精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第14話

「頭を悩ませているところに申し訳ありませんが、問題なのは誰がブラックワイバーンを操っていたか、その目的は何かです」

「しかし、君の言葉を否定するわけではないが、ブラックワイバーンなど操れるものなのかね? 確かに『隷属の首輪』という、相手を隷属させるための魔道具はあるが、それでブラックワイバーンを隷属させることができるかは甚だ疑問だ。まして現行の魔術では……」

 

 隷属の首輪という単語がユグノーの口から発された際、僅かにリオが表情を歪めた。幸か不幸か、それに気付く者はいなかったが。

 

「仰る通りだと思います。ですが、可能性がないわけではありません。自分の考える限りは大きく二つです」

 

 イオリはユグノーに同意しつつも、可能性があることを提示した。

 

「二つとね。聞かせてもらえるかな?」

「一つは精霊術士が犯人の可能性ですね。シュトラール地方では廃れた技術であり、また使い手が少ないからこそ、逆に盲点となるでしょう」

「確かに、その可能性は否定できませんね。契約している精霊の属性や位階によって、出力、範囲、精密度、習熟速度等が増加するのが精霊術です。また、これは精霊が『マナが意思を持った存在』だからこそですが、精霊術には出力限界の設定などありませんので、魔力をこめるほど威力等は上昇して魔術を上回ることができます。私の知る高位精霊ないし準高位精霊は、アイシアの他には未開地以東に存在する、精霊を信奉する村で祀られているもう一柱だけです。とはいえ、世界は広いですし、他に存在しないわけでもないでしょうし、契約者がいても不思議はありません。そして、そんな高位精霊ないし準高位精霊と契約している術士ならば、ブラックワイバーンの隷属とて可能かもしれません」

 

 イオリが精霊術士の可能性を口にすれば、リオがそれを補足した。他ならぬ精霊術士の言葉なのだから信憑性は高い。

 

「この場合、犯人の目的として妥当なのは、シュトラール地方における、精霊術ないし精霊術士の扱いに納得がいかないからの一種のテロリズムといったところでしょうか。もちろん、単なる雇われという可能性もないではないでしょうが……」

「その場合、犯人として可能性が高いのは移民や亜人族といったところか。君たちの話だと、未開地以東では精霊術が一般的だとのことだが、一方の私たちは君たちの話を聞くまで魔術と精霊術の相反関係すら知らなかった。魔術が使えないという理由で貶められた者も少なくはないだろう。いや、正直に言えば、私も貶めていた側の一人だ。実際、亜人の娘を奴隷として扱ってもいた」

 

 シュトラール地方、特にベルトラム王国において、移民や亜人の扱いが悪いのは一般的と化している。奴隷として扱われる者も少なくはない。そんな中、公爵家の当主であるユグノーが一切関わらなかった筈がないのだ。

 それは簡単に思い浮かぶ可能性であり、だからこそユグノーは自分からそうであることを口にしたのだろう。

 自発的に認めるか否か、それだけでも印象は大きく変わるものだ。

 

(意外だな。ラティーファのことを覚えていたのか……)

 

 リオもまた、ユグノーに対する印象を僅かに変えた。それでも印象が底辺を貫いていることに違いはないが、『覚えている』という一点で見直す一因にはなる。

 

「その娘はとある仕事に就かせて以来、行方が知れなくなっている。死んだものと思っていたが、或いは生きていて私に復讐する機会を窺っているのかもしれないな。それも無理からぬことではあるが……」

「その可能性も否定はできないでしょう。ですが私見を述べさせていただけるなら、それ以上に関わりたくないと思っているのではないでしょうか。実際、私はそう思っていますから」

「ん? そう言うのなら君は……」

「ええ、私はベルトラム王国の生まれです。両親の生存中は良かったのですが、死後は散々な扱いを受けましたよ。彼女と出逢わなければ、とっくに見切りを付けていたでしょう」

 

 気付かれていないとはいえ、フローラにロアナという、過去の自分と面識のある相手がいる場面では口にしたくない内容ではあったが、ラティーファを庇う目的もありリオは斬り込んだ。そして、セリアへと優しい視線を向ける。

 

「そうか……。セシリアくんといったか、そういうことであるのなら君には感謝しなくてはいけないね。危うい状態ではあるが、君のおかげで私たちは厄介な敵になり得る人物を敵に回さずに済んでいる」

「いえ……」

 

