危惧通りと言うべきか、馬車の持ち主は奴隷商であった。見た限りではイオリたちが武器と言える武器を持っていないこと、イオリたちが若年層ということ、一方で自分は護衛という屈強な集団を持っていることもあってか、どこまでも強気であり最初からイオリたちを下に見てきた。
もしかしたら、護衛に伝えた情報が届いていないかもしれない。イオリはそう判断した。曲がりなりにも商人である以上、情報がきちんと届いていたのなら、最初のうちは取り繕った態度を見せるものだと思うからだ。
「それで、俺たちを奴隷にすると?」
「ああ。顔だちを見た感じ、お前たちは移民の系譜だろう? 移民は高く売れるのでな。ああ、無駄な抵抗はしない方が良い。この状況でも強気な態度を崩さないことからしてお前は腕に覚えがあるのかもしれないが、この人数を相手に複数人の足手纏いを護りきれるとは思わないだろう?」
「……なるほど、その判断は間違いじゃないな」
そう言って、イオリは深々と息を吐いた。
実際、理屈で考えればその通りだ。だが、それはあくまでも理屈で考えればの話でしかない。
理を超えるのがドグマの本質であり、故にこそ使い手にはどんな障害があろうとも自らの欲望を貫き通す破壊の意思が求められるのだ。である以上、おとなしく理屈で引っ込むようであれば凄腕の術士足り得ない。
イオリもアマリも、かつての仲間同様、『無理を通して道理をぶっ飛ばす』覚悟は持っているのだ。
そのため、イオリとアマリは静かに戦意を高めていた。
第三者が乱入してきたのは、その瞬間だった。
「これは……」
そう零したのは、未だ年若い少年だった。流石に雅人ほど幼くはないが、それでも十代半ばと言ったところか。灰色の髪をしているが、その顔だちはアジア人種に近いと感じた。
「アジア人……?」
亜紀の口からそんな感想が零れたのは無理からぬことと言えるだろう。言葉が通じないこともあってか奴隷商と護衛たちは僅かに顔を顰めるだけだったが、その少年はハッキリとした表情の変化を見せた。
「日本語……? 日本人……? アイシアが俺を向かわせたのはこのためか……?」
次いで自問と思しき言葉が少年の口から零れた。間違いなく、日本語で。
「それを考えるのは後でいいか……。状況はよく分かりませんが、どうやら揉め事のようですね。相手はタチの悪い奴隷商といったところですか。援護しますよ」
横に首を振った少年は、イオリたちに対してだろう、日本語でそう告げて二振りの短剣を構えた。
「ありがとう、協力に感謝する」
「いえ、こちらにも理由があってのことですから」
そうして戦闘が始まったわけだが、この状況で臆せず加わっただけあって少年の実力は大したものだった。
また、イオリもアマリも基本的には善性に満ちた人間ではあるが、それが万人に対して発揮されるわけでないのもまた事実。自分が正しいと思ったことを為す『正義』がイオリの、自分の意思で生き方を選ぶ『自由』がアマリの破壊の意思である。これを阻む相手には容赦などなく、実力行使を辞さない過激な面も持ち合わせている。
少年一人が加わったところで人数差は如何ともしがたい。おそらくはそんな考えが護衛たちにあったのだと思われるが、それは油断・慢心に他ならない。如何な実力者であっても、油断や慢心を抱えていては足を掬われることも珍しくはない。まして、それが過信であれば尚のことだ。結果、時間にして僅か数分後、護衛たちは全員が地に臥していた。
「こんな……バカな……」
思いもよらぬ結果に、奴隷商は腰を抜かしてへたり込む。それをイオリ、アマリ、少年の三者がジロリと睨んだ。
「ヒイィィーーッ」
「どうやら見通しが甘かったな。結果がどうあれ、そちらがこちらに対して脅迫を行ったのは事実であり、俺としてはそれを見逃すつもりはない。近くの町に着いたら、あんたの護衛共々官憲に突き出させてもらう」
