今後もフローラやユグノーたちと行動を共にする派閥員を乗せ、ユグノーの魔導船はガルアーク王国王都:ガルトゥークへと戻ってきていた。
「そうか、そのようになったか……」
「はい。夢物語には付き合っていられないと離別を宣言する者も一定数おりましたが、国許に残りながらも支援は継続すると言ってくれた者も一定数おります。まあ、どこまで有言実行されるか分からないのも事実ではありますが……」
もはやお決まりとなった面子による会談――という名の会議が繰り広げられていた。今はユグノーらがロダニアでの結果を報告し終えたところである。
そこで、ドアをノックする音が響いた。勇者が絡むこともあり、機密性の高い話をしていると周囲には説明している。その分だけフランソワが拘束されてしまい政務に携われなくなるが、その点は第一王子であるミシェルに代行を任せてある。
そのため、余程でなければ誰かが訪ねてくることもない。――にも拘らずドアがノックされたということは、ミシェルでも処理しきれない案件が発生したか、最優先で通すように通達していた相手が訪れたかのどちらかである。言うまでもないが、その相手とはリオに他ならない。
「どうなさいましたか?」
「はっ! ご指示のあった男性が来られました。他に四人の同行者もいらっしゃいますが、一緒にお通ししてよろしいでしょうか?」
ドアを開けてシャルロットが訊ねると、親衛隊員がそれに答えた。
「四人の同行者ですか……。構いません、一緒にお通ししてください。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」
「はっ!」
暫し考えた末、精霊の里の者だろうとシャルロットは判断した。目線でフランソワに訊ねると一つの頷きで応える。それを確認した上で、シャルロットは部屋に通すように指示を下した。
「四人の同行者か。十中八九は精霊の里とやらの民であろうが……」
フランソワが呟いた。本格的な交流はまだだが、それを踏まえた上での先遣的な役割を帯びた者がやって来ても不思議はない。
暫し待つと、再度ドアがノックされた。ドアを開けると、そこには見張り役を兼ねた親衛隊員の他にも姿があった。リオ以外は四人共が女性である。
「お久しぶりです、リオ様。お連れの方々も、どうぞお入りになってください」
「失礼します」
シャルロットに促され、リオたちが入室した。そして全員が入室した後、ドアは再度堅く閉ざされた。
「お久しぶりです、皆さん。まずは精霊の里から同行してきた方々を紹介させていただきます」
まずはリオによって同行者の紹介がされた。
銀狼種のサラ、ハイエルフのオーフィア、エルダードワーフのアルマ、そして狐獣人にしてリオの義妹に当たるラティーファである。見た限りではとても亜人族には見えないが、それは魔道具で特徴を隠しているからとの事。四人が挨拶をした際には一時的に魔道具の効果を切ってくれたため、間違いなく亜人族であることは確認ができた。
四人が四人とも素っ気なさがあり、特にラティーファはそれが顕著だが、シュトラール地方では迫害されている亜人族なのだからそれは仕方がない。ラティーファの場合、奴隷だった過去があるのだから尚更だ。
「君がラティーファか。……確かにあの頃の面影がある。まずは君にも謝罪をさせていただこう。申し訳なかった。そして感謝を。君にとっては苦痛の記憶だろうが、それが奇縁となり、今この時を迎えることが出来ている」
ラティーファの顔をまじまじと見たユグノーが、そう言ってラティーファに土下座をした。
いきなりの展開に、ラティーファは仰天することとなった。こんな展開は想定外である。『あ~』だの『う~』だのと暫く唸った末、漸くに口を開いた。
「顔、上げてください。……確かに辛い日々でしたけど、あなたが言ったように、そのお陰で今この時を迎えているのも間違いではないんです。まだまだ私は子供ですけど、あの時よりは成長しましたし、理解を伴って実感したこともあります。それは、生きるのは大変ってことです」
そこで一旦言葉を閉ざしたラティーファは、魔道具による偽装を解除し、少しのあいだ瞑目した。
