「プロキシア帝国軍に告ぐ。こちらはエクスクロス教導傭兵団のアイオライトである。この度、ガルアーク王国の依頼を受けてルビア王国を訪れたところ、貴軍が攻め寄せてきたことを知り介入させてもらうことにした。もっとも、傭兵ではあるが無用な人死にを我らは好まない。故に警告する。……今すぐに去れ。去るならば見逃す。だが、撤退しないのならば容赦はしない。……警告は一度だけだ。貴軍の賢明な判断を期待する」
ルビア王国軍の前に陣取ったイオリは、そう言って拡声のドグマを切った。
「効果はありますかね? 向こうにしてみれば、警告よりも挑発と受け取りそうですけど……」
「それならそれでいいさ。むしろ、挑発と受け取ってもらう方が本命だ。……一言に『プロキシア帝国軍』と言ったところで、その中には同盟国軍やら傘下貴族の私有軍とかもあるだろうしな。様子見に回る奴も少しはいるだろう。挑発に乗った奴らを蹴散らし、その上で様子見に回った奴に今回の結果を喧伝してもらう。そうすれば、プロキシア帝国も少しはおとなしくなると思う」
「それが叶うなら最上ですが――」
言いながら、アリアは敵陣に視線を向ける。
イオリの予想通り静観を決め込む者もいるようだが、その大半は活発に動いていた。
「――あの数で一度に攻めかかってこられると、流石に捌ける自身は無いのですが?」
流石に桁が違いすぎるのだ。
国力にもよるが、基本、一つの戦場に対する小国の動員兵力など、数十~数百がいいところである。準備をしっかりと整えれば桁を上げることも叶うだろうが、それには相応の準備期間が必要となる。そして当然ながら、今回の迎撃に際しそんな余裕はない。準備不足の状況で行われている。
実際、この場にいるルビア王国の兵力は百を少し超えた程度だ。シルヴィが引き連れてきた援軍を込みでこの数字である。
だが、相手は流石に大国ということか。その数を合計すれば、千を超えて万にも達しているかもしれない。
これではルビア王国が敗北を覚悟するのも無理からぬことであり、この数を相手にここまで持ちこたえられた事実そのものが、プロキシア帝国軍の手抜き具合を物語っている。
「あの数を一度に相手取るならでしょう? 今回、俺は主に砲台役を務めます。次々と魔法を叩き込んでいくので、お二人はその穴を抜けてきた奴の相手をお願いします」
「分かりました」
「竜殺しの実力、期待させていただきます」
打合せとも言えぬ打ち合わせが終わるのと、敵軍がこちらに向かってくるのはほとんど同時だった。
「流石に、この数が一斉に近付いてくるのは迫力がありますね……」
そう零すサラの声は僅かに震えている。
「ええ、実に壮観です。決して望ましい状況ではありませんが……」
一方、アリアの声にサラのような緊張は見られない。おそらく、対人の実戦経験差によるものだろう。
「取り敢えず、支援魔法をかけます」
「これは……!?」
「意気が漲ってきますね……」
イオリが行使したのは戦陣のドグマ:AUXLUMである。主に戦意や気力を向上させる効果を持つ。これにより、サラの緊張は治まった。
もっとも、そうこうしている間にも彼我の距離は縮まっているわけだが。
「さあ、この一撃を以て開戦の号砲としよう! 征嵐の……TEMPESTA!」
イオリが術名を発すると同時、中空に描かれた魔法陣から横向きの嵐が放たれた。それは陸兵と空兵を問わずに呑み込み、容赦なく吹き飛ばす。
「まだ終わりじゃない! 奔れ嵐!」
放たれた嵐は一発だけではない。前方、右斜め前方、左斜め前方へ向けての、都合三発が放たれた。その度に敵兵が呑まれていき、陣形に乱れが生じる。
「なんとまあ……」
「驚きですね……」
あまりの結果に驚くサラとアリアだったが、それは敵も同じようだった。先ほどまでの勢いは見る影もなく、その動きは止まっている。