イオリとしては、今現在奴隷として馬車の荷台に乗せられている者たちを放置はできなかった。自分たちに対する奴隷商の振る舞いを見る限り、正規の手段で奴隷とされた者がどれだけいるか怪しい部分があるのも大きい。
この奴隷商が官憲とつるんでいる可能性もあるが、それを想定して美春たちにスマートホンのカメラ機能で録画してもらっている。よもや官憲全てとつるんでいる道理はなし。画面は小さくとも、大多数の前で映像と音声を逃せば、奴隷商も言い逃れはできないし、つるんでいる官憲も庇いきれないだろう。当然、わざわざそれを教えてやる義理はない。
荷台に閉じ込められていた奴隷たちを外に出し、代わりに武装を解除した護衛共々奴隷商を放り込んだ。簡単には脱出できないよう結界のドグマで補強する。
外に出したとはいえ即座に奴隷たちを解放できないのは心苦しいものがあるが、そればかりは仕方がないだろう。
「人が好いんですね。その善性は好ましいと思いますが、俺には真似できそうもない」
「そんなことはないだろう。君は俺たちに加勢してくれたし、武装解除や拘束にも協力してくれた。君は十分に人が好いよ」
「そんなことは……」
イオリの言葉に、少年は首を横に振る。
「おっと、まだ名乗ってもいなかったな。俺は葵伊織だ。葵がファミリーネームだな。イオリ・アイオライトの名前も持っているから、イオリと呼んでくれ。……それと、こっちはホープス」
「ホープスだ」
「私は天野亜真里です。イオリ君同様、アマリ・アクアマリンの名前も持っていますので、アマリと呼んでください」
「あ、私は綾瀬美春です。名字でも名前でもお好きな方で呼んでください」
「私は千堂亜紀です。こっちは弟の雅人。私たちの場合、名字だと紛らわしいので名前でお願いします」
「千堂雅人だ。よろしくな、兄ちゃん!」
それぞれの名乗りを受けた少年は、微笑を浮かべた。
「俺はリオといいます。ただ、以前にベルトラム王国で貴族のイザコザに巻き込まれて冤罪を掛けられたことがあり、それもあって公にはハルトと名乗っていますが……」
もっとも、微笑はすぐに苦笑へと変わったが。
「……良かったのか、本名を教えて?」
「ええ、まあ。俺がここに来た理由にも絡むと言いますか……。確認しますが、皆さんは日本人でいいんですよね? その割に、イオリさんとアマリさんは魔法を使ってましたが……」
怪訝そうにリオが訊ねる。
「ああ、そのことか。俺たちは雅人と亜紀ちゃんのお兄さんである千堂貴久さんと、一緒にいたもう一人である皇沙月に対する召喚に巻き込まれる形でこの世界に来たんだ。貴久さんには赤い魔法陣が、沙月さんには緑の魔法陣が敷かれたのを確認した。色の違いから察するに、二人に対する召喚魔法は行使されたタイミングと術式こそ同種にして同一だが、その出口――召喚場所が異なっているんだと思う。結果、召喚魔法が至近距離で重なったことにより、俺たちはそれに巻き込まれる一方で弾かれてしまったんだろう」
「正直に言いますと、私とイオリ君は美春さんたちと元々の知り合いというわけではありません。私たちはここより先に別の世界に召喚され、さっきの魔法もそこで修めたんです。ホープスともその世界で出会いました。アマリ・アクアマリンとイオリ・アイオライトの名前はその世界のもので、その世界の魔法であるドグマを修めた証明として、私は『藍柱石の術士』の、イオリ君は『菫青石の術士』の二つ名と共に賜りました」
「紆余曲折ありながらも久しぶりに日本に戻ってきて、自宅に帰る途中で美春さんたちとすれ違い、その瞬間に巻き込まれたわけだ」
「それは……何て言うか波乱万丈ですね」
イオリとアマリの説明を聞いたリオは、引き攣った表情でそう答えた。
「けどまあ、だからお二人は魔法を扱えるわけですね。この世界で使われている一般的な『魔術』とも『精霊術』とも違うので不思議だったのですが、納得がいきました」
だが、その表情も僅かな間で、リオは程なくして表情を改めた。
