「やれやれだ。いい加減、早く終わってほしいものよ。たとえ少数であろうと、そして戦果に関わることのない後方に配置されていようと、軍勢を連れてきているというその事実自体が国庫を圧迫するのは間違いない故な。……お前もそうは思わぬか?」
イオリたちがシルヴィと合流した翌日。
ルビア王国の軍勢と向かい合うプロキシア帝国軍の陣営内。後方陣地の一角で、傍らに立つ男へそのような愚痴を零す人物がいた。名はデュラン・パラディア。プロキシア帝国の同盟国であるパラディア王国の王子であり、今回はプロキシア帝国の要請を受けて参陣している。
もっとも、同盟国とはいえパラディア王国はプロキシア帝国とは比べ物にならないほどの小国であり、よっぽどでなければ要請を断れないのが実情だ。
「あまり返答に困る質問は投げかけないでほしいのですがな。独立を保っておられるそちらとは違い、こちらは既に併呑された身ですので……」
問いを投げかけられた男は、言葉通りに困った表情で返事をした。名をホークといい、プロキシア帝国に併呑された国の、かつては王子だった男である。まあ、確かに王子ではあったが継承権の低い妾腹の出であり、その影響力は皆無に等しかった。
もっとも、かつての立場がどうあれ、現状ではかつての王家の血を受け継ぐ数少ない男子である。統治を行う上での神輿にはもってこいであり、だからこそ王子であったにも拘らずこうして生き永らえているわけだが。
故にこそ、現在の立場を鑑みれば下手なことを言うわけにはいかなかった。
「まあ、お前の身ではそう言うより他にないのは分かるがな。立場上、統治教育など受けていなかった身だ。それが神輿とはいえ突然領主に据えさせられたのだから、負担でない方がおかしかろうよ。普通に考えて、数年やそこらで取り返しの利くものではあるまい? ……あと、俺の前ではその言葉遣いを崩せ。努力しているのは認めるが、逆に不愉快になる」
「この暴君が。まあ、お前がそう言うのであれば、その言葉に甘えさせてもらうとしよう。……実際、負担でないと言えば嘘になる。特にこういった軍事行動はな。手綱を締める意味合いでも必要性があるのは理解しているが……」
元々が敵国だったのだから、配下になった後も信を得るまでは所々で試される。それはホークも理解しているが、だからといって納得しきれるわけではない。
妾腹の王子ゆえに何の期待も掛けられていなかったホークは、だからこそ王族の割に自由度が高かった。プロキシア帝国に併呑される前は冒険者として活動していたくらいであり、デュランとの気安い関係もそこに起因している。
所謂親衛隊に相当する者たちは冒険者時代からの知人であり、神輿にされるに当たってホーク自らがスカウトした者たちだ。故にその点では信用も信頼もできるのだが、冒険者の性質と言うべきか、戦いそのものには慣れていても軍事行動というものに慣れていないのだ。任せられるとすれば、遊撃か護衛くらいしかないのが実情だ。
だがその点が、王国だった時代から仕えている者たちにとっては気に食わないらしく、結果として些細な反発が激しいのだ。
彼らにしてみれば忠誠心を蔑ろにされているに等しいのだから無理もないが、それを理解した上でホークにも言い分はある。前述の通り、王子だった時分には期待を向けてくる者などいなかったのだ。それがプロキシア帝国に併呑され、他の王族たちが処刑され、仕える対象がいなくなったところで漸く自分に目を向けられたところで、掌返しとしか思えないのだ。
無論、彼らの助力なくして統治が成り立たないのはホークも理解している。しかし、だからといってホイホイと彼らの言い分を鵜呑みにばかりもしていられない。実際、何も知らぬと思って甘言を弄してきた者もいたのだから。
