精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第15話

「しかし、貴族の厄介さというものは身に染みて分かっているつもりでしたが、改めて『老獪な貴族』というものを見せつけられました」

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

 余人の知るところで自らの罪過を明らかにしたユグノーだが、これは彼なりの損得勘定が働いた結果でもある。ユグノーはこれからリオの影響力が増していくと踏んだのだ。

 まず、この場にいる面子が面子だ。元からリオと共にいたクレール伯爵家の令嬢であるセリアは除くにしても、ベルトラム王国の第二王女であるフローラ、公爵であるユグノー、フォンティーヌ公爵家の令嬢であるロアナ、勇者として召喚された弘明がいるだけでなく、ガルアーク王国はクレティア公爵家の令嬢にして自身もリッカ商会を経営する才媛たるリーゼロッテ、おまけとしてノワの町の代官を務めるボクサ準男爵がいるのだ。

 正直、根無し草の旅人がそうそう面識を持てる相手ではない。しかし、結果としてリオはそれをやってのけた。そこにリオ自身の望みがどれだけ関与していたかは関係ない。良かれ悪しかれ、状況によって押し上げられる人物というのは少なからずいるものだ。

 そんなリオは、既にガルアーク王国国王であるフランソワに目を付けられている。与えられた召喚状がその証左となる。

 精霊術の使い手であり、戦闘力も高い。その上限までは分からぬものの、情報の端々がそれを教えてくれる。

 その同行者であるセリアはベルトラム王国における魔術研究の第一人者と言っていい。リオがフランソワに召喚されている以上、セリアがそれに同行するのは間違いない。経緯が経緯故にその正体を進んで明らかにすることはないだろうが、ガルアーク王国で頭角を表すのにも然程時間は掛からないだろう。

 もう一人の同行者であるイオリ。勇者召喚に巻き込まれる形でこの世界にやってきたとのことだが、ユグノーの知る限り初見である筈の弘明と互いに面識があることから、異世界からやって来たことは間違いないだろう。

 勇者の故郷とも異なる異界の魔法の使い手。地盤がないと嘯いているし、それは確かに事実だろうが、だからといって侮っていい相手ではない。地盤がないというのは確かに短所だが、場合によっては長所にもなる。それだけしがらみがないことを意味しているからだ。今はイオリなりの倫理観の元でこちらにも理解を示してくれているが、それがどこまで通用するかなど定かではないのだ。貴族としては当然の行動が、逆鱗に触れる可能性だってある。むしろ、その可能性は高い。

 その戦闘力は折り紙付きだ。何せ単独で大型のブラックワイバーンを仕留められるほどなのだから。そんな真似が可能な人物がベルトラム王国に、いやシュトラール地方にどれだけいることか。彼の『王の剣』――アルフレッド・エマールでも厳しいだろう。成長した勇者ならば可能性はあるかもしれないが、あくまでも将来性でしかない。

 該当する人物がいるとしたら、同じくこの場に同席する人物――ハルトしかいないだろう。何故ならば、皆がブラックワイバーンの討伐に驚いている中で、彼だけは平然と受け止めていたからだ。自分たち以上にイオリの力量をよく知っていたから、という理由もあるだろうが、それだけの実績を積み上げるには時間の壁が邪魔をする。平然と受け止められるようになるには、普通に考えて時間が足りなすぎる。である以上、考えられる理由は一つだけ。ハルトにも同じことができるからだ。自分にも同じことができるから、然程の驚愕がないのだ。そう考えれば筋は通った。

 そして、そんな両者が手を組んでいるのが現状だ。片方だけでも、暴力に持ち込まれたらユグノーに勝ち目などない。二人揃って断じて敵に回してはならない人物と言えるだろう。

 別行動を取っている仲間もおり、その中にはガルアーク王国及びセントステラ王国の勇者と仲の良い人物がいる。現状、セントステラ王国の勇者に関しては推測とのことだったが、状況的に間違いはないだろう。

