リオたちが降り立った町は『ノワ』といい、アマンドに西方に位置する小都市だ。これといった産業や特徴はないが、アマンドへ立ち寄る際の宿場町としては重宝している。
だがそれは、あくまでも一般的に考えればの話でしかない。アマンドとの間には森林が広がっているのだ。……そう、リオたちが新種と遭遇したあの森林である。
いつもの如く、買い物ついでの話題として森のことを訊けば、やはり何人かの行方不明者が出ているとのことだった。
以前から森に赴いた者が魔物や獣の被害に遭い帰ってこないことはあるが、最近は何となく頻度が多い気がする……とのおまけ付きだ。
そう聞けば、新種と結び付けるのは難しいことではなく、情報を持っている以上は無視するのも気が引けた。
「どうする?」
「一応、訪ねるだけ訪ねてみましょうか。いきなり行って貴族の方が会ってくれるとも思えませんが、事はアマンドも絡んできますからね。美春さんたちも沙月さんを介してガルアークの国王陛下に伝えてくれる筈ですけど、ここで本人に伝えられるようならその方が良いですから」
話し合った結果、ダメ元でノワの役所へと向かう。
推測が正しければ、他国の公爵と自国の公爵令嬢が訪れているのだ。この町を治める者の爵位は知らないが、急であってもそんな人物たちが訪ねてきたのであれば接待しないわけにはいかないだろう。
とはいえ、接待するにしても、こんな小都市の役所でそれが叶うかは怪しい。そうなると、必然的に自宅を使う筈だ。貴族社会で町を治める者の自宅が質素とは思えない。
そうは思っても、誰が治めているのかも知らなければ、その者の家も知らないので、コンタクトを取るには役所を訪ねる以外に方法がない。
役所を訪ね、湖にリッカ商会の紋章が描かれている魔導船が停泊しているのを見たことを伝えた上で、この町にリーゼロッテが訪れていないかを訊ねる。
その際に、ここ最近アマンドでは森へ行った者が行方不明になる頻度が上がっていることと、実際に森を訪れた自分たちも新種の魔物を目撃したこと、直接会って伝えたいことも伝える。
情報提供の体裁を取り、ダメ押しにガルアーク王国国王からの召喚状も見せる。召喚状はある意味で身分の保証となるのだ。
ただの旅人の言葉では受付による聞き取りだけで終わるかもしれないが、これがあるなら話は別となる。受付によるリオへの印象は、『ただの旅人』から『召喚状を用いてまで自分たちの国王が呼び寄せる相手』へと切り替わるのだ。そんな相手に対し、一介の受付が自己判断で対応を決められるわけがない。
また、そんな相手が『リーゼロッテに直接会って伝えたいことがある』とまで言うのだ。受付が裏を勘繰るのは仕方ないと言えるだろう。
結果として、リオたちは想像以上にすんなりとリーゼロッテとの面会が叶うのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「さて、これはどういうことだ……?」
勢いよく飛び出したまでは良かったが、ブラックワイバーンを眼前に控えた今現在、イオリは首を傾げざるを得なかった。……なお、当たり前のように空を飛んでいるイオリだが、そもそも飛行術式が実用化されていなければ魔従教団で使用されているオート・ウォーロックが空を飛ぶことも不可能である。それでも生身での使用には難があったが、ゼルガードという扱いにくい機体を使って戦い抜く過程で術式を改良していき、そこに実力が向上したのも相俟って、今では生身での飛行も問題なく行使できるようになった次第だ。
どうにもブラックワイバーンの状況がおかしい。間違いなくイオリには気付いている。睨みつけてきたり、雄叫びを上げていることから、それは間違いないだろう。――にも拘らず、実際に攻撃してくることはなく、相変わらずグルグルと同じところを旋回しているのである。これで不思議に思わないわけがない。
下に何かあるのかと見下ろしてみたが、特にそれらしいものは見付からない。
「何かの支配下にあるってことか……?」