さりとて、尚も数の差は大きいのだ。その油断を見逃す道理はない。
「青い稲妻がお前を攻める! 雷撃のTONITARS!」
再度中空に幾つもの魔法陣が描かれ、今度はそこから幾条もの電が放たれる。
ゼルガードに乗った時こそ使用していないが、魔従教団の制式量産機であるディーンベルに乗った際には専らこの術式を行使していたこともあり、奔流のドグマ:TORRENTと合わせて十分に使い慣れている。
嵐に呑まれ、雷に打たれ、止まっていては的になるだけだと判断したのだろう。帝国軍は動くことを選択した。しかし、これまでのドグマで少なくない数の指揮階級が討たれるか気絶するかしたようで、そこに秩序だった動きは見られない。
統率された動きを取られるから、数は恐怖なのだ。強みが失われてしまえば、数の恐怖はそこまででもない。
「サラさん。声を張り上げている者は、おそらく指揮階級にある人物だと思われます。後々の交渉で有利に運ぶためにも、可能な限り殺さないようにお願いします」
「捕虜にするわけですね? 相手の数もだいぶ減り、混乱も強いですので、おそらくは可能だと思います」
「では、お願いします。往きましょう」
言うなり、アリアは飛び出した。馬上の騎手を蹴り飛ばし、或いは馬を斬りつけて暴れさせる。使えるものは何でも利用して勝機を見出すのが冒険者の戦術だ。もっとも、彼我の人数差が大きいからこそ取れるやり方ではあったが。
ルビア王国軍が後方に下がっている現在、気に掛ける相手はイオリとサラだけで済む。そして、その両者は十分に戦える人材だ。馬を暴れさせたとて巻き込まれる心配は少なく、巻き込まれそうになったとて自発的に回避してくれるだろう。
そのような心情がアリアに働き、それが大胆な動きを可能にさせた。
サラもまた、種族の特性を活かし高速で動き回る。ただでさえ人間以上の身体能力を有しているのに、それが更に精霊術で強化されているのだから、帝国兵は誰一人としてサラの動きを捉えられない。いいように翻弄される一方だ。
戦意が高揚したことに加え、必ずしも相手を殺す必要がないという言葉をかけられたことが大きい。それはサラから余分な気負いを奪い去ったのだ。今のサラは相手を仕留めようとして動いているわけではなく、あくまでも痛打を与えて足を止めることを念頭に置いている。結果として死ぬ相手もいるかもしれないが、戦場なのだからそれはそれだ。
「迸れ焔! 灼熱のIGENEST!」
嵐、雷ときて、次にイオリが放ったのは炎である。灼熱の炎が帝国軍兵を襲っていく。肉の焼け焦げる匂いが周囲に漂う。運が良ければ火傷を負う程度で済んだが、運が悪い者は瞬く間に炭化した。その事実が、火力の程を物語っている。
ここまでくれば、当初存在した帝国軍の余裕など影も形もなくなっていた。
誰だって生命は大事だ。たとえ傭兵王麾下の軍勢とて、その薫陶が隅から隅まで行き届いているわけでもない。自国であるプロキシア帝国を除けば、北方に大国らしい大国はない。加え、かつて同じ大国であるベルトラム王国に大勝したことがあるという事実。それらは、正規兵の中にも少なからぬ驕りを植え付けていたのだ。
それが現状を招く要因となった部分は大きい。大国故の誇りもあったかもしれないが、それを踏まえてもたった三人に向ける数ではなかったのだ。所詮は三人、楽に踏み潰せる。その様な心情がプロキシア帝国軍を挑発に乗らせたのは否定できないだろう。
結果、帝国軍はその驕りを己が犠牲で贖うことになっている。無論、イオリ、アリア、サラの三人が類稀な実力者であるという点が最も大きいが。
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「ッ……退くぞ!」
舌打ちをしたプロキシア帝国軍の総大将は、親衛隊に向けて言い放った。