「私は御覧の通りの狐獣人ですし、あの頃の私は今よりも子供でした。人間より身体能力が高かろうと、たった独りシュトラール地方で生きていけるとは到底思えません。苦痛と引き換えではありましたけど、あなたの家の奴隷だったから生きることが出来たんです。そして、お兄ちゃんを暗殺するように貴方が私に命令したから、私はお兄ちゃんと逢うことが出来たし、結果として今があるんです。その事実を否定はできませんし、否定しちゃ駄目だと思うんです。……だから、顔を上げてください。あなた個人に対しては恩義と対価でチャラです。すぐには難しいですけど、出来る限り自然体で接するように努力します。――まあ、私に無理矢理『お兄ちゃん』と呼ばせていたあなたの息子さんに対してはそうも言ってられませんが……」
最後に一言付け加えたラティーファは、フフフと昏い笑みを見せた。現在のラティーファにとって、誰が何と言おうとお兄ちゃんはリオ一人だけなのだ。
「まったく、君と言う娘は……。君の義兄殿もそうだが、我が愚息に爪の赤を煎じて飲ませたい気分だ」
そこまで言われてはユグノーも顔を上げないわけにはいかず、最後の一言で気分が軽くなったのも否定はできなかった。既に半ば以上見放している息子である。ラティーファは、ユグノー公爵家への恨みの全てを、そんな愚息に持っていくと言うのだ。ユグノーとしては感謝するより他にない。
「私たちからもこの場の皆さんに謝罪させていただきます。少なくとも、これから交流を図ろうとする相手に対して向ける態度ではありませんでした。自分たちでは戒めていたつもりでしたが、今しがたのやり取りを見て、所詮は『つもり』でしかなかったことを自覚しました。……申し訳ございません」
『申し訳ございません』
サラが代表して口を開いて頭を下げると、オーフィアとアルマがそれに続いた。
「頭を上げられよ。その方らの立場を鑑みれば仕方のないことと存ずる。我らと諸君の間に隔てられた壁は、それほどに厚く大きいのだ。元より一朝一夕に関係が進展するとはこちらも思っておらん。ただ、今は互いに歩み寄りの一歩を踏み出せたことを喜ぶのみよ。……諸君らがハルトに同行してきたのは、その意思の表れなのであろう?」
「フランソワ陛下、でしたか。ええ、確かにその通りです。そのお言葉に感謝します」
最初はどうなることかとも思われたが、ユグノーの大胆な一手とそれに対するラティーファの対応が奏功し、場には穏やかな空気が流れ始めた。
「それで……失礼ですが、リーゼロッテさんはこの場にいらっしゃいますでしょうか?」
「私がリーゼロッテですが……」
部屋の面子を見渡しながらサラが訊ねると、リーゼロッテが片手を挙げながら不思議そうに応えた。交流が始まってからならまだしも、現時点で名指しされる心当たりがリーゼロッテにはないのである。
「あなたがリーゼロッテさんですか……。リオさんからは商人と聞いてますがお間違いはないですか?」
「ええ、はい。確かに商会を経営しておりますが……」
「では、こちらを。里の最長老からです」
サラが差し出したのは巨大な結晶の付いた腕輪だった。
「ッ……!? これはミスリルですか!? しかも、何か複雑な術式が刻まれてますし、この結晶は魔玉ですか? しかし随分と質が良い……」
差し出された腕輪を手に取ったリーゼロッテは、僅かに息を呑み、次の瞬間には驚愕を露わに絶叫した。
その素材が魔法銀とも呼ばれるミスリルであることに気付いたからだ。また、はめ込まれている結晶は魔玉=精霊石である。刻まれている術式については複雑すぎてとんと見当が付かなかったが、判明した部分だけでもとんでもない。
「そちらには『時空の蔵』の効果が付与されております。……リオさんの仲介もあり、貴国からの申し出に対し、最長老たちとドリュアス様は前向きに受け入れる姿勢を示されました。とはいえ、今までが今までですから、一度に大々的に交流人数を増やすのも望ましくはありません。初めのうちは交流人数も限定的に、細々とやっていくのが最善だろうと……」
「そちらの品は、そんな状況で最大限の効果を発揮するべく用意した物です。そちらを使えば、最少の人数でも大規模な交易が望めますからね。こちらにも利益のあることですから、どうぞ遠慮なく受け取ってください」
「こちらではありふれている品がそちらでは珍しい。そういうパターンは少なからずあると思いますし、その逆も然りです。交易によって互いの不足を補い合うことでこれまでの悪感情を払拭する。それを里は望んでいます」
驚愕するリーゼロッテへサラ、オーフィア、アルマが口々に言う。単純な善意でないことを明らかにされたわけだが、それを差し引いても破格の代物だ。
