「失礼。お気持ちは分からなくもないのですが、些か以上に話が脱線しているような気がするのですが……」
盛り上がるユグノーとリーゼロッテに対し、割って入ったのはボクサ準男爵だった。爵位的には不躾な振る舞いになってしまうが、この場において口を挿むに足る十分な格を持っている弘明とフローラにその様子が見られなかったのだから仕方ない。
「ああ、そうだったね。失礼した」
「こちらも、申し訳ございません」
「いえ。繰り返しますが、お気持ちは分からなくもありませんので……」
同席者たちに謝罪するユグノーとリーゼロッテへ、ボクサ準男爵が強調して告げる。
ユグノーとリーゼロッテの行動には、二人をして重すぎて面倒過ぎる事態に直面したことからの現実逃避が含まれているのをボクサ準男爵は察していた。爵位は低かれども貴族の端くれではあるし、伊達に年齢を積み重ねているわけではないのだ。
面倒なことから目を背けたいというのは貴族も庶民も変わらない。正直、話題に食い込めるのならば自分も仲間に加わりたかったのがボクサ準男爵の本音である。――まあ、それができないからこそ口を挿んだのであるが。
「とはいえ、話を戻そうにも正直……ね」
「はい。状況証拠からの推測でしかないんですよね。それとて、私たちの誰か乃至は全員が狙われた可能性が高い、精霊術士か魔人族が暗躍している可能性がある、というくらいで……」
ユグノーとリーゼロッテは顔を見合わせ、二人揃って溜息を吐いた。
アマンドに向かって飛行船を走らせていたらいきなりブラックワイバーンがやって来て、着陸した町からアマンドに繋がる経路に広がる森には新種の魔物が屯していた。
これが客観的に見た現状であり、片方だけならともかく両方揃えば偶然で片付けるのには無理がある。
それでいて、単独犯なのか複数犯なのかも判断が付かないのだ。
位置的に新種の方はリーゼロッテを狙って用意されたものと考えるのが妥当だが、ブラックワイバーンの方はどうか分からない。新種の存在を知った第三者が、それを利用するべくブラックワイバーンを嗾けた可能性だって否定はできないのだ。
そして、第三者の狙いがリーゼロッテだったとは限らない。もちろんその可能性も否定はできないが、フローラ王女にユグノー公爵、弘明が狙いだった可能性も十分に存在するのだ。
ブラックワイバーンが旋回止まりだったのは、イオリの言う通り完全に操るのは不可能だったからとすれば一定の筋は通る。むしろ、完全には操れないからこそ、新種を利用しようとしたとも考えられる。
こんな感じで、断片的な情報しかない故に可能性は色々と思い浮かぶ。
対処としては狙われていると仮定して気を付けるしかないが、王侯貴族にとってそんなのはいつものことだ。
問題なのは、たとえ気を付けても、自前の戦力では対処できると思えないことだ。新種の方は実際に相手取ってみないと分からないが、ブラックワイバーンの方はどうにもできない。
ユグノーにせよリーゼロッテにせよ、それが普通の見解なのだ。
そして、それを容易く吹き飛ばす友好的な人物が現われたことが、心強くもあり面倒でもあり。
「まあ現実的なところだと、アマンド行きを取り止めて、最優先でガルアーク王国王都に向かわねばならないか」
「ですね。そしてイオリさん、ハルトさん、セシリアさんのお三方には、護衛を兼ねてそれに同行してもらえればと思います。無論、可能な限り上等な待遇を取らせてもらいます」
「理由は幾つかある。暗躍者がいると仮定して、再度ワイバーンなんかを嗾けられても、私たちでは如何ともしがたいのが一つ。そして、大型亜竜の討伐などというのは間違いなく偉業であり、自国でそれが為された以上、フランソワ陛下としては実行者に何らかの誉れを与えねばならないのが一つ。また、最終的にどうなるかは分からないにせよ、仕留めたブラックワイバーンをまずフランソワ陛下に献上する必要があるのが一つ」
ユグノーが指折り数えながら理由を語っていく。その内容は十分に頷けるものだった。
ユグノー一行とリーゼロッテ一行、どちらがメインターゲットかはさておき、ブラックワイバーンを使役したり新種の魔物を用意できたりする暗躍者に狙われている可能性を示唆したのはイオリたちだ。