このような展開は想定外にも程がある。数を以てルビア王国を脅し、属国に加える。ただそれだけの簡単な仕事であり、そのために属国や同盟国からも戦力を提供してもらった。その数と、翻る旗を以てルビア王国に精神的な圧迫を掛けるために。
それが、蓋を開けてみれば言い逃れのできない損害だ。たとえ総大将である自分であっても――いや、総大将であるからこそ処分は免れないだろう。だがそうであろうと、此度の相手に関しては報告する必要がある。そう、視線の先で暴れ回る三人のことを報告しなければならない。
皇帝自身が一代で大国を成した傑物なのだ。である以上、たとえその方向性が違おうと他に傑物がいない道理はない。そして運がいいのか悪いのか、此度はそのような相手と見えてしまったということだ。
自軍の損害は馬鹿にならない。だが、これを為せる相手の情報を今の時点で知れたのは大きい。そして何よりも大きいのは、その相手が正確には傭兵であり、ルビア王国に所属しているわけではないという事実だ。
多くの配下を見捨てることになるし、国家として現状の方針を転換することが余儀なくされるが、知らぬままに突き進むよりは余程いい。
総大将を預かる人物であり、またその周囲を固める人材だけあって、粛々と行動に移すことが可能だった。唯一の判断ミスがあるとすれば、参陣した同盟軍にも通達することなく、自分たちだけで撤退行動に移ってしまったことだろう。まあ、つまりはそれだけ焦っていたということだが。
「退かれるのかな?」
馬を返す総大将の一団に声をかけてくる人物がいた。同盟国であるパラディア王国の王子、デュランである。同盟国とは言っても実際には属国に等しいが、それでも名分上は独立国の王子であり、総大将であっても無下には出来ない相手だった。
また、デュランに会ったことで、漸く総大将は参陣した同盟軍に対し何の通達もしていないことを自覚した。自国の軍に対してはともかく、同盟国に対してそれは不味い。
「これはデュラン殿下。……はい。せっかく馳走頂いたのがこのような結果になったのは、此度総大将の任を預かった私の不徳の致すところです。殿下にも申し訳なく思っております。ですがだからこそ、此度のイレギュラーについて陛下に報告するのが総大将として最低限の役目と認識しております」
「ふむ、冷静だな。確かにこのような結果になったのは想定外だが、その判断に間違いはないだろう」
総大将の言葉に、デュランは同意を以て返す。総大将はホッとした。ここでごねられては退くのに手間取ってしまう。
「間違いはないだろうが、それを実行に移されるとこちらは困るというものだ」
「……は?」
と、総大将が言葉を洩らした時には、既にその首は宙を飛んでいた。デュランがその手に持つ魔剣を一閃したのである。事実を認識する間もなく、総大将は冥府に旅立ったことだろう。そのまま、デュランは事態の認識に追いついていない親衛隊をも一閃した。親衛隊もまた、事実を認識する間もなく総大将と同じ末路を辿る。
確かにデュランは一廉の実力者だが、本来ならこれほどまでの実力差はない。この展開を予想していたかどうか、覚悟できていたかどうか、それがこの結果を生み出す大きな要因となったのは間違いなかった。
「ああ、困るんだよ。せっかくの展開なのだ。プロキシア帝国には弱ってもらった方がこちらとしても都合がいい。近場に存在する、大き過ぎる同盟国など邪魔なだけだ」
総大将と親衛隊を屠ったデュランは小さく呟いて息を吐く。総大将たちの判断は冷静にして冷徹ではあったが、だからこそデュランにとっては運が良かった。総大将は大々的に撤退命令を下すのではなく、他の軍勢を目くらましにして自分たちだけで撤退しようとしていたからだ。
「これは……!? デュラン殿下、これはいったいどういうことか!?」