真っ先に思い浮かんだ可能性がそれだった。自分もされたことがあるのだから、否定できるわけがない。まあ、一言に『支配』と言っても様々な形があるので、その点では自分と同じとは限らないのだが。
「自意識はあるようだが、こちらに対しては威嚇で済ませている辺り、一種の行動制限か……?」
おそらくは、『この辺を旋回しろ』とでも命令されているのだろう。それに対し、イオリはギリギリで旋回範囲外にいるから目障りであっても直接的な行動に移れない。そう考えれば、一応の筋は通る。
ブラックワイバーンへの警戒は絶やさぬまま、イオリは命令者の思惑を考えてみる。当然ながら分かる筈もないのだが、タイミング的に無視しきれぬ要素がすぐ近くにあった。
「フローラ第二王女、ユグノー公爵、ロダニアに召喚された勇者、そしてリーゼロッテ会頭。狙いとしてはこの辺りだろうが、一番可能性が高いのは勇者か……? いや、経済へのダメージを考えれば会頭でもおかしくはないか……? 両国の関係に罅を入れるならフローラ王女やユグノー公爵という可能性も……?」
シュトラール地方に広まっている魔術では――少なくとも現行の魔術では人がブラックワイバーンを支配下に置くなど不可能に思えるが、それが可能な魔道具があってもおかしくはない以上、完全に可能性を除外はできない。
とはいえ、魔道具がなくては成しえそうにない以上、人がやった可能性は低いと考えざるを得ない。
そうなると命令者は人以外と考えるのが妥当であり、真っ先に思い浮かぶのは魔人となる。人魔戦争という実績があるし、魔人が命令者であるのならロダニアの勇者を狙ってもおかしくはない。
その一方、『戦争』を繰り広げた相手なのだから策謀だって巡らせたっておかしくはないし、そう考えるならリーゼロッテ、フローラ、ユグノー、そのいずれが狙われても不思議はない。
誰がターゲットかまでは分からないが、折しもユグノー公爵家とリッカ商会の魔導船が停泊していた町はアマンドの西方にあり、アマンドとの間には新種のいた森林が広がっている。新種の全てを退治できたとも思えないし、新種が魔人の配下なら筋は通っているように思えた。
「そうなると、どのみちこのドラゴンにはいなくなってもらわないと困るか」
この状況下で新種に町を襲われた場合、見捨てても置けないので防衛に協力するが、新種の数次第だとそれも困難だ。その状況でブラックワイバーンにまで介入されたら目も当てられない。
狙いが勇者なら、町の外に出たところを襲撃される可能性もある。そもそも、ベルトラム王国のユグノー公爵の船がガルアーク王国にあることからして、王国内のどこかに用があったと考えるのは当然だ。目的次第ではあるが、空が使えないのであれば陸路で強行する可能性も否定はできない。
そこを襲撃されたら、結局は同じことだ。町の住民という足手纏いがいないだけマシだが、新種の異常性を鑑みると、やはり防衛が困難であることに違いはない。護衛の兵士や騎士が討ち死にしたところで職務の範囲内と割り切ることはできるが、だからといって必要以上の犠牲を容認できるわけでもないのだ。
「だがまあ、操られての行動であるのなら、問答無用で仕掛けるのもな……」
接近した段階で直接的な攻撃を仕掛けられていたらこんなことは思わなかっただろうが、あくまでも威嚇に留めていたこともあり、多少の仏心が湧くのは仕方なかった。
結果、イオリは一つのドグマを行使することにした。浄化のドグマである。かつて、浸食と言ってもいいほどにエンデに支配された魔従教団の術士を、その支配下から解き放ったこともある実績確かなドグマだ。神の支配下からも解き放ったのだから、このブラックワイバーンが何者かの支配下に置かれているとしても解き放てる可能性は高い。
「LAVATIO!」
光がブラックワイバーンを包む。
光が消えたあと、ブラックワイバーンはそれまで続けていた旋回を止めた。そしてやや間を置いたあと、雄叫びを上げ、牙を光らせ、爪を翳してイオリへと急速で接近してきた。
感謝の表れ――では決してないだろう。単純に考えて、支配されていたことに対する八つ当たりか。怒りを目に付いたイオリにぶつけようというのだ。