「改めて俺がここに来た理由ですが、今しがた軽く言ったとおり、この世界には異なる二つの魔法があります。細かく説明すると長くなるので簡単に言いますが、体内に刻んだ術式と魔力を用いて現象を引き起こすのが魔術、契約した精霊に働きかけて現象を発動させるのが精霊術です。精霊と契約していれば術式を刻み込むことはできず、術式を刻んでいると精霊との契約はできません」
早い話、魔術と精霊術は二者択一の魔法ということだ。
「今よりも幼い頃、七歳の時に唐突に『日本人の大学生』だった前世の記憶を思い出しました。ハルトというのは前世での名前です。その時には自覚こそなかったものの、俺は既に精霊と契約していました。当時は俺の体内で眠っていたそうですが、その精霊が最近目覚めたんです。そして、実は皆さんに出会うより少し前、各地に巨大な光の柱が立ち上がりました。柱は色違いで全部で六つ。赤、青、緑、黄、白、橙、で表すのが妥当でしょう。その直後、俺の契約精霊――アイシアというんですが、彼女が血相を変えて俺にすぐさまここに向かうように言ったんです。まあ、実際に最初に向かったのは草原でしたが……」
「前世の記憶とかツッコミどころはあるが、取り敢えずそこは置いておこう。……おそらく、最初に向かったのは俺たちが放り出された場所だろうな。ハルトはそこから痕跡を追ってきたわけか。知らぬこととはいえ手間をかけたな」
調査員なりが訪れるだろうという推測は正しく、あの場で待っていれば面倒事に巻き込まれることなくリオと出会えたことになる。まあ、それも結果論でしかないわけだが。
「そんなわけで、俺としても皆さんを放ってはおけないわけです。俺にもやることがあるのでずっとというわけにはいきませんが、暫くは皆さんと御一緒させてもらいますよ。アイシアの他に連れがもう一人いますが、契約精霊であるアイシアは俺の場所を把握できるので合流に関しても問題ありませんし」
「そう言ってもらえると助かるよ。それに、やっぱり君は人が好いな。暫くとはいえ俺たちと行動を共にするということは、奴隷にされた人たちを放っておかないということでもある。口では何だかんだと言ったところで、基本的には善性の人間だということだよ」
「それは……」
返す言葉が見付からなかったのか、リオはそっぽを向いて口を噤んだ。
「まあ、こっちとしても完全に善意だけの行いってわけじゃあないんだ。俺たちの扱うドグマだと次元間移動は難易度が高い。使い手がいないわけじゃあないが、俺の知る限りだと指で収まる範囲だ。……訊くけど、こっちの魔法だとどうだ?」
「断言はできませんが、精霊術だと時空間魔法の使い手がいないわけではないですが、それが次元間の魔法となると……。また、俺の連れは凄腕の魔術士であり魔術の知識も豊富ですが、彼女でも次元を隔ててのの転移魔法は不可能だと思います」
「だろう? さっきも言ったが、貴久さんと沙月さんに対する召喚魔法が行使されたのは全くの同時と言っていいタイミングだった。また、二人を召喚した魔法陣の色と、突如として各地に立ち上がったという巨大な光の柱には色という共通項がある。数が合わないのは、俺たちが知らないだけで他にも召喚された人物がいるということだろう」
「光の柱も、狭い範囲ではなく広い範囲で起こったんでしょう? それが魔術であれ精霊術であれ、各地でタイミングを合わせて一斉に行使したと考えるよりは、そういう効果を持った魔導器が自動で一斉に発動したと考える方が妥当だと思います」
「……確かにそうですね」
「おまけに、柱の数はたったの六つだったんだろう? 仮定に仮定を重ねることになるが、それが本当に魔導器によるものだった場合、その魔導器は国なりの管理下にある可能性が高い。宝物庫に保管されてるとか、神殿に奉納されてるとか、管理方法の違いはあるだろうけどね。また、突如としてこんなことが起これば、当然ながら人をやって確認はするだろうし、召喚された人物がいたとなればプロパガンダに有効活用するだろう。分かりやすい例を挙げれば、『勇者』とか『救世主』とかかな」
