「使者が決まったはいいものの、これだけでは片手落ちよ。移民や亜人族の迫害階級からの解放を謳ったところで、実現の目途が立たなければ絵に描いた餅に過ぎん。ある程度の成果が出ていないことには、如何にハルトの仲介があったところで向こうも信じられぬであろうしな」
それだけ、双方の壁は厚いのだ。そもそも、精霊の里の民が未開地に居を構えたのは、シュトラール地方における迫害から逃れるためだったのだから。
それでも、最悪の事態を思えば手を取り合うことは可能かもしれないが、その場合、それが実現するのはその最悪の事態がもっと現実味を帯びてからになるだろう。
だが、それでは遅いのだ。真に最悪の事態に備えるのなら、もっと早くから手を取り合う必要がある。そのためには、ガルアーク王国としても精霊の里の民に対して誠意を示さなければならない。最も効果的と思われるのが、シュトラール地方における移民や亜人族の扱いをどうにかすることだ。
とはいえ、シュトラール地方という広い範囲のこと。ガルアーク王国が如何な大国とはいえ、どこまでのことができるかは分からない。ならば、せめて自国内だけでもある程度の成果を出してみせなければならないだろう。
「そこについてですが、あのブラックワイバーンを利用するのはどうでしょう? あれを仕留めたのはエクスクロス傭兵団のアイオライトですが、そのアイオライトはヘキサグラム精霊国初代国王リオに雇われていたのですから、フランソワ陛下もリオの意向を無視はしきれないでしょう。黒竜の討伐成功自体が寝耳に水の果報なのですから、その素材を活動費に充てたとしても何ら不思議はないと思いますが?」
フランソワの言葉を聞き、イオリが意見を述べた。
ヘキサグラム精霊国の国王リオは、シュトラール地方の大国たるガルアーク王国の国王フランソワと繋ぎを取るべく、仕留めたブラックワイバーンを献上した。それも大型のものである。
天災とも言われる大型の亜竜を献上された以上、フランソワもまた相応のモノを返さなければならないのだ。でなければ、王としての面子が立たない。
言ってみればそういう筋書きだ。
「道理であるな。このような降って湧いた話に国庫を使えば反発も凄まじかろうが、そうでないなら話は別よ。……ブラックワイバーンを仕留めた傭兵の雇い主は、未開地に居を構えるヘキサグラム精霊国とやらの国王を称しており、シュトラール地方における亜人族や移民の扱いを快く思ってはいない。話の真偽はどうあれ、雇っている傭兵の武力の高さは本物である。国益のためにも繋がりを強めるべきと判断したガルアークの国王フランソワは、献上されたブラックワイバーンを利用することにした。……ふむ、いいのではないか?」
「ですね。広く国内に呼びかけましょう。移民や亜人族を奴隷として抱えている者は、それを王都へと連れてきて王宮へ引き渡すべし。該当する奴隷とブラックワイバーンの素材を交換するものとする。ただし、これは国交が絡む施策である。素材欲しさに無理矢理奴隷にしたなどという事実が判明した場合には、逆にその者を罰することとする。また、奴隷の状態次第で渡される素材も変動するものとする。……草案としてはこのようなところでしょうか?」
「で、あろうよ。ブラックワイバーンの素材がほしい者であれば、これを知った段階からでも扱い方を変えるであろう」
ガルアーク王国では真竜亜竜を問わず目撃情報自体が少ない。それでいて、力は真竜に大きく劣るとされる亜竜にすら勝てるか分からないのが実情だ。相手が小型の亜竜で、条件を整えれば勝てるかもしれないといったところか。大型の亜竜が相手となれば不可能命題にも等しい。
であるからして、大型亜竜の素材には計り知れない価値があるのは間違いない。鱗の数枚にも大金が付くだろう。
亜人族や移民の奴隷と引き換えに、そんな大型のブラックワイバーンの素材が手に入るのだ。ノワから王都まで複数の飛行船を使って牽引したため、王宮にブラックワイバーンが運び込まれたのは簡単に確認できるだろう。そこに先のような触れが出回れば、多くの者が目の色を変えるに違いない。本来、亜竜の素材は金を積み上げて手に入るものでもないのだから尚更だ。
だからこそ、目の色を変えすぎる者の出現を危惧するのは道理だ。それこそ、別の意味での亜人族狩り移民狩りが起こりかねない。故に、触れの中にはそのためのブレーキも加える。