 言葉少なにセリアは答えた。魔道具で髪色を変えているとはいえ、いつ正体がバレるか冷や冷やものだ。そうは思えど、一切口を開かないのもおかしな話であり、会談が始まってからは何度か危ない橋を渡っていた。

 場に一種の緊張感が漂う。実際、可能性だけなら、リオがテロリストと化していてもおかしくはなかったのだ。結果的にそれを防いだセリアの功績は著しいものと言えるだろう。

 

「んで、もう一つの可能性ってのは?」

「何だと思う? 少し考えれば思い浮かぶことだ。お前が真に勇者としての務めを果たすつもりなら、この世界に向き合うつもりなら、思い当たらない方がおかしい」

 

 緊張感を誤魔化すためだろう。弘明がもう一つの可能性について言及した。

 しかし、イオリはそれについて直答を避けた。そして、ユグノーらに視線を向ける。

 クラスメイトだった誼もある。イオリとしては弘明をいいように扱ってもらっては困るのだ。本人がそうと知った上でその扱いを受け入れるなら話はまた別となるが。

 

「あん? そりゃあ……」

 

 言われ、弘明は考える。考えて、考えて、口に出せなかった。正確に言うと、可能性だけなら浮かんでいる。だが確信がなかったし、何より認めたくなかった。弘明は勇者としての特別扱いに気を良くしていたし、そうであることだけを望んでいたからだ。

 

「困りますよ、ユグノー公爵。そりゃあ神輿は軽い方が良いでしょうし傀儡にもしやすいでしょうが、魔人族が暗躍している可能性を考慮されないのは如何なものかと……。これではいざという時に役に立たないでしょう」

「魔人族……? そうか! そもそも、勇者とは人魔大戦の折に六賢神が人々への救いとして遣わされた使徒! その勇者が再び召喚されたのであれば、何よりもその相手たる魔人族の存在を疑わねばならないということか!」

 

 イオリに指摘されたユグノーは、ハッとした様子で叫んだ。……なお、人魔大戦が千年前の出来事ということもあり、伝承や書物によって表記揺れが存在する。神魔だったり人魔だったり、大戦だったり戦争だったり、魔族だったり魔人族だったり魔神族だったりなどだ。

 その可能性に思い至ったユグノーは顔を歪ませる。あくまでも可能性に過ぎないが、確かに可能性としては存在するのだ。そして、それを否定するにも情報が足りなすぎるために否定ができない。

 一度その可能性に思い至ってしまえば、聡明なユグノー公爵はいくつかの異常に思い当たった。

 思考が巡る。点と点が結び付いていく。中には突拍子がないように思える部分もあるが、部分的ながらも精霊術のことを知れば決して否定しきれるものではなかった。そうしてぼんやりと全体像が浮かび上がっていく。改めてこの場に居並ぶ者たちの顔をよくよく確認する。

 

「は、はは、はははははは…………!」

 

 とある可能性に行き着いた瞬間、ユグノーは嗤った。狂ったように嗤った。そうするしかできなかった。

 

「ゆ、ユグノー公爵?」

 

 恐る恐る、リーゼロッテがユグノーの名を呼ぶ。それも無理はない。それほどまでに、今のユグノーは傍から見ておかしかった。

 

「はははははは…………。ああ、すまないね。どうにも、自分の滑稽さに思い至れば嗤うしかできなかったんだ」

 

 リーゼロッテに声をかけられても暫し嗤い続けていたユグノーだったが、やがて落ち着きを取り戻して同席者へと謝罪した。

 

「そしてハルト君――いや、敢えてリオ君と呼ばせてもらおう。謝って済むことではないが、君にも改めて謝罪を入れさせてもらう。申し訳なかった」

 

 そうしてリオへと向き直ったユグノーは、リオに対して土下座した。公爵であるユグノーが、一介の少年に対して土下座をしたのだ。それも、名乗られた名前とは別の名前を告げて。

 その場にいる者たちの驚きは並大抵のものではない。

 同時、フローラとロアナもまた見るからに顔色を変えていた。信じられない表情を浮かべたまま、リオとユグノーの間で顔を行き来させる。

 

「……謝罪を受け入れますのでお立ちください。正直、このままでは話もできません」

 

 リオの言葉を受けてもユグノーは土下座を続けていたが、その手を取られればはおずおずと立ち上がった。その表情は見るからに悄然としている。

 精霊術をかけてユグノーの汚れを取ったリオは、彼を席に座らせた。

 自らもまた元の席に座ったリオは、自身に突き刺さる視線を感じながら口を開く。

 