「はぁ……。結局は空飛ぶトカゲだったか……」
イオリは慌てることもなく、むしろ溜め息を吐いた。この結果も予期できてはいたからだ。実際、リオも亜竜の知能の低さを指摘していた。
「戦闘回避の機会は与えた。それでもかかってくるのなら、容赦をする理由もない。人は知恵を持ち、成長し、創意工夫を以て苦難を乗り越えていく生き物だ。然るに、いつまでも自分が絶対強者だと驕り高ぶるなよ、トカゲ」
生身かゼルガードに乗ってかの違いはあれど、イオリは種々様々な相手と激戦を繰り広げてきたのだ。サイズ差のある相手との戦闘も、甚大な攻撃力を持つ相手との戦闘も珍しくはなく、死の危険は幾度もあった。怖くないわけではなかったが、その恐怖を幾度も乗り越えてきたからこそ、今もイオリは生きているのだ。
だからこそ、常人ならば必要以上に恐れるだろうブラックワイバーンが相手だとて冷静に対処できる。
ブラックワイバーンの突撃を躱したイオリは、そのまま回し蹴りを叩き込んだ。
イオリの装備している武具はホープスの創った魔導器であり、魔力とドグマを増幅する効果が込められている。
ゼルガードと同様にリミッターは付いていないので安定度には欠けるが、装備者の実力やコンディションによってダイレクトに戦闘力が変化する代物となっている。
つまり、装備者が優れたポテンシャルを持つ術士だった場合、その力量と魔力をフルに活用できるというメリットがあるのだ。
もちろん、ゼルガードほど術者に要求する魔力のレベルは高くない。と言うより、そんな代物だった場合、イオリでもまともに使うことは不可能だ。
それが何を意味するかというと、装備者次第で人の身に非ざる戦闘力を発揮することが可能になるということだ。魔導器の効果で強化魔法が増幅され、その一撃を食らったブラックワイバーンは吹き飛ぶ。予期せぬ痛打によるものだろう。その悲鳴が響き渡る。
それを気にすることもなく、イオリは十八番とも言えるドグマを行使する。そう、電光切禍だ。ブラックワイバーンの知能の低さを侮りはしても、破壊力の高さまでをも侮りはしない。だからこそ、速攻で仕留めることを選択したのだ。
超速で動くイオリの拳撃蹴打がブラックワイバーンへと叩き込まれる。
「秘術:電光切禍!」
高らかに上げられた一声と共に、雷を纏った蹴りがトドメの一撃として叩き込まれた。ワイバーンはみるみると落下していき、程なくしてノワ近郊の大地へと叩き付けられ、轟音が響き渡る。
土煙が浮かぶ中、イオリはブラックワイバーンの骸の上に降り立つ。
「やりすぎたかな……?」
ブラックワイバーンの落下地点には小規模ながらクレーターができていた。ブラックワイバーンほどの巨体が高所から勢いよく叩き込まれれば当然のことではある。
落下地点は狙ったものであるが、だからこそ、イオリは頬を掻くのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
イオリがブラックワイバーンに対する考察と対応に頭を巡らせている頃。
「お待たせしました。私がリーゼロッテです。貴方たちが私との面会希望者ですか?」
リオとセリアはリーゼロッテとの面会を果たしていた。場所はノワの町を治める代官、ボクサ準男爵邸の応接室である。
役所で待っていたリオたちの元へリーゼロッテからの遣いが現われ、ここへと案内されたのである。
部屋にいるのはリオとセリア、リーゼロッテとその専属メイド、合わせて四人だけだ。
ダメ元で希望を出しては見たのだが、正直言って信じられないほどのスピード展開だ。なにぶん想像以上のことであり、二人して面食らっているのは否めなかった。
「ええ、そうなります。しかし驚きました。確かに面会希望を出しはしましたが、こうも早く叶うとは思ってもいませんでしたので……。ああ、申し遅れました。私はハルトと申します。こちらはセシリアです」
それでも、こうして話しかけられれば、どうにか正気を取り戻して挨拶を返した。
「まあ、普通であればそうでしょうね。ただ、事はアマンドにも関わるようですし、他ならぬフランソワ陛下からの召喚状をも持っているとのこと。そう聞かされては無下にもできませんよ」