その一方で、穏当な効果を発揮した場合でも、奴隷商らが報酬欲しさに他国から連れてきてくれる可能性を否定はできない。むしろ、それこそを期待していると言ってもいい。
「ふむ。蛇の道は蛇とも言う。せっかくだから、そなたが捕らえた奴隷商も使わせてもらうとするか。幸い、まだ処分はしていなかったのでな」
「ああ、あの……」
フランソワの言葉に、イオリはこの世界にやって来た日を思い出した。割と濃い日々の中で半ば忘れかけていたが、ファーストコンタクトの相手は確かに悪徳奴隷商だった。
悪徳商人には悪徳商人専用の繋がりがあるもので、そちらでしか手に入らないモノも中にはある。人であれ、物であれ。
「良いお考えかと」
「私も協力致しましょう。我が商会では奴隷を扱ってはおりませんが、だからといって奴隷商との繋がりがないわけではありませんので。商会スタッフの中には元が奴隷だった者もおりますし」
リーゼロッテも声を上げた。分野違いとはいえ、最大手の商会であるリッカ商会の協力が得られるのは大きい。
「それと、これは個人的な要望ですが、広い土地を持つ家を頂戴したいですね。仮にも傭兵団を名乗る以上は、ある程度の体裁を整えたいですし」
「それもまた道理であるな。ヘキサグラムに雇われているが、エクスクロスはあくまでも傭兵団。無名であろうと有力者であるのなら、これを機にガルアーク王国が繋がりを深めようとしてもおかしくはない。実際、団員であるアクアマリンは我が娘の教導を引き受けてくれているわけであるからな。そこに黒竜の討伐も加われば、褒賞として土地を与えたところで文句は出んだろう。不満は持たれるかもしれんがな。……ふむ、イオリよ。エクスクロスだが、傭兵団の頭に『教導』の文字を付けぬか?」
「エクスクロス教導傭兵団……ですか?」
「うむ。ただ武働きをするだけではなく、依頼主が望むのであれば教導も行う。精霊術然り、ドグマ然り、或いはそれ以外もな」
「……なるほど。リオにはヘキサグラムの国王を任せ、ハルトにはエクスクロスの団長を任せるわけですか」
「然りよ。イオリもアマリも異界からの稀人であることに違いはないからな。それがいつになるかは分からぬが、そなたらが元の世界に帰った後のことまで考えれば、この世界の者が長を務めるのが道理だろうて」
そもそも、ヘキサグラム精霊国自体がでっち上げの国なのだから、リオが活動する際の主体はハルトとなる。そして、無頼の旅人よりは何がしかの肩書があった方が色々と役立つのは確かだ。
「なるほど。ハルト君が傭兵団の団長であるならば、セリア君の一件で私が依頼したという話にも信憑性は出ますな」
それも否定はできない。いくらダメ元の鉄砲玉としての機能を求めたとはいえ、公爵が一介の旅人に依頼を持ちかけるというのは確かに無理があるのだ。だが、その相手が傭兵という立場なら話は別となる。依頼内容を鑑みれば、重要なのはその肩書であり、名が広まっているかどうかは関係がないというのも信憑性を後押しする。
「お偉いさんが正体を隠して活動って、まるで水戸黄門ね」
『ああ……』
沙月が日本人にとって広く知られた名称を挙げると、日本人たちは揃って納得の意を示した。
「それはともかく、リーゼロッテさんにも同様のお願いをします」
「アマンドにも居を構えたいと?」
「ええ。この世界に跳ばされて思ったのが、何よりも移動手段や伝達手段の不便さについてなんですよね。なので、移動を緩和すべく各地を転移陣で繋げようかと。まあ、陣を刻むにも色々と条件があるのでどこもかしこもというわけにはいきませんし、あまり大々的に行えることでもありませんが……」
「契約金代わりに拠点をいただき、それを隠れ蓑にするということですね?」
「そういうことです」
「危険が大きくはありますが、大きな利益が見込めるのも確かですね。もちろん、私どもも利用させて頂けるならですが……」
転移陣を介して武装勢力を送り込まれる可能性を否定はできないが、移動時間が大幅に短縮できるのは大きな魅力だ。
「利用者を厳選していただけるのなら構いませんよ」
「ちなみに、陣を刻むための条件というのは?」
「やはり転移ともなれば大幅に魔力を消費しますからね。人にもよるでしょうが、とても個々人で賄ってはいられません。なので、基本的には龍脈を利用することになります。必然的に龍脈から大きくズレた場所には陣を刻むことができません。ただまあ、ある程度発展している都市であれば、大抵は条件を満たしていると思いますけどね」
