現在、イオリは人垣に囲まれていた。正確に言うと大半の人々の目的はブラックワイバーンなのだが。
突如として轟音が響き、何かが落下したらしいとなれば、様子を見に来るのが道理というものだろう。町の近くであるなら尚のことだ。そうして様子を見に来た人たちは、骸と化したブラックワイバーンを目にするわけだ。その場に留まって野次馬を続ける者もいれば、お偉いさんに報告するべく取って返す者もいる。
「えぇい、道を開けよ! 開けるのだ!」
ブラックワイバーンの上に座り込むイオリの耳に、そんな声が聞こえてくるのはそう遠いことではなかった。流石に座ったままでの対面は不味いだろうと立ち上がる。
やって来たのは何とも年齢層に幅のある顔触れだった。年嵩の男性もいれば、未だ年若い少女もいる。その中には見知った顔もあった。リオとセリアである。――が、その二人だけではない。
「坂田……? お前、坂田弘明か!?」
可能性だけならばおかしくはないのだが、それはイオリとしても予期せぬ存在であった。何せ、高校の時の同級生だったのだから。ついつい叫んでしまっても無理はないだろう。
そして、高らかに自分の名前を叫ばれれば、ブラックワイバーンに視線が向いていた弘明も声の主を確認しないわけにはいかなかった。
「あん? ……お前、葵!? 葵伊織!?」
驚愕と共に、弘明もまたイオリの名前を叫ぶのだった。
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このまま立ち話もということで、現在は場所をボクサ準男爵の屋敷へと移していた。応接室がないではないが、人数が人数のため話し合いには食堂を利用することとなった。
とはいえ、どこから話すべきかが非常に難しい。事態の推移はめまぐるしいが、各々に立場も違えば知っている情報も違うのだ。どこから話しても話についていけない者が現れるのは深く考えるまでもなく分かる。
各々がどう切り出すかを図っているところで、真っ先に口火を開いたのは弘明だった。
「んで、何でお前がここにいるんだよ、葵。まさか勇者ってわけじゃないよな? そうだとしたら時間が合わねえ。お前が行方不明になったのは高校三年の時だからな」
話題を提示してくれたのはありがたいが、どう考えても私事である。説明せざるを得ないにしても、果たして優先すべき話題なのか? 判断の付かなかったイオリは、それとなく周りの顔触れを見回す。
視線を受けた貴族陣はそれぞれに顔を見合わせ、一つ頷いた。
「恥ずかしい話、私たちも事態の推移についていけてなくてね。どこから話し、どこから聞けばいいのかも定まっていない状況だ。アオイ君でいいのかな? 勇者であるヒロアキ様の意向でもあるし、まずは君のことから話してもらっても構わないかな? ……ああ、名乗り遅れた。私はベルトラム王国はユグノー公爵家の当主、ギュスターヴ・ユグノーという」
代表して口を開いたのはユグノー公爵だった。素性の定かならぬイオリに対して丁寧な口ぶりだが、これは勇者である弘明の知人ということが大きいだろう。
「そういうことであれば分かりました。まず、自分の本名は葵伊織、こちら風に言うならイオリ・アオイになります。そちらの坂田弘明と同郷でして、以前は同じ高校の同級生でした」
「高校というのは、学院という解釈でよかったかな?」
「概ね間違っていません。自分たちの故郷だと国民の子供は義務教育として六歳から九年間を学校に通い、小等部で六年、中等部で三年、様々なことを学びます。その後は人によりけりですが、大抵は高等部に進学して更に三年間を学んだあと、就職するか、大学に進学するかといった感じです」
「最低九年間の義務教育か……。それも、貴族を対象にしているわけでもないのだろう? 俄かには信じ難い話だし、実行しようにも我が国では到底不可能だろうな……」
大雑把な説明ではあるが、それを聞いたユグノー公爵は頭を押さえて首を横に振った。
「それで、ヒロアキ様の言だと君は高等部三年の時に行方不明になったということだが?」
「ええ、そうですね。自分ともう一人のクラスメイトである女子の天野亜真里は、アル・ワースというこことも別の世界へと召喚されたんです」
「君たちの故郷とも、こことも異なる世界か……。可能性だけならあり得なくはないのだろうが、やはり俄かには信じられない話だ」
「お気持ちは察します。実際に召喚されなければ、自分とて同じでしょう」
苦笑したイオリは、アル・ワースにおける本題へと入った。智の神エンデ、魔従教団を始め、様々なことを語っていく。それは、かつての旅路を語ることに他ならない。とはいえ、微に入り細を穿てば時間が足りないため、かなり駆け足でだが。
それでも、教団の手で精神制御を受けていたことは語る。その裏に、かの地では創造神と謳われている魔獣エンデの意思があったことも。