 これが、リオ=ハルトとなる前の、ユグノーから見たハルトである。

 そして、もしハルトとリオがイコールで結ばれた場合、過去にリオを陥れたという事実は痛手となる可能性が高かった。

 状況は移り変わるものであり、当時は最善だった判断が、後々に足を引っ張ることなど珍しくもない。

 である以上、ユグノーとしては、少なくともリオと手打ちにしておく必要があったし、それは早ければ早いほど良い。リオの影響力が増した後では、代価は高くなってしまうからだ。そして、彼がガルアーク王国の王都に着いてしまえば、いつ影響力が増しても不思議ではない。つまり、機会があるとしたら今が最上。

 だが、推定リオと思われるハルトの言葉の端々からは、ベルトラム王国貴族への不快感が見て取れる。というか、実際に『関わりたくない』と言われた。これでは、秘密裏に謝ったところでハルト=リオだと当人が認める可能性は低い。

 その一方で、人の好さが端々から見受けられたのも事実。それ故の土下座慣行だった。面子が限られていることもあったが、余人のいる状況で行えばハルトも認めると踏んだのだ。

 結果、ユグノーは賭けに勝った。決してダメージがないわけではないが、最小限に済ませられたのは間違いないだろう。

 また、最悪の可能性として『人魔戦争の再来』が起こる可能性も否定できなかったからだ。もちろん、現時点では状況証拠からの推測でしかない。しかし、一概に否定できないことも確かなのだ。

 人魔戦争は大陸全土を巻き込んだという。いざそれが起こったとして、自分たちは大丈夫なのか? ハッキリ言って大丈夫ではない可能性の方が大きかった。

 理由の一つが魔術の劣化である。古代魔道具の中には、現行の魔術ではどうやっても不可能なことを可能にする物がある。それは結構なことだが、逆に考えると、古代はそれらの魔術が普遍的だったことを意味している。――にも拘らず、六賢神が勇者を遣わすほど人類は劣勢に立たされたのだ。これで大丈夫だとどうして言えようか。

 他の理由として、ユグノーの所属するベルトラム王国が内輪揉めの真っ最中にあることが挙げられる。一翼の筆頭が他ならぬユグノーなのだが、如何にベルトラム王国が大国とはいえ、こんな状態で力を発揮できるわけがないのだ。

 対策を練ろうにも、あくまでも状況証拠からの推測でしかなく、事が大きすぎて信憑性に欠けるのが実情である。派閥の者に伝えたとて、果たしてどれだけの者が信じるか。場合によっては派閥から離れていく者が現れるかもしれない。

 そんな中で、現時点である程度の危惧を抱いているイオリたちは貴重な人材なのだ。交流を図るに越したことはない。しかし、そんな相手との間に蟠りがあるのは好ましいことではない。

 ユグノーの土下座慣行には、そういう思考が働いたのも決して否定できない事実である。

 

「こうなったら事のついでです。ユグノー公爵には、二つ貸しを作りたい。一つは俺へ、もう一つは義妹へ。その方がユグノー公爵としても助かると思うのですが、いかがですか?」

「二つ、か。内容が分からぬのが恐ろしくはあるが、妥当ではあるだろうね。……私は謝罪し、君はそれを受け入れた。それに間違いはないが、何せ私のやったことがやったことだ。言葉で謝っただけでは周囲からの印象は良くないし、私としても本当に許してもらえたのか疑念が付き纏う。それぞれが一定の納得を得るためにも、言葉以外に何らかの形で私からの詫びは必要だろう」

 

 それとなくこの場の面子を見渡しながら、ユグノーは言った。

 やったことを鑑みれば貸しの数が少ないようにも思えるが、そもそもにしてリオとユグノーには身分差が存在する。貴族による無礼討ちが罷り通るのがこの世界なのだ。

 そこに貸しの内容の不透明さが加われば、決して数が少ないとは言えなかった。公爵への貸しには、それだけの価値がある。

 