「たしか、繁栄が約束された土地を龍穴と言い、龍穴に向かって大地を走るエネルギーの流れを龍脈って言うんだっけ?」
沙月が龍脈に対する補足を入れる。
「ええ。もっとも、自然の河川同様、何かしらの要因でその位置を変えることがあるため、恒久的な機能を約束できるわけではありません。ただ、一朝一夕で大河の流れが変わらないのも事実ですので、そんなに気にする必要もありませんけどね。龍脈を利用するにしても、転移の魔力源に留めている限りは問題ないでしょう。人にとっては膨大ともいえる魔力でも、星の魔力と比べれば然程のことではありません。それでも、塵が積もれば山となるので油断や慢心はできませんが……」
「なるほど。その考えに則るならば、大都市や発展している都市ほど、龍脈の流れの上に位置しているというわけか……」
ユグノーが納得したように頷いた。
「条件は分かったし、土地を与えるのも吝かではないが、実際の場所に関しては要検討ということになるな」
「当然でしょうね」
こうして、イオリに対して黒竜討伐の褒賞に、フランソワとリーゼロッテよりそれぞれ拠点が与えられることが確定した。
「さて、他に話し合うことはないか? 何か気になることでもいいぞ」
「召喚された勇者に関してですかね。ガルアークに一人、ベルトラムに二人、セントステラに一人として、残りの二人に関して何か情報は入ってますか?」
「そこに関しては芳しくないのが実情だな。特に黄色と白色の柱が立ったのは北方であり、小国の乱立地帯だ。これでは絞り込むにも絞り切れん。勇者が勇者として認識されていない可能性もある」
イオリの問いに、フランソワは難しい顔で答える。
「近々、北方に人を遣ることになりましたので、そういうことであればそちらに関しても商会で調べさせていただきます」
「頼めるか、リーゼロッテよ」
「お任せください」
「その際ですが、よそ者や移民、指名手配者を目安にすると見つけやすいかもしれません。あとは、現地では『聖地』として扱われている場所だったりですかね。勇者を召喚したのが聖石である以上、どこかに祀られていたとしても不思議はないですが、場所が小国の乱立地帯となっては、祀られている理由だったり、そもそも祀られている場所そのものが忘れ去られている可能性も否定はできません」
「むぅ……。召喚場所が小国であれば、そういう可能性もあり得るのか。盲点であったな。あくまでも自国を基準に考えておったわ」
「我々もです。大国であるベルトラムとガルアーク、閉鎖的なセントステラは情報が残っていてもおかしくはありませんし、割とすぐに勇者と結び付けることも可能でしょうが、イオリ君の言う通り、興亡著しい小国の乱立地帯であればそれも難しいでしょう」
フランソワとユグノーは難しい顔で唸った。大国故の盲点を指摘された形である。しかし、可能性としては決して否定しきれない。
「ファーストコンタクトの相手が相手だったこともありますが、俺たちも奴隷にされかけましたしね。目立つ登場をしたところで、それが勇者と結び付かなければどんな対応になってもおかしくはありません」
「とはいえ、下手に声明でも発表しようものなら、勇者を担ごうとする勢力による『勇者狩り』が起こる危険性もある」
イオリの言うことは尤もだが、フランソワの危惧も十分に頷けるものであった。小国なればこそ、余計に権威を欲するだろう。その点において勇者は打ってつけだ。
「取り敢えず、遣わす者にはそれらの注意点や危惧も合わせて伝えておきます」
「そうしてくれ。……いやはや、よもやここまで人手不足を痛感する日が来ようとはな。王位を継いだ日には思ってもみなかったわ……」
椅子に凭れ掛かったフランソワは、疲れたように溜息を吐くのだった。
原作において勇者として北方に召喚されたレンジとエリカですが、フランソワもユグノーも一切の捜索姿勢を見せていないことに違和感があります。
話の都合と言ってしまえばそれまでなんでしょうけど、原作における勇者への尊重姿勢を見るに、政権争い真っ只中のユグノーには余裕がないとしても、大国の王であるフランソワは何かしらの手を打つべきだとも思うわけです。
そんなわけで、本作では北にも関心を示しますし動きも見せます。