「おいおい、マジかよ……。そりゃあ、ラノベでもそういうネタの作品はあるけどよ、それが許容できるのはあくまでフィクションだからだろうが……」
人間的には欠点の多い弘明も、顔を顰めざるを得なかった。
「んで、最終的には多くの仲間と共に邪神を打ち倒し、教団を正常化させ、日本に帰ったと」
「まあ、そうだな。それで自宅に向かっている最中、ガルアーク王国に召喚された勇者である皇沙月さんと、セントステラ王国に召喚されただろう勇者の千堂貴久さん、彼らの召喚に巻き込まれる形でこの世界に跳ばされてきたわけだ。彼らの家族や友人と一緒にな」
「ちょっといいかな? ガルアーク王国の勇者様に関しては断定しているのに、セントステラ王国の方は断定していないのには何か理由でも?」
「順に語ります。異なる場所への召喚が重なったことにより、正規の召喚対象でない自分たちは、転移に巻き込まれる一方で弾かれたんですよ。気付けばガルアーク王国とセントステラ王国の中間地点にある草原地帯にいました。その後に悪徳奴隷商と遭遇し、自分たちを奴隷にしようとした彼らと睨み合ってるところにそちらのハルトがやって来て自分たちに加勢、件の奴隷商と護衛の冒険者たちを逆に退治しました」
「ほぉん、何とも都合よく現れたもんだな?」
「このシュトラール地方では魔術が一般的ですが、自分は精霊術の使い手です。そして精霊術を使うためには精霊との契約が必要なのですが、勇者様が召喚された直後、自分の契約精霊がそこに向かうように伝えてきたんですよ。まあ、最初に向かったのは草原地帯ですが、そこから痕跡を追っていったらそのタイミングだったわけです」
さながらヒーローの如く登場したリオを弘明が訝しんだが、リオはサラリと受け流した。
「それでまあハルトから色々と情報を聞きまして、その際に光の柱についても伺いました。自分たちが注目したのは柱の色です。自分とアマリはドグマを習得していたためか、沙月さんと貴久さんを召喚した魔法陣の色を見ることができました。沙月さんを召喚したのは緑、貴久さんを召喚したのは赤です。柱の色と結び付けて考えるのはおかしくありません。位置的には中間地点でしたが、セントステラ王国は閉鎖的だとハルトから聞いたので、結果的にガルアーク王国に向かうことにしたわけです」
「なるほど。その条件下ならば、確かに私もガルアーク王国を選ぶだろう」
魔法陣と柱の色の一致、双方の中間地点に放り出されたこと。状況証拠は揃っている。
「奴隷商たちを放っておくこともできませんので、彼らの所有していた馬車を使わせてもらったんですが、検問で引っ掛かりました。ただまあ、タイミングが良かったのもあるでしょうね。自分たちが一方的に悪者とされることもありませんでした。結局のところ、光の柱が絡む以上、それが何なのか分からないことには国境守護の兵士に判断を下すことなどできなかったんです」
「無理もありませんね。しかし、そうすぐに情報が届くこともないでしょう。あの状況だと魔道通信具もアテにはならないと思いますし……」
「ええ。ですので、直接王都に人をやって確認することになりました。そこに自分と沙月さんの友人の一人も同行したわけです。国境守備兵が伺っただけだと返答までどれだけ待たされるか分かりませんが、仮に俺たちの推測が正しかった場合、早めに返事がもらえる可能性は否めませんからね。……奴隷商に、彼が連れていた護衛と奴隷、そこに加えて俺たちです。俺たちを砦に留める以上、食料の消費は早まります。国境守備兵としても、早めに片が付くに越したことはないというわけです」
「互いを互いの人質にした上での強攻策というわけですか……。その判断にも無理は言えませんね」
「結果的に自分たちの推測は正しく、ガルアーク王国には勇者として沙月さんが召喚されており、無事に面会が叶ったわけです」
「ふむ。直接面会が叶ったガルアーク王国の勇者様とは異なり、セントステラ王国の勇者様の方はあくまでも推測でしかないわけか。故に断定もできないと」
「そうなります」
イオリが頷き、そこについては皆が納得したようだった。
「沙月さんと面会が叶った以上、情報交換を行うのはある意味で当然でした。また、勇者様の知人が訪ねてきたということで、その場にはフランソワ陛下とシャルロット王女も同席されました」
「まあ、そうなるだろうね」
「ただ、そうなると一点だけ問題がありました。俺はアル・ワースに召喚された際にかけられた翻訳魔法が機能しており、沙月さんも勇者として召喚された際にかけられただろう翻訳魔法が機能していましたが、沙月さんの友人にして貴久さんの弟である雅人は、正規の召喚対象でなかったためかシュトラール語が分からなかったんです。それは雅人の姉である亜紀ちゃんと、沙月さんの後輩にして貴久さんの同級生である綾瀬美春さんも同じでした。期間が短いながらに勉強はしていましたが、如何せん時間が足りませんでした。……まあ、言葉が通じない人物がいたからこそ、国境守備兵たちに一定の信憑性を抱かれたのも間違いではないのですが」
