精霊幻想記 ~術士たちの新たな旅~   作:山上真

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第22話

 本国での復権を諦めたユグノーたちだが、派閥の長としてそれを派閥員に説明する必要がある。そのため、現在ユグノー派が本拠を置いているロダニアへと戻ってきていた。

 なお、本国での復権を諦める前はフローラと婚約関係にあった弘明だが、復権を諦めた現在は解消されている。表立って発表していなかったからこそ可能なことだ。

 半ばいいように振り回されている弘明だが、地盤がないのだから仕方がない。弘明自身の本心がどうあれ、生きていくために後ろ盾は必要なのだ。ユグノー派を見限ったところで、現在の弘明が頼れるのはベルトラム王国かガルアーク王国しかない。だがそのどちらにも既に勇者が召喚されており、鞍替えしたところで今ほど重宝されるかは分からないのだ。こうなると、ヒロアキとしてもそう簡単にはユグノー派を離れられない。

 

「本国での復権を諦めるですと!?」

 

 まあ当然だが、てんやわんやの大騒ぎとなった。

 

「私としても苦渋の決断ではあるが、当初とは色々と状況が変わったのだ。――いや、正確に言うと、今までは変わっている状況に気付いていなかったのだ」

「どういうことです?」

 

 ユグノーの言い回しに疑問を覚えたのか、ジョージ・ロダン侯爵が問いかけた。彼はユグノー派の重鎮であり、ロダニアの領主でもある。

 

「口で説明するよりも、まずは見てもらった方が早いだろう。……イオリ君、アマリ君、あれを」

「分かりました」

 

 激昂した派閥員によってユグノーらが危害を加えられることを考慮し、イオリとアマリも護衛として同行していた。

 ユグノーに促され、二人は自分のスマートホンを取り出す。

 

「これはヒロアキ様たちが元いた世界の道具で、これ一つで様々なことが出来るらしい。まあ、一種のアーティファクトと捉えるのが分かりやすいだろう。この世界では使用できない機能もあるが、使用可能な機能もある。そしてその中に録画という機能がある。文字通り、実際に起こった光景を映像として残しておけるのだ」

 

 ユグノーが簡単に説明したのを確認し、二人は新種の映像を再生した。

 

「これは間違いなく実際に起こったことだ。異常性がよく分かるだろう? ちなみにこちらのイオリ君は、単独で大型のブラックワイバーンを討伐している」

 

 ユグノーがイオリについて補足した瞬間、周りから向けられる視線には畏怖が混ざった。まあ、無理もない。

 

「もう一つの映像の男性はリオ様です。名前を聞いただけだと分からない方々にはこう言った方が早いでしょう。かつて誘拐された私を救い、恩賞として特待生として学院への入学を認められ、そして我が国によって冤罪を被せられた方です」

 

 名前だけだと分からない者も多かったが、そう言われれば分かった者は多かった。何しろ、学院にスラム育ちの庶民の入学が認められたこと自体、異例のことだったのだから。既に十年近くの歳月が経っているが、それだけ色濃い出来事だったのだ。

 

「まあ二人に関してはさて置き、その新種の魔物の異常性はよく分かるだろう? それはアマンド西の森で録画された物のようだが、アマンドの代官であるリーゼロッテ嬢も、近郊の町の代官であるボクサ準男爵も、その魔物のことは把握していなかった。森に赴いて行方不明になった者が増加傾向にあることは把握していたが、逆に言うとそれしか把握していなかったのだ」

「他国のこと故あまり詳しくは存ぜませぬが、それでもアマンドほどの大規模都市の代官が、それもやり手と評判高いリーゼロッテ嬢が、近郊の森に棲息する魔物を把握していなかったのは中々に考えにくいですな。まあ、森の規模にもよるでしょうが……」

「ロダン侯爵の言は尤もだ。だが、ここで勇者の召喚が絡んでくる。少々話題を戻すが、リオ君が冤罪を被せられる一件となった野外演習の一件。ミノタウロスが現れたという報告があったのを覚えているか?」

「……そういえば、そのような話もありましたな。結局は信憑性なしと判断された筈ですが」

 

 暫しの時間を置いてロダン侯爵が答えた。

 

「うむ。だが実際にミノタウロスは現われ、それを討伐したのは他ならぬリオ君だ。まあ、それはさて置くが、ミノタウロスが現われ、新種の魔物が現われ、更には勇者まで召喚された。これにより私たちは、最悪の可能性を危惧せざるを得なくなった。すなわち、人魔戦争の再来だ」

「実際、私たちがアマンドへ向かっている途中、まるでそれを邪魔するかのように大型のブラックワイバーンが北方から飛んできました。緊急的に降り立ったノワの町はアマンドの西方に位置し、間には先ほどの新種がうろついていた森を挟んでいます。新種は事前にリオ様たちに討伐されており、ブラックワイバーンもまたイオリ様によって討伐されましたが、もしそれが起こっていなかったら?」

 

