シュトラール地方にいて真実を知ることなどできるわけがないのだから、バックストーリーにはフランソワの作り話の方が採用されることになった。なお、残念ながらそこにリオの意思が反映されることはない。
当然ながら、綿密なバックストーリーの形成には相応の理由がある。
考え得る限り最悪の事態である人魔戦争の再来が起こった場合、その規模がシュトラール地方で収まるとは断言できない。むしろ、伝承に伝え聞く内容から鑑みると大陸全土へ広がると考える方が無難だ。当時を生きた人たちも手を取り合ったであろうが、それでも劣勢だったからこそ、六賢神は使徒たる勇者を遣わした。……真実がどうであれ、流れとしてはそう考えるのが自然なのだ。
しかし、今の時代にそれが可能かどうかを問われると、難しいと言わざるを得ないのが本音だ。大陸の東部とは未開地で分かたれており、長らくの間交流もない。未開地を超えて東に人をやること自体は可能だろうが、どれだけのコストがかかるか分かったものではない。フランソワが王位に就く前から再三と安定的な航路の模索が図られたが、須らく失敗しており、結局はどれだけ難儀であっても陸路を行くしかないという結論に落ち着いたが、それとて決して簡単なことではない。
それでも手を携えなければならないわけだが、シュトラール地方において移民や亜人族の扱いが悪いことが問題となる。
とはいえ、亜人族や移民の扱いに対して一石を投じること自体、シュトラール地方の住民にとっては難しいのが実情だ。それが常態化しているため、たとえ思うところがあったとしても実行には二の足を踏む者が大半だろう。である以上、そこに一石を投じる者には相応の理由が必要となる。
その点において、リオは実に打ってつけなのだ。作り話とはいえ大部分が事実に即しているので、ある程度は過去を追うこともできる。未開地以東のことはさて置き、誘拐されたフローラ第二王女を救い、王立学院への入学を許されたスラム育ちの特待生がいたことは、ベルトラム王国の貴族なら調べればすぐに分かるだろう。
東の王族に連なる血脈を持ち、西の実態を知る者。そういう存在であれば、現状の打開に一石を投じても不思議ではない。
「恨むぞ、イオリ……」
「諦めろ。言い出しっぺであるからには俺も協力する。黒竜殺しの傭兵にして、傭兵団『エクスクロス』所属のアイオライトとしてな」
「じゃあ私は、同じくエクスクロス所属の傭兵、アクアマリンですね」
ジト目を寄越すリオに対し、イオリは肩をすくめて言ってのけた。アマリがそれに続く。
「ふむ、上手い手ではあるな。立場を隠して旅人のハルトとして活動していたリオは、契約精霊の導きもあり、傭兵団エクスクロスと知遇を得、その協力を得ることに成功する。同時、ガルアーク王国に召喚された勇者、サツキ・スメラギの友人を奴隷商より救い出す。その功績もあり、ハルトとしてガルアーク国王フランソワに召喚されたリオは、その正体を明かし、亜人族と移民に対する迫害停止への協力を要請する。折しも勇者が召喚されてから間もない時期だ。勇者サツキがそれに同意を示せば、国王たるフランソワとて無下にはできず、その要請を受諾する。また、勇者が召喚されたという事実そのものが、一つの危惧を抱かせることも要因であった。すなわち、人魔戦争の再来である。これが実現した場合、今のままでは如何ともしがたい。その危惧が、フランソワを後押ししたことも否定はできない。……周囲に対する一定の説得力は持ち得よう」
イオリとアマリの言葉を聞いたフランソワが、バックストーリーに調整をかけていく。
それもまた、概ね事実と間違ってはいない。
「では、そこに私も一枚噛ませてもらおうか。旅人のハルトは、冒険者としてギルドに登録しているわけではないものの、各地で魔物を仕留めては素材を売り、それを路銀の糧としていた。それは冒険者ギルドより情報を得るための手段ではあったが、その一方で腕利きとして注目を集めるためでもあった。それが奏功し、ベルトラム王国の公爵であるユグノーの目に留まり、一つの依頼を受ける。それはユグノー公爵の政敵であるアルボー公爵の嫡子、シャルル・アルボーの結婚式へと乱入し、これを台無しにするというものだった。依頼を受けたハルトは見事にこれを成功させ、花嫁であるセリア・クレールを式場より拉致する。過去の自身に暗殺者を放った当人であるユグノーの依頼を受けたのは、シャルルに恨みがあったからであり、その結婚相手が他ならぬセリア・クレールだったからでもある。そう、学院所属時代、自分に対して唯一親身に接してくれた相手がセリアだったのだ」
「式場より拉致された私はユグノー公爵と合流を果たし、王国貴族の一員としてフローラ王女に協力することとなった。……こんなところですか?」
「まあ、そんなところだね。……そして、後日に再会したとき、私はセリア君の態度もあってハルトの正体に気付く。無謀な依頼を成功してみせた手腕、王の剣と渡り合った実力、それを評価すると同時に恐れた私は過去の行いをリオへと謝罪。リオは二つの貸しと引き換えに謝罪を受け入れた」