「そうか、そういうこともあり得るのか。幸い、我が方に召喚されたのは勇者であるヒロアキ様ただ一人だったから意思の疎通に問題はなかったが……」
同じ世界、同じ大陸でも住んでいる者の場所が変われば言葉が違うこともあるのだから、それが異世界の者なら言葉が通じなくて当然である。むしろ、問題なく言葉が通じることの方がおかしいのだ。
ユグノーは、自分が知らずのうち勇者の特別性に助けられていたことを自覚した。
「そこで未完成ながらに翻訳のドグマを行使したところ、思いの外に食いつかれまして……」
「……無理もないでしょうね。たった一つの魔法を行使するだけで言葉が通じるようになるなら便利すぎます」
しみじみとリーゼロッテが頷いた。
「国境砦から王都までの道中、短いながらも雅人に指導をして、ある程度の成果が出ていたことも大きかったんでしょうね。沙月さんも興味津々でした。とはいえ、自分と雅人の両名と沙月さんでは明確なまでの違いがあります。おいそれとは肯定できません」
「性別、ではないですよね?」
「違います」
「そうなると、勇者か否かということかな?」
「はい。この世界では術体系として魔術と精霊術の二種類が存在していますが、これは相反関係にあり、両方を同時に習得することは不可能なんです。精霊と契約していれば術式を刻むことができず、術式を刻んでいれば精霊と契約することはできません。そうハルトから聞いていましたし、同じことがドグマに言えないとも限りません。事前の調査は必須でした。何せ、沙月さんは六賢神の使徒とされる勇者として召喚されたんですから、本人の知らぬ内に何らかの術式が刻まれていてもおかしくはありません。神装の召喚や翻訳魔術もありますしね」
その言葉に、自ずとこの場の視線が弘明へと向かう。彼もまた勇者として召喚されたからだ。
「それで、調べてみたのかね?」
「はい。ただその結果、沙月さんは精霊との契約状態にある可能性が高いと判断せざるを得ませんでした」
「魔術の術式ではなく、精霊とかい?」
「はい。しかし、確証が低いのも事実です。ドグマに関してならばともかく、魔術と精霊術については聞きかじりですので。とはいえ、フランソワ陛下でもシャルロット王女でも雅人でもなく、ハルトとの類似点が沙月さんにあったのは確かですし、精霊と神装に類似点が存在するのも間違いありません。それもあって、自分たちの知る中では精霊術に尤も詳しいハルトに陛下からの召喚状が出された次第です」
「これと精霊にか?」
弘明が自分の神装を手元に実体化させながら言う。
「ああ。お前は今、それを自分の意思で実体化させただろう? 下位精霊は基本的に意思を持たないらしいが、中位以上の力ある精霊になると自分の意思を持つようになるし、実体化と霊体化を行えるようにもなるらしいんだ」
「付け加えると、未開地以東では精霊術が広まっているんですが、精霊術を教えたという六大精霊は人魔戦争の折にその全てが行方不明になっているそうです。また、向こうでは六賢神ではなく七賢神と伝えられていました」
「それはつまり、どういうことだ? どうにもキナ臭い感じしかしないんだが……」
「沙月さんや陛下たちも同じように思ったが、認めるにも撥ね退けるにも情報が足りないのが事実でな。……そんなわけで坂田、お前のことも軽く調べてみていいか?」
「あ~、まあ、そういうことならしょうがねえか……」
弘明の了承を得て、イオリは彼を精査する。
「……やはり沙月さんと同じだな。お前も精霊と契約状態にあると思う。ただ、お前にも沙月さんにも共通して言えることだが、どうにもハルトとは類似しているが違うんだよな……」
そもそも、イオリの知る精霊術士が少ない分、比較するにも限度があるのだ。契約方法の違いなのかもしれないが、そう思ったところで、どちらが本来あるべき方法に則ったものであるかすらも判断することができない。
「ちょっと俺も失礼して……」
今度はリオが弘明を調べてみる。
「……ダメですね、自分には分かりません。あくまでも中位精霊以上との契約になりますが、その場合、もっと精霊の気配を強く感じることができたんです。しかし、ヒロアキ様の場合は……。敢えて言葉にするなら、壁に阻まれている感じでしょうか。そのため調べきれない感じです」
やがて、リオが首を横に振ってそう言った。
同席者たちも、皆が渋い表情を浮かべるのであった。
イオリ、アマリ、弘明を高校の同級生に設定しました。