「内容が内容です。証書を作ることは致しませんが、いざという際、かつての一件が二人の間で既に手打ちになっていることは私が証言しましょう。その際は弘明様もご協力願えますか?」

 

 リーゼロッテが口を開き、弘明へと水を向ける。

 

「あ? あ~、そうだな。その時は俺も証言しよう」

 

 現状、弘明にとってユグノーは最大の後ろ盾だ。彼が失脚すると困るのは間違いない。自分の証言でダメージが抑えられるのであれば、弘明としても否はなかった。

 一方、互いの因縁が明らかになったことで、リオからのユグノーに対する印象は変化していた。ぶっちゃけると付き合いやすい。

 ラティーファにやったことを許せるわけではないが、彼の奴隷だったからこそ、それまでラティーファが生きてこられたのは間違いないし、彼がラティーファを暗殺者として自分に放ったからこそ、今のラティーファは奴隷から解放されて健やかに生活できている。奴隷生活の中で確かにラティーファは心に傷を負ったが、死んでしまえばそれまでだ。ラティーファの現状にリオ自身の行動が関与していないわけではないが、ユグノーの行動もまた関与しているのだ。

 そしてそれは、リオの今にも関わってくる。一番大きいのは精霊の民との関係だろう。ラティーファがいなければ、彼らと接触を持っていたかどうかも分からない。

 そういう点で考えると、ユグノーを否定ばかりもしていられないのが事実であった。

 

「さて。早速ですが貸しの一つを使わせていただきます。公爵には人探しをお願いしたい。今現在、生きているかも死んでいるかも分かりませんが、だからこそ俺一人で探すには骨が折れます」

「ふむ。可能な限り手は尽くすが、必ずしも発見の約束はできない。それを了承してもらえるなら引き受けよう。また、人を探すとなればある程度の情報も必要だ」

 

 何せシュトラール地方に限定しても、人が生活するには狭いようで広いのだ。大小含めて多くの国が存在する。未開地以東も含めれば範囲はなお広がる。そこから人一人を探すとなれば骨が折れるし、見つかるとは限らない。また、情報次第で難易度は上下する。確約などできる筈がないのだ。

 

「構いません。見つかっても見つからなくても、貸しの消化にカウントします」

「そういうことなら引き受けよう。……では、情報をもらえるかな。可能であるならば、探す目的も」

 

 探す理由を訊きだすのは必ずしも必要ではないが、それがリオにとってどれだけの比重を占めているのかは重要だ。場合によっては貸しの消化のみならず、恩に着てくれる可能性だってあるのだから。

 そんなユグノーの思惑を、リオもまた察した。あまり気持ちのいい理由ではないが、それを伝えることで力を入れて探してくれるようになるのなら、伝えない理由もない。

 

「俺の知っている情報は、俺が五歳の時のものです。それを前提にお願いします」

「五歳の時……か」

 

 ユグノーの表情が僅かに歪む。約十年前だ。それほどに昔となると、与えられる情報がどれだけ役に立つかも分からない。

 その一方で、期待が高まるのも確かだった。そんな昔の情報を基にしてまで探そうという相手なのだから、リオにとってかなり重い部分を占めているのは間違いないと思えたからだ。

 

「名前はルシウス。当時はベルトラム王国の王都で冒険者をしていました。目つきは鋭かったですが、顔だちは整っていました。母の話によると、かなりの腕利きでもあったようです。その本性は残忍にして下劣ですが、目的のためには紳士的で社交的な振る舞いをすることも辞しません」

 

 その場で話を聞いていた一同が顔つきを変えた。前半はともかく、最後の方は快い話題ではないことを示唆していたからだ。

 

「俺がルシウスを探す目的ですが、ルシウスが俺の母の仇だからです。母は俺の目の前でルシウスに殺されました。或いは父の仇である可能性もあります。父は俺が物心つく前に亡くなっていましたが、母によると、腕は立つものの移民故に馴染めていなかった父に対し、ルシウスの方から接触してきたとのことだったので。……仇討ちのためだけに生きるつもりはありませんが、俺の中にルシウスへのおぞましいほどの恨みがあるのは間違いないんです」

