皆貴族ということもあり、こぞってリオを見下したという。

 まず、その時点でおかしい。真に忠誠心ある貴族であるならば、たとえ未熟な子息令嬢であろうとも、王女を救ったその功績を称えるべきだし、認めるべきなのだ。実際、魔術は別として、リオはそれに相応しい実力を披露してみせたらしい。

 そして何やかやとありつつも、最終的にはリオが冤罪にかけられた。それはリオが貴族ではなかったからだ。スラム育ちの移民の子だからこそ、王女を救った恩賞として入学させたはずのリオに対し罪を被せることを躊躇わなかった。

 この時点で、本人の人品や能力ではなく、血統ありきでものを考えていることが否応なく分かる。そして、偶に能力のある者が現れても、下民のくせに、下級貴族のくせに……と、嫉妬が渦を巻く。それが常態化しているのだ。

 しかも、小国ならまだしも、大国でそれだ。イオリとしては、もはや行き詰まりを迎えているとしか思えなかった。

 

「ともあれ、そのロダニアにも勇者がいる可能性が高いわけだ。……確かに、確認するだけ確認してもいいかもしれないな。今がどうかは分からないが、俺が王都を発った時点では自国以外のどこに勇者が召喚されたかも正確に分かってはいなかった。精々がセントステラ王国とベルトラム王国にも召喚されているだろう的なものだ」

「召喚されてからある程度の日数が経ったのも事実ですけど、通信網の脆弱さもあって、未だ情報は錯綜しているでしょうしね。信憑性には欠けるのが正直なところでしょう」

「じゃあ、ロダニアに行ってみるってことでいい?」

 

 反対意見は出なかった。

 

「ロダニアは分かりましたけど、アマンドはまたどうして? 買い物は済ませたばかりですし、前世の記憶持ちと思しきリーゼロッテ会頭は不在でした。行く理由はこれといって無いように思えるんですが?」

「落ち着いて考えてみると、そうとも言い切れないと思ったからね。確かに都市間・国家間の移動となれば時間が取られるのは事実なのだけど、クレティア公爵家の娘で自身もリッカ商会の会頭となれば、自前で魔導飛行船を所持していると思うのよ。また、如何にてんやわんやとはいえ、いつまでも他国の貴族を留め置ける筈がないし、会頭の方もそれは同じでしょ。そりゃあ商会の会頭だし、他国まで足を伸ばしたついでに商談なんかを行っていてもおかしくはないけど……」

「入れ違いで帰っている可能性もある、と。確かに、そう言われたら否定はできないな。そういうことなら、然程の手間でもないしアマンドにも寄ろうか。物資だって何一つとして消費していないわけではないし、会頭が不在でもまるっきり意味がないわけじゃない」

 

 クレール伯爵とリーゼロッテ会頭との決定的な違いが、所属国の違いである。どれだけアルボー公爵の権力が強くとも、それは国内の話でしかない。元々の地盤が違う以上、他国の貴族にまで完全に通じる筈がないのだ。

 まして、リーゼロッテは貴族として見れば公爵令嬢に過ぎないが、視点を変えれば巨大商会のトップという顔を持っているのだ。それこそ、その商品はベルトラム王国にも人気がある。無理に国内に留めることで彼女の気分を害し、それによってベルトラム王国への輸出を禁止されれば、更なる不祥事になってしまう。

 そして重要なのが、一行がアマンドを訪れて確認した時点で、既に勇者召喚からある程度の日数が経過していたことだ。

 それらを鑑みれば、確かに入れ違いになっている可能性は否定できなかった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「すみません。俺たちは旅の者なんですけど、何日か前、巨大な光の柱が立ち上がったじゃないですか。ここら辺からも立ち上ってたように思うんですけど、あれって何だったんですかね? 何か分かります? 今までに立ち寄った町なんかでも訊いてみたんですけど、ハッキリとは分かっていないところばかりで……」

「ああ、光の柱か! あん時は俺も驚いたよ! 侯爵様の発表によると、どうも勇者様が召喚されたらしくてな。今のロダニアじゃあ、その話題で持ちきりよ!」

「勇者!? 再び勇者様が現れるって話は知ってましたけど、てっきり箔付けかなんかの作り話だと思ってましたよ」

「おいおい、正直だな兄ちゃん。ま、俺も似たようなもんだがな。実際に信じていたのなんて、よっぽど敬虔な信徒くらいなもんじゃねえか? それが本当に現れたもんだから、揃いも揃って掌返しよ!」

 

 適当な屋台でちょっと多めに注文しながら話題を振ると、呆気なく情報が手に入った。ロダニアには確かに勇者が召喚されたらしい。

 店主に礼を言ってイオリたちは屋台を離れた。その後も別の屋台を訪れては同じような話題を振って情報の裏付けを取る。

 

「簡単に情報が手に入ったのはいいけど、ちょっと拍子抜けね」

「まあまあ。楽に越したことはありませんよ」

「取り敢えず、大衆レベルに勇者の召喚が広まっているのは間違いないな。領主であるロダン侯爵が積極的に喧伝しているようだし、信憑性も高いだろう」

 