「どうして気付かれたのでしょうか?」

 

 それは、自分がリオであることを認める一言に他ならなかった。

 

「……恥ずかしながら、初めは気付いていなかったよ」

 

 問い掛けられたユグノーは、暫しの間を置いてから口を開いた。

 

「フローラ王女にロアナ君、そして私の息子、スティアードも在籍していた当時の王立学院には一人の特待生が所属していた。誘拐されたフローラ王女を救出した恩賞として学院への入学を認められた、スラム育ちの移民の子だ。名はリオ。私は挙げられた報告でしか知らないが、並みならぬ好成績を示したらしい。ただ一つ、魔術を除いては。その少年は、どうしてか術式の契約ができなかったと聞く」

 

 一同の視線がリオに向く。

 精霊と契約していれば術式を取り込めない。説明の中で挙げられた事柄だ。

 

「自分以上の好成績を叩き出し、にも拘らず明確なまでの欠点を持つ。私の息子を含む多くの生徒たちは、魔術が使えないというただその一点を以てその生徒を蔑んだという。一言で言えば嫉妬だよ。そして、終いには冤罪を掛けた。……何とも愚かしいことではあるが、ベルトラム王国の貴族性と言えるのかもしれないね。そうして国を出ていった実力者は殊の外多い。結果的にそれに一枚噛んだ私の言えることではないのかもしれないがね」

 

 その言葉を受け、フローラとロアナの顔が歪む。

 リオが学院に入学する契機となったフローラだが、学年が違うこともあり、リオの現状を知りつつも然したる手を打つことができなかった。それは確かな悔いとして今もフローラを苛んでいる。

 一方のロアナは、大枠ではリオを蔑んでいた者の一人だった。それは貴族としての心構えからくるものであり、だからこそスラム育ちのリオを対等には扱っていなかったわけだが、『クラスメイト』という一点で捉えれば相応しくない態度だったことに違いはない。

 

「そんな彼に対し、ただ一人親身に接したのが、当時初等部の講師を務めていたセリア・クレール君だ。……セシリア君、君がセリア君なのだろう?」

 

 質問の態を取ってはいるが、ユグノーは確信を抱いている様子だった。

 リオと顔を見合わせたセリアは、諦めた様子で魔道具を外す。瞬間、金色だった髪が白銀に染まる。いや、戻っていく。

 

『セリア先生!?』

 

 驚愕に染まったフローラとロアナの声が重なる。

 

「魔人族や人魔戦争と絡めて考えると、どうしても君たちの野外演習を考慮しないわけにはいかなかった。何せ、人魔戦争で語られるミノタウロスが出たというのだからね。もっとも、子供たちやその周りの戦力で対処できるとも思えなかったので、真偽定かならずと結論付けられはしたが……」

「それは違います! リオ様がミノタウロスを倒したんです! 誰かに押されて崖から転落した私を救ってくれたのもリオ様です! ――ですが、いくら私がそう言っても、誰一人として信じてくれる人はいませんでした……。挙句、リオ様は私が転落した一件で冤罪を掛けられました。お父様に直談判したものの無視されてしまい、リオ様に対し私は何の役にも立てませんでした……」

「今ならば、それを素直に信じられます。しかし当時は……。息子の手で冤罪を掛けられたのだろうと判断しつつ、当時の情勢から私はそれを後押ししました。更には、口封じのために奴隷の一人を暗殺者として少年の元に送り込みました。そう、先ほど告げた亜人の娘です」

 

 ユグノーの視線がリオへと向く。

 

「返り討ちにはしましたが、俺自身、人恋しかったのもあるのでしょうね。隷属の首輪を外した後は一緒に旅を続けました。彼女――ラティーファにとっては首輪を外されて自由になっても行く当てがないからこその選択だったようですが、時間が経つにつれて互いの仲は深まっていきました。今では俺の義妹ですよ。実を言うと、先述した精霊を祀る村というのは亜人族の村でして、今はそこに預けています」

「そうか……。話は前後するが、野外演習を思い浮かべた際、不意に特待生の少年を思い浮かべた。何せ自分が暗殺者を送った対象でもあるのだからね。そうしてよくよくと特待生の特徴を思い浮かべると、説明を受けた精霊術士に該当することに思い至った。次の瞬間、他の生徒や同行者では不可能でも、その特待生が真に精霊術士なのであればミノタウロスも倒せるのでは? そう思った。何せ、魔術以外の成績は本当に優れていたからだ」