 

 その言葉に嘘はないのだろう。ルシウスのことを語るリオから殺気が洩れる。

 

「ヒッ……!?」

 

 弘明を含めた何人かから小さな悲鳴が零れた。

 

「ハルト、殺気が洩れてる」

「……すみません」

 

 それを見てイオリが注意すると、自覚したリオが殺気を収めて謝罪した。

 

「いや、そういう理由があるならば仕方のないことだろうね。……確認したいんだが、君は移民の末裔ではなく、移民の子ということで間違いはないのかな? 分かりやすく言うと、親が未開地を超えてきたのかということだが」

「ええ、そうなります」

「ふむ。……そういうことであれば、そのルシウスなる男に一つ心当たりがある。既に没落してしまったが、我が国における貴族家の一つ、オルグィーユ家の嫡男がルシウスという名だった筈だ。ルシウスは『王の剣』の候補としてアルフレッド卿と鎬を削るほどの実力を持っており、それもあってオルグィーユ家は期待をかけていたが、結果を持たずしてオルグィーユ家は没落、ルシウスも出奔したという流れだったと思う。……真に君の親が未開地を乗り越えられるほどの実力者であるのなら、いくら不意を突こうと殺せる者も限られてくるだろう。そこにルシウスという名を持つのであれば、私にはそれ以外に心当たりがない」

「セリアを攫う際、アルフレッド卿と軽くやり合いましたが、その実力は確かなものでした。少なくとも、名前負けするような人物ではありません。もちろん、当時と今では実力も違っているでしょうが、彼と渡り合えたのなら、そのルシウスである可能性は高そうです」

 

 暫しの思考の末、ユグノーは口を開いた。ルシウスという名だけなら絞り込むのは難しいが、不意打ちだろうと何だろうと、未開地を乗り越えられるような人物を仕留める時点で一定の実力があるのは間違いないだろう。

 判断材料こそ違ったものの、リオもその言葉を肯定した。

 

「そういうことであれば、私も一枚噛ませていただきましょう。こちらとしても恩を売れるのは大きいですからね。それに、私は貴族であると同時に商人です。ユグノー公爵とはまた違った方向から探せると思いますよ」

 

 そこにリーゼロッテが助力を申し出た。言っていることは間違いなく、そもそも人探し自体が難題であるために、リオもユグノーもその申し出を断ることはできなかった。

 生きているのなら、ルシウスが戦いと無縁でいられる筈がない。少なくとも、話を聞いた者にそう思わせるものがあったのは確かだ。

 であるならば、今も冒険者を続けているか、或いは傭兵なりに立場を変えている可能性は否定できない。

 

「冒険者の需要はどこでもありますが、現状で戦の機運が高いのは北方でしょうね。武器に防具に食料、いずれも戦には欠かせませんから商会が絡む隙は少なからずあるでしょう。そしてそれほどの実力者なら、局地的に名が鳴り響いている可能性もありますね。或いは、こちらには部分的にしか聞こえてきていない可能性もあります」

「例えば『天上の獅子団』かね? 実力の高い傭兵団との評は聞こえてくるが、遠方のこともあってか構成員の名までは不明だ。だが、それだけの実力を誇るのであれば、現地に近付くことで構成員の名前が分かる可能性は高い。雇い主も、傭兵団自身も、それぞれに喧伝しているだろうからね」

「そういうことですね」

 

 リオを置き去りに、リーゼロッテとユグノーの口からポンポンと意見が飛び出る。こういう部分は、リオにはない強みだ。貴族ネットワークも商人ネットワークもリオは持っていないのだから。

 リオにできるとしたら、精々が露天商から話を聞くか、冒険者ギルドに買取素材を持ち込んだ際に話を聞くくらいである。当然、上記のそれとは比較にならないほど鮮度は劣る。

 

「はは、頼もしい限りです……」

 

 そう零して、リオは頬を掻くのであった。  

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