「大変ありがたいお言葉です。……では、後日我が商会を訪ねていただいてもよろしいですか? これほどの品を頂戴して何も返さないとあっては商人の名折れです。信用にも関わりますからね。なので、初回はそちらの希望される品々を無償で提供させていただきます。たとえ我が商会で扱っていない商品であっても、可能な限り応えさせていただきます」
「こちらも、その申し出に感謝します。ありがたくお言葉に甘えさせていただきます」
リーゼロッテとサラが互いに頭を下げ合う。
「あ~、すまんがそこら辺の話は後ほど行ってもらってよろしいか? 今はこれからの行動方針について話し合いたい。――それと、交流が進めば我らも時空の蔵を頂ける機会があると考えてもよろしいか?」
苦言を呈するフランソワだったが、直後に時空の蔵について言及しているのだからどこか締まらなかった。
まあ、非常に貴重でありながらも実用性が高く、それでいて現在の魔法技術では生産不可能なのが時空の蔵だ。大国の王をして、欲しいからと手に入る物ではない。
向こうの言い分には十分に頷けるものがあるが、それはそれとしてそんな代物がトップの自分を差し置いて配下に渡されるのだから、フランソワの態度も頷けるものではあった。国王だろうと人間ということだ。
「可能性はあります、とだけ。申し訳ありませんが、私たちでは断言も確約もできませんので」
「で、あるか。まあ、可能性があるだけ是とするか。……さて。こちらに関してだが、ヒロアキ殿にフローラ王女、ユグノーらが北方へ向かうことに決まった」
「最悪の事態を想定すれば、いつまでも自国内で政権争いにかまけている場合ではないからね。また、北方に召喚された勇者二人の消息が不明なこともあるし、件の新種が跋扈している可能性も否定はできない。そういった諸々を踏まえると、早急に北方の監視体制を整える必要があるという結論に至るのは自明の理だ。そして、この面子の中でそれを行うに都合が良いのは我々以外にあり得ない」
小国が乱立している北方の情勢は、複雑怪奇の摩訶不思議だ。遠方にいながら把握するのは非常に困難である。
今まではそれでも何とかやっていたが、ベルトラム王国とプロキシア帝国での講和が結ばれたことを機に、それも難しくなっていた。何故かと言えば、プロキシア帝国による国境への圧力が強まったからだ。早い話、アルボーが結んだ講和は自国の同盟国であるガルアーク王国を蔑ろにしたものだったのだ。十分な配慮をしたものであればこんなことはあり得ない。もっとも、大敗したベルトラム王国の立場では難しいのも理解しているが。
「ベルトラム王国王女というフローラ様の立場と人柄、勇者であるヒロアキ様の支持、そしてガルアーク王国による支援。それらが重なれば、現地の住人を糾合して悪政を敷く暗君を打倒、フローラ様を君主とした新たな国を建てることも不可能ではないと判断している。とはいえ、博打であるのは否定できない事実だがね」
「それぞれに思惑があるのは間違いないが、それに加えて大国故の見栄やら矜持やらも絡んでるのさ。ユグノーが本来所属するベルトラム王国も、フランソワ陛下率いるガルアーク王国も、どっちともに大国であり、召喚された勇者を担ぎ上げた。そんな中、北方に召喚された二人の勇者の行方は杳として知れない。である以上、勇者を担ぎ上げた手前、ベルトラムもガルアークも無視するわけにはいかないのさ。小国ならまだしも、大国ってのはそれだけ余裕があると周りからは思われるからな。これで何の行動も起こさなければ、勇者を担ぎ上げた行為そのものが有名無実と化してしまうし、担いだ勇者にどう思われるか分からんっていう恐怖もある。つまり、たとえポーズだけだろうと何らかの行動を起こさないわけにはいかなかったってのが正直なところだろ。言ってしまえば、それがポーズじゃ済まなくなったってだけさ」
肩をすくめながら、弘明が自分の所感を述べる。
「まあ、ヒロアキ殿の言う通りであるな。人にとっては馬鹿らしいと思われる行動であることは認めるが、時としてその馬鹿らしい行動に本気で取り組まねばならぬのが政治の面倒なところだ」
フランソワもそれを否定しない。
「確かに、なんとも面倒なことですね。当然でしょうが、大国には大国故の苦労があるということですか……」
「そういうのを聞くと、逼塞も逼塞で悪くないって思えてくるから不思議です」
「隣の芝生は何とやら、というやつですかね」
「それを言うなら、他者のふり見て我がふり直せ、じゃない?」
そんな感想を零すのはサラ、オーフィア、アルマ、ラティーファの亜人族四人娘である。