また、こうして要請に従って軍事行動を起こすと、その間は統治状況の確認からホークの目が離れることになってしまう。今まで、それで何度勝手なことをされたものか。成果が出ていないわけではないから必要以上に怒ることも出来ず、その一方で急いで取り掛かるようなことでもない。
ハッキリ言えば甘く見られているということだが、彼らを処分すれば処分したで人材不足に陥るのは目に見えている。
「まったく。どうせ処刑するのであれば、忠臣面する佞臣どもも一緒に処刑しておいてほしかったものだ。影響力ばかり無駄に大きいものだから、いらぬ苦労が多い」
ホークは深々と溜息を吐く。彼らの邪魔さえなければ、もっとうまく統治できている自信がホークにはあった。そして最初から邪魔者がいないのであれば、人材不足に苦労するのは同じでも、まだやりようはあった筈なのだ。
「フン。お前はそれでこそよ。その自信家振りがなくてはお前ではない」
「自分ではそこまで自信家なつもりもないのだがな。……ん? どうやら状況が動くようだな。ルビア王国が大胆に陣形を動かしている」
「陣形を動かしているというよりは、アレは後退しているのではないか……? いや、だが何人かは残っているな。邪魔者の処分にでも取り掛かったかな……?」
現状、ルビア王国の取り得る手は多くない。大きく分ければ、徹底抗戦して玉砕するか、戦力を維持したまま降伏するかだ。ルビア王国の敗北は約束されているも同じであり、言ってしまえばその道筋が違うだけである。
とはいえ、この場だけの決断を行うにしても、邪魔者がいればそれも上手くは運ばない。戦場での意思統一を図る手段として、邪魔者を敵対者に処分させるのはままあることだった。そうすれば、実際がどうあれ『名誉の戦死』という誉れを与えることは出来るからだ。
「おいおい、前に残ったのはたったの三人か。それほどに影響力のある人物ということか……? 男が一人に女が二人のようだが、見たことのない顔だな。と言うより、女の一人はメイドではないのか……?」
魔術で視力を強化したデュランの瞳には、たったの三人だけ前に残っているのが映った。顔もなんとか認識できる。
感嘆とも呆れともつかない感想をデュランが零した直後、一帯に声が響き始めた。
「プロキシア帝国軍に告ぐ。こちらはエクスクロス教導傭兵団のアイオライトである。この度、ガルアーク王国の依頼を受けてルビア王国を訪れたところ、貴軍が攻め寄せてきたことを知り介入させてもらうことにした。もっとも、傭兵ではあるが無用な人死にを我らは好まない。故に警告する。……今すぐに去れ。去るならば見逃す。だが、撤退しないのならば容赦はしない。……警告は一度だけだ。貴軍の賢明な判断を期待する」
言葉を信じるならば警告だが、プロキシア帝国にしてみれば挑発と大差なかった。前述の通り、ルビア王国の敗色は濃厚なのだから。それが今更、たったの三人で何が出来るというのか?
「大ぼらを吹くにも限度があるとは思わんか、なあホークよ?」
故に、デュランは先の警告を笑い飛ばし、ホークにも同意を求めた。
「……デュラン、決して挑発には乗るな。下手に挑みかかれば、地獄を見るのはこちらだ」
しかし、ホークの返答はデュランの期待するものではなかった。声は緊張に震え、顔を流れる汗も凄い。一目で分かるほど、ホークは恐怖していた。
以前、依頼を受けてどこぞへ赴いたものの、長らく帰ってこなかった時期がホークにはあった。当時は野垂れ死んだかと思いもしたが、今こうしているように結局は生きていた。そして帰ってきた際には、その実力は大きく向上していたのである。正味な話、己が実力には自信のあるデュランでさえも勝てるかは分からない。
そんなホークの実力をよく知るが故に、デュランはその異常を真摯に捉えた。
「……アイオライトと言ったか。今の声の主を知っているのか?」
「ああ、知っている。よく知っているとも。ハッキリ言って、アイツの実力は俺よりも上だ。一時は同僚だったこともあるが、俺では遠く及ばないのが現実だ」