「仮定として考えるなら、それも否定はできませんね。かつてこの世界では『人魔大戦』という大乱が起こったとされており、その際に六賢神は使徒である勇者を派遣したと言われています」
「六賢神に、六つの光の柱に、使徒である勇者……ですか。偶然の一致で片付けるにはできすぎていますね。勇者召喚だのと言えば聞こえは良いですが、実際には承諾もなしに召喚された人物がその役割を押し付けられるパターンが大概でしょう」
そう言って、アマリは自らの知る人物たちを思い浮かべた。『救世主』や『聖戦士』などである。
「普通に考えて、単に奴隷商を訴えるだけなら、その地の領主なりが判断を下して終わりだろう。だが、たとえ小さな問題であろうと、それでも報告書の類は書くだろうし、こちらのサインなりも求める筈だ。そこに自分たちの見知らぬ文字が使われていたとするならどうだ? 周囲に文字に詳しい人物がいるならその人物に確認するだろうし、そもそもそんな人物がいないか、或いは頼んでも分からなかった場合は『上』に報告すると思わないか? そうして報告を上げられた『上』は、同じように心当たりに確認する」
「私たちの顔だちは移民に似ているようですし、単に彼らの文字として片付けられる可能性もありますが、タイミングがタイミングです。本当に沙月さんや貴久さんが勇者として召喚されていた場合、一緒にいた筈の美春さんたちのことは当然心配しているでしょうし、ある程度の情報は零している筈です。自分を有効活用するための足枷として利用されることを危惧する可能性もありますが、私たちのいた現代日本より治安が悪いのも事実ですからね。判断材料がない以上は楽天的に考えるにも限度がありますし、一度でも悲観的に考えてしまったら我慢しきれるものじゃありません。知らないところで家族や友人に死なれるのと足枷なら、足枷の方を選ぶでしょう」
「……やっぱり、あなたたちは俺以上にお人好しですよ。あなたたちは勇者として召喚されたかもしれない人のことまで考えている。とてもじゃないけど、俺にはそこまでできません」
「そこに関しては、俺たちには確たる地盤がないことも大きいだろうな。たとえ前世の記憶があろうと、この世界で生まれ育った君とはその点で根本的に違うわけだ」
その点が、イオリたちとリオとの大きな違いだった。根無し草の旅人をするにしても、ある程度の路銀と情報は必須である。しかし、今のイオリたちにはそれすらないのが現実である。大なり小なり、早急に拠って立つ場所を確保する必要があった。
「そういうことであれば、目的地は『交易都市・アマンド』を推薦します。大国に数えられるガルアーク王国内に位置し、その地の代官である公爵令嬢は自身も『リッカ商会』を経営する才媛であり、民衆の人気も高いですから。他にも理由はありますが、そこに関しては実際に自分で確かめた方が早いと思います。俺自身、確信はあっても確証を持っているわけではありませんので……」
「なら、目下の目的地はアマンドにしようか」
そうして、一行はアマンドに向かうことを決めたのだった。
リオ登場ですが、書籍ともアニメとも異なり、美春たちは拘束されていない状況です。
イオリとアマリが警戒していたこともありますが、アル・ワース召喚時に付与された翻訳能力がそのまま機能したことで、イオリとアマリに限っては言葉が通じたことも大きな一因です。
もっとも、翻訳能力云々は独自設定ですが。
一行が接触した奴隷商の護衛は、最初から一行を拘束する目的で場所の元まで案内しました。接触したときは先行偵察だったので数が少なかったですが、馬車まで戻れば他にも護衛がいるため、包囲・拘束が楽になるという判断が働いたためです。これは実際に接触したことにより、護衛側もイオリを警戒したためでもあります。
また、書籍でもアニメでもリオは拘束されていた他の奴隷たちを放置してますが、イオリやアマリが放置するとも思えなかったので、逆に奴隷商たちを拘束して官憲に突き出す流れにしました。