精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

21 / 61
第20話

「おう、リオ殿! 今回は割と早いお戻りだったな!」

 

 精霊の民の里の最長老の一人、エルダードワーフのドミニクがリオへと朗らかに声をかけた。

 フランソワたちとの話し合いの翌日である。勇者が召喚された以上、最悪の事態がいつ起こってもおかしくはない。

 また、勇者と神装、そして六大精霊との関連性についての推測もある。

 今後を鑑みての協力を要請するため、そしてその推測を伝えるため、リオは朝も早くから精霊の民の里を訪れていた。

 

「ええ。ただ、今回は少々厄介事を抱えておりまして。勝手ではありますが、皆さんの助力を得られればと思っています」

「厄介事とな? ともあれ、詳しく聞かせてもらってもいいだろうか?」

 

 同じく最長老の一人であるハイエルフのシルドラに促され、リオは前回里を出立してからの経緯を語った。

 

「なるほど。過日、シュトラール地方の方角から膨大なオドとマナの奔流が押し寄せたのはそういうことであったか……。異界より人を召喚する魔法が同時に六つも起こったのなら、あの奔流も頷けるというものよ」

 

 そう言ったのは、これまた最長老の一人である、狐獣人の老婆アースラだった。リオの義妹であるラティーファの祖母でもある。

 

「ところで、本日はリオ殿の契約精霊は連れてきておられぬのか? 話を聞くに、眠りから目覚めたんだろう?」

「申し訳ありません。先に言った通り、勇者召喚に巻き込まれる形でこちらに来た人の中には言葉の分からぬ人もおりますので、俺の契約精霊であるアイシアには通訳の手伝いをお願いしているんです」

「そういうことであれば仕方ないか。言葉の壁は厚かろうし、一朝一夕で覚えられるものでもないからな」

 

 最長老たちは理解を示しつつも、残念そうな表情を浮かべた。

 

「して、ガルアーク王国とやらの国王から親書を預かってきていると?」

「はい。私も最初は皆さんのことを秘匿するつもりだったのですが、話題が話題なためそれでいいのか分からなくなり、結果として皆さんのことを打ち明けました」

「そこまで気に悩むことはない。リオ殿と同じ状況に陥れば、我らとて悩んだ末に口を開こう」

 

 苦渋の表情を浮かべるリオに対し、慰めるようにアースラがそう言った。

 

「それによ、その推測にはこっちとしても頷ける部分がないわけじゃないんだ。あくまでも祖先の遺した文献や口伝によるものだが、人魔戦争の初期、七柱目の神は俺たちの里を訪れ、里の戦士や高位精霊たちに魔との戦いへの協力を要請したらしい。事態が事態、大部分はそれに応えてシュトラール地方に赴いたらしいが、その大半は帰らぬ者となったそうだ」

「勇者が現れたのは人魔戦争の末期だとされている。どこからともなく現れ、六賢神が創り出した神の武器を装備していたと伝わっている。既に高位精霊は消失し、赴いた里の戦士たちも大半が亡くなった頃だったから、大いに助けとなったそうだ」

「また、勇者の出現とどちらが先かは分からぬが、同じく末期には再度七柱目の神が里を訪れたらしい。もっとも、その理由は不明だが。ただ、その時点で他の六柱の神々から追放されたらしいことは記録に残っている」

 

 三人の最長老が口々に言う。

 

「それは……聞けば聞くほど、六賢神が怪しく思えてきますね」

 

 この話を聞くまでは、伝えられぬ七柱目の神が問題を起こした可能性もあった。しかしこの話を聞くと、問題を起こしたのは六賢神の方で、七柱目の神は反対したものの力及ばなかったと考えた方が道理が立つ。何故ならば、目的不明なものの七柱目の神が末期に里を訪れ、自らが追放されたことを言い残しているからだ。

 

「うむ。帰らなかった高位精霊と戦士のうち、果たして如何ほどが魔との戦いで消えたのか? リオ殿の話を聞けば、我らとてそう思わずにはおれん」

 

 或いは六賢神の手の者に口封じされた可能性も捨てきれない。

 

「しかし、最長老様たちの話を聞くと、或いは精霊も六大精霊ではなく七大精霊だった可能性が浮かびますね。神が七で精霊が六ではバランスが合いませんから。もしくは、精霊でなくとも残る一枠を埋める存在が他にいるか、ですかね」

「リオ殿の言うことは尤もだが、精霊の数が六ってのは間違いねえと思うぜ。可能性があるとしたら、他の存在なんじゃねえか?」

「神でも精霊でもなく、それでいてそれに匹敵する存在……竜?」

 