「お前がそうも断言するほどの相手か……」
溜息を吐いたデュランは、一度首を横に振り、決して挑発には乗らぬように己が軍勢に指示を下した。
その一方で、上手くいかないのがホークである。
「何を仰られますか! あのような物言いをされて動かないようでは、それこそ信を得ることなど叶いませんぞ!」
「貴様の言い分も分かるがな、無駄に戦力を減らすことこそ愚の骨頂だろうよ。いいか? 前に出てきたのはたったの三人だけだ。にも拘らず、あのような大言を吐いたのだ。傭兵がその様な行いをするからには、その根拠があって然りだ。そして傭兵である以上、その根拠は勝算以外にあるまいよ。勝ち目があるからあのような真似をしたのだ。そもそも、我らが配置されているのは後陣だ。挑発に乗って下手に動く必要はない」
「……話になりませぬ! 後陣ならばこそ、機があるならば積極的に動いて信を得なければ!」
「はぁ……。そこまで言うならば好きにせよ。だが言っておく。これで貴様が死んだところで、俺はその死に誉れなど与えんぞ。周りには俺の命令に違反した上での無様な戦死だと伝える」
「お好きにされよ!」
そのようなやり取りの後、領内でも名将の誉れ高き人物は軍勢を引き連れて前へと向かっていった。
ホークも相手の言い分が分からないではないのだが、これで稼げる心証など高が知れている。一言で言えば効率が悪すぎるのだ。
「やれやれ……。頭の固い人物はこれだから困る。――おい、今のやり取り、しかと書面に残しておけよ」
「安心せよ。証人には俺がなってやるからな」
「はっ!」
これで人材と戦力が無駄に減ることとなる。その事実にホークは溜息を吐かずにいられない。だがその一方で、自分の意思がより通りやすくなるのも確かである。
横からデュランが口を挿んできたこともあり、書記官は真実を書き記すだろう。曲がりなりにもデュランは独立国の王子なのだ。その発言力は大きく、一介の書記官が太刀打ち出来るものではない。
「確認をお願いします!」
書記官が差し出した書面には、ホークが下した命令と、将軍の命令違反がしっかりと記されていた。これで彼の将軍が生きて戻ったところで、その影響力と発言力は大きく減ることだろう。博打であることに違いはないが、勝算は高い。菫青石の術士であるイオリ・アイオライトにはそれだけの実力が存在するし、イオリがいるのならば相方のアマリもいるだろう。単にこの場にいないだけで。
だからこそ、それを踏まえるとプロキシアの信望を得る以前の結果になりそうなのも事実だが……。
かつて横並びだった実力は、既に遠く引き離されてしまった。どう足掻いたところで、『孔雀石の術士』であるホーク・マラカイトは菫青石の術士であるイオリ・アイオライトにも藍柱石の術士であるアマリ・アクアマリンにも敵わないのが現実だ。
そして画一的な効果しか発揮しない魔術では、到底ドグマには敵わない。数で押し潰そうにも、威力面における根本的なキルレシオが違うのだ。
「しかしまあ、これだけを見ると統率が取れているのか取れていないのか分からんな……」
先ほどの警告とも挑発とも取れる発言から暫し。
前・中・後の各陣地から、先の発言を我慢しきれぬ者たちが集まり陣形を整えている。それだけを見れば統率が取れていると言えるだろうが、デュランやホークのようにその場に残っている者たちもチラホラと見える。そこを踏まえると完全に統率が取れているわけでもない。まあ、一言に『プロキシア帝国軍』と言ったところで、その内実は寄り合い所帯ということだ。
残った者の大半は参陣を請われた同盟国軍か、申し訳程度に参陣した傘下領主軍と言ったところか。
「総大将殿は豪気なことだな。親衛隊こそ残しているものの、本隊のほとんどは向かわせたらしい。負けることなど考えておられぬようだ」
本隊が位置していた場所に目をやりながらホークは呟いた。