そこにユグノーまで加わった。それを受けてセリアも口を開く。
やはり、これもまた概ね事実と間違ってはいない。
リオを余所に、どんどんと背景が構築されていく。
「もう、好きにしてください……」
諦め気味にリオは呟く。
それからも皆がそれぞれに口を出し、あーだこーだとバックストーリーが構築されていった。必要なのは、『大国の王なり高位貴族なりが協力してもおかしくはない』と周りが思うことである。聞いた者が心底から信じる必要はない。完全に否定できなければいいのだ。
「ふむ、こんなところか……。しかし、いざこれを実行しようとすれば、やはり東の者たちの協力も必要であろうな」
ある程度構築が終わったところで、フランソワが口を開いた。
「当然、使者の派遣は必要でありましょう。仲介はハルト君にしてもらうにせよ、溝が深いのも事実でありますからな。使者の立場も重要になります。ですがそもそもの問題として、未開地を超えられるのか? という問題が付き纏いますが……」
「問題はそこよな。……どうだハルト、足手纏いを連れて未開地を超えられるか?」
「……精霊の民の里にお連れするだけなら問題はありません。彼らの厚意により、里への転移魔法が込められたアーティファクトを頂いていますから。一度使用すれば、再使用まである程度の魔力充填期間が必要になるので連続使用はできませんが……」
水を向けられたリオは、暫し悩んだ末に正直に語った。あまり表沙汰にしたくないのも事実だが、これによってシュトラール地方における亜人族の扱いがよくなる可能性があるのも確かなので、言った方が良いと判断したのだ。それに、リオにだって最悪の事態に対する危機感がないわけではない。
「転移魔法が込められたアーティファクトとな? いやはや、そんな物をポンと渡すとは、精霊の民とは何とも豪気なものだ。こちらにもそういうアーティファクトがないわけではないが、めったに出回るものではない挙句に使い捨てだ」
そう言ったフランソワは、感嘆の息を吐いた。
「元よりそんなわけにもいかなかったが、これはますます生半な者を使者にするわけにはいかんな……」
次に、難しい表情で溜息を吐く。
使者となる者にはある程度の身分の高さが必須だが、身分が高ければそれでいいというわけではない。自国の利を考えつつも、相手を慮れる能力が必要となる。常ならば十分に熟せる能力を持つであろう者たちも、その相手がシュトラール地方では迫害を受けている亜人族であり、おまけに便利なアーティファクトを持っているとなれば、横柄な態度に出る可能性が無いとは言えない。
いや、それを言うならば、リオにだって一定の敬意を払える人物でなければいけないのだ。そもそも国をでっちあげるに当たってリオを旗頭にしたのは、精霊の民から一定の信頼を受けていることが理由として大きかったのだから。
でっちあげの国だとて、実際にやり取りをするとなれば、いつまでもリオだけが応対するわけにはいかない。それでは周りに疑問を持たれる。難儀な行き来を考えれば少数で構わないが、逆に言えば少数でも該当国民からの協力者は必須なのだ。話に聞く限りではあるが、その点において精霊の里の民は打ってつけであり、だからこそのリオだったのだ。
「では、使者には私がなりましょう。ハルト様の協力を得れば如何に往路は安心だとて、復路はそうと限りません。そんなお役目に王女が就いているのですから、向こうとてこちらの本気と誠意を汲み取ってくれることでしょう」
悩むフランソワに対し、シャルロットが立候補した。
「当人の立場や能力だけなら、それがベストな人選なことは認めるのだがな……」
しかし、フランソワはすぐに頷くことをしない。当然だが、王女となれば護衛が必須となるのだ。だが、大々的に付けることはできない。それでいて、シャルロットの親衛隊長は些かシャルロットに熱を上げ過ぎている。それが忠誠心として働いている分には構わないのだが、その行き過ぎた忠誠心が問題を引き起こす可能性を否定はできないのだ。常ならばどうとでもできようが、此度の相手は話が異なる。
「なるほど、お父様の危惧はルイーズですか。そこを持ち出されると私も否定はできませんわね」
フランソワが何を言いたのかを察し、シャルロットは同意を示した。
「横から口を挿みますが、王女がドグマを学ぶという話はどうなってますか?」
「ああ、その件ですか。既に学んでおりますわよ。とはいえ、未だそこまで成果が出ているわけではありませんが。……それが何か?」
「いえ、既に実行されているのであれば、アマリを護衛として連れていけばと思いまして。曲がりなりにも師という立場を確保できたのなら、王女に同行してもおかしくはないでしょう」