 情報が手に入った以上、長居する理由もない。ついでとばかりにご当地品や特産品を購入して、一行はロダニアを後にした。人目に付かないところで空を飛び、そのままガルアーク王国を目指す。

 そうして、クレティア公爵領に差し掛かった辺りでそれが目に入った。

 

「何だ……?」

 

 空を飛んでいる自分たちと同じ高さに何かがいる。まだ遠めなのでハッキリとは分からないが、どうにも魔導船ではないように思える。

 やや速度を落としながらも進んでいくと、ハッキリと姿が分かる位置にまで近付くことができた。

 

「あれは……ドラゴンか?」

「ですね。ブラックワイバーンです。飛竜の上位種で、亜竜種の頂点に君臨する存在と言われています。……こんなところにいるのは珍しいな」

「って、二人ともなんでそんなに落ち着いてるのよ!? 亜竜とはいえ竜よ竜! しかもブラックワイバーンよ!」

 

 イオリとリオが言葉を交わす中、リオに抱きかかえられているセリアが慌てふためく。

 

「まあ、あれではないし、こことは違う世界でだけど、ドラゴンとは何度も戦ったことがあるし」

「俺は以前にも戦って倒したことがありますから。実際、俺の戦闘服だって、その仕留めたブラックワイバーンが素材ですよ。まあ、俺が仕留めたのに比べると、あれはかなりの大型のようですが……」

 

 イオリとリオの言葉を受けて、セリアは暫しの間呆気にとられた。信じないわけではない。この二人の非常識さはよく知っている。それでも、流石に予想の斜め上の返答だったのだ。

 

「よく見ると、あれを発見した飛行船が手近な町に降りているみたいだな」

 

 空に浮いているからこそ、イオリの言葉の正しさが分かった。

 

「あら? あれは……」

 

 そんな中、セリアは何かを発見したらしい。身体を乗り出して目を凝らしている。場所が場所だけに非常に危なっかしい。

 

「ちょ!? どうしたんですか、先生?」

 

 流石のリオも慌てるが、同時に疑問を抱く。セリアは慌ただしいところがないとは言わないが、それも時と場合によりけりだ。本来なら、この状況下でこんな行動を取る人物ではない。

 

「ああ、ごめん。船に描かれた紋章がね。あそこの町に着陸している二隻の船なんだけど……」

「ああ、あれですか」

 

 セリアが指差した先には確かに町があり、湖には二隻の船が浮いていた。リオはその旗を注視する。基本、旗には誰の船かを示す紋章が描かれているものだ。

 

「あれはユグノー公爵家の紋章ですね。もう一隻は……二つ描かれてますね。片方は分かりませんが、もう片方は……ああ、リッカ商会のものですね。となると、分からないもう一つはクレティア公爵家のものと考えるのが妥当ですか」

 

 庶民は貴族家の紋章など一々覚えているものではないし、リオもそれは間違いない。学校で習った記憶はあるが、大半は忘却の彼方だ。しかしそれでも有力貴族のものは一通り覚えている。中でもユグノー公爵家は自分に冤罪を被せた相手なのだから、面倒事を避ける意味でも忘れられる筈がない。

 リッカ商会の紋章は、つい先日に本店を訪れたばかりであるのが大きい。そうでなくても、堂々と『リッカ商会』と書かれていれば分からない筈がない。リオは前世におけるスーパーマーケットなどのロゴを思い出した。商品だけではなく、こんなところでもアピールしていたわけだ。

 これも前世の記憶を有するが故の弊害だろう。この世界では違和感バリバリの構成だが、春人にとってはあまりにも身近だったために、リオは逆に違和感を覚えなかったのだ。

 

「取り敢えず、邪魔だから俺はあれをどかしてくる。あの竜の動き……あれは見るからに普通じゃないだろ」

「確かに。普通に考えれば、何かを探しているか、或いは示威行動を取っているかといったところですが、何せブラックワイバーンですからね。決してそういう行動を取らないわけではないでしょうが、あそこまで我慢強くもないと思います。目視や示威行動に手応えがなかった場合、大概は適当に突っ込むと思いますよ。そういう短絡的な行動を取る知能の低さがブラックワイバーンが亜竜とされる所以ですし」

「それによって被害を被った都市があるからこそ、人間社会では恐れられているわけだからね。小型の亜竜でも獰猛な気質と鋼鉄のように頑強な皮膚を有しているというのに、大型ともなれば果たして如何ほどのものか……。そういった理由があって、大型の亜竜は『天災』扱いされているのよ。――けど、だからこそ、あの動きは確かに不気味ね」

 

 何をするでもなくグルグルと旋回しているだけなのだ。或いは、これもまた勇者召喚に絡む異常の一つなのかもしれない。

 

「イオリなら大丈夫だとは思いますけど、お気を付けて。参考までに、以前に俺が仕留めた個体は口の中が弱点でした」

「分かった。参考にさせてもらうよ」

「俺たちもあの町に降ります。あとで合流しましょう」

 

 バカ高い戦闘力を有するリオだが、流石にセリアを抱きかかえたままで本領を発揮できる筈もない。戦いを避けるのは無難だった。

 

「さて、やるか……!」

 

 町へと降りるリオたちを見送り、イオリは意気軒昂にブラックワイバーンへと向かっていった。  

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