「おや、本当だ。……いけないなあ。実にいけない。時には勝負に出ることも必要だが、元より数に差があるのだから本隊まで向かわせる必要はなかった。名高き傭兵王から軍を預かる割に、此度の総大将殿は最悪の事態を想定できぬらしい。まあ立場的に、ああまで挑発されては我慢できぬのも分からんではないがね」
同じくその光景を見て、デュランはクツクツと嗤った。
ほぼ同時に、プロキシア帝国軍の怒声が響き渡る。陣形の再編が整い、帝国軍が突撃を仕掛けたのだ。戻した視線の先では、瞬く間に双方の距離が縮まっていく。
三人は為す術もなく軍勢に呑まれる。――そう思った刹那、横向きの嵐が奔った。
「……は?」
デュランはそう零すのが精々だった。端正な顔が見事に呆けている。現実を受け止めきれていないのだ。――それでも、徐々に認識が追いついていく。
それが嵐だと認識できたのは、距離を取っていたからであり、地上と空中を問わず帝国軍が軒並み吹き飛ばされたからだった。より正確には、放たれた魔法がデュランの位置にまで影響を及ぼしていたからである。雨風が自分を叩いたことと合わせ、漸く嵐が放たれたのだと結論付けることが出来たのだ。
「おいおい、正気か!? こんな大魔術、個人で放てていいものではないぞ!? しかも、それを連続使用だと!?」
衝撃と歓喜がデュランを襲う。大規模魔術が存在しないわけではないが、少なくとも個人で放つようなものではないし、放てるものでもない。――にも拘らず、それを為した人物がいる。挙句の果てには連続使用している。
これほどの実力者がいたという衝撃。本人の言を信じるなら、その人物が傭兵だという喜び。プロキシア帝国とは同盟こそ結んでいるものの、いずれはその影響下から抜け出して自国を拡大することを目論んでいるデュランにしてみれば、むしろ喜びの方が勝った。
放たれた嵐は都合三度。地上を往く歩兵と騎兵、空を往く竜騎兵と天獅子兵、挑発に乗って向かっていった者たちは、その大半が逆に人為的な嵐に呑まれることとなった。
嵐の次は幾条もの雷が奔る。それもやはり横向きだ。
それが終われば、今度は炎である。
「嵐に雷に炎とは、何とも芸達者な男だな」
「征嵐のTEMPESTA、雷撃のTONITARS、そして灼熱のIGENESTか。やはり菫青石の術士、イオリ・アイオライトに間違いないな。これで近接戦の方が得手というのだから、本当に恐れ入る」
「……ちょっと待て。これだけの魔術を放っておきながら、あの傭兵は近接戦の方が得意だと言うのか!?」
「少なくとも、俺の知るイオリ・アイオライトであるならばそうだ。あのように砲撃魔術も十分に出来るが、元々は格闘術を学んでいたらしく、それと術を組み合わせた戦い方こそ奴の本領だ」
ホークが未だエンデの支配下にあった頃、背教者としてイオリを捕えようとした際、その技で返り討ちになったことがある。今となっては苦くも良い思い出だ。
「女たちも凄いな。敢えてイオリを砲台役にしているが、一切近付かせていない」
「確かにな。と言うか、片方の女、アレは本当にメイドか? そこらの戦士より凄腕だぞ」
立場的にはプロキシア帝国軍にも拘わらず、観戦を楽しんでいる二人であった。
オリキャラ投入です。
まあ、設定的にスパロボXの魔従教団員はどの世界から召喚されていてもおかしくはないので、精霊幻想記の世界からも召喚されたことにしました。
エンデの支配から解放されたのを機に、元の世界に帰ったパターンのキャラです。
元魔従教団員であるため、当然ながらイオリとアマリのことは知ってます。
パラディア王国はプロキシア帝国が背後で支援している同盟国、原作でエリカに滅ぼされたリヴァノフ王国はプロキシア帝国の属国。
とはいえ、大小様々な国を征服することで大国と化したのがプロキシア帝国なので、既に国自体が残っていないパターンも当然あるでしょう。ホークはそのパターンですね。