「単に身分証明の代わりに出したつもりの召喚状でしたが、あれにそこまでの効果がありましたか……」
そこに関してはリオの想定外だった。セリアが気付かなかったのは、ベルトラム王国の場合、考慮されこそするものの、それでも身分が優先されるからだ。
「ですが参りました。正直、アポイントだけでも取れればと思ってましたので……。私たち二人だけだと、いざ面会しても証拠となり得るモノを提示することができません。精々が魔石くらいです」
「ふむ……。取り敢えず、話を聞かせていただいてもいいですか?」
「分かりました」
リオとセリアは森で遭遇した新種について話す。
「人型の魔物で、肌の色が灰と浅黒い色の二種類。いずれも耐久力と回復力が異常に高く、心臓を剣で貫いてもすぐには死なず、死ねば身体がボロボロと崩れて灰と魔石以外は残さない……と。それはまた……」
話を聞いたリーゼロッテは考え込む。アマンドに居を構えてそこそこ長いが、そんな魔物については聞いたこともない。それがアマンド近郊の西の森にいると言う。それが事実ならば容易ならざる事態だが、死体が残らないのでは……。
しかも、それを口にしているのは無頼の旅人である。正直、フランソワ国王陛下の召喚状がなければ、自分がこうして話を聞くことも、一考することもなかっただろう。
そこまで考えたリーゼロッテは、リオの発言との矛盾点に気付く。
「ん? ちょっと待ってください。倒しても死体は残らないんですよね? なのに、証拠となり得るものがあるのですか?」
「ええ、あります。ただし、リーゼロッテ様が私たちの想像と一致する人物であればですが……。正直、大半の相手には見せただけだと信じてもらえるかも怪しいと思います。……そうですね。『スマートホン』と言えば分かりますか?」
言葉の応酬を続けていても仕方がないので、リオは斬り込むことにした。物を知らぬ者にとってはただの単語でしかないが、知る者にとっては話が異なる。
瞬間、リーゼロッテはその表情を劇的に変化させた。
「スマホがあるんですか!?」
「あると言えばあります。ただし、俺たちが持っているわけではありません。俺たちの仲間には勇者召喚に巻き込まれてこっちに来た人たちがいて、その人の持ち物になります」
「なるほど……。スマホがあるなら、たとえ通話はできなくても、アプリで撮影なりはできるということですか……」
「そういうことです。……しかし、やっぱり知ってるんですね。或いは、近くにそういう人がいるのかもと思ってましたが……」
「……あ」
リオに突っ込まれて、リーゼロッテはようやく落ち着きを取り戻した。
「コホン。ええ、知ってます。同じ境遇の人からのコンタクトを求めてあからさまにしていた部分もあります」
「同じ境遇……。それは『前世の記憶持ち』を意味していると考えて構いませんか?」
「はい。リッカ商会の名前は前世の私の名前から取りました」
「なるほど……。人間、どうやら考えることは似たり寄ったりになるみたいですね。私のハルトという名も前世から取りました。わけあって本名を名乗れない状態にありますので、申し訳ありませんがこれで通させてください」
本名を名乗りこそしなかったが、リオは礼儀としてハルトが偽名であることを明かす。
「分かりました。いずれ教えていただければとも思いますが、現状で訊くことは致しません。正直、この世界に生まれ育って十年以上も経ってますからね。未だ想像でしか分からないこともありますが、中には肌で感じた前世との違いもあります。モノによってはそうせざるを得ないこともあるでしょう」
「そう言ってもらえると助かります」
リーゼロッテが理解を示してみせたことに、リオは一礼した。
「話を戻しますが、そのお仲間というのは近くにいらっしゃるんでしょうか?」
「ええ。今はブラックワイバーンをどかしに行ってます」
「……は?」
リオの言葉を聞いたリーゼロッテは数瞬固まる。
「あ~、分かります。そうなりますよねえ~」
セリアがリーゼロッテの行動に訳知り顔で頷いた直後、轟音が響き渡ったのであった。