本来の場所に総大将がいないのだから、誰かが探しに来るのは道理である。誰かに見つかるのはデュランも織り込み済みだ。総大将と交わした実際の言葉のやり取りが聞かれなければそれでいいし、聞かれないように手も打っている。
探しに来た誰かが、デュランを問い詰めるのは無理もない。総大将と親衛隊は地に倒れ伏し、すぐ近くには血濡れの剣を持ったままのデュランがいるのだから、デュランがやったのは明らかである。
「どういうことかと言われてもな、総大将としての任を果たさずに配下を犠牲に逃げようとしたから討ち取ったまでだが? ……まあ聞け。このような展開だ。俺としても想定外だが、それはそちらも同じであろう。どうだ?」
「それは確かにそうですが……」
あまりにデュランが堂々と言うものだから、その兵士もついついと聞き入ってしまう。
「であろう。プロキシア帝国には大国であるという自負があるし、ベルトラム王国にも大勝したという実績がある。然るに、これほどの大敗には慣れておらず、逃散する者も現れると踏んだのよ。昨日までの展開が展開であった故に尚更な。……まあ、それが一介の兵士であるのならこちらとしても見逃すのは吝かではないが、それが将で、しかも総大将ときたものだ。総大将ならばこそ、負け戦なら負け戦でやるべきことがあろうというものだ。――にも拘らず、自国の軍は元より我ら同盟国軍にも一切の通達をせぬままに戦場を離れようとしたのだ。これを見逃しては大国の綱紀も乱れるというものよ。故に粛清した次第である。仮にも総大将という立場故、そちらでは手も下しにくかろうと思ってな。……まあ、手を下す以前に総大将の逃走に気付いていなかったようであるが」
そのように堂々と宣ったデュランは、最後に軽く嗤った。
嗤われれば腹立たしくもなったが、総大将の逃走に気付いていなかったのは事実である。また、相手の立場と言い分を鑑みれば、非難するのも難しい。筋は通っているのだから尚更だ。
状況次第では、配下を囮にしたり、敢えて犠牲にしなければならないこともある。だから、自軍に命令がなかったのは仕方がない。それでも、同盟国にまで何の通達もしなかったのは明らかに総大将のミスである。
「して、手を下した俺が言うのもなんだが、総大将がこのようなことになったのだ。副将なりに引き継ぐ必要があると思うのだが、そもそもにして生きているのか? 大部分が挑発に乗って返り討ちに遭ったようだが、今は誰がその任に就いているのだ?」
「それは分かりません。私自身、総大将に指示を仰ぐため、我が将から遣わされた次第ですので……。ともあれ、デュラン殿下には我が将の元に同行していただきたいと思います。よろしいですか?」
デュランの問いに、兵士は首を横に振って応えた。
総大将の元に赴けば、当の本人は陣地におらず、探した先で待ち受けていたのはこのような展開だ。その兵士も指揮階級にある立場だが、ハッキリ言って自身で判断できる領分を超えている。
「構わんぞ。と言うより、そうするしかあるまいよ。誰が生きており、誰が死に、誰が逃げ出したかも分からん状態であるからな。……務めを放棄したとはいえ総大将は総大将。この者たちの亡骸は我が手の者に運ばせるとしよう」
「感謝いたします」
かくして、デュランは同盟先に対してそろりと牙を向けた。
だが幸か不幸か、未だプロキシア帝国がその事実に気付くことはなかった。帝国の中にも真相を知る者がいないではなかったが、その者もまたデュランと同調しているが故に……。
戦陣のAUXLUMは作品によって効果が違うため、本作ではこのような効果にしました。
また、征嵐のTEMPESTAや雷撃のTONITARSはスパロボだとマップ兵器ではないですが、内容的には対人ではなく対軍の方が相応しいと判断しています。
原則、オート・ウォーロック搭乗時に扱うドグマは、規模こそ異なるものの生身でも扱えるというのが本作の裁定です。