 

 皆が頷く。既にリオ自身が認めてはいるが、確かに特徴が当て嵌まるのは間違いない。

 

「次に思い浮かべたのは、現在の彼がどうしているかだった。送り込んだ暗殺者が戻ってこなかった以上、生きている可能性を否定はできなかったからね。彼であれば私に恨みも抱いているだろうし、ブラックワイバーンを操っていた犯人かとも思ったよ」

 

 それもまた無理のない推測だった。何せ、心当たりとして思い浮かぶ精霊術の使い手自体が少ないのだ。

 

「だが、そこで君の言葉が引っ掛かった。確かにアルボー公爵に後れを取っていることは認めるが、それでもベルトラム王国の公爵である私の前で王国貴族への不快感を表明して何の得があるのかと考えざるを得なかった。思い浮かんだのは、送り込んだ亜人の少女が生きていて、それを庇っているというものだった。我ながら突拍子がないようにも思ったが、君がリオならある程度の筋は通る」

「我ながらあの発言は悪手だと思いましたが、そうせざるを得ませんでした。そうそうラティーファと接触する機会はないでしょうが、絶対とは言えませんので」

 

 ユグノーの言葉に対し、リオは渋面を浮かべて認めた。

 

「ひとたび君とリオを結び付けると、その同行者にも注視せざるを得なかった。イオリ君に関してはサッパリだったが、言葉を信じれば当然のことだ。しかし、セシリア君にはセリア君の面影があった。むしろ、違いは髪色だけだと言ってもいい。その髪色こそが決定的な違いだが、これまた精霊術なら誤魔化せても不思議はないと考えた。セシリア君は発言の際も俯きがちだったし、それもまた怪しむ要素となった。初めは貴族の多いこの場に緊張しているのかとも思ったがね」

「流石ですね。髪色は誤魔化せても顔だちまでは誤魔化せませんので、その不安が行動に出ていたようです」

「立場もあってセリア君とシャルルの結婚式には参加しなかった私だが、セリア君が結婚式場から拉致されたという情報は掴んでいた。下手人は逃走中にアルフレッド卿の手で跡形もなく消し飛ばされたという話だったが、それが真実なら未だにセリア君が見付かっていないのもおかしな話だ。つまりはまんまと逃げ果せたということであり、成長したリオであればそれが可能でもおかしくはないし、何よりもセリア君を拉致する理由がある。時間的な問題に関しては飛行術が打ち消してくれる」

「お見事です。今はどうか知りませんが、どうしてあなたの息子があんななのか心底から疑問に思いますよ」

「……私もだよ」

 

 リオの感想はユグノーの息子であるスティアードのことを真っ向から侮辱した形になったが、親であるユグノー自身がそれに同意したのであった。 




原作よりも随分と早く、ユグノー公爵にハルト=リオと気付いてもらいました。
まあ、原作でも気付いてはいましたし、状況次第では早まっても不思議はないと思います。

ぶっちゃけると、いくら伝承があるとはいえ、誰一人として『なぜ勇者が召喚されたのか?』を本気で考えないことに違和感があります。誰か一人くらいは『人魔戦争の再来』を危惧してもおかしくないと思うんです。

本作におけるユグノーの行動は、その可能性に思い至ったからでもあります。そう考えると、ミノタウロスを始め、その予兆は既に出ているのです。いつ本格化するかも分からないのが正直なところです。むしろ、勇者の召喚が危機感を高めています。
ただでさえ内輪揉めの真っ最中なのがベルトラム王国ですからね。如何に大国であっても、そんなでは力を発揮できる筈がありません。そうして崩れてしまえば、政治家生命もあったもんじゃありません。
何よりもヤバいのは、実際に起こればどれだけ巨大な規模になるかも分からない割に、現時点では可能性でしかないことです。あくまでも状況証拠でしかないので、周りを説得するにも説得力がありません。自派閥の者であったとしても、危機感を共有できるのがどれほどいるか分かったものじゃありません。
そんな中で、イオリたちは現時点で一定の危惧を抱いています。それはユグノーにとっても貴重な人材となります。
その一方、そんな相手と蟠りがあるのは堪ったものじゃあありません。早期の関係修復は必須であり、それ故にユグノーの方から折れた形です。
もちろん、それ以外にもユグノーなりの思惑はありますが。
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