「そもそもとして、組織としての方向性も立地も環境も全く違うからな。一概に比較はできないだろうさ。……それはともかく。予定を変更して悪いが、俺も坂田たちと一緒に行動することにした。新種と遭遇する可能性を考慮すれば、彼らだけで行動させるのは心許ない」
「耳に痛いが、単独で大型のブラックワイバーンを討伐してみせたイオリ君には、それを言うだけの資格がある」
「まあ、そうですね。そして状況が変わった以上、イオリさんがヒロアキ様たちに同行するのはありでしょう。むしろ、こちらとしても望ましいです」
当初の人選は、精霊の民の里が前向きになるかも分からなかったからのものでもある。だが、実際にはこちらの想定以上に前向きになってくれた。騙して悪いが! となる可能性もないではないが、信には信で返さなければ上手くいくものも上手くいかなくなってしまう。どこかでリスクを踏む必要はあるのだ。
「俺は変わらずイオリ兄ちゃんについてくぜ!」
「ちょっと雅人!?」
『雅人君!?』
雅人の言葉に、亜紀、美春、沙月が驚愕を露わにする。
状況の変化は必ずしも良いことではない。諸々踏まえて考えると、北方へ向かうのは精霊の民の里へ向かうよりも危険度が高いのだ。それを思えば、三人の反応は当然とも言える。
「せっかく異世界に来たんだ。いつまでも一ヶ所に留まってなんかいたくねえよ。そりゃあ危険はあるだろうし、見たくないものだって見るかもしれない。けど、そんなんは元の世界だって同じだろ? 単に確率が違うだけでさ。どんだけ気を付けてたって通り魔に襲われる可能性はゼロじゃないし、交通事故に遭う可能性だってゼロじゃねえんだ」
「それは……そうだけど……」
「この世界は元の世界より危険が多いけど、魔法っていうそれを覆す裏技もある。んでもって、異世界人である俺たちはこの世界の人たちより遥かに保有魔力が多いらしい。……だったよな? アイシア姉ちゃん」
「うん、そう。基本的に異世界人はこの世界の住人より保有魔力が多い。雅人の場合、少なくともセリアの数倍あるのは間違いない。まあ、この世界の住人にもハルトみたいな例外はいるけど……」
「私、これでも国許じゃあ上から数えた方が早かったんだけどね……」
既に知っていたことではあるが、改めて聞かされるとショックを受けずにはいられないセリアだった。
「俺はイオリ兄ちゃんにドグマを教わっている最中だから、一緒に行って更にドグマを教わった方が、結果的には危険への対処も容易になる。違うか?」
「イオリさんは雅人君が同行しても問題はありませんか?」
「元より、フローラ王女とロアナさんにもドグマを教えなくちゃいけないからな。教える相手が一人増えても変わらないよ。付け加えると、かつての旅路の際も小学生の仲間がいたからな。それを思えば、小学生であることが雅人の同行を拒否する理由にはならない。それに忘れてるかもしれないが、ハルトだって中学・高校くらいの年齢だからな? 日本の価値観は大切だが、この世界でそれに縛られ過ぎるのはかえって危険だよ」
大人びた態度故に忘れられがちだが、リオだってまだ十五歳なのだ。もっとも、もうじき十六歳になるらしいが。更に言えば、旅に出たときの年齢は今の雅人と大差ない。
最も大きなリオとの差があるとすれば、どれだけこの世界に染まっているかである。だがそれとて、一所に留まっていては受ける影響も限定的だ。それではいざという時に動けるか甚だ疑問があるのも間違いではない。雅人の言い分にも一定の理はあるのだ。
「……ふむ。アリア?」
そのやり取りを見ていたリーゼロッテが、己が筆頭侍女の名を呼んだ。
「はい、なんでしょうかお嬢様」
「フローラ王女たちの北方行きに関してだけど、あなたも護衛として同行してちょうだい。他にも侍女たちを何人か。……元よりルシウスなる男の調査をするに当たり、生半な人材を送るわけにもいかないと思っていたのよ。その点、あなたなら私も安心できるわ」
元より、ルシウスの調査をするためリッカ商会は北方に人手を遣る必要があったのだ。そこにユグノー派への支援が重なったのが現状だ。
だが問題なのはこのルシウスで、最も可能性が高い人物は、かつてベルトラム王国の王の剣――アルフレッド・エマールと渡り合った過去を持っているのだ。北方にいるかも定かではないのが実情だが、いる可能性も否定はできない。
質の高い情報を得ようと思えば生半な人材を送るわけにはいかないのが必定だが、探っていることに気付かれた場合の対処を考えると高い戦闘能力も必要となる。