である以上、護衛としてそれらに対処できる者を求めるのは必然であり、新種を仕留めた実績のあるリオ、ブラックワイバーンを仕留めたイオリに白羽の矢が立つのは自然な話だ。
偉業云々や誉れ云々も分からなくはない。成果を上げた人物を褒め称えないようでは組織として終わっている。その対象が自国民でないにせよ、それを機に自国へと引き込める可能性だってある。有益な人材を求めないのは、やはり組織のトップとして問題があるだろう。
竜種との遭遇自体が非常に珍しいとされている中での大型亜竜の討伐だ。依頼で仕留めたというわけでもないのだから、国で一番偉い人物――国王に献上というのは十分に頷ける。
だから、同行するのも護衛を引き受けるのも問題はない。イオリたちはどの道王都に向かわなくてはいけないのだから。
「納得はできますし、そういうことなら引き受けるのも構いませんが……どうやって運ぶんです、
それが一番の問題だった。順当に考えると飛行船で牽引することになるのだろうが、何せ対象が対象である。ユグノー公爵家とリッカ商会、彼らの乗ってきた二隻の魔導船を用いても不可能だと思えた。ゼルガードならば運べなくはないだろうが、イオリには余程のことでもない限り堂々と人目に出すつもりなどない。
「それで申し訳ないのですが、イオリさんかハルトさんか、どちらか私をアマンドまで連れて行ってもらえませんか? アマンドに行けば、リッカ商会乃至はクレティア公爵家の保有する魔導船がまだありますので、それを持ってこようと思います」
心苦しそうに、それでいて若干恥ずかしそうにリーゼロッテが口を開く。
理由は分からないではない。上等な待遇を約束すると言っておきながら、その対象をタクシー代わりにしようというのだ。いきなりの前言撤回である。これで自分を恥ずかしく思わないのであれば、人として問題があるだろう。
また、いざそれを実行した場合、出会ったばかりの相手に背負われるか抱きかかえられる必要がある。同性ならばまだマシかもしれないが、イオリもリオも異性である。年頃の女性としては羞恥心が働くのが普通だろう。
「そりゃあ交易都市の名を冠するアマンドでも最大手の謳われるリッカ商会だ。船数に余裕があってもおかしくはない。そのトップは同時に公爵家の令嬢というのだから尚更だ。時と場合によっては用途を分ける必要だってあるだろうからな」
貴族としての用事がある相手に商会用の船で乗り付ければ、相手や周りがどう思うかということだ。その逆も然りである。
まあ、貴族としても高位の公爵家であるし、名うての商会の経営者でもあるのだから、大抵の相手は文句を言いたくても言える筈もない。それでも、絶対ではないのだ。特に商会用の船の場合、必ずしもリーゼロッテが運用するとは限らない。
それを考慮すれば、最低でも三隻の船を保有していることだろう。商会用の船に限定すればそれ以上の数を保有している可能性だってある。
「とはいえ、船数に余裕があったとして、すぐに持ち出せるものでもないだろう。如何なトップとて相応の手続きはいると思うが?」
「確かにその通りではありますが、状況が状況ですからね。連れて行っていただけるのなら、遅くとも明日には船を出せるように段取りを付けますよ。正直、如何な亡骸であっても大型の亜竜をあのままにはして置けませんし」
「そう言われると、こっちとしても弱いな。正直、そこら辺まで気が回らずにあの場所に墜としてしまったからな。それを踏まえると、俺が連れて行くのが道理か」
魔物の素材は金に生る。近くの町にはリオたちやリーゼロッテたちがいる。その二点を軸にして、イオリはノワの町の近くにブラックワイバーンを叩き落としたのだ。その時点では国王への献上云々など微塵も頭にはなかった。
「では、お願いできますか?」
「ああ。だがその前に……」
言いながら、イオリは窓際へと近寄り、閉ざされていた窓を開け放った。
「聞いていたな、ホープス」
窓の外に向かって言い放つと、程なく一羽の鳥がやってきた。
「ああ、聞いていた。差し詰め、私は一足早く王都に向かい、アマリ様を通じて件の国王にそのことを伝えればいいのだな?」
「そうだ。頼めるか?」
「仕方あるまい。連絡手段に難があるのも十分に理解したからな。どれだけ効果があるかは分からないが、早めに伝えておいて損はあるまい。その分、受け入れ態勢も早く整うだろうしな。――ああ、それと、マスターがあのトカゲを墜として少しした頃だったか。誰かが空から見ていたぞ。フードを被っていたために全貌は窺えなかったがな」