 真っ先に思い浮かんだのは竜だった。前世においても、ドラゴンは神に匹敵、或いは凌駕する存在というのが定番だった。

 それに加え、カラスキ王国において友誼を結んだサガ・ハヤテから聞いた話が心に残っていたことも一因だ。

 

「これはヤグモ地方で聞いた話なんですが、かの地には『英雄王リュオ』という人物のことを語る昔話があるそうです。出だしとしてはこうです。……俺の両親の生まれであるカラスキ王国が誕生するよりも更に前、千年以上も昔、地には邪の者たちが蔓延り、民衆の暮らしを脅かしていた。土地は荒らされ、大勢の死者が生まれ、人々は絶望の最中にあった。そこに現れたのが一人の英雄。民から『リュオ』と呼ばれることになる存在だった……」

 

 リオは話の続きを紡ぐ。一度聴いただけではあったが、自らの名前の引用元という可能性が強かったためか、強く記憶に残っていた。或いは、話半分に聞いても、そのリュオの為したことが出来過ぎているからだろうか。

 曰く、リュオは強く、優しく、とても偉大な人物だった。

 曰く、当時の人々が為す術なく手も足も出なかった者たちを、たった一人で簡単に討ち滅ぼした。

 曰く、飢えて死にそうな者がいれば施しを与えた。

 曰く、死にそうな怪我を負った者がいれば瞬く間に治癒してしまった。

 曰く、当時はヤグモ地方にもほとんど使い手がいなかった精霊術を人々に教え広めた。

 曰く、曰く、曰く、曰く、万事が万事この調子であり、とてもじゃないが一個人に為せたことだとは到底思えない。

 話の中で唯一の欠点として挙げられているのも、邪の者たちの本拠地を攻めに行っている間、侵攻を受けた者たちを護れなかったことのみである。

 

「話を聞かせてくれた人は、これが本当にあったことなのか、リュオが実在した人物なのかも分からないと言っていました。ですが、これが人魔戦争期のことを指し示している可能性は否定できません。むしろ、符合する点が多過ぎます。そして、リュオが竜王を指し示しているのだとすればどうでしょうか。竜という、ただでさえ強大な生物です。その王ともなれば、一体で七賢神や六大精霊と渡り合えたとしても不思議はありませんし、話の中で挙げられたようなことを成し遂げても納得はできます」

「なるほど、次代の流れの中、伝えるうちに竜の王がリュオへと変化したってことか。有り得ねえ話じゃねえな。まあ実際に竜の王なんて存在がいるのかすら分からんが、亜竜はまだしも、真竜は目撃証言が無いに等しいからな。俺たちもよくは知らねえ。しかし、だからこそ存在する可能性は否めねえし、準高位精霊や高位精霊の方々みたいに人型を取れる可能性も否定はできねえ。そして人型を取って介入したならば、人として語り継がれていても不思議はねえ」

 

 リオの仮説を聞いたドミニクは、唸りながら答えた。

 シュトラール地方では六賢神が伝えられ、精霊の民の里では六大精霊が伝えられている。そのいずれもが超常存在だ。ならば、ヤグモ地方にも伝えられるべき超常存在がいておかしくはない。しかし、七賢神が六賢神になったように、人々の記憶から忘れさられることはあるし、伝える過程で変化することもある。英雄王リュオの昔話が、その名残という可能性を一概に否定はできなかった。

 

「いや、待てよ。末期に里を訪れたという賢神の目的が、その竜王への協力要請だったとすればどうだ? 位置的に里へ立ち寄っていたとしても不思議はねえ」

「他の賢神の手により、六大精霊は身動きを封じられてしまった。救い出すにも自分一人では如何ともしがたい。それ故の竜王への協力要請か……」

「民衆の中にはリュオの隣に立って戦える者など誰もいない。にも拘らず、リュオはたった一人だけだが同行者を連れていった。この同行者が協力要請に来た七柱目の神だとすれば、一応の筋は通るか」

 

 これも現時点では推測に過ぎない。だが、やはり情報が足りな過ぎて頭から否定できないのも事実だった。

 神魔戦争に対する新たな見方ができてしまったこともあり、場に重苦しい空気が満ちる。

 

「脱線してしまいましたね。……こちらがガルアーク王国国王フランソワ陛下からの親書です。確認をお願いします」

 

 それからどれだけ経ったか。リオは親書を取り出して最長老たちへと渡す。多少なりと空気がマシになることを願いながら。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ブッハハハハ! おいおい、マジかよこりゃあ! リオ殿を国王に据えた国をでっちあげ、それと国交を交わすとは、何ともぶっ飛んだことを考えるもんだ!」

「しかし、馬鹿にできたものではないぞ。未開地によって隔てられているから、向こうの国はこちらの実態を確認できん。赴いた使者が『国があった』と証言すれば、それが事実と化してしまうのは間違いない」