 フローラの言いたいことは誰しもが理解した。元々の目的地はアマンドであり、陸路でもさして時間が掛からないとなれば、間違いなく陸路を進んだことだろう。そうなると、森に潜む魔物に襲われる可能性は否定できない。

 

「偶然ではないのですか? ――と、普段ならそう言うところですが、あながち否定もできないわけですか……」

 

 人魔戦争の折、魔物は魔王軍の兵士として使役されていたというのが定説だ。それを踏まえて考えると、魔王なり幹部なりがひっそりと身を隠し、力を蓄えていた可能性だって十分にあるだろう。

 

「そのような状況で権力争いなどしている場合ではないと、私とフローラ様は判断した。しかし、この考えを述べたところでアルボーは素直に受け止めないだろう。信じてもらうのに如何ほどの時間が掛かるのかも分かったものではないし、その時間は無駄以外の何ものでもない。故に、ガルアーク王国の支援を受けて北方へ向かう。北方に召喚された勇者様の消息が不明なこともあるからな。無駄に数が多く、それでいて争いの絶えない小国を平らげ、フローラ様を女王とした新たな国を築く。そして、暗躍しているであろう魔王軍に備える。それが私とフローラ様の新たな方針だ」

「本音を言えば皆さんにも協力してほしいですが、無理にとは言いませんし言えません。離れたい方は離れても結構です。とはいえ、北方の勇者様のことを思えば、これ以上悠長にもしていられません。二日後にはここを発ちますので、意思表明はそれまでにお願いします」

 

 フローラの言葉を以て、一先ずこの場はお開きとなった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 身の振り方に迷っているのは、ユグノー派の人員だけではない。弘明の世話係としてユグノーらに同行している少女、ロアナ・フォンティーヌもそれは同じであった。その立場故に派閥員よりは一足早くフローラとユグノーの方針変更を知ることこそできたが、そんなのは然程の役に立っていない。むしろ悩む時間が増えただけである。

 厳密に言えば、彼女はユグノー派の人間でないのも一因だ。彼女は王党派・親王派に属する人間であり、政治的判断の結果としてユグノー派に同行していたのだ。だが、その先で勇者である弘明が召喚されたことにより、これまた政治的判断の結果、ヒロアキの世話係に収まった経緯がある。

 

「どうしたものかしら……?」

 

 ここ最近の怒涛の展開については、彼女にもついていけない部分がある。起こり得る最悪の展開を危惧した故ということは分かるのだが、あくまでも『ベルトラム貴族』としてを軸に考えていたからこそ、王国を離れるというフローラらについて行くことが本当に王党派の助けになるのか判断が付きかねるのだ。

 とはいえ、ユグノーらの話を聞けば、ベルトラム王国の存続自体が危ういという点に同意できないわけではない。

 ユグノーもアルボーも、政敵であるからこそ互いの厄介さをよく知っている。仮にユグノーがアルボーに頭を下げたとて、アルボーはユグノーやその派閥員を警戒し続けるだろうし、重用することもないだろう。それでは、頭を下げてまで戻る意味はない。

 仮にアルボーがユグノーに頭を下げてもそれは同じだ。最悪の事態を想定すればこそユグノーは重用するかもしれないが、だからこそアルボーやその派閥員は警戒するだろう。

 これでは一致団結など夢のまた夢だ。そして一致団結できないのなら、大国だからこそ脆くなる。

 組織ができればその中に派閥ができるのは世の常だが、その派閥がトップでも抑制しきれないほどに大きくなった時点で健全とは言い難い。そして、ベルトラム王国はその実例なのだ。臣としてはあるまじき考えだが、それだけ陛下の力は弱まっている。

 もはや、この状況からの立て直しは不可能に等しい。アルボーとユグノーすらも抑え込める人物がいれば話は別かもしれないが、そんな人物が果たしてどこにいるというのか? 両者を抑え込むだけであれば、リオなら可能かもしれない。純粋にして強大な暴力は、時として権力に勝るのは歴史が証明している。

 しかし、肝心要のそのリオは、ベルトラム王国を快く思っていない。どうなろうと知ったことではないだろう。最悪、リオ自身の手で国にとどめを刺されてもおかしくはないのだ。それだけのことをベルトラム王国は彼に行ったし、自分もまた僅かなりとそれに関与している。

 陛下やアルボー公爵を暗殺されればその時点で国は終わる。クリスティーナ王女を即位させたとて、疑心が暗鬼を生じさせた状況ではまともな運営などできないだろう。そして、仮にリオがその気になったなら、国にそれを防ぐ手立てはない。

 セリアの拉致事件に関しての情報はある程度ユグノー派の元にも届いているが、そんな無謀な真似を成功させておきながら、兵士や騎士の中からあの事件での死者は一人として出ていないのだ。発表された死者はただ一人、王の剣アルフレッド・エマールによって跡形もなく滅ぼされたとされている下手人だけである。だが、実際のところはその下手人も生きている。また、兵士や騎士から死者が出ていないのは、それだけ手加減する余裕があったという事実を如実に示しているのだ。