「それはそうなのだが、生憎とアマリには実績がない。何事かあった場合、本当にシャルロットを護れるのか? そういう疑問が必ず周りから上がると思うのだ。特にシャルロットの親衛隊からな。……いや、そうか。イオリも護衛として同行すればいいのか。なにせイオリには既に黒竜殺しの実績がある。少なくとも、その実力については誰も文句を言えん」
「あ~、そういうことなら、俺も一緒に行きたいんですけど……。イオリ兄ちゃんがいない間はアマリ姉ちゃんからドグマを教わってたけど、やっぱり男同士の方が色々と気兼ねしないというか……」
おずおずと手を挙げたのは雅人だった。そう言われると、イオリとしては否定しにくかった。
「そうですね、雅人の同行はありかもしれません。俺としても、義妹の友人になってくれれば嬉しく思いますし。いえ、それを言うなら美春さんたちにも同じことが言えるんですが……」
そこにリオが口を挿む。リオが同意する以上、その意思を無下にはできない。
「ふぅむ。そもそもとして、一度に何人がそのアーティファクトで転移できるのだ? 同行人数はそれにもよるだろう」
「明確に何人とは言えませんが、使用者である俺を中心にしてある程度までは転移できます。ただ、帰りを思えば人数が多過ぎても問題ですが。必然的に、空を飛べる者が抱えて戻ってくることになるでしょうし」
「つまり、ハルト、アイシア、イオリ、アマリで運べる人数に限られるということだな。うち、シャルロットとマサト殿を確定とすると、残りは二枠か」
「そういうことなら、リーゼロッテも同行なさいな。場合によっては、携行品に限られるでしょうけど何かしら向こうと交易できるかもしれないわよ?」
「む、痛いところを突きますね。確かに魅力的なお言葉ではありますが……」
シャルロットがリーゼロッテを誘う。その言葉は尤もであるし、関係性を深めるための一手にもなり得る。それを理解するからこそ、リーゼロッテも悩まずにはいられない。もっとも、王族からのお言葉である時点でほとんど拒否権は無いのだが。
「お願い、リーゼロッテさん! お米とか味噌とかお醤油とか、向こうにそういうのがあったら是非とも持ってきて! どんな物かは雅人君とかイオリさんやアマリさんに聞けば分かるだろうから!」
そこに、沙月が強い希望を出した。交易という言葉を聞いて、いてもたってもいられなかったのだろう。そもそも、ヤグモという言葉の響きは沙月たちにとって故郷を連想させるものであり、その名を知った時から強い興味を惹かれていたのだ。未開地以東とはいえ今回赴くのはヤグモ地方ではない。それは沙月も分かっているが、希望する物が存在しないとは断言できなかったのだ。
「勇者である沙月様にまでそう言われては、尚更断れませんね。分かりました。お米にお味噌にお醤油ですね? 私も気をかけておきます」
こうして、リーゼロッテの同行も決定した。
「残る一枠は俺がいくぜ」
そこで声を上げたのは弘明だった。
『ヒロアキ様!?』
当然、彼を掲げるユグノーたちが一斉に驚愕の声を発した。
「きちんと理由はあるぜ。そもそもとして、勇者が本当に精霊と契約しているのかを調べる必要があるんだろ? んで、その里には準高位精霊とやらがいるらしいじゃねえか。そいつに調べてもらおうと思ったら、勇者である俺たちのどちらかが行くのは確定じゃねえか。精霊術士であるそいつに調べてもらったが、分からなかったしな」
その理由は真っ当なものであり、だからこそユグノーらも一概には否定できない。
「理由は真っ当だが、そういうことなら沙月さんの方を連れていくぞ、俺は」
「ですね。沙月さんと坂田君なら、私だって沙月さんの方を選びます」
しかし、弘明の同期であるイオリとアマリが揃って否定の意を示した。
「何でだよ!?」
『礼儀』
思わず叫ぶ弘明だったが、端的な一言でバッサリと両断された。
ユグノーたちからも否定の声は上がらない。礼儀や言葉遣いといった面で、弘明に問題があるのは彼らとしても同意だからだ。
そして、沙月と弘明を比べると、明らかに沙月の方が礼儀正しい。それは弘明以外の全員が認めるところだった。
「ともあれ、ヒロアキ殿の言うことも尤もか。……どうする、サツキ殿?」
「……行っていいんですか?」
「是非もあるまい。その精霊に調べてもらおうと思ったら、いずれ勇者自身が行かねばならぬのだ。後々はともかく、関係が浅いうちは呼ぶ付けることも叶わぬであろうしな」
「そういうことなら、行かせてもらいます。シャルちゃんたちと一緒に帰ってきますので、そこは安心してください。あと、その間は美春ちゃんたちのことをお願いします」
「当然である」
かくして、最後の一人は沙月で確定した。イオリ、アマリ、リオ、アイシア、雅人、沙月、シャルロット、リーゼロッテ、この八人で精霊の民の里へ赴くことになる。
とはいえ、いきなり行くわけにはいかない。アポイントは必要である。当然、その役目はリオが仰せつかることとなったのであった。