「こちらが了承するのであれば、後日正式に王女を使者として寄越すとのことだが……」

 

 親書を読んだ三人の反応は様々だった。ドミニクは笑い、シルドラは唸り、アースラはリオへと質問を投げかける。

 

「一応、人選は既に決まってまして、俺とアイシア、勇者として召喚された皇沙月さん、それに巻き込まれた千堂雅人、葵伊織、天野亜真里、そしてガルアーク王国の王女であるシャルロット殿下、公爵令嬢にして自身もリッカ商会という巨大商会を経営するリーゼロッテ・クレティア嬢、合計で八人です。ただまあ、向こうも色々と面倒な状況ですので、人選に変更が加えられる可能性もありますが……。このうち、イオリとアマリさんは以前に別の世界に召喚されたことがあるらしく、ドグマという精霊術とも魔術とも異なる魔法を修めています」

 

 リオはまず人選について答えた。ただ、あくまでも予定であることを強調することも忘れない。特に北に召喚された勇者の消息が不明な以上、単独で強大な実力を誇るイオリが派遣される可能性は十分に存在する。

 

「向こうは今後の円滑的なやり取りを見据えて、条件に合うようであれば転移陣の設置を希望しています。ドグマによる転移陣とのことで、魔力源として龍脈――大地を流れる魔力を利用するそうです。また、ドリュアス様に沙月さんを視てほしいと」

「転移陣については流石に即答できん。少なくとも、向こうの人柄を見た上でなくてはな。ドリュアス様については……」

「私は構わないわよ。話は聞いてたけど、本当に勇者が精霊と契約状態にあって、その神装とやらに六大精霊が封じられているのなら、私としてもどうにかしたいしね。ただ、君が視ても分からなかったんでしょう? だったら、私が力になれる保証はないわよ?」

「それでも構いません。元より情報が色々と足りていない状況ですので。それに、やってみなければ結果は分かりません」

「まあ、それはそうだけどね」

 

 ドリュアスは肩をすくめた。

 

「それで、使者の受け入れに関しては如何でしょうか?」

「受け入れよう。危ない橋を渡るのは確かだが、シュトラール地方に取り残されている数多の同胞を救い出せる可能性があるのも確かだ。そのガルアーク王国とやらは、そのために動いてくれるのだろう? それに使者には王女を寄越すとも言うし、危ない橋を渡るのは向こうも同じだ。そこまで誠意を示されてはこちらとしても断れん」

「それにまあ、演技とはいえリオ殿を王として担ぐってんなら、こっちとしても異存はねえしな」

「然様。人型精霊の契約者であるリオ殿にはそれだけの格がある」

 

 最長老たちは親書によるフランソワからの提案を割とすんなり受け入れた。

 

「魔道具への魔力の充填もあるし、すぐに戻るってわけでもねえんだろ?」

「それは、はい」

「だったら、こっちからも一つ土産を持ってってくれねえか? どこまでの成果が出るかは分からんが、理由があってのこととはいえ、同胞を救うべく活動してくれる者を無下にはできねえ。使者の中には商人もいるんだろう? 後々の交易を見据えて『時空の蔵』を用意する」

 

 時空の蔵は魔道具の一種であり、RPGで言うところの道具袋だ。時空魔術という、現在の人間族では再現不可能な魔術が込められており、半永続的に亜空間を作り出すことを可能とする。使用可能なのは魔道具に魔力を登録した者だけだが、以降は任意に物を出し入れできるため、商人にとってはまさに垂涎の一品だろう。

 それを王女であるシャルロットではなくリーゼロッテに用意するのは、その方が関係を深められると踏んだからだ。薬の素材にしろ食材にしろ、里では容易に入手できるが、人間族の領域では入手困難な代物も少なくない。とはいえ、それは逆も然りなのだ。だからこそ、互いに足りない物を提供し合うことで否応なく関係は深まるだろう。

 信用できぬ相手には渡せたものではないが、そもそもにしてリオが仲介を引き受けている時点でその心配は無用に等しい。

 だがその一方で、時空の蔵があれば物の持ち運びに大々的な人手がいらなくなるのも確かなのだ。それすなわち、大規模な交易を可能としながらも、それを個人にまで限定できるということだ。

 

「時空の蔵を……。分かりました。皆さんの意思は俺からも伝えておきます」

 

 その裏にどのような思惑があれ、時空の蔵が破格の代物であることに違いはない。未だ正式な交流を結ばぬ内からそれを用意するというのだから、最長老たちの意気込みが窺える。それだけ、シュトラール地方に取り残されている同胞たちのこと、勇者周りの事情が気がかりなのだ。

 自分にどこまでのことが出来るかは分からないが、最長老たちの思いを無下にしないことをリオは誓うのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。