ついでのように付け加えられたその一言は、とても重要な内容を含んでいた。それを聞いた全員が息を呑む。
「ッ……!? それで、そいつは?」
「分からん。忽然とその場から消えたからな。残留魔力の痕跡から判断するに、どこかに転移したのだとは思うが……」
ホープスは首を横に振る。さしものホープスも、魔術と精霊術に触れて日が浅い。痕跡からどこに移動したのかまでを把握するのには無理があった。
「そうか。その件も一緒に伝えてくれ。最低でも、新種と亜竜のどっちかに絡んでいる可能性は高そうだからな」
「承った」
言葉少なに答え、ホープスは羽ばたいていった。
「あの、今のは?」
「俺の使い魔でホープスといいます。オウム呼ばわりするとすごく怒るので注意してください」
当然の質問に対し、イオリは当たり障りなく返す。アル・ワースについて語った際にホープスにも軽く触れていたので、誰もが『ああ、今のが……』という感じで頷いた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
数日後、イオリたちの姿はガルアーク王国の王都『ガルトゥーク』にあった。
ホープスはきちんと伝言してくれたらしく、割合スムーズに入城が叶った。
なお、ブラックワイバーンの亡骸は近衛の練兵場へと降ろされた。練兵場自体は幾つかあるが、王族の守護を職務とする近衛には限られた者しか就けないし、その練兵場にも限られた者しか立ち入りできない。運送途中で人目に付くのは避けられないが、降ろした後は余分な人目を避けることができるという利点から、この場所が選ばれた次第である。
そんな場所であるから、国王と勇者が姿を見せてもおかしくはない。
「おお、イオリ! ……いやはや、前以て話を聞いてはいたが、これがブラックワイバーンか。なんとも壮観なものよ」
「こんにちは、イオリさん。……これってイオリさんが単独で討伐したのよね? 私も強くなれば同じことができるようになるのかしら……?」
「これは、陛下に沙月さん。壮健そうで何よりです」
フランソワと沙月は、イオリに一声かけてブラックワイバーンを眺める。沙月のセリフから、イオリが単独討伐したことも伝わっていることを察した。
そのまま暫く眺めていたフランソワだったが、やがて満足したのかブラックワイバーンから目を外した。
「いや、挨拶もせずにすまんな。ついつい目を惹かれてしまった」
イオリ以外の面々へと視線をやり、フランソワは謝罪した。言葉だけとはいえ、国王が謝罪することなど早々あることではない。
「無理もございません。本来なら、生きている内にお目に掛かれるかどうかも分からない代物でございますゆえ」
代表してリーゼロッテが口を開いた。
「そう言ってもらえると助かる。ざっとしたことは前以て聞いているが、突き詰めれば込み入った話になるであろうからな。挨拶を含め、続きは場所を変えて行うとしよう」
言うだけ言ってフランソワが歩き出す。
弘明は見るからに不満タラタラだったが、文句を言う前にイオリが物理的に黙らせた。
実際、横柄そうに見えるものの、国王としては何らおかしくない態度なのだ。何せ、人目が限られるとはいえ皆無なわけではない。余人の目がある場所で、自国のトップである国王が下手に出た態度を取れるわけがないのである。
辿り着いた一室には先客の姿があった。別行動を取っていた面々である。雅人にシャルロットの姿もあった。その一方で、世話役たる使用人の姿はない。
「リーゼロッテよ、すまんがそなたの侍女たちに給仕役を頼む。どうせ、既にある程度は情報を共有しているのであろう? ならば、わざわざ席を外させる理由もない」
「かしこまりました」
「それと、余人の目もなくなったことだ。ここからはざっくばらんにいくとしよう。なにせ、話し合う内容が内容であり、同席者の立場も様々だからな。貴族社会のルールに疎い者もいる中で、いちいち言葉遣いなど気にしていられん。そんなことに気を遣うよりは、言い難いことでも言うことに気を遣うべきだろう」
フランソワのその言葉により、話し合いが始まるのであった。