 リオがそれを実行に移していないのは、おそらくほんの僅かなりと幸せな思い出が王都にあるからであり、それ以上にセリアがいるからだろう。拉致をきっかけにベルトラム王国を出奔することになったセリアだが、彼女の家族がベルトラム王国で過ごしている事実に変わりはない。セリアを軸としたほんの僅かな楔が、リオの凶行を押し留めている面は少なからずある筈だ。

 まあ、そんなガタガタな国だからこそ、『合理的な野心家』と評されるユグノー公爵が見切りを付けたとしてもなんらおかしくはないのだ。

 ロアナとしてはフローラがその判断に賛同したのは意外だったが、よくよく考えればそこまでおかしくはないと思い直した。正直に言って、フローラにベルトラム王国の空気は合わない。あの国で生きるには優しすぎるのだ。――にも拘わず、フローラは王女として生まれてしまった。その生きにくさは果たして如何ほどのものだろうか? ロアナには想像することしかできない。

 加え、ユグノーとフローラがベルトラム王国から離れるのであれば、本国は否応なくアルボーの一強状態に陥るが、確かに本格的な衝突は避けられるし、その分だけ本国の立て直しも捗るかもしれない。

 北方に関しても勝算がないわけではない。乱立している小国の中には、暗君を担いでいる国だってあるだろう。そして、そんな国なればこそ、意外と楽に乗っ取れる可能性は確かにあるのだ。

 フローラの優しさが民心を集め、勇者である弘明の支持が周辺国を牽制し、同じく勇者を担ぐガルアーク王国より支援物資が届く。兵士に関しては、そうして集まった者たちを糾合すればどうとでもなるだろう。

 そうして一つの実例ができてしまえば、自ら降る国だって出るかもしれないし、同じように暗君に支配されている国の民から救援要請が届くかもしれない。それらを名分に支配領域を広げていけば、やがては本国の人員の受け皿となることだって可能だろう。

 ハイリスクではあるが、成功した場合のリターンが大きいのも間違いないのだ。

 

「結局のところは何を以て『国』と見做すかということですけど……」

 

 その点で言えば、ベルトラム王国が民を蔑ろにしがちであることは否定できない。リオへの行いがそれを否応なく決定付けている。誘拐から王女を救出したとして恩賞を与えた人間に対し、王女殺害未遂の冤罪を被せる。いくらその相手がスラム育ちだとしても、ハッキリ言ってあり得ない扱いだ。

 だが、それを容認してしまうのがベルトラム王国であり、自分もその一員なのだ。リオの優秀さを知るからこそ疑問に思いはしたが、結局は口を閉ざした過去がそれを物語っている。

 それを思えば、結局は無視されてしまったが陛下に対して直談判までしてみせたフローラは、人として大切なものを持っているのだろう。

 

「貴族足らんとする余りか、或いは貴族の特権に溺れたが故か……。とにかく、その結果として自らが人たることを忘れたのがベルトラム王国の貴族ということなのでしょうね……」

 

 認めたくはないが、認めなくてはならない。自分もまた、その一人だということを。

 

高貴なる者の責務(ノブレス・オブリージュ)を心掛けてきたつもりでしたが、結局は『つもり』でしかなかったのでしょうね。身分が下の者に対する自分の言動を振り返れば、それがよく分かります。相手にどう思われるかなど考えたことはなく、その時点で私は真に相手を慮ってはいなかったのは明らかです」

 

 国とは民があってのものだ。民に担ぎ上げられた者が王となり貴族となり、歴史ある国はそれが今に続いているだけだ。そして、自分はその流れに乗っかっていただけに過ぎないのだ。

 

「実に恥ずかしい限りですが、人とは反省する生き物です。成長する生き物です。私も、今からでも変わってみせましょうとも。……ええ、決めました。やはりフローラ様についていきましょう。そして北方の民を相手に、貴族として認めてもらいましょう。それが為せてこそ、私は真に貴族足り得るのですから! ――ああでもその前に、今度リオに会いましたらきちんと学院時代のことを謝罪しませんと」

 

 公爵令嬢として生まれ、長らく貴族足らんとしてきたロアナだからこそ、貴族として生きる以外を知らない。しかし根が真面目だからこそ、自らの行いが過ちであると自覚すれば、それを改めようとする人物でもあった。




貴族としての自覚が強く、それでいて忠臣たらんとするロアナならこういう展開もありかなと。
原作読む限りベルトラム王国って既に詰んでますし、最新刊の展開には納得いかない部分が大きいので。
クリスティーナの行動も分からないではないんですけど、それだけの価値がベルトラム王国にあるかと言えば、首を傾げざるを得ないのが実情です。
まあ、国としての価値を何処に求めるかの違いでしかないんですけども。

クリスティーナの指針に変化を促すことが、本作の目的の一つでもあります。そのためにベルトラムという国自体からクリスティーナの身近な人を引き離す展開にしている面がないではありません。
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