「はあ……。分かりました。リッカ商会の一員として、精々恩を売ると致しましょう」
リーゼロッテの言い分は、事実であると同時に方便でしかないのをアリアは見抜いていた。正直、アリアとしてはあまりリーゼロッテの傍を離れたくないのが本音だが、状況を鑑みれば致し方のない部分もある。
商人としてシビアな面も持つが、その一方で貴族とは思えないほどに心優しいのがリーゼロッテだ。雅人たちのやり取りに思うところがあったのだろう。
「あ、アリアもついてきてくれるの? だったら安心性が段違いね」
「セリア嬢の言う通りであるな。正直、アリアの実力は我らの親衛隊長をも凌駕している。加え、他の戦闘侍女も中々に粒が揃っている。侍女をやらせているのが惜しいくらいだが、誰も彼もがリーゼロッテに忠誠を誓っておるで引き抜きもできんのが実情よ」
そう言って、フランソワはかんらと笑う。
リーゼロッテが指示を出したタイミング的に、それが自分たちを慮ったものだと美春たちが思うのは当然だった。
加え、雅人とイオリの言い分も尤もと言えば尤もだ。
「あーもう! 雅人、あんまり皆さんに迷惑かけるんじゃないわよ!」
「わーってるよ」
結果として亜紀が折れ、雅人の同行が決まったのであった。
原作と比較すると、本作ではラティーファの思考にも変化が生まれています。
原作を読む感じ、たとえユグノー公爵が相手だろうと、リオとラティーファもこのくらいの対応が出来ておかしくはないと思っています。
まあ、原作でもある意味でドライな対応を取ってはいるんですが、あくまでも近付かないことを念頭に置いた対応なんですよね。
ただ、ユグノー周りの人物を考えると、近付かないことが無理というか……。
原作でも、アマンドでルシウスに誘拐されたフローラを救出するために動いてますし。まあ、これに関しては下手人がルシウスという点も非常に大きいんですが……。
フローラやクリスティーナ相手には自分がリオであることを認めてしまえるんですから、ユグノーにも同じ対応して利用してやればいいと思うわけです。話の通じないスティアードと違い、合理的なユグノー相手であれば妥協点の模索も叶う筈ですので。
あとは、原作でリオが天上の獅子団についての情報を得た経緯も不明で……。
『折に触れてシュトラール地方で情報を収集することで知った』と原作の8巻では描写されているんですが、直後にリーゼロッテが『ここ数年はめっきり表舞台に姿を現さない』
とも語っているんですよね。
また、巻が進んで13巻になると、動きがないと言われていた期間も、その実はプロキシア帝国やパラディア王国で精力的に活動していたことが明かされます。
大国の公爵令嬢で、自身も商会を大商会を経営するリーゼロッテであれば、ある程度の情報を知っていても然程不思議には思わないんですが、その一方で、リーゼロッテでも得られる情報が限定化されていることを意味しています。
だからこそ、ただでさえ通信・伝達機器が未発達な世界で、しかもシュトラール地方では碌な人脈もない一介の旅人に過ぎないリオが、どうやってルシウスの情報を知ったのかが不思議でなりません。
そりゃあ、酒場なり冒険者ギルドなり露天商なりで話題の端に上ることはあったでしょうが、上記の条件を踏まえると、本場のプロキシア帝国やパラディア王国ならばともかく、ガルアーク王国を始めとする遠国では得られる情報も高が知れている筈ですので。
かろうじて天上の獅子団の名前くらいは出るかもしれませんが、構成員の名前や外見的特徴なんて得られるとは思えません。
それでも、名誉騎士に認定されて人脈が形成された後ならば、情報を得られても然程不思議には思わないんですが、件の情報を得たのはその前、順当に考えるとカラスキ王国に行った後の筈ですので、余計に首を傾げざるを得ません。美春たちにセリアという、一緒に行動する相手が増えて行動範囲も限定された状況で、そんな余裕があったのかと。
そこらへんの疑問を反映したのが、本作におけるリオのスタンスです。
本作のリオはルシウスの情報を思うように得られておらず、それもあってユグノー相手にも割と積極的に絡んでいるわけですね。
そんなリオを兄と慕っているわけですから、ラティーファも相応の影響を受けています。奴隷時代の生活がトラウマとして刻まれているのは原作と変わりませんが、その根本